第18-2話 ディオスの不満 ☆
「あーちくしょう、イライラすんなァ‼」
苛立ちをふんだんに含んだディオスは脇道の木を蹴りつけた。
老木だったか、彼の怒りが凄まじかったか。乾いた破裂音が連続すると共に、その木は幹から折れて倒れてしまった。
パーティーメンバーは、驚愕に言葉を失う。
そのはずだ。いくらディオスがCランクの冒険者だとはいえ、たった一撃で木を蹴り倒してしまうとは予想だにしていないのだから。
だが募った彼の不満はまだ収まらない。ディオスは立て続けに別の木までをも倒さんと足早に進んでいく。
さすがに彼を放置しておく訳にもいかないと思ったのか、あわててテュアが彼に駆け寄った。
「ディ、ディオス、落ち着いて? 物に当たっても仕方ないでしょう?」
追従するようにアリアンも彼の側へピタリとついて、
「テュアさんの言う通りです。一度休憩を挟んでじっくり話し合いを――」
「うるせぇゴミどもが!」
ディオスはアリアンを振り払った。流れのままテュアの体も突き飛ばす。
尻もちをついて自分を見上げてくる魔法使いとヒーラー。
恐怖が張りつき強張ったその表情へ、ディオスは更なる追撃をかけた。
「お前ら一丁前に意見してっけどよ、お前らが愚図でノロマでチンタラやってっからD級ダンジョンなんざの攻略すら失敗したんじゃねーのかァ⁉ あぁ⁉」
結局のところ、腹の虫の居所が悪いのは一日で二度も味わった『失敗』のせいだった。
ただでさえC級ダンジョン踏破に失敗し、ギルドからパーティーランク降格の訓告を受けたばかりだというのに――また失敗した。
その事実を胸の内で想起するだけで、ディオスの苛立ちは何度でも再燃する。
「アリアン、テメェが回復魔法をもっと素早く使えたら、俺がすぐに前線に戻れただろ⁉」
ヒーラーが唇を噛みしめて俯いている。
ディオスは視線をずらし、
「それからテュア! テメェの補助がしっかりしてねーから陣形が崩れたんじゃねぇのか⁉」
魔法使いは小さく「そんな……」と呟くが、それ以上を口にはしない。
何も言い返してこないことが、またディオスをイライラさせる。
それはきっと――ある男の影が重なるからだろう。
いつも悟ったような態度で、全幅の信頼を当然のように寄せて来ていたあの男。
期待に応えるから、お前たちも応えてくれ――そう背中で語っていたあの男だ。
(思い出すだけでイライラする……!)
ディオスは奥歯を噛みしめる。
パーティーを追放した今日、あの男は既に二件もの手柄を立てた。
自分たちが踏破に失敗したダンジョンさえも攻略してみせた。
(一方の俺たちは……俺たちはどうだ?)
考えたくもない――と、ディオスは眼前にいる盾役の男を睨みつけた。
その顔を見れば……知らず知らずのうちに振り上げていた腕は、もう止まろうともしなかった。
「んでテメェだよテメェ‼ おいゴラァ‼」
盾役の顔面に突き刺さるディオスの拳。
よろけた彼の胸部へ、さらに前蹴りをお見舞いする。
「お前盾役だろ……? 何当たり前のように攻撃逸らしてんだ? こっちがどんだけ被害被ってんのかわかってんのか……?」
「ご、ごめん!」
喚き散らす盾役の上に馬乗りになるディオス。
「ごめんじゃねぇだろうがオラぁ!」
歯止めがかからない両腕が快適さを覚えるほどすんなりと次の拳を叩きつける。
さすがに見かねたテュアが慌てて仲裁に入る。
「ちょっとディオス、やめてよ! なんで仲間同士でケンカしなきゃいけないのよ!」
「放せクソ女! テメェらのせいだぞ、この俺がいつまでもいつまでもCランクにいなきゃならねぇのは! テメェらが無能で役立たずだから俺がBランクに上がれねぇんだぞ! わかってんのか⁉」
やはり、誰も言い返してこない。
(なんだよコイツら……使えねぇ……全員クビにしてやろうかな……)
思えばそうだ、とディオスは納得する。
こんな奴らと一緒にパーティーを組んでいること自体がおかしな話なのだ。もっと強く、もっと有能なやつはいくらでもいる。
さっさとBランクに上がって……こんなクズみたいな連中らとはおさらばだ――そう割り切ると、先までの怒りがウソのように消えて行った。
「……ギルドに戻るぞ。もう失敗はできねぇんだ」




