第20-1話 元ドラゴンの助手がいるんだが?
「……デリータさん、これは見間違いでしょうか」
アモネが驚くのも無理はなさそうだ。
「あはは、見間違いに決まってますよね、だって見たことないですもんわたし」
廻天計画研究所。
ほんのちょっと出払っていただけだというのに、研究所の雰囲気はとても変わっているように見えた。
いや、雰囲気というよりも……主に。
「おかえりなさい、デリータさん、アモネさん。お戻りになるのを待っていました」
天使の歌声かと思うほどに透き通った声。
天然水さながらの純度を誇る声色は、当然イロートデス・クレブから発せられたものではない。
ついに耐えきれないといった様子で、アモネがその人(?)を指差しながら、
「~~‼ デリータさんこれは一体何が起きているんでしょうか⁉ なぜ女の子の背中から小さな羽が生えているんですか⁉ なぜお尻から大きな尻尾が垂れているんですかっ⁉ なぜ彼女の頭にはツノが生えているんでしょうかーっ‼」
気持ちはわかる。だって俺もまったく同じこと思ったから。
俺たちを出迎えてくれたのはサラサラの黒髪ロングヘアの女の子で、特徴はアモネが言った通りだ。
クレブよりも背は二〇センチほど高いだろうか。切れ長の目にかかる丸眼鏡は少し小さいサイズを採用しているらしい。
白衣は着ているが……よかった、ちゃんと服は着ているみたいだ。
「一旦落ち着こうぜ、アモネ。ここにいるんだからクレブの関係者だろう」
壺の中を棒でひっかき回すクレブが、おさげにした紫色の髪を揺らしながら傍目に答えた。
「その通りだ、デリータ。彼女はワタシの助手エレルーナ。ちょうどキミたちが外している間に一時帰還したところだよ。ちなみに元ドラゴンだ」
「ドラ、ドラゴン……⁉」
ああ、通りでツノに尻尾に翼……。
ひょっとしてヒト化の薬の成功率0.02%って。
思っていると、エレルーナは丁寧に頭を下げて、
「初めまして。おふたりのことは先ほどイロートデスから聞いたばかりです。なんでも新たにヒト化を成功させたのだとか……お、どうやらそちらの方みたいですね。ちょっと失礼」
カツカツとヒールを鳴らし、シャーロットの前に立つ。
「……?」
なにか観察でもしているのだろうか? エレルーナはシャーロットをじー……っと見つめて黙っている。
……それだけで済めば良かった。
なんと次の瞬間、エレルーナはシャーロットの白衣をはぎとったのだ。
よって俺の前にはシャーロットの細やかな肢体が惜しげもなくさらされていた。白い肌、わずかに膨らんだ胸、くびれた腰回り。恥じらいもなければ照れも見せないシャーロットだけがただ「?」と首をひねっている。
あれ、なんでだろう。
シャーロットの裸を見るのはヒト化した時も含めて二回目だ。
なのに……なのにどうしてか、今のシャーロットのほうが可愛くて色っぽく見えてきて――
「ちょちょちょっとエレルーナさん⁉ いきなり服を脱がすなんて何を考えているんですか! あーデリータさん見ちゃダメです! ダメですからーっ!」
「わわわわかったわかったから! 《反射》だけはやめてくれよ⁉」
あれだけはシャレにならん。多分首が向いてはいけない方に向くことだろう。
直後、アモネに目を塞がれた。
指間から微かに見える照れたアモネの顔。視線をちょっと下にずらすと……大きな胸が二つ。……このアングルも結構いいな、うん。
「魔力の脈動を空気振動で感じるには白衣も邪魔になってしまうので悪しからず。なるほど、スライムですか」
やがてシャーロットの触診が始まった……っぽい。
なんという新手のプレイだろうか。巨乳の女の子に目隠しをされ、真っ暗な視界の端では時折「あっ……」とか「えっ……?」とか「ぅ」だの艶っぽいシャーロットの声が聞こえてくる。
