第19-4話 冒険者たちに見られたんだが?
「よし、んじゃあクレブんとこ行くか」
さぁ気持ちを切り替えよう! ……とはいかないが、いつまでもクレブを待たせておく訳にもいかない。俺たちは21体のスライムたちと共に居住区を後にした。
廻天計画研究所まで、森の中の道を進んでいく。
号泣していたシャーロットもすっかり機嫌を直したらしく、「デリータ、ボクもう大丈夫」とか言って俺と手を繋いでくる。言葉と行動の因果がここまで意味不明なのも珍しい。
反対側にはぷりぷりと怒っているアモネが。理由を聞いても答えないしもう女の子よくわかりませんーっ‼ と絶叫したくなるが、そんな時。
「なぁシロ」
後ろをとぼとぼとついて来ていたスライムたちの一体がシャーロットを呼んだ。
彼女の迫害を告白したスライムだった。
シャーロットは手を繋いだまま足を止め、背中越しに振り返る。
「……なに?」
「これまでのこと……最初にデリータたちを追い払おうとしたこともそうだけど、これまでのこと、謝らせて欲しいんだ。本当に……ごめん、シロを仲間外れにして」
「……、」
「それでもシロは戻ってきてくれた。デリータたちを連れておれたちを守ってくれた。……本当に、本当に申し訳ないと思ってる……」
なんて答えるんだろう。
シャーロットの表情は相変わらず無感情を思わせる。
ふいに、俺の手を握る手に微かな力が込められた。
……そりゃそうだ。いくら優しい彼女でも、思うところがないわけではないだろうから。
青色の瞳の奥にはきっと無数の葛藤がある。
俺もアモネも固唾を飲んで彼女の返答を待った。
やがて。
シャーロットは俺から手を放し、21体のスライムたちへ向き直って口にした。
「ボク、何も気にしてない。だからいい。ボクはみんなと違う色だから迷惑かけちゃうのもわかってた。だからいい。どんなことがあっても仲間は仲間。それに変わりはないから」
立派すぎるな、シャーロットは。
俺もちょっと胸に来るものがあった。
果たして俺は……俺は彼女のように、アイツを許すことができるだろうか?
「デリータさん? どうかされましたか?」
「……いや何でもない。行こうか」
俺たちは再び歩きだした。シャーロットはまた俺の手を握り直していた。
◇
「さ、もうすぐ着くからなー」
廻天計画研究所までもうすぐだ。俺はスライムたちへそう声をかける。
あちこちで「やったー!」「ニンゲンの姿ー!」「背が伸びるーっ」なんて声が聞こえてくる。
「それにしてもデリータさん、なんだかたくさんの子どもを連れて歩く親の気分になりますね」
「そうか?」
アモネが言うのでもう一度振り返ってみる。
ぽよんぽよん跳ねるスライムや期待を語るスライム。それぞれにそれぞれの性格があって、表現方法も一様でないらしい。
まぁ、アモネの言いたいことはわからなくもないな。
「……そうだな。子だくさんだと散歩ひとつでこんなに賑やかになるんだろうな」
「えっとデリータさん……もしやそれは、わたしとの子どももたくさん欲しい、というさり気ない提案でしょうか? きゃー!」
なぜそうなる……。
アモネは頬に手を当てて「そんなにたくさん……⁉」などとぶつぶつ言いながら顔を激しく横に振っている。この子の頭の中、どうなってるんだ。
「とりあえず落ち着けアモネ。俺だけでスライムの面倒を見るのは無理だぞ」
言い終わらないうちに、しかし俺たちは立ち止まった。
「あれ、お前たち……デリータとアモネじゃないか?」
脇道の茂みをかき分けて、突然俺たちの前に現れたのは二人の男。
軽装備からして、どうやら冒険者らしい。
「え? 俺たちのこと知ってるのか?」
「当然だろ。登録初日でどんどんランクを上げていく実力派女冒険者と、GランクのくせにC級ダンジョンを踏破し、あのブルームレイが手掛けた事件すらも解決した異分子! ローヴェニカの冒険者たちは二人の話で持ちっきりだよ」
