【3】
「小石、でしたか?そうだ、もしかしたら銀貨と間違えて渡してしまったかもしれません」
我ながら咄嗟と言えど苦しい言い訳だ。
それを聞いたシスターは声を上げて笑い出した。
「そうでしょうね。銀貨同等の価値がある小石を沢山持っているから、いっそ銀貨を出した方が安く済むとお考えになったのでしょう?だけど間違えて小石の方を正直に渡してしまった。ここは正直者の町ですから」
「正直者の町?」
「偽りは暴かれるもの。無は無でしかない。この町は魔法無効化の結界に覆われているんです。魔法は存在しないところから作り出されるものなので、そういったまやかし染みた考えに嫌悪を抱いた先人が町に結界を張ったと言われています」
俺の中で合点がいった。
幻術は確かにかかっていたが、無力化されてしまっていた。
それで小石が銀貨に見えなかった。
それに冒険者がいない理由も分かった。結界が張られているからだ。
なにせ平気で人を殺そうとする奴が普通に町中にいる訳だし、何かあっても魔法が使えないなら近づかない方が良い。
そんな町って知っていれば、俺はステーキを諦めてでも近づかなかったのに!
何でそんな大事な情報を把握してなかったんだよ、俺は!
「……それにしても魔法が使えないと困りませんか?世の中、物騒な人もいるから身を護る方法がないと不安かと」
「この町を訪ねる方は滅多にいませんから大丈夫です。ただ町民も護身用の武器を持っている人はいますね。先程の店主も護身用として鎖が付いたブーメランを持っていて」
それ完全に仕留める気だよな。
「何よりもこの町に住んでいる人はみんな正直者ですから。結界のおかげで誰も嘘はつかず、自分も他者も隠し事なく本当の事を話していると信じ合っているので、安心して生活出来ているのです」
その割に俺が嘘をついていると見抜けないようだ。ある種の信仰のようなものだろうか。
やっぱりこの町自体がおかしい。
早くここを発った方が良い。
「先程からずっと顔色が悪いですが、大丈夫ですか?良ければ、一晩泊まっていきませんか」
「い、いえ、今日は泊まる予定はなかったので帰ります。もうお金もないし」
「無理しないでください。道中で倒れるかもしれませんよ。大した食事はありませんが、テイクアウトした帝王階級ステーキの余りがありますので、それで良ければ用意出来ますが」
最高級ウシ肉ステーキ帝王階級……。
食べてみたい。
もうこんな町には来ないだろうから、せめて一口くらいは食べたい。
このシスターも変な人だが、俺の嘘を見破れないレベルだし、適当に騙せるかもしれない。
ステーキだけ貰って、シスターが寝静まった頃に町を離れるか。
「では、お言葉に甘えて……」
晩飯に帝王階級ステーキを頂いた。
それはそれは絶品だった。
庶民階級の美味さとはケタ違いで、肉汁溢れる贅沢な仕上がりだった。
シスターを騙す甲斐があったってもんだ。
小石が銀貨同等の価値があるのか、何故宝石と呼ばれるのかシスターに訊いてみたが、的を得た返答は得られなかった。
「店主が言うのだから、あの重さ、大きさ、色からして銀貨同等でしょう」としか話さなかった。
この町では宝石とされる要素があったのだろうか。
安物のベッドで横になり、眠ったフリをしていた。
そもそも寝る予定はなかったが、今日の出来事を思い返せば寝られる訳がない。
ましてや教会で一晩過ごすなんて居心地が悪い。
夜中になるまで待っておくか。
あれから数時間が経過した。
もうシスターも寝ただろう。
ゆっくりと目を開けるが、真っ暗で何も見えない。
少しずつ目が慣れてくるのを待つ。
ふと、視界に黒い人影が映った。
あれは……シスター?
何かを振りかざしている。
途端に強烈な殺意を感じ、俺は飛び起きた。
間一髪、寝ていたベッドにシスターが振りかざしたものが刺さっている。
目が慣れたので刺さっているものを凝視すると、大鎌だった。