第19-2話 アカオニとの決着がついたんだが?
アモネもそりゃあ驚いていた。
といっても嬉しそうに、だが。
彼女は吹っ飛んだアカオニの姿を探すように額に手をかざし、
「おー……! デリータさんいつの間にそんなスキルを手にしてたんですかっ!」
「や、正直俺も意外な結果だった。前から《ダメージ吸収》で吸収したパワーはどこ行くんだろうな? とは思ってたんだが、まさかこんな形で活用できるとは」
《吸収》したものを自分の力に変えて《発散》。
受け身が基本スタイルになってしまう俺にとってはかなり使える攻撃手段だろう。
アモネは胸の前で両手を合わせて、はちきれんばかりの笑顔を見せた――
「さすがデリータさんです! ……でもわたし、ちょっと心配です」
――と思ったら、今度は萎れるように表情がしぼむ。どうしたんだ?
「だってデリータさんがこれ以上強くなってしまったら……きっともっと、これまでよりもーっとたくさんの女性冒険者さんたちが集まってきます! それはもうハエのように! ネコのように! ドクロオオカミのようにぃ~っ!」
後半に向かうにつれ熱弁が加速するのは結構だが、ネコってそんな集まってくるか? こないだ魚の切り身あげたらひっかかれたけど、俺。
「何を心配してるかはしらんが、安心してくれ。俺は素性の知れない女にアカオニが来てる!」
アカオニが、迫ってきていた。
俺が吹き飛ばした数十メートルの間合いをひとっ飛びで詰め寄ったアカオニ。
手拳によって歪んだ顔面が果たして正確な視野を保っているかは不明だが、風のごとく光のごとく、血走る筋肉の塊のような足を突き出しており。
まさにいま、その蹴撃はアモネの頸椎を捉えようとしていた。
「まずはお前からだ! 死ねぇぇぇえええ女ァァァァ!」
あーあ、自爆だ……。
同情にも似た感情を抱いた次の瞬間、俺の目の前には。
裏拳をするように、アカオニの足に触れるアモネがいた。
接触点がかすかに歪む。
アモネはいつも通り優しそうに、それでいて凄みのある声と目つきで敵を睨んだ。
「いまデリータさんとお話してる最中なの。悪いけどジャマして欲しくないかな」
歪みはやがて『向き』と『大きさ』を不自然なほど捻じ曲げて。
アカオニは明後日の方向へ、それはもう目を疑うような速度で吹っ飛んでいった。
木々が恐ろしい速度で薙ぎ倒されていった直後。
遠くで激突音が反響する。俺はもうアモネに逆らえないかもしれない。
「? どうしたんですかデリータさん、そんな怯えたような目をしてっ」
「ア、アモネ。君も十分強いから俺も心配だ……」
お前に寄ってきた男たちが全員病院送りになりそうで!
つーかコイツ本当に冒険者一日目か⁉ 成長速度がちょっとおかしくないか⁉
なぜかアモネはぽっと顔を赤らめて体をよじっている。頬に両手を当てて「待って待って、もしかしてこれって両想い……?」とか何とか言っているがよく聞こえない。
「なぁ、さっきスライムを助けた時にも思ったんだけど、《反射》って意外と応用効くんだな」
「む。デリータさん。意外とは何ですか意外とは! わたしのスキルが外部からの力をそっくりそのまま返すしか能がない弱々スキルだとでも思ってたんですか!」
あー、うん。正直。
だからこそ驚いてるみたいなところはある。
「《反射》って聞いたら多くはそう思うんじゃないか? なのにアモネの反射は触れたものの『向き』や『力の大きさ』を自由に操ってる……驚くぜ、誰が聞いても」
「あ、でもわたしが考えてるのは『向き』だけですよ? 力の大きさに関しては完全に与えられた力に頼っちゃってます」
と、いうことは、だ。
このアモネとかいう女の子、《反射》を無意識で二倍以上の威力にして出力していることになる。
さっきのアカオニが吹っ飛んだ勢いを見ればわかるだろう。いよいよ何者なんだこの子は……。
もっとスキルの詳細を聞いてみたいが……残念ながらこの時間は終わり。
ゆっくりではあるが確実に近付いてくる跫音が耳を打つ。
俺もアモネもそちら、アカオニが飛んでいった方へ意識をやった。
「くぅーふぅっ……くー、ふぅーっ……!」
見えた。アカオニ、どうやら相当に疲弊しているらしい。肩で息しているのがよくわかる。
やがて俺たちの面前まで歩んできたアカオニは、抑えても抑えようのない殺気を漂わせながら口を開いた。驚くべきことに顔はもう再生していた。
