第16話 スライムがケンカしているんだが?
白スライムの後を追い駆ける。
道中、彼女はヒトの姿からスライムの姿に戻って進みだした。
それを見たアモネは感嘆の声をあげて、
「おおー、変幻自在って感じで良いですね。わたしもスライムになれるでしょうか」
「アモネはならなくていいだろう」
言いつつも、俺もちょっとはなってみたいとか思ってる。
すいすい進んでいるのを見ると、意外と移動速度も速そうだし……。
森の中を進み、脇道に逸れ、小川を飛び越え――とスライムを追いかけて進んでいくと、やがて彼女は小さな茂みの前で俺たちへ振り返った。
「ついた。ここ、ボクの仲間たちがいるところ」
淡白にそれだけ言うと、スライムの姿のまま茂みの奥へ潜っていく。スライムのままでも喋れるのか、便利でいいな。
俺とアモネも体を屈めて茂みへ潜る。すると――。
「デリータさんスライムがたくさんいます! こうやって見てみるとかわいいものですねぇ」
おお……! これはちょっと感動かもしれない。
広がる風景は、一見すればただの森の中。
だがよく見てみると、一つの集落としての機能が備わっている……っぽい。
スライムが暮らす場所なので俺にはどこで何をするのかなど詳しいことはわからないが、間違いなくその他の場所に比較すれば区画が整理されていると思う。
何より……たくさんのスライム!
あちらこちらでぴょんぴょんと垂直に跳ねるスライムが大勢いるのだ。
アモネの言うように、案外かわいいモンスターなのかも……。
だが、相槌を打ちそうになった俺は口を引き結んだ。
「気持ちはわからんでもないが、和んでいる場合じゃなさそうだぞ」
アモネにはあのスライムたちがただ飛び跳ねているようにしか見えないかもしれない。
けれど彼らの無機質そうに見える瞳には――確かに宿っている。
かつてのパーティーメンバーだったディオスが、俺に向けていたような感情が。
それを裏付けるように、白スライムは彼らと口論をしているらしい。
「ち、違う。この人たち、ボクを助けて――……だから、そうじゃなくて……!」
激化していきそうな舌戦。双方の言い合いが徐々(じょじょ)に加速していく。
「どうやら歓迎はされてないみたいだぞ」
「そ、そんなことありませんって! 白スライムさんもあんなに優しいんですからきっとお仲間さんも――!」
「んじゃ試してみるか。――『呪縛権能』、消去!」
白スライムから取り払ったように、彼女と口論するスライムたちの『呪縛権能』を解呪した。
彼らの体から禍々しい鎖が浮かび、解けたその瞬間。
「ニンゲンだー! ニンゲンがきたゾー! 戦える者は集まれーっ! みんなで力を合わせれば二体くらいどうにかなる!」
お、思ったより好戦的というか血気盛んというか……。
「……聞いたかアモネ。二体くらいならどうにかなるらしいぞ。俺たちはどうにかされてしまうらしい」
「うぅ、そんなぁ……」
すると、突然声が出るようになったことに気がついたのか、スライムたちにわずかながらのクールタイムが。
「ア、アレ⁉ おれたち声が出せるようになってるゾ⁉ なんでだーっ⁉」
「この人たちのおかげ。この人たち、敵じゃない」
おお、これは宥められるか⁉ なんとか頑張ってくれ白スライム!
