第六章 回避
「待ってーっ!! 待って待って! これどういうこと!?」
あまりの衝撃に私は体を起こして周囲を見渡した。
そう……ここは私の部屋。一人暮らしを始めてもう六年、コツコツとオタク部屋にした六畳半のスイートルーム。
「うそ、でしょ……夢だったの?」
着ている長めのトレーナーは汚れ一つない。靴ずれ用の絆創膏だって剥がしたはずなのにそのままだし……
「あんなリアルなこと、全部……夢?」
絶望というのは、こういうことを言うのだろう。異世界に転移したとばかり思っていたのに、私は最初から夢を見ていたのだ。
私は……SOSのサ終が、獣人国の滅亡が悲しすぎて、あんな夢を……
「うっ、うぶっ……」
理解すると涙出てきた……スマホ、スマホ見よ……
「ユエン隊長……うぇ、やっぱりかっこいい……」
SOSを起動させると、推し設定にしているユエン隊長がメイン画面に出た。
『さっさと次に行こうぜ』
……何百何千と聞いた待機セリフだ。戦友に対する好感度MAXの、輝かんばかりの笑顔……
私に対する侮蔑の目はない。無口でもない。タップしてもハートが飛び交うだけで色々喋ってくれる。
「これが現実……ん?」
打ちのめされようとしたとき、画面の告知ボタンが光っていることに気づいた。
私が寝ている間に何かあったのかな……まさかこの期に及んでメンテが入るとか言わないよね?
「えーっと、不具合があったため、サービス終了日時を……延期します!?」
重大すぎる告知! 嬉しいけどなんで!?
「ストーリーが……変更……新しい最終章の配信は……四月二十六日……」
文字を読んでいるはずなのに、上手く理解できない。
サ終が延びて、ストーリーにも変更があるってどういうこと? だってあの最終章……あれ?
ストーリーボタンを押しても反応がない。これは、どういう……
「うーん、他の人も同じ現象が起きてるっぽい?」
SNSを辿ると、フォロワーさんたちも同じ現象が起きているらしく、みんな色々呟いていた。
それに最終章のことも……配信されてから数時間以上経っているせいか、だいたいのプレイヤーがあの悲劇を目の当たりにしている。
あまりにも反響があったからストーリーを書き換えるとか? それとも書き直す前のストーリーを間違えて配信してたとか?
そんなことってあるのかな……ここまで追いかけたソシャゲってSOSだけだから分かんないや……
「とりあえずストーリーの更新を待とうかな。ええっと……新しい第六章は……三月二十九日十四時更新……」
ちょっと寝て、仕事に行ったら更新されてるんだ……話、どう変わるんだろう?
もっと悲惨なことが起こったら……う、ううっ……また涙出てきた。
「ええい! とにかく更新を待つ! 全ては内容を読んでから!」
色々とモヤモヤしたものが残るけど、仕事を投げ捨てるわけにはいかない。生活するためには働かないと!
「新しいサ終の日、有給とっとこ……」
そんな悲しいことも考えながら、私はユエン隊長の抱き枕を片手に布団に潜り込んだ。
*
~メインストーリー第六章第十一幕~
陽光大橋には獣人と人間、総勢百名ほどが集結していた。
敵対する者同士、張り詰めた空気が流れる中、橋の中央に向かって歩み寄る一人の獣人と一人の人間。
フー 「フーだ。この度は停戦の申し出を受けてくれて感謝する」
ヨシツグ「構わない。不毛な戦いは今日で終わらそう」
二人の握手を後方から見守る両国の兵士。がっしりとした握手は……交わされなかった。
フー 「…………伝令?」
ヨシツグ「…………どうした」
フー 「いや、すまない。伝令のようでね。どうも……このまま停戦協定を結べそうにないらしい」
ヨシツグ「そちらから要求してきたはずだが、理由を聞いても?」
フー 「首都で何かあったようでね。内容までは流石に言えないよ。君たちに情報が漏れないように、わざわざ咆哮を上げているのだから」
獣人の咆哮は人間には理解できない内容を有している。しかし、例外もいる。
フー 「悪いが引かせてもらうよ。気になることもあったしね」
フー 「……つい二日ほど前、こちらの斥候がこの橋に仕掛けられた火薬を見つけたんだよ」
ヨシツグ「……ほう、それは一大事だな。我々を狙っていたということか」
フー 「僕もそう思う。停戦を良しとしない者がいるんだろうね」
ヨシツグ「なるほど。では我々も一旦引き、調べることにしよう。貴様らも火種を巻く輩がいないか、しっかり調べることだな」
フー 「ああ、ご忠告感謝するよ」
~メインストーリー第六章第十一幕終了~
不安な気持ちを残したまま仕事に出た私は、帰ってから恐る恐るSOSの更新を行った。
そして新しく配信された元最終章の、第六章の内容……
「夢、じゃ、なかった……」
そんなことあるわけないって思った。でもこれは……私が向こうで体験したことだ。
フー将軍は今回の停戦要求を不審に思い、陽光大橋を調べる。その結果、人間国の策略に気づいて火薬や伏兵を除去。
停戦要求はなかったことになり、ヨシツグは清朗街道まで撤退。フー将軍も再度軍を纏めるため近くに陣を張る描写に変わっている。
妖精国と人間国の戦いも相打ちではなく、双方が一時撤退の引き分け……
「未来は、変えられたの?」
獣人国は滅亡しなかった。私が見た夢は……夢だけど、夢じゃなかった!
「ユエン隊長!」
スマホと一緒に、抱き枕をぎゅっと抱きしめる。
実物を知ってしまった今、会えない現実は寂しい。できればあの世界にずっといたかった。
でも、私は悲しい未来を変えることができたんだ。きっと……この先に待つのは共存エンドだ!
「これで良かったんだよね、ユエン隊長……」
抱き枕は喋らない。ゲーム画面から聞こえる声は何度も聞いたセリフ。
良くはないけど、これで誰も悲しい思いをしなくて済むなら……私一人が寂しい思いをするだけで、SOSの世界が、各勢力に所属するプレイヤーが幸せになれるのなら……
この結末は、決して悪くないはずだ。私はそう信じたい。