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失われたハロウィーン

作者: ウォーカー

 これは、ハロウィーンに家々を廻りお菓子を貰う、ある子供たちの話。


 10月、ハロウィーンのお祭りの季節。

ハロウィーンといえば、町はオレンジと黄色に彩られ、

カボチャをくり抜いて作った顔の灯籠とうろうや、

それを模したおもちゃで飾り付けされるもの。

そしてその主役と言えば、お菓子をねだって家々を廻る子供たち。

子供たちは魔女や幽霊の仮装をして町を練り歩き、お菓子を貰っていく。

かつてハロウィーンは、

知る人ぞ知るささやかなお祭りでしかなかったが、

今やすっかり定番化して、

10月には各地でお祭りが行われるようになっていた。


 片田舎のある田舎町。

その町でも、ハロウィーンのお祭りは盛大に行われていた。

秋の陽気が降り注ぐ昼下がり。

町中のいたるところにハロウィーンの飾り付けがされ、

町の子供たちは集まって、家々を廻ってお菓子をねだって歩いていた。

子供たちが見知らぬ家の玄関先に立って、呼び鈴を鳴らす。

応対に現れた中年の男の顔を見ると、笑顔で大声を上げた。

「ハッピーハロウィーン!トリック・オア・トリート!

 お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ。」

嬉しそうに声を張り上げる子供たち。

応対に現れた中年の男が、

子供たちの要求通りにお菓子を差し出して言う。

「ハロウィーンのお祭りの子たちか。

 ほら、この飴玉をみんなで食べな。」

「ありがとう!」

子供たちはお菓子を受け取ってほくほく顔。

しかし、中年の男は体調でも悪いのか、

疲れた様子で顔には少し引きつった微笑みを浮かべていた。

そんなことには気が付かず、

子供たちは元気よくお礼を言って、次の家へ向かう。

「トリック・オア・トリート!

 お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ!」

次の家で、元気よく声を上げる子供たち。

その家では中年の女が応対に現れた。

「いらっしゃい。

 ビスケットを用意したのだけれど、気に入って貰えるかしら。」

「うん!ありがとう!」

子供たちはまたお菓子を貰えて大喜び。

しかし、その応対をした中年の女もまた、疲れた表情をしていた。

それには、無理もない事情がある。

ハロウィーンとはそもそも、

子供が手当り次第にお菓子をねだって良いものではない。

玄関の明かりを点けている家か、あるいは飾り付けをしてある家だけが、

お菓子をくれるはずのものだった。

しかし、子供たちにそんな分別がつく訳も無く。

年々変化していくハロウィーンは今や、

子供たちが手当り次第にお菓子をねだり、

お菓子をくれない家にはいたずらしても良いというものになっていた。

大人たちにとってハロウィーンは、傍若無人な子供たちの行いに耐えるだけの日。

ハロウィーンが、大人と子供を遠ざけてしまっていた。


 そんな風にして子供たちは町を練り歩き、

町中の家々を廻ってお菓子を貰っていった。

しかし、大きくもない片田舎の田舎町では、民家の数にも限度がある。

やがて子供たちは、おおよそ民家を訪問し尽くして、

いつしか町外れにたどり着いていた。

頭上の太陽は傾き、夕焼けが辺りを照らしている。

目の前に広がるのは畑ばかりで、民家は見当たらなかった。

子供たちはお互いに顔を見合わせる。

「町外れまで来ちゃったね。

 もう、お菓子を貰ってない家はなさそう。」

「そうだね。

 この先には古い家ばっかりで、人は住んでないと思う。」

「それじゃあ、町に戻りましょうか。」

「・・・ちょっと待って。

 あれ、お家じゃないかな。」

町へ戻ろうとしていた子供たちが、子供の一人に言われて振り返る。

すると、その子供が指し示す先、畑の真ん中に、

一軒の古い民家が建っているのに気が付いたのだった。

子供の一人が目をパチクリとさせて応える。

「あれ?

