第14-1話 露出狂がとんでもないことを言っているんだが?
あの三つの矢印がついた看板、やっぱり白衣の少女が向きを変えていたらしい。
この近辺に訪れる人の多くは彼女を目当てにしているからだそう。『研究所に行って、自分がいなかったら二度手間になるであろう?』という気遣いらしい。逆にややこしいと思うのは俺だけか?
そんな話を聞きながら俺とアモネは研究所へ案内された。
中に入るや、俺は周囲を見回す。大きめのダイニングテーブル。散乱する書類。階段下のハンガーラックにずらりと並ぶ同じ白衣。なんというか……あまり研究所という印象を受けなかった。
「ここが研究所……なのか? なんか普通の民家に見えるけど」
「ワタシの居住空間も併設しているからな。民家に見えて当然だろう」
白衣の少女はモンスターの死骸を大きな壺の中へ放りこんだ。
長い棒で壺をかき回し、ぐつぐつと煮込んでいる。もう魔女にしか見えん。
すると彼女は白衣の裾とおさげにした紫色の髪を揺らしながら傍目に問う。
「それでキミたちはワタシに何の用だね? これでも業務が非常に、ひっじょぉ~にっ、滞っているんだ。モンスター討伐やくだらん恋愛相談などは受け付けておらんよ」
誰が露出狂に恋愛相談をするんだ。
「俺たちはローヴェニカの冒険者ギルドから依頼を受けてきたんだ。実験助手、だったか? 訳あって金がなくて困ってる。それで――⁉」
言い終わる前。
突然白衣の彼女はこちらに駆け寄ってきて、俺の両手を優しく手に取った。
死んだ魚の目に見える瞳に、薄っすらと希望の光が揺れている。
「え、ちょちょちょっと何やってるんですかあなたっ‼」
大慌てでその手を引き剥がそうとするアモネだが、しかし見かけによらず剛力な彼女の腕を動かすことは叶わない。
「それは本当か」
真っ直ぐに据えられた曇り一つない瞳に俺は首を傾げる。
「本当にワタシの実験の助手をしてくれると言うのだな?」
「も、もちろんだ。そのために来たんだから」
「デリータさんから手を放して下さい~っ!」
ぎゃんぎゃんと喚くアモネなど相手にせず、白衣の少女は一歩下がる。
そして背筋をぴんと伸ばして、
「助手への申し出、感謝しよう。ワタシはイロートデス・クレブ。この廻天計画研究所の責任者であり住民だ」
「俺はデリータで、こっちがアモネ。よろしく頼むよクレブさん」
「クレブでいい。さて、早速手伝いをしてもらおうか。これを」
クレブが目の前で生着替えを始めた――⁉ と思ったら白衣を脱いだだけだった。ただでさえ目のやり場に困っているのに、これでクレブは全裸一歩手前である。
だが彼女は意に介す様子もなく白衣の内ポケット――カスタマイズされているのか、陳列棚のような収納数を誇る内側だ――から、手慣れた様子で何かを取り出した。
それを俺とアモネに乱暴に、けれど正確に渡してくる。
「注射器……ですか?」
「注射器、だな」
手元に積まれたのは一〇本の注射器だった。緑色の液体が中でゆっくりと波打っている。
とても体に悪そうな色をしているな……とか思っていると、もう壺の作業に戻っていたクレブが事務的に説明を始めた。
「その緑の液体をモンスターへ注入してきて欲しい。相手は手頃なものでも厄介そうなものでも構わない。とにかく成功例が一つでも多く欲しいんだ。ただし失敗した場合には何が起こるかわからない。くれぐれも万全を期して取り組むように。以上、行ってきてくれ」
……はい?
勝手に自己完結して満足してるようだが、俺もアモネも疑問符が止まらんぞ?
俺はクレブに詰め寄るように、
「いやいや『以上』じゃないだろ。もっと詳しく説明してくれないのか?」
「?」
子猫みたいに首を傾げてやがる。おさげの片っぽが壺ん中入ってるぞー。
「そうですよクレブさん。ただでさえ何をやっている研究所かもわからないというのに、こんな得体の知れない液体をモンスターに打ってきてなんて……すんなり飲み込めませんよ?」
その通り。アモネ、言いたいことを全部言ってくれたな。
クレブは心底意味不明だ、という表情で目をぱちくりさせていたが、やがて壺の作業を止めて一息。
「……ふむ。キミたちは変わっているな。先日の冒険者などは理由も聞かずにさっさと済ませて稼いで帰っていったというのに」
近くのテーブルに腰掛けたクレブは足を組んだ。
ちょうどよくもほっそりとした肉付きが重なる。角度的な問題もあるが……なんだか履いてないみたいに見えてしまう。ごくり。
「良いだろう。ではアモネの質問から答えるとしようか」
いかんいかん。こっちに集中せねば。
「ここは廻天計画研究所。大まかな分類が許されるのであれば創薬研究を行っている研究所だ」
創薬研究。つまり薬を作っている研究所、ということか。
「そしてキミたちが今手にしている緑の液体は、紛うことなくワタシが創り上げた薬。大量生産できないのがネックだがそれなりに効果があると期待をしている新薬だ」
俺とアモネはほぼ同時に手元に視線を落とした。
多分考えていることは同じだと思う。
「……で、これ何の薬なの?」
イロートデス・クレブはたいそう当たり前のように言い放った。
でも、俺たちにとってはもちろん耳を疑うような話だった。
「モンスターをヒト化させる薬だ」