第18-3話 俺はツイてんなァ……! ☆
ローヴェニカへ帰還する道中。
ディオス一行は誰も何もしゃべらず、淡々と帰路を進んでいた。
その時だった。
ディオスは前方に、誰もが最弱と認めるモンスター『スライム』を発見する。
「……おい、盾役。テメェに最後のチャンスをやる」
立ち止まったディオスは振り返り、盾役の男にそう言った。
「あそこの白いスライムで戦闘のデモンストレーションをやる。あんなカスモンスター相手にまともに動けないようじゃ何言っても無駄だ。お前をクビにする。いいな?」
「わ、わかったよ……」
盾役だけに言ったのは、パーティーの中で特に動きが噛みあっていないからだ。
Bランクに上がるためにテュアやアリアンの力は必要でも、この盾役は……正直なところ、ディオスの御眼鏡にはかなっていない。
だからここで選別する。
ディオスはアリアンに錬金させた銀剣を構え、地面を蹴った。
「おらぁっ!」
疲労を感じさせない鋭敏なダッシュ。
その勢いを乗せたディオスの太刀筋がスライムへ襲いかかる!
――避けられた⁉
ぽよん、と白いスライムは横合いへ俊敏に跳ねていく。剣先が土にめり込む。
(スライムにあんな動きが出来るとはな……色が異常だと能力値も違ったりするんだろうな)
思いつつ、地面から剣を引き抜いた時。
テュアが間抜けな声をあげた。
「ひ、ヒト型になった――⁉」
はぁ? と眉根にしわを寄せるディオスだったが――これは驚いた。
なんと白いスライムがいた場所に、12、3歳ていどの少女が立っているのだ。
長い白髪にブルーの瞳。しかも服装は白衣とかいう人間が使うもので――。
(……やっぱ俺はツイてんなァ……!)
閃きにも似た稲妻の直感が、一瞬でディオスの全身を駆け巡った。
ディオスは剣を左右に切り払いながら、パーティーメンバーへ声掛けする。
「おい、お前ら。コイツがギルドで注意喚起されてたヒト型のモンスターってヤツじゃねぇか? D級ダンジョンの失敗はこいつを討伐して帳消しにすっぞ。問題ねぇ、所詮はただのスライムだ。手間かけずにさっさと殺してやる」
言い終わるや、ディオスは駆ける。
剣を振って。
右斜めから切り下ろし。
逆手に持ち変えて切り上げて。
回転の遠心力も込めて水平に薙ぎ払う。
間合いに飛び込み刺突を繰り出す。
振るう。振って。振り払って。
左右に振り、振り、振り続けて。
振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って。
――何かがおかしい。
そう気づくまでにはそれなりの時間を要した。
剣が当たらないのだ。いや、当たらないどころの話ではない。
掠りさえしないのだ。ただのスライム相手に。ただヒト型になるだけのスライムに!
「あり得ねぇ……俺がスライムなんかに負けるなんてあり得ねぇんだよ!」
焦りとも取れぬ、かといって余裕の消えた曖昧な表情のディオスは、もう一度ヒト型モンスターへ突っ込んだ。
間合いに入り、あとは切り込むだけ――柄を握る手に力を込めた、瞬間。
地鳴りのような轟音が足元で産声をあげた。
やがて盛り上がった土は一瞬で壁を作る。ディオスたちの眼界が完全に塞がれた。
「及び腰かよ、カスモンスターがよォ!」
叫びながら剣を振りあげた――その時、土の壁が消え失せた。
え?
視野に白髪の少女が再臨する。その手からは白い粘液のようなものがだらり……と垂れている。が、しかし生き物のようにグネグネ動いてもいる。
(なんだ、あれ……――⁉)
今頃になって気付く。ディオスの前面は今、振り上げた剣のせいでがら空きだ。
ヒト型モンスターはその隙を逃さなかった。
白い粘液がゴムのように伸縮し、ディオスのみぞおちへ直撃する。
彼の体は後方に三メートルも吹き飛ばされた。
……? だが手加減されたのか、ディオスはほとんど痛みを感じなかった。
ただ距離を離されただけ。風に押されただけ。そんな印象さえ受けてしまう。
「スイッチだ、盾! 数秒でいいから耐えろ! その間に俺がバフを貰う!」
相手は所詮スライムだ。防御さえどうにかなれば、いずれは倒せる。絶対に倒せるに違いない。
指示通り、アリアンとテュアが強化魔法に取り掛かる。
(これくらいやれよ盾……! 俺が準備するまでの数秒を――)
「うわぁぁぁあああああっ!」
巨大な盾を失った盾役が、ディオスの前に転がってきた。
ひどく冷静になる頭。この冷静さは限度を超越した怒りの賜物だとディオスは確信する。
「……もういいわ、クズ。お前クビ。使えねぇ。あとはこっちでやっとくからどっか消えろ」
ディオスは盾役の体を踏みつけながら前へ進む。
強化魔法はまだ終わっていない。
だがもういいのだ。剣を拾いあげる。
こんなカスに頼ろうと思った自分が間違いなのだ――。
ディオスは足元を爆発させるように地面を蹴
「――――、 。 」
ヒト型モンスターが何かを口にした。
だが聞き取れない。いや、聞き取れる聞き取れない以前の問題として、
もう戦いは終わっていた。
「がはァ……ッ……!」
何が起きたかもわからないまま、激痛が全身を駆け回る。
呼吸もままならないその体。だんだんと視界がぼやけていく。
「ディオス‼ アリアン、回復をお願い‼」
「た、ただちに!」
テュアの焦った声がかすかに聞こえる。
だがそれもやがて遠のいていき。
うすらぼやけていく意識の中。
ディオスが最後に見たのは、一切の感情を排除した白衣の少女の姿だった。
少女はただ、ディオスを見下ろしていた。