 あんなところに家なんてあったっけ。」

「ううん、わたしは気が付かなかったけど。」

つい先程までただの畑だった場所に、突然に古い民家が現れた。

子供たちにはそんな風に感じられた。

果たして、近付いても良いものだろうかと物怖ものおじする。

しかし、よく見るとその民家には、

ハロウィーンのものであろうカボチャの灯籠が飾られていて、

弱々しい明かりが灯されているのが見えたのだった。

それを見て、子供たちが目を輝かせた。

「あれを見て。

 カボチャのランタンが置いてあるよ。」

「本当だ。

 それなら、きっと人が住んでるんだよ。」

「じゃあ、お菓子を貰えるかも。

 みんなで行ってみようか。」

「そうだね。

 あの家だけ行かないなんて、仲間外れはかわいそうだものね。」

そうして子供たちは、

ハロウィーンのお菓子を目当てに、

畑の真ん中に建つ古い民家へと向かっていった。

それが嬉しかったのか、古い民家の建物は、

愉快そうにその身を震わせたように映ったのだった。


 畑の真ん中に建つその古い民家は、一見して廃屋のようなたたずまいだった。

古くなった壁は崩れ落ち、庭先には雑草が生え放題。

それなのに、畑だけは綺麗に整えられていた。

子供たちは雑草を踏みしめ、やっと民家の玄関へたどり着いた。

玄関に近寄ってみると、

引き戸の磨りガラスにはヒビが入ってボロボロで、

それだけを見ればやはり廃屋にしか見えない。

しかし、玄関の脇にはカボチャで作られた灯籠が置かれ、

カボチャの灯籠から漏れ出す明かりは、

家の中に人がいることを主張しているようだった。

子供たちは頷き合って、呼び鈴のボタンを押す。

しかし故障しているのか、呼び鈴が鳴っている気配は無かった。

仕方がなく、傾いた引き戸を叩いて声を上げる。

「ごめんくださーい。

 誰かいませんかー。」

すると、突然。

人の気配も無かったのに、磨りガラスの向こうに人影が現れた。

音も無く引き戸が引かれて姿を現したのは、年老いた老夫婦だった。

家の中から姿を現した老夫婦は、穏やかに微笑んで、

まずは老爺ろうやから子供たちに向かって口を開いた。

「おやおや、いらっしゃい。

 もしかして、ハロウィーンの子供たちかな。」

横では老婆が同じ様に穏やかな顔をしている。

にこにこと揃って微笑む老夫婦。

その顔を見て、子供たちは何のために来たのかを思い出す。

言い淀みながらも大声を上げた。

「は、ハッピーハロウィーン!

 トリック・オア・トリート!

 お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ。」

子供たちの元気な声に、老爺が微笑んだままで応えた。

「ハッピーハロウィーン。

 こんな町外れまで、よく来てくれたね。

 それじゃあ、御褒美にお菓子をあげないとな。

 うちの家内が腕によりをかけて作ったお菓子だよ。」

促された老婆が、お菓子が入っているらしい籠を子供たちに差し出した。

籠の中に入っていたのは、大きなさつまいも。

どうやら老婆が、焼き芋を作ってくれていたらしい。

大きなさつまいもが、ごろごろと籠の中に入っていたのだった。

焼き芋が好きな人ならば、大喜びするであろう光景。

しかし子供たちには、そうではなかったようだ。

差し出された焼き芋を見て口を尖らせる。

「何?これ。

 お菓子じゃないじゃない。」

「わたし、お芋って好きじゃないのよね。

 ダイエット中なの。」

「俺、チョコレートが食べたかったな。

 せっかくこんなに遠くまで来たのに。」

焼き芋を見て、ぶーぶーと文句を言う子供たち。

しかし老夫婦には、それすらも愉快なことだったようだ。

老夫婦は笑顔で顔を見合わせて、それから子供たちに話しかけた。

「やっぱり、近頃の子供たちには洋菓子の方が良いか。」

「私たちも子供の頃はそうでしたものねぇ。

 そうだと思って、別のお菓子の用意もしてますよ。」

お菓子がまだあるという老婆の言葉に、

文句を言っていた子供たちが、にわかに色めき立つ。

「本当?何のお菓子?」

食いつくような子供たちに、老婆が穏やかに応えた。

「カボチャとカブのケーキとプリンですよ。」

「やった!