「人間が……人間ごときがァ! この俺さまから奪おうというのか……? エサを、命を、尊厳をォ! ……ジハ、ジハハ……させん、させんぞォ! 俺さまは支配者! 支配者にたる存在じゃ! 下等な人間どもに殺されるなど俺さまが許さんッ」
アカオニが両の手を合わせ、それを天へ掲げた。
紫がかかった黒の六角柱がタテに伸びはじめた。六つそれぞれの壁が六角柱の天面を作るように閉じていく。
このままでは、やがて俺たちは完全に閉じ込められるだろう。……このままでは。
呪文を終えたらしきアカオニが冷笑を浮かべた。
「ジハハハハ! これで貴様らも終わりだ人間! 俺さまの究極魔法にひれ伏すがいい!」
して、上下に合わせた両手を俺とアモネへ向けた。
「究極魔法――『悪鬼灼獄無限牢・赫滅』ッ!」
――その瞬間、惑星を焦がし尽くすほどの黒炎が現れた。
天空を覆う黒の帳が、まるで地上を洗い流すように幾筋もの炎を乱射する。
闇をも飲み込まん漆黒の炎。その圧倒的なまでの火力に俺とアモネは、我が身が焼かれていくのを見守ることしかできなかった――
……みたいなことを想像してたんだと思う、アカオニは。
しかし現実は、ただ両手を突き出したモンスターが叫んだだけ。
アカオニは冷笑を浮かべたまま首をひねる。
「……なにが起きているというのだ」
「もう消しといたぞ」
「なに?」
「上見てみろよ」
アカオニは空を振り仰ぐ。
もちろん六角柱を閉じるはずだった黒の天井は……ない。
「バカな……! ありえん! 俺さまの意志でしか消せぬ炎をお前が消せる訳がッ!」
「あったんだよ、諦めろアカオニ」
俺は踏み出した。
アカオニとの距離をじわじわと、しかし確実な速度で詰めていく。
「奪う側にいるのは楽なことだよな。まるで自分が世界の支配者にでもなったような気分になれる」
スライムの命を刈り取るアカオニ。
モンスターを倒す人間。人間を倒すモンスター。
追放する側とされる側。
いつだってそうだ。
相手のことは考えない。自分の都合で捻じ曲げようとする。
気に入らなければ排除し、役に立たなければ何であろうがゴミを捨てるように扱う。
それが正しいのだと。それが常識なのだと。
彼らはいつだってそう口にする。そう信じている。
だから中々気づかない。いや気づけない。
奪われる側にいる者たちがどんなに優しく、どんなに美しく、どんなに強いか。
儚い命を見捨てるのではなく拾い上げた少女。
欺瞞による利益を手放して真実を告げた少女。
繋がれた手綱を自らの手で断ち切り、自由を手にした少女。
みんな優しく、美しく、強い。
改めて俺は思う。こちら側で良かったと。
そうでなければ、きっと彼女たちと知り合うことはなかっただろうから。
理不尽にも奪われる命を救い出すこともできなかっただろうから。
「なぜだ! 俺さまの究極魔法がなぜ発動できない⁉ 悪鬼灼獄無限牢・赫滅! あっきしゃくごく――」
俺は徐々に足の回転を速めた。アカオニとの距離をぐんぐんと詰めていく。
虚脱気味だったアカオニは正気を取り戻した。
だが遅い。俺はもう間合いに入り込んでいる。
俺は体を屈め、いっそうの力をこめて地面を蹴った。
アカオニの懐に飛び込み、触れ、すれ違う。
ヤツらは気づかない。気づけない。
弱き者たちが、奪われた者たちが、どれだけの力をつけているのかを。
どれだけの成長を遂げているのかを!
そして。
「……そして大抵、奪われるまで気づくことができないんだ――心臓、消去」
アカオニが背後で悲鳴のような声をあげた。
と思いきや、続けて狂笑に溺れる。
「ジハハハハ! まだまだ若いな、人間。貴様らの常識で俺さまを測ろうだなんて思――」
「二個あるんだろ、心臓」
死ぬ笑み。凍りつく顔面。
再生力の秘訣を看破されたアカオニが口をぱくぱくさせて、目を丸く剥き、掠れた声で言った。
「な……なぜお前がそれを……⁉」
「視ようと思えば視えるんだよ。皮膚、脂肪、筋肉、神経……そいつらを不可視の意味で消せば、俺にとっちゃお前は骨と臓器の模型みたいなもんだからな」
手をかざす。
終わりに添えるための右手を。
「やめ、やめろ……まだ俺さまは死ねない! 死にたくない! 命だけは助け――!」
「奪い続けた代償は……命乞いで償えるほど小さくはないんじゃないか?」
右手を、握った。
アカオニは間もなく白目をむき。
積みあげたブロックが崩れるように力なく倒れた。
六角形を象る必死の処刑場は、オレンジ色の空へ溶けていった。