だが直後。声援虚しく、スライムたちは再びけんか腰になって怒号を再開した。
「そんなこと言って、ニンゲンとおれたちに復讐でもする気だろ、シロ! そうはいかないからなー! みんな集まれーっ、集まるんだーっ!」
わなわなとスライムたちが集ってくる。二〇体くらいはいるだろうか。
このままだと言い争いだけでは済まなくなりそうだ。
なので俺は一歩前へ出て、
「待ってくれ。俺とコイツは君たちに危害を加えようなんてまったく思ってない。だから落ち着いて話を――」
火に油を注いでしまったらしい。
スライムたちからいっそうの怒号や非難が飛んでくる。俺の声がかき消されるほどに。
「……デリータさん」
さすがにアモネも現実を理解したのか、心配そうに呟いた。
先頭に立つスライムが叫んだ。
「ニンゲンはウソをつく生き物だ! そしてシロ、お前も同罪だー! みんなかかれ! 一斉攻撃だーっ!」
ときの声とともに、まるで雪崩が迫りくるような勢いで二〇体近くのスライムが突撃を始める。この数ともなると、ぷにぷに跳ねていた音にも厚みが増して気圧されそうになった。
「アモネ、彼女と一緒に後ろに下がっててくれ」
「わかりました」
アモネが白スライムを抱きかかえ、俺の後ろへ飛び退る。
それと反対に動くように俺は更に前へと躍りでた。
アモネと白スライムに被害が及ばないにしなくてはな。
間もなくして、スライムたちの猛攻が始まった。
猛攻とは言っても、一つ一つの魔法は大した威力ではない。どれも最弱モンスターに相応しいていどの魔法だ。
ただそれが、四方八方から驚くべき速度と物量で襲いかかってくるだけ。
俺は体側に消去の平面を作るべく、アモネたちに届きそうなもののみを剪定するべく打ち消していく。
「いつもそうだ! ニンゲンは外面だけで物事を判断する! お前たちのせいで一体どれだけの仲間たちが死んでいったと思ってるんだ⁉ おれたちがいつニンゲンに攻撃をしかけた⁉」
加速する魔法攻撃。
しかしながら被弾する数多の魔法よりも、声音に激情を滲ませたその台詞のほうが、どうも俺の深い所を抉ってくるらしい。
“外面だけで物事を判断する”
そうだ。ディオスのやつだ。
ディオスにパーティーを追放された時に、俺がまんま思ったことの一つじゃないか。
パーティー全員の強化を思って、あえて手を抜いたように見せた行動。
内情を知ろうとすれば、パーティーのことを考えて動いていたメンバーだとわかっただろう。
でも奴はそうしなかった。だから俺はここにいる。
そして俺は思う。
俺と同じ傷を、想いを、感情を、目前のスライムたちは味わっているというのか――?
止まぬ咆哮、火球、氷塊、雷撃。
ダメージが蓄積してきたか。体のあちこちが痛む。
「なのにニンゲンは……おれたちの姿を見るや狂ったように攻撃をしてくる! 意味もなく燃やしたり凍らせたり雷を落としたり……もうウンザリなんだ! どうせお前だって同じさ!」
同じ――か。
そりゃそうか。スライムから見れば相手が人間ってだけで敵になるよな。実は俺もお前たちと同じ側だったんだ、なんて言っても意味はない。
いや、決して同じなどではないだろう。
彼らは仲間を失っている。家族を殺されている。
……ただ追放されただけの俺なんか、むしろ運がよかった方だ。
無慈悲にも確実な速度で傷を増やしていく体を一度見て、俺は改めて思う。
今、こうしてて正解だったと。
アモネと白スライムだけを守るように動いてよかったと。
彼らに一度でも攻撃姿勢を見せないのが最適解だったと。
「な、なんで避けない! なんで守らない! なんでやり返してこない!」
その問いに、俺は無言を貫く。
やがて……といってもどれくらいの時間があったのかはわからないが、スライムたちの手数は徐々に減っていき、ついには火の粉さえ飛来しなくなっていた。
「なんで……なんでそこまでするんだ……! たかがニンゲンなのに……!」
「敵じゃないって言ってるのに攻撃したら敵になるだろ?」
激痛で体から力が抜ける。倒れそうになるのをアモネが助けてくれた。情けない。
でも、これだけは言いたい。
「だから俺が初めてになるよ。お前たちの……少しも悪くないのに奪われ続けたお前たちの味方になるよ」
数秒、あるいは数十秒だろうか。物静かな時空がスライム居住区を覆い。
ほどなく静けさを引き裂いたのは、しんみりとしたモンスターの謝罪だった。
「気持ちは……伝わったよ。ごめんな、ニンゲン……」