【2】
最南端の町は、他の町と比べて雰囲気が違うように感じた。
町の造りや文化といったところは他と変わりないが、何だろう、この違和感。
分かった。冒険者がいないんだ。
町民ばかりで、外からの来訪者が見当たらない。
辺鄙なところにあるから、わざわざ訪れる人が少ないんだろうな。
とにかく俺はステーキを食いたい。
でも来訪者が少ないなか、そんな最高級の料理を注文したら目立ってしまう。
ここは平均的な金額の料理にしておくか。
「いらっしゃいませ」
「初めてなんだが、外の看板に書いてあるウシ肉ステーキ庶民階級を頼みたい」
「分かりました。カウンター席にどうぞ」
店の中は多くの客で溢れかえっていた。
それほどに、この店の料理は美味いんだろうな。
ウシ肉ステーキを口にし、俺は舌鼓を打った。
庶民階級なのに、こんなに美味しいとは。
最高クラスの帝王階級は、どんな味なんだろうか。
いや、それはまた機会を狙うとしよう。
食事を終え、支払いを済ませようとした。
「会計してもらいたいんだが」
「はい、ただいま」
先程、俺をカウンター席に案内した見習いのような若者が駆けつけようとしたが、店主に止められた。
「オレが対応するから、他の客の注文を取ってきてくれ」
「あ、はい。分かりました」
店主が俺の元に来て対応した。
「はい、銀貨ね」
「これは小石だよな」
……え?
今、コイツは小石と言ったか?
「いや、銀貨だけど」
「これは小石だろ」
一気に血の気が引いた。
何で?何でバレた?
今までバレた事なんてないのに?
幻術はちゃんとかけている。
間違いなく魔力を込めてから小石を見せた。
でもバレている以上、何とかしてごまかさないと。
どうやってごまかす?
そんな事は予測してないから、何も思いつかない。
どうする?どうすれば?
頭が回らない。
「この重さ、大きさ、色からして、この小石は銀貨と同等だ。いや、もはや宝石みたいなもんだよな!」
何故か店主は高揚している。
「他にも小石を持ってるだろ?」
店主は俺に詰め寄る。
もしかしたら、石を出せば見逃してくれるかもしれない。
こんな石、何の価値もないんだから、くれてやる。
持っていた小石を全て店主に渡した。
これで見逃してくれる。
さっさとここから離れよう。
「まだ持ってるんだろ。出せよ」
「い、いや、それが全てだ」
「だって、こんなに持ってたんだから」
「ほ、本当にもうないんだ」
「そうか、仕方ねえ。もういいか、ここでオレが殺しておこう」
……こ、殺すだと?
なんて物騒な事をさらりと言う店主だ。
そんな人が町中で店を経営して良いのかよ。
死にたくない。
こんな事で死ぬなんて。
嫌だ、嫌だ、死にたくない。
「さっきからうるさいですよ。他の客がいる事を考えてください。こちとら久しぶりの肉なんですから」
カウンター席の一番端に座っていた女がナイフとフォークを置いた。
「黙ってろよシスター!アンタには関係ないだろう」
女は確かにシスターの服装をしていた。
シスターが堂々と肉食ってんのか?
料理を見ると、最高級ウシ肉ステーキ帝王階級を食っていた。
しかもミディアムレア。
「大勢の前で人を殺めて小石を奪うなんて。町の守護神も、この悪しき行為をどこかで見ているのかもしれませんよ」
なんかちょっと曖昧に言う人だな。
シスターなんだから断言しろよ。
「気分を害しました。残りのステーキはテイクアウトしますので」
肉を自前の容器に静かに詰めるシスター。絵面がすごい。
「あなたたちは何とも思いませんか?客の前で罪を犯そうとする店主なんて、見苦しいでしょう」
それを聞いた他の客は「そうだ」「見苦しいぞ」と一斉に非難し始めた。
誰が何を言っているのか分からなくなるほど騒がしくなっている。
「さ、今のうちに行きましょう」
シスターが俺の手を掴んで店を出た。
状況が飲み込めていない俺は、されるがままに連れられた。
連れてこられたのは古い教会だった。
見た事もない像が祀られている。さっき言っていた守護神か。
「私はここに住んでいるのです。いつでも祈りが出来るように」
「そうなんですか。ええと……助けてもらってありがとうございました」
「当然の事をしたまでです。それより、小石の事で騒ぎになっていたんでしょう?」
「俺にも何が何だか……。銀貨を支払ったのに小石だと言われて」
「私にも見えていましたが、あれは小石ですよね?」
銀貨に見えていない。
やはり幻術が聞いていないという事か。
だが、今まで隠し通してきた事をここで正直に言うのは抵抗がある。
罪を認める事にもなってしまうし。