「そ、そうか。それは良かったな……?」
うん? と首をひねる。
男たちの顔が険しく歪んでいるからだ。
俺は「おい、そんな顔してどうしたんだよ?」と聞こうとしたが、その前に二人組は音高く剣を抜き、距離を取るように後方へ飛び退る。
して、叫んだ。
「っておい! 後ろ後ろ! 後ろにスライムの大群がいるぞ⁉」
スライムの大群? と後ろを見やった。
あー、まぁ見ようによっては大群だな。21体もいる訳だし。
俺は二人組を宥めるように優しく言った。
「あぁ、安心してくれ。こいつらは敵じゃないんだ――」
「――お前、今なんて言った……?」
空気が凍りつくような声音。
男二人の剣がかちゃりと鳴る。腰をいっそう深く落とし、切先が鋭く俺たちを捉える。
あ。
頭の中で彼らの思考に理解が及んだ時には、しかしもう弁解できる時間は残されていなかった。
「デリータ、アモネ。お前たちは冒険者であり人間だろ……? モンスターの肩を持つなんて……何かの冗談だよな?」
「それは……」
この数時間で、俺たちは慣れすぎてしまったのだ。
スライムたちが危害を加えてくることはない。そして意思疎通を図れるモンスターである。
俺やアモネにとっては誠の話。
でもそれは、俺やアモネだけにとっての話。
つまり、一般的な冒険者から見た俺たちは、
“人間を裏切り、モンスターサイドに寝返った二人の冒険者”
に他ならない、ってことだ。
何とかわかってもらう方法はないか……。
模索するが、すぐに均衡は破られた。
「いい、答えられないってなら試してやる! うらぁっ!」
二人組の片方が勢いよく走りだした。
両刃片手剣を大きく振りかぶり、それを容赦なく俺たち――ではなくスライムへ振るわんと動く。
「やめてください!」
アモネが《反射》で阻止する。弾かれる刀身。
男もしぶとい。何としてもスライムを殺害しようと何度でもその剣を振るった。
まさか冒険者の連中と戦うことになるとはな……。
剣と《反射》の繰り返される応酬を傍目にしていると、ふいに。
「――このっ‼」
すんっ……と投げられた剣が目の前に迫っていた。なんで俺には直接攻撃一択なんだ。
「……」
《消去》。視界から剣の刀身が消え去り、残った柄をなんなくキャッチした。
柄の向こうには、マジかよ……と口をぽかんと開けている男が見える。俺としてはいきなり剣を投げてきたお前の方がマジかよなんだが。勘違いだったら殺人罪だぞ。
やがてアモネの方の男も彼女から離れ、剣を納めた。
二人組は背中越しに俺たちを睥睨する。
「……そうかよ。お前たちが裏切り者であることはよくわかった。この件はギルドに報告させてもらう。行こう」
「待ってくれ。話を聞いてくれないか」
「モンスターに加担する悪人に貸す耳などない! 失せろ!」
憎悪と憤怒に支配された言葉が置き土産。
二人組は足早に去って行ってしまった。
「デリータさん……」
アモネが声に不安を滲ませる。
「……しょうがないさ。俺たちがやっていることは傍から見れば裏切り行為そのもの。スライムたちが言っていたように、人間は外面で物事を評価することが多いんだ」
自分で言っておいてなんだが、本当にその通りだな。
今だってそうだ。もしもあの男たちが事情を聞く耳と心の余裕があれば、戦闘は回避できたはずだし、今後俺たちに課せられる『罰』だってなくなっていたことだろう。
だが彼らを責めるのもお門違いだ。
モンスターは敵。そう教えられて育ってきたから。今更常識に異を唱えられても混乱してしまうに違いない。
「……立ち止まっていても仕方がない。とりあえずクレブの研究所へ向かおう」
後のことは……まぁ、なるようにしかならないだろう。




