第10話 嫌な予感がするんだが?
女の子はウィズレットさんに任せておいた。
俺とアモネは聞いた住所へ向かい、ドアを蹴破る勢いで開け放つ。
……なにか最悪なことが起きている。室内に入った瞬間そう理解した。
引き千切られたピンク色のフード。床に散らばる大量の金貨。奇しくも六千万ゲルくらいはありそうだ。
「デリータくん、これ!」
アモネが俺を呼び、視線を床へ誘導してくる。
カーペットの一部に不思議な記号が刻まれていた。ちょうど尖った石の先で抉ったような筆跡だった。
「この記号……」
そして俺もアモネも知っていた。それは荷物持ちがダンジョンで使用する暗号だということを。
確かあの時、キャリーは……
必死になって会話と説明を思い出す。その結果、解読した暗号は、
「『東 三キロ 〇△×□』……他は読めそうにないな」
だが方角と距離さえわかれば、少なくとも行き先の検討はつく。
事態は差し迫っている。すぐに向かわないと。
「俺はすぐにキャリーの所に行く。アモネはどうする?」
「もちろん行くに決まってます!」
胸の前でぐーを作るアモネ。気合い十分なのは結構なことだが……。
「……忘れてそうだから言うけど、いま剣持ってないぞ?」
アモネはゆー……っくりと視線を鞘へ落とす。そこで数秒固まり、やがて笑顔になって、
「……はい! ここは気合いとスキルで乗り切ろうと思いますっ!」
自信の力ってすごい。でも心強いな。
「わかった。俺も最大限守れるようにする。急ごう」
◇
「前がほとんど見えないな……」
ローヴェニカを出発して二〇分くらいだろうか。
ずっと東へ進んできた俺たちの前には、無限にも思える霞が広がっていた。
五メートル先も危うい環境。ただの平原が奥深い迷宮にさえ感じてくる。
俺の服の裾を掴みながら歩くアモネが呟いた。
「東に三キロならこの辺りになるかと思いますけど……見事に何もありませんね」
本当にそうだ。何もない。
霞で視界が不安定だから何もないように感じる、という話ではない。歩いても歩いてもほとんど景色が変わらないのだ。辛うじて変わるのは転がる小石と雑草のサイズ感くらいである。
……なんだか数分前の考えを疑いたくなってくるな。
本当に『東に三キロ』で合っていたのか。キャリーがあの暗号で伝えたかったことは居場所なのか――思わず思考が巡り始めた時。
ふいに、視界が明るくなっていくような感じがした。
「ちょっと霞がマシになってきたか?」
「そうみたいですね。この辺りだけ気象条件が変わっていたりするのでしょうか?」
この周辺だけがピンポイントで? ありえるか?
後ろをそれとなく見てみる。しかしそちらは相変わらず不明瞭。どうやら本当にアモネの言った通りになっているみたいだな――そう返そうと思った俺は口を噤んだ。
…………? 何やってるんだあの人?
三〇メートルほど前方。何もない空間をぼーっと眺める人影が見えたのだ。
その人影はしかし、俺たちに気がつくこともなく、更に奥の霞へと消えて行ってしまった。
人影が立っていた付近で立ち止ってみると、
「ここ、何か変だな」
アモネが何かってなんですか? と言いたそうな顔をしている。
だが、何かとしかいいようがない。
一帯を包む霞が、見えない壁に区切られているような感じだ。それを示すかのように、すぐ目の前の白い気体がちょうど半々で違う色合いを見せている。
ま、ものは試しだ。やってみよう。
「消去」
「うわぁっ⁉」
アモネが驚愕の声を上げた。思いのほか変な声が出てしまったことが恥ずかしいらしく、俺の背中で身を潜めている。いや隠れられてはいないのだが。
だが重要なのは、いきなり現れた廃れた屋敷のほうだろう。
赤い屋根と白い壁。外観こそ立派な二階建てではあるが、剝がれた塗料と薄暗さも相まって、怪し気な館にしか見えない俺である。
「どうやら巧妙に隠されていたみたいだな。……にしても」
「なんだかイヤな想像をしてしまいますね……」
アモネも同じことを考えていたようだ。
「ああ。果たしてこんな場所を選んでこんなに上手に姿かたちを隠せるものかな――モンスターに」
「……、」
言い換えれば、モンスターに居場所を隠すような《スキル》が使えるのか? という決定的な疑問だ。
だが。
「今は考えても仕方ないな。キャリーが残した記号通りならアイツはここにいるはずだ」
「はい」
初めてアモネに緊張が現れた。引き結ばれた唇がへの字になっている。
なんだか妙に真剣なその顔が面白くなってしまった。
俺は微笑してアモネの頭に優しく手を置く。
「そう肩肘張らなくても大丈夫だ、アモネ。何かあったら俺が前に立つから」
「……はい!」
キャリー救出、開始だ。