第18-1話 D級ダンジョン、最深部にて ☆
ローヴェニカ南西部に出現したD級ダンジョン、その最深部。
ディオスがリーダーを務めるCランクパーティーは熾烈な戦いを繰り広げていた。
「おらぁぁっ!」
大きく振るわれるディオスの銀剣。
三日月を描くような鋭い剣筋はしかし、敵のボディを切り裂くことはない。
どころか剣は鈍く重たい音を轟かせながら、その刀身を真っ二つに割られてしまう。
「ぐぎゃああ!」
けたたましく吠える敵――グリフォロス。
その姿にはディオスたちに一瞬の油断さえも許さない気迫があった。
鳥の頭に馬の体躯を持つ、半鳥半獣のモンスター。首周りから尻尾に至るまでの要所要所を銀の甲冑で保護しており、三つに別れた尻尾は一つ一つが意志を持つ大蛇であった。
半分に折られ宙で回転する刀身がディオスの後ろに突き刺さる。
(まずい、剣を失った! これじゃ攻撃できねぇ!)
すぐに防御のフォーメーションに移り、アリアンに剣を修復させなければ――。
ディオスがそう思考し、指示を出そうとした瞬間。
大蛇を飼い慣らす三又の尾が狂暴に薙ぎ払われた。
地を這うように迫りくる曲線。描かれた弧に巻き込まれるのはただ一人、前衛で突っ立ったままのディオスだけだった。
テュアやアリアンたちが息を飲む。あんなのに巻き込まれてはディオスは生き残れないかもしれない――そんな直感が彼女たちの頭には確かによぎっていた。
だがさすがはCランク冒険者。
ディオスは使い物にならなくなった剣を握りしめ、それを襲いくる尻尾へ迷いなく突き立てる。
ずぶり、と肉を抉る感触が手のひらに。
(ちゃんと刺さってろよ――!)
次の瞬間、ディオスは地面を思いきり蹴り上げた。敵の尾に刺さる剣が重心となり、彼の体が側転をするように空中で回転する。
やがて宙に浮いたディオスの下――つまりもう誰もいないその地を、強大な薙ぎ払いが通過した。
突風に誘われ砂埃が舞う。だがディオスの口の端は不敵に歪んでいた。
(やっぱりそうだ。俺が弱いんじゃねぇ……! 俺は十分動けてる!)
パーティーメンバーが驚いたようにこちらを見上げている。
その唖然とした表情が、彼我の歴然たる力量差を示すその顔が、ディオスは大好物だ。
これで証明された、と彼は思った。
今日のC級ダンジョンの失敗は自分のミスではないと。
あれは出来損ないの魔法使いやヒーラー、盾役のせいで起きた悲劇なんだと。
(やれる――俺はもっともっと上にいける! 強くなれる!)
そう胸の内で確信し、着陸態勢に入ろうとした――その瞬間。
「ディオス! 危ない!」
「え?」
テュアの甲高い叫びとほぼ同時、視界の端で尻尾の一つが――つまり一匹の大蛇が、口をあんぐりと開いて構えていた。
だがディオスにはもうどうすることもできない。体はもう重力の落下軌道を辿るだけだ。
食われるのか、あるいは何かを吐くのか。
――否、突撃だった。
銀の甲冑に覆われた大蛇の頭部がディオスの背中に突っこんだ。
辛うじて直撃は体をひねることで回避したディオス。だがそれでも衝突の衝撃は避けられない。
突如加わった別のベクトルにより、ディオスは不規則に回転しながら落下する。
不幸中の幸いか。
彼はちょうどアリアンが後方支援している場所付近に転がった。
ディオスは血の味を感じながら、それでも指示を出した。
「ぐ……! 盾役、スイッチだ……ッ! テュアもサポートに入ってくれ!」
「りょ、了解です!」「わかったわ!」
グリフォロスへ向かっていく盾使いと魔法使いの背中。
その景色を隠すようにアリアンが側で膝をつく。
「ディオスさん、すぐに回復いたします! ――きゃ⁉」
……どういう訳か。ヒーラーはディオスよりも遥か後ろまで吹き飛ばされている。
ディオスは敵を見やる。その前で蒼白になる盾使いの顔を見つける。
ぶつん――と。頭の中で糸が引き千切られたような音がした。
ぐつぐつと煮えていた何かが一気に喉元までせり上がり、次の瞬間には怒号になっていた。
「おい盾テメェ何してんだ⁉ ちゃんと守らなきゃ意味ねーだろうが!」
「ご、ごめん……でもモンスターの魔法が強くて……!」
「弱音吐いてんじゃねぇぞカス! 仕事しねーならテメェだけここに置いてくぞ!」
「ちょっと前! 攻撃が来るわよ――!」
テュアが張り上げた時。
その時にはもう、グリフォロスの口には眩い光が集っていて。
「……ちくしょう」
爛れたような痛みを残す喉でそう言うと、ディオスは内ポケットから空色の結晶を取り出した。それを地面に叩きつける。
ふぉん、とドーム型の結界が生まれた。
クリアな空色の結界はメンバー全員を柔らかく包む。即席魔法無効化結界だ。
「テュア、脱出だ」
ディオスの乾いた指示が通る。
魔法使いはとにかく頷き、長い杖を高く掲げた。