第四章 信用
「まず! 私がスパイ……は伝わらないよね。えっと、斥候なら、もうちょっと考えて行動しているはずです。つまりユエン隊長の寝床に侵入するわけがない!」
本当のことを言うと『気づいたらそこにいた』、なんだけどそれで納得してもらえるとは思ってないから嘘はつく!
「それはそうだね」
「なんで入ってきたんだよ」
「欲望に忠実に動いていたらいつの間にか入っちゃってましたぁっんんっ!?」
ユエン隊長、待って! 今グサッと来た気がする! 首から生暖かい滴り落ちてませんよね!?
「わっ、私はユエン隊長のファンなので!」
「ファン……?」
その言葉は何かなと言いたげにフー将軍の首が傾げられる。周囲の獣人たちの困惑もちょっと伝わってきた。でも気にしてはいけない!
「ユエン隊長のことが好きすぎるってことです。ユエン隊長のこと【見通す力】で知ってからずっと会いたかったんです」
実際はゲームを通して好きになったんだけど、この場は【見通す力】で切り抜ける!
「殺していいか?」
「ユエン、もう少し彼女の話を聞こう?」
「ちっ……くそが」
首筋に当てられていた冷たいものが離れていく。
ちらりと後ろを見ると、ユエン隊長が爪を直して代わりに干し肉を手にしていた。
ゴミでも見るような視線を投げかけながら無言で干し肉を咀嚼している……これは怒りを抑え込む仕草!
ユエン隊長は隊長に昇格してから喧嘩っ早いところを直そうと思って、感情を抑えるために好物の干し肉を食べて落ち着きを取り戻そうとするんですよね。知ってますよ~眉間のシワとむき出しの犬歯とピンと立った耳が怒りを隠せてないのが可愛すぎる~!
でも笑顔も向けてほしい。刺々しい視線を見ると悲しくなって……敵認識されているのは分かるけど、推しの笑顔は健康にいいんだよ? 強敵認識したときの戦闘狂スマイルでもいいから、ニヤッと、口角上げてほしい。
……っと、話を続けないとユエン隊長の圧がまた強くなっちゃう!
「私が斥候じゃない理由その二! 多分私の【見通す力】、信じてもらえていませんよね?」
「そうだね。妖精と人間では力に大きな差があるみたいだから、そこまで大きな見通しをされると、さすがにね」
【見通す力】は強ければ数日後~数年先の詳細な光景を見ることができる。逆に弱ければ漠然とした未来、なんとなく誰かが何かをしているような、そんな曖昧な光景しか見ることができない。
この力を用いれば未来を変えることができる。だけど【見通す力】で見た未来を変える、ことを見通す、なんてこともできちゃうわけで。
人間国と妖精国の戦いがまさにそれ。双方の【見通す力】の応酬で、戦局は常に混迷としている。
ふと思い出すのは【妖精国と戦っている人間国】に所属するプレイヤーの方々。
【大規模戦】で劣勢に追い込まれるたびに、勝