第9-2話 荷物持ちが正直者すぎるんだが?
歓喜の熱も冷めやらぬギルドの中、俺はウィズレットさんから六千万ゲルを渡された。
大きな革の袋を覗きこむと、目も眩むような黄金の輝き。俺でなきゃ人生棒に振るレベルの金額だろう。
同じように覗きこむアモネに言ってみた。
「六千万もあれば……ちょっとはいい宿に泊まれるよな?」
「余裕ですよ! ……ってえぇ⁉ もしかしてデリータさん、わたしと同じ宿に泊まろうとか思ってます……?」
「その方が何かと便利なんじゃないか? アモネと待ち合わせだってしなくて済むし」
なぜかアモネは「い、いや、でも、その同じ部屋っていうのは……」とごにょごにょ言ってもじもじしている。同じ部屋とは言ってないぞ俺。
そんな会話をする俺たちのもとへ、キャリーがトボトボとやってきた。
「お、お疲れさまです、ご主人……」
「おう、お疲れさん。キャリーがいてくれて助かったよ。ありがとな。あ、荷物持ちの謝礼まだだったよな。相場ってどれくらいなんだ? とりあえず三等分、二千万でいいか?」
言って、袋の中の金貨を分けようと思った時。
「すみませんご主人!」
――キャリーが思いきり頭を下げてきた。ダンジョンに入る前のあの時よりも、深く、長いお辞儀だった。
「ジブン、ジブン本当は……本当は!」
一息の間があって、荷物持ちは告げる。
「――――素材を換金したら、黙って逃げるつもりでした!」
また大切にはされなかったんだな、と胸の奥で誰かに嗤われたような気がした。
ディオスたちの顔が、俺を疎む面々が瞼の裏に浮き上がってくる。
記憶の中の彼らは俺を見下していた。無能と蔑んできていた。嗤っていた。
同じように、キャリーと共に行動した時間がフラッシュバックのように蘇る。
深々と頭を下げ、ダンジョンに入り、地面に暗号を記し、罠から逃げ、モンスターと戦い、謎の箱にもためらいなく収集癖を発動させてしまう荷物持ちの少女――。
「……そっか」
そして、未遂の罪をも白状する彼女。
黙っていればわからないことを、わざわざ伝えに来た彼女。
だからこそ、だと思う。そんな彼女だからこそ、
「ほい、じゃあこれ持っていけよ」
「…………え?」
俺はキャリーを攻める気にはどうしてもなれなかった。
革袋をまんま差し出す俺を見て、キャリーはぽかんと口を開けていた。
「あんだけ真面目に働いてたお前がそうしなきゃいけないほどだ、なにかのっぴきならない事情があるんだろ?」
「で、でもジブン……!」
「いいから。お前の抱えてる問題がこれで解決するならその方がいい。それにな……俺は怖いんだ!」
そう、怖いのだ! これは割りかた本音で!
「こんな大金を持ったことがないから使い方もわからん! 人に騙されるかもしれん! ……そういうことだから、遠慮なく持って行ってくれ」
「ご主人……! 本当にありがとうございました!」
こぼれそうになる涙を袖で拭い、キャリーはギルドから足早に去っていった。転んで金貨も転がさなきゃいいけど。
「デリータさん……」
隣。アモネが俺に微笑んでいる。彼女は噛み締めるように続けた。
「……優しいですね、デリータさん。わたしデリータさんのそういう所、ほんと、ほんとうに――」
頬を赤く染め、目を逸らした彼女だが。
そのすべてを言い終える前に、俺たちの間に野太い声が飛び込んできた。
「彼女の妹さんは体が弱いんだ」
ギルマスのゲンゴクである。アモネがふくれてしまった。
「ゲンゴクさんはキャリーを知ってたのか?」
「荷物持ちといっても最低賃金を保証するためにギルドとの契約はあるからな。これでも登録している冒険者の素性は概ね把握しているつもりだ」
なんと。荷物持ちとも関係があるとは……さすが世界が協賛する組合はすごい人脈だ。
聞くところによると、キャリーは病弱な妹の治療費のために休みなく働いているらしい。
とはいえ額が額。ちまちま貯めていては妹の命が尽きる方が先だと誰もが思っていたそうだし、実際にお医者さまからもそう告げられていたんだとか。
大事な妹のための行動、か。キャリーは最高のお姉ちゃんだな。
「……そっか。ま、たった六千万で命が救えるんなら安いもんだ」
事情を知れて良かったし、金を渡して正解だったと俺は心から思った。
◇
ギルド内の喧騒も静まってきた頃。
「次はどんな依頼を受けましょうか?」
どうやらアモネは、ランク昇格によってやる気が漲っているらしい。休もうなどとは口にせず、依頼掲示板を楽しそうに眺めている。
「そうだな……ってその前に。アモネ、お前は剣を折っちまっただろ? 先に鍛冶屋に行って剣作ってもらわないか?」
「あー……、たしかにそうですね。じゃあ行きましょうデリータさん!」
なんだか遊び盛りの子どもを相手している気分だ。
アモネと共に鍛冶屋へ向かう。
だが程なくして、他愛のない会話を広げていた俺たちは思わず息を詰めることになった。
前方。女の子がふらふらと歩いているのだ。寝巻姿のまま茶髪を揺らし、もう前に出ない裸足をそれでも前へ前へと進めようとしている。
俺たちは彼女に駆けよった。
「き、きみ! どうしたの⁉ 何があったの⁉」
「はぁ……はぁ……お――ちゃ……」
熱に浮かされているのか、女の子の声はほとんど吐息だった。
「お茶? お茶が飲みたいの⁉」
アモネの腕の中でふるふる、と首を横に振る彼女。今度ははっきりと、明確な口調で言った。
「おねえちゃんが……!」