 わたし、プリン大好き。」

「俺も!ケーキ食べたい。

 どこにあるの?」

嬉しそうにそう話す子供たちは、しかし、

老婆の返事で現実に引き戻されることとなる。


 子供たちは老夫婦に連れられ、民家の脇にある倉庫へとやって来た。

焼き芋の代わりのお菓子も用意してある。

そんな老婆の話には続きがあった。

老婆は人差し指を立てて、まし顔でこう言った。

「ケーキとプリンは、これから作るんですよ。

 あなたたちと一緒に、ね。」

つまり、焼き芋以外のお菓子が欲しければ、

お菓子作りを手伝って欲しいという話だった。

老婆の話を聞いた子供たちはもちろん、

お手伝いをさせられることに不満の声を上げた。

しかし、もう他にお菓子を貰いに行ける民家も無いということで、

不承不承ふしょうぶしょう、お手伝いを引き受けることにしたのだった。

そうして、老夫婦に連れられてやって来たのはここ、

民家の脇に立てられた、古びた倉庫だった。

倉庫の中を見るとそこには、大きなカボチャやカブが所狭しと並べられていた。

八百屋やスーパーマーケットで見かけるものとは違って、

形は不揃いで大きさもまちまちなカボチャとカブたち。

子供たちは見慣れない光景に歓声を上げた。

「うわー、すごい。

 このカボチャ、お爺さんの畑でとれたの。」

「このカボチャ、スーパーに売ってるものよりも随分大きいわ。

 人の頭くらいの大きさはありそう。

 だから、カボチャでランタンを作るようになったのかしら。」

「こんな変な形のカボチャでランタンを作ったら、怖そうだもんね。」

驚く子供たちに、老夫婦が口を開く。

「それじゃあ、この中からいくつか見繕って、

 中身をくり抜くとしようか。

 刃物を使うから、わしと大きい子たちでやることにしよう。」

「小さな子たちは、私と一緒に台所に行きましょうね。

 カボチャとカブの中身を運んで、お菓子作りを手伝ってくれるかしら。」

お手伝いなど子供にとっては面倒なだけのものだが、

御褒美にケーキとプリンが待っているということで、

子供たちは素直に従うことにしたようだ。

そうして、老夫婦の指導の元、

比較的年長の子供たちは、老爺と一緒に倉庫でカボチャとカブの中身をくり抜き、

それ以外の年少の子供たちは、くり抜いた中身を台所へ運び、

老婆のお菓子作りを手伝うことになった。


 子供たちが老夫婦の手伝いをして小一時間ほど。

時刻は夕方から夜に近付いて、もうすぐ夕飯の時間という頃。

カボチャで顔を汚した子供たちの口から歓声が上がった。

カボチャとカブで作ったケーキとプリン、

それと顔の形の灯籠が、ようやく出来上がったのだった。

食器を用意するのももどかしく、子供たちが味見に群がった。

「・・・美味しい!」

「お菓子屋さんで売ってるのと、味が全然違うわ。」

ケーキとプリンの味見をさせてもらった子供たちが、

その美味しさに顔をほころばせた。

子供たちが喜ぶ姿を見て、老夫婦も満足そうに微笑んでいる。

「どう、美味しい?

 あなたたちの口に合ったのなら良かったわ。

 そのケーキとプリンが美味しいのは、

 あなたたちが手伝ってくれたおかげですよ。」

「儂らが作ったカボチャとカブのランタンも見事だぞ。

 この顔の迫力を見てくれ。

 作り物のおもちゃとは違うだろう。」

おどろおどろしい表情の灯籠を手にして、老爺も満足そう。

しかし、楽しい試食はここまで。

子供たちはもっと食べたいとせがんだが、

この時間にケーキやプリンを食べては夕飯が入らなくなるだろうと、

老夫婦はお菓子をお土産にして、子供たちに持たせることにした。

子供たち一人一人にお土産を持たせて話す。

「これ、帰ったら家族と一緒に食べるんだぞ。

 カボチャもカブも栄養一杯で、滋養強壮に良いからな。」

「作り方のメモを入れておいたから、良かったら参考にして頂戴ね。」

「うん、ありがとう。」

そうして、お土産を持たされた子供たちは、

カボチャとカブのお菓子と灯籠を手に、各々の家へと帰っていった。

老夫婦は、家へ帰っていく子供たちの後ろ姿を見送ってから、

どちらからともなくお互いの顔を見た。

「・・・これで良かったのか。

 あの子たちに、ハロウィーンの趣旨が伝わっただろうか。」

「どうかしら。

 もっとも、私たちの時に比べたら、

 ハロウィーンのお祭りの内容も、随分と変わってしまったようですから。」

「カボチャやカブの何が本当に役に立つのか、儂らにも分からんからな。

 何も分からなければ、

 自分たちが上手くいったやり方を伝えることしかできない。」

「きっとあの子たちなら、上手くやってくれますよ。

 必要が無いなら、それに越したことはありませんし。」

「そうか、それもそうだな。」

そう話した老夫婦は、

柔らかく微笑んでお互いに手を取り合うと、

夜の闇に溶けるようにして消えていった。

その後を追うかのように、古い民家の建物もまた、姿を消していく。

秋の夜、薄寒い空の下に残ったのは、綺麗に整えられた畑だけ。

そんなことはつゆ知らず、

子供たちは家に帰って夕飯を食べ終えると、

家族と一緒にカボチャとカブのお菓子を堪能したのだった。


 それから、季節は秋から冬になって。

世間では、質の悪い病気が流行するようになった。

病魔は片田舎にあるその田舎町にも及び、多くの人々が病に苦しめられた。

しかし、

カボチャとカブのお菓子を食べた子供たちとその家族は、

何故か病気の害が少なくて済んだ。

それが本当にカボチャとカブのおかげなのか、正確なことは分からない。

だが、病気に苦しむ人たちは、

藁をも掴む思いでカボチャとカブを食べるようになって、

結果として、その田舎町の被害は少なく抑えられたのだった。

そんなことがあってから、その田舎町では、

秋から冬に変わる季節にカボチャとカブを食べて、

無病息災を願うようになった。

偶然か必然か、それはハロウィーンの時期と一致するのだった。



終わり。


 10月から11月の時期なので、ハロウィーンを題材にしました。

ハロウィーンは何が切っ掛けで行われるようになったのか、

自分なりに空想してこの話を作りました。


ハロウィーンのお祭りと言えば、カボチャのランタンを思い浮かべます。

ランタンは冬にやってくる悪霊を追い払うためのものだったそうで、

元はカブで作っていたと聞きます。


もしかして、ハロウィーンの趣旨は野菜を食べることだったのではないか。

昔、カボチャやカブが豊作だった農家が、

それをたくさん食べて病気に耐えたのかもしれない。

余った皮でランタンを作っていたので、当時の人々には、

まるで恐ろしげな顔のランタンが悪霊を払ったように見えたのかも知れない。

そんな風にハロウィーンの始まりを想像して物語にしました。


お読み頂きありがとうございました。


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