やばい、ちょっと見たくなってきた。ちょっと恥ずかしがってるシャーロット、普通に見てみたい。絶対かわいいだろ。一体エレルーナはどんな触診をしているんだ……⁉
一旦アモネの手をどうにかしようと思うが「デリータさん、見たらわたし怒りますからね」と釘をさされた。ちくしょう勘のいい奴め。
やがて衣擦れの音が聞こえてきて……エレルーナが言葉を発するとほぼ同時、俺の視界もようやく自由になった。シャーロットはもう白衣を着ていた。泣いていいか。
「この子は普通のスライムではないみたいですね。一般個体と比較してもずば抜けて能力値が高い。ネームドモンスターかと思いました」
ネームドモンスター……って確かあれだよな。
種族名の他に、ソイツだけに名前がついている特別なモンスター。
……あれ。
「なぁエレルーナさん。もしかしてさ、人間がモンスターに名付けてもネームド扱いになるのか?」
「あまり聞いたことがない例ですね。基本的にネームドは上位モンスターが下位モンスターに名を与えることで発生する現象です。それが人間とモンスターの間でも適用されるのかは……もしかしてデリータさん、この子に名前を……?」
「ああ、つけたけど」
「……なるほど。であれば、実証的にはそういうことも起きると言えるのでしょう。そうでなければスライムで彼女ほどの強さになることは考えられませんからね」
エレルーナはシャーロットの頭をなでなでしながら説明する。
そう言えばシャーロットのやつ、『人間と戦った』とか言ってたな。それで攻撃をされずに追い返すことができたというのは……これが理由だったのか。
「さすがですねデリータさん! モンスターも強くできちゃうなんて!」
「モンスターもってなんだよ。アモネが強くなったのはアモネが頑張ったからじゃないか」
ちょっとばかし成長しすぎではあるけどな、冗談抜きで。
すると壺での作業を終えたのか、クレブが聞いてきた。
「ところでデリータ、先ほどシャーロットからヒト化を望むスライムたちが多くいると聞いたのだが?」
「ああ、一緒に連れてきたよ。『呪縛権能』も解除済みだ――ってあれ? おい、なんで隠れてんだ。この人は格好はともかく悪い人間じゃないぞ」
振り返ると、スライムたちは開けっ放しになった扉の向こうに隠れていた。
それぞれがガタガタと震えている。
「お、おれたちが怖いのはニンゲンの方じゃなくて……ツノの生えた方だゾ……」
「私でしたか。まぁそうなりますか。ヒト状態の方が魔力も数段跳ね上がりますし、要らぬ警戒心を与えてしまったのでしょう」
ドラゴンだもんな。赤ちゃんとブルームレイが剣技で勝負するみたいなもんだろうし。
「大丈夫だ。この人は俺たちの味方だぜ」
エレルーナはその場でしゃがみ込んだ。ひらひらとスライムたちに手を振る。
警戒心を解きたいのだろうが……整い過ぎた顔のせいで微笑みが余計に怖く見える。
あーあ、スライムたちもっと怯えてら。
と、ふいにクレブが俺を手招く。どうやら耳を貸せと言っているようだ。
「シャーロットの成功例を元にして、スライム専用の薬を新たに調合した。だがデリータ、キミも経験したとは思うが、薬がモンスターにどんな作用をもたらすかは不明だ。巨大化、狂暴化した際のことは説明済みなのか?」
「あーそれなんだけど、俺のスキルで薬の力を消せばいいかなって。そうすりゃスライムたちを危険に曝さずにも済むだろ?」
「なるほど、解呪の時のアレか。とことん論文におこしたいスキルだよ、まったく」
呆れたように笑うクレブ。
そう言えば、さっきも同じようなこと言われたな。
《ダメージ吸収》って意外と知られてるスキルだと思ったけど……そうでもないのか?
間もなくして、クレブは宣言するように声を発した。
「それじゃあ外へ出てくれ。エレルーナ、投薬セットを21セット頼む」
「かしこまりました先生」
いよいよスライムたちのヒト化が始まる。




