第17話 名付け親になったんだが?
スライム居住区の広場(?)のような場所に寝かされてます、俺。
……青色の粘液まみれになってるけど。
そろそろいいぞ、と言われたので上体を起こす。視界の端でどろーん……と粘度たっぷりの何かが垂れ落ちる。一応薬らしいので嫌だとは言えないが……全身どろどろである。
「うわぁ……デリータさん、すごいことになってますよ」
言われんでもわかる。そのぎこちない笑顔をやめるんだアモネ。
すると、すぐ側で先ほど最も好戦的だったスライムが申し訳なさそうに言ってきた。
「本当にごめんな。おれたちはどうしてもニンゲンに対して恐怖心が勝って……」
「お前たちが謝る必要はないさ。こうして至れり尽くせりの手当までしてもらってるんだからな」
至れり尽くせり、のな!(もうちょっとやり方なかったのか⁉ とは思ってる)
「……正直おれたち、驚いてるよ。まさかニンゲンとこんなふうに話す時が来るなんて」
伏目がちに呟くスライム。
まったく同感だが、そこまでしみじみしなくてもいいんだが。
「確かにわかってる。ニンゲンたちがおれたちをモンスターとして捉えていて、危害を加えてくる危険な生物だと認識していることもわかってる。……でも魔物にだって優しい種族や個体だっているんだぜ?」
「お前たちを見てればわかるよ。攻撃だって自衛のための攻撃にすぎないんだろ?」
「……それでもニンゲンは暴力的だ。おれたちを見つけた途端、嬉々として剣を振り回してくる。魔法を放ってくる。大人から子どもまでみんなそうだ」
決して口には出さないが、これは冒険者としての常識だ。
誰でも初めは殺生なぞ簡単にできるものではない。モンスターを始めとする生き物を殺す恐怖や不安などの負の感情は必ず付きまとう。
それを拭い去るための第一歩。その役に白羽の矢が立ったのがスライムなのだ。
弱い・手軽・罪悪感薄い(生き物感があまりない)。
かけだし冒険者にとってこれほどありがたい三拍子が揃うモンスターは他にいないからな。
……しかしそうだな。こうしてモンスター側の話を聞いてみれば、冒険者の都合など知ったこっちゃないってものだ。
「何もしていないのに、攻撃しようとも思ってないのに、おれたちはいつだって命を奪われ続けてきた……先祖も、かつての仲間も、友人も恋人も、みんなそうやって死んでいった」
「俺が謝ってどうにかなる問題じゃないのはわかってるけど……本当にごめんな、人間が」
「辛い思いをさせてしまってごめんなさい……」
アモネは深々と頭を下げる。額が地面にくっつきそうなほどに。
その平伏しようにスライムはぐでーんと半分溶けながら、
「やめてくれよ。二人は唯一敵意を向けずに済むニンゲンなんだ。せっかくだから皆とも話してやってくれよな」
と茂みから顔を出して、俺たちの様子を伺っているスライムたちを目視した。感情表現、独特すぎる。
こういう場合はどうスライムたちを呼べばいいのだろう?
『おいで』はペット感がスゴイから違う気がするし、『こっち来いよ』もちょっと乱暴だろう。
……いっそ『ちくしょう俺を粘液まみれにしやがって!』と追い回してみるか……?
などと考えあぐねる俺の傍ら。
「スライムさんー! こっちにきて話をしませんかー?」
……アモネ、女神さま‼
愛嬌のいいアモネにスライムたちも警戒心を一気にマイナスまで引き下げ、まるでご主人さまの胸に飛び込むように彼女の巨乳へと吸い込まれていく。
どさくさに紛れて俺も飛び込んでやろうか……と邪念が頭を横切るが。
それを阻止するかのように、今度は別のスライムたちが俺の元へ飛び込んできた。
「ニンゲン大きい!」「顔もでかい!」「どろどろだー!」
「顔がでかいは悪口だぞ」
こんな軽口も叩けるのだから、きっと良い奴が多いんだろうな。
それから俺とアモネはスライムたちと他愛もない会話をして過ごした。
スライムの生態についても色々聞いた。このモンスター、結構奥が深いのかも?
