第2話 女の子が襲われているんだが?
パーティーを追放された俺は、ここ――ローヴェニカをあてもなく歩いていた。
はぁーあ、どうするかな、これから。
冒険者をやめて自由に旅をするってのもありだけど……いや、そんなことしてる場合じゃないか。
ディオスの言っていたように国の外は常に戦場だ。どこからともなく湧いてきたモンスターという異形の存在に俺たちは精一杯抗っている。
それに加えて俺の《ダメージ吸収》は――、モンスター相手でも結構使えると思うんだよ、こんなふうに。
……と、俺は露店のケースに並べられたリンゴに手を触れた。
瞬間、リンゴがパッと消える。
そうなのだ。俺は《ダメージ吸収》を使い込み過ぎた結果、いまや《ダメージ吸収》どころか《消去》レベルのことができてしまう。簡単に言えば《なんでも消せる》ようになってしまった。
もちろん条件はいくつかある(たとえば命を直接消すとかはムリ)が、それでも大抵の物事は消せてしまう。
《消去》とはそんな力。ゆえに旅なんかしてないでモンスター討伐に励めと心の中の小さな俺が叫び散らしているのだ。……おっといけない、このままではリンゴの窃盗犯になってしまう。返しておこう――と一〇メートル後方のリンゴケースへ戻しておいた。
でもなぁ、ディオスのいる冒険者ギルドにはもう行きたくもないし……などと思っていた俺は突然、誰かの大声を耳にする。
「――やめて! 放してくださいっ!」
近い。俺は身に染みた冒険者精神に足を動かされていた。
やがて付近の通路で人だかりを発見する。それをかき分けて前へ前へと進んでいくと。
――今まさに、両刃片手剣を振り下ろす男の姿があった。
大剣が落ちる先にいるのは、ロングの金髪の少女。
俺は思わず飛び出した。
「あぶな――」
がぎぃん! と鈍い金属音がこだまする。
な……あの女の子、剣を素手で弾き返した⁉
三人の男たちも驚愕している様子。しかし間もなく我に帰り、女の子の手首を乱暴に掴み始めた。
「良いから大人しくしやがれってんだ!」
わずかに遅れて動き出した俺も彼らに近づく。
そして女の子の手首を掴んだ男の腕をがっちりと握りしめて、
「おい、その辺にしておけよ」
「誰だお前。ジャマすんならお前ごとぶちのめすぞ?」
強面の男が俺を睨み下ろしてくる。俺は負けじと視線を返した。
「できもしないことを口にするなよ。弱く見える」
「テんメェ……なめやがって! いくぞお前ら!」
三人の男たちが一斉に剣を構え、ためらうことなくそれを振りかざしてくる。
「「おらぁ!」」
三者三様の片手剣が空を切った。まぁ半身で回避できるくらい雑な太刀筋だからな。
続けざまに仕掛けられる猛追を、ことごとく躱しきった俺は
コツコツ、と。
奴らの剣の刀身をドアのノックよりも優しく叩いてやる。その刹那、
しゅん、と。三本の剣から刃の部分が跡形もなく消え去った。
柄だけを握る男たちへ、俺は静かに問う。
「……どうした? もう終わりか?」
男たちが息をのんだ。生唾を飲む音が鮮明に耳を叩く。
表情が強張っていく。恐怖に浸食されていく。
俺はすっかり青くなってしまった奴らへ更にもう一歩を踏み出し、手をかざした。
「そっちが来ないなら俺から行かせてもらおうか。さぁ、どこを消されたい? 目か? 内蔵か? それとも――」
「に、逃げろぉぉぉおおお!」
あ、逃がしてしまった。だが反省の様子は見られないな……よし――ズボン消去だ。
パンツまる出しの三人組が遠くへ走っていく。どうやらまだズボンが消えたことに気がついていないようだ。そのままローヴェニカの治安組織に捕まっちまえ。
ふぅ、これで一件落着だろう。悪人退治もしたことだし、今日はもう宿屋に戻ってオーナーと酒の一杯でもひっかけるか、なんて考えていると。
「あ、あの……助けていただきありがとうございました!」
長い金髪の少女がこれまた丁寧に頭をさげている。なんかつられて「いえいえ」と俺も頭をさげた。
なんだか小奇麗な女の子だ。薄いピンクのふんわりしたワンピースに汚れ一つない肌。服の上からでもわかる巨乳とスタイルの良さ。しかも可愛いときたか……。
この出会いに感謝したくなるのが普通だが、オーナーから怪しい話を聞いていた俺に限ってはそうならない。オーナー曰く、美女が悪徳集団と手を組んでトラブルを装い、手を出してきた冒険者から金を巻き上げるという自作自演があるらしいのだ。
……きっとこの子もそうだ! 状況ができすぎている!
きっと服装に似合わない剣をぶら下げているのも脅し使用のためだろう。ただでさえ俺は金がないのだ。こんな所で金を奪われる訳にはいかん――と俺はそそくさと場を離れるべく、
「たまたまそこを通りかかっただけだからね。それじゃ」
「え、え、もう行っちゃうんですか⁉ わたしまた襲われるかもしれないですよ⁉」
なんと袖を掴まれる俺。
ちくしょう、あくまでも罠にかかったエモノは逃がさないってか……!
「え、え、縁起でもないこと言うなよな。大丈夫、君のその……素手で両刃片手剣を弾き返すほどの力があればどんな相手でも――」
「こんな所にいたか、アモネ」
野太い声が聞こえてきた。同時にああ、財布が終わったとも思った。
見ると、脇に軽装備ではあるが強そうな男を護衛につけた恰幅のいい男が。きっと自作自演集団のボスに違いない!
ええい、いっそこいつらまとめて消してしまおうか――と思った俺だったが、
「お、お父さまっ⁉」
アモネと呼ばれた少女はそう口にした。俺の袖がいっそう強く引っ張られる。
恰幅の良いひげ面の男が重々しく口を開く。
「遊び歩いてる時間はない。相手を待たせる訳にはいかんのだ」
「い、嫌です! わたしは……わたしは自由に生きたいっ!」
「……やれやれ、いつになってもバカ娘はバカのままだな。お前たち」
「はっ」
護衛の男たちが一歩二歩と俺たちへ近づいてこようとした。
……まぁ、何か深い軋轢でもあるのだろう。どこの家族でも似たようなものだ。
だが。
俺はアモネの前へ躍り出る。
「自由に生きたいって本人が言ってるんだ。子どもの背中押してあげんのが親の役目ってもんじゃないのか」
「……誰だね君は」
威厳のある睨みへ、俺は怒りの微笑みを突きつける。
「通りすがりの冒険者だよ」