―――ふと。視界の端に白スライムを見つける。
元の姿のままだが……茂みの下でぽつりと佇んでいる。
馴染めていないのか……? いやでもスライムたちのこと仲間って言ってたし……。
ボムッ! と今度はヒト化するスライム。白髪青目の少女が膝を立てて大人しく座っている光景に早変わりだ。
すると、彼女の元へもスライムが集まっていく。
相変わらず無表情ではあるが……もしかして。
俺は近くで騒いでいるスライムたちに尋ねてみた。
「……なぁ、お前たち人間になりたいのか?」
「なれるの?」「スライムの形じゃなくなっちゃうの?」「背が伸びるってこと?」
思いがけない質問だったのか、彼らは口々に疑問を発した。
説明よりも見た方が早いだろう。俺は白スライムを呼ぼうと声を出す――
「あー待て待て。ちょっと――……あ」
が、これまた呼称問題発生。
思えばここに来るまで彼女とまともな意思疎通を図っていない。会話をしない相手の呼び方など知らなくても良いのだから無論名前も知らない。
ちょっと距離もあるし……アモネに頼むか。
思った矢先、一連の流れを見聞きしていたアモネが言ってくる。
「名前、デリータさんがつけてあげてはどうです? スライム時の呼ばれ方はあるみたいですし、人間になった時に使う名前があったほうが便利かもしれませんよ。わたし連れてきますね」
え。
返事をする前に動き出したアモネは、手際よく白スライムを連れてくる。
「ボクに用事……?」
ひょい、と俺の前で降ろされた白スライムが問うてきた。顔、近……!
俺は一度喉を鳴らし、
「ヒ、ヒト型のお前に名前があったら便利だと思うんだが、どうだろう? スライムの時と同じでいいなら特につけないけど」
彼女はぽーっと表情を変えずに天を振り仰ぐ。
もうこのまま目線が俺に戻って来ないんじゃないかと心配になる頃、満を持したように彼女の青い瞳に俺が映った。
「……つけて、名前」
俺がウィズレットさんに報酬の前借りをする時の瞳。そんな目をされようものなら断れるはずもない。
考え、思い出し、また考え、俺は告げた。
「シャーロット、なんてどうかな。解呪した時の俺の願いも込めさせてもらった」
小さく繰り返す白スライム。それが二度か三度続いた後、腑に落ちたように彼女はこくりと頷いた――
「……シャーロット、うん、わかった」
刹那。
ゴゴッ‼ と彼女の周囲におびただしいほどの衝撃波が発生した――……ような気がしたがすぐに消えてしまう。
「な、なんだ今のは……?」
「?」
シャーロット自身も気づいてない。気のせいだった、のかな……?
「ま、まぁいいや。とにかくシャーロット、ちょっとスライムになってみてくれ」
ぼむっ、と白スライムへ。
「んじゃもう一回人間に」
ぼふっ、と人間へ。
俺はスライムたちを見回して、
「――とまぁこんな感じで、いつでもスライムに戻ることはできる。だから背は伸びるが本来の姿を捨てることにはならない」
「よさそー!」「便利そうー!」「背が伸びるー!」
どうやらヒト化に興味を持ってくれたようだ。
もしかするとスライムはヒトに懐きやすい性質を持っているのかもしれない。スライム状態のシャーロットには近づかないのに、ヒト化するだけで彼らの反応は明らかに変化している。
……もっとも、俺が気になっているのはなぜスライム状態の時は孤立しているのか、だが。
「悪いがアモネ、少しこのスライムたちの相手を頼めるか? 俺は一旦クレブの所へ戻って、スライム用の薬があるか確認してくる」
「でもデリータさん、もしマッシブファングみたいに巨大化しちゃったりしたら……!」
「その時は《消去》で薬の効果を消せばいい。そうすりゃリスクは限りなくゼロに近くなるだろ? ……なんでさっきそうしなかったんだろう俺」
「デリータさん、かわいい所もあるんですね」
いまのどこが可愛いってんだ。
「わかりました。スライムさんたちの相手はわたしにお任せください」
おう、頼んだ――そう返した直後だった。
シャーロットが俺の服の裾をがっしりと掴み、
「……デリータ、ここで待ってて。シャーロットが行ってくるから」
「え、ちょっとシャーロット! ……行っちまった」
一人で大丈夫だろうか? と内心思うが、そんな俺の思考を遮るように残されたスライムたちが一斉に飛びかかってくる。
「あそべー!」「デリータあそんでー!」「背を伸ばす方法ってあるー?」
さっきからやけに身長気にしてるやつがいるな。スライムの世界でも高身長のほうがモテたりすんのかな。
まぁいいか。大人しくシャーロットの帰りを待つことにしよう。
だが、上げた腰を再び下ろそうと思ったその時。
「た、大変だーっ! ヤツが……アカオニが来たぞー! みんな逃げるんだーっ!」
遠くから、そう叫びながらやってくるスライムたちの姿があった。
俺たちなどには目も暮れず走り去ってしまう。
「デリータたちも早く逃げるゾ! アカオニが来ちゃったらしい!」
「アカオニってのは何なんだ?」
「魔物喰らいのモンスターだな。主食はおれたちスライムなんだ」
主食がスライム。
シャーロットが廻天計画研究所を出る時に言っていたのはこのことか。
ならば、それは俺たちがここへやって来た目的を果たす時が来たということ。
シャーロットの涙の意味を噛みしめて、
「行くぞ、アモネ」
「はい、デリータさん!」
俺たちはスライムの流れに反するように走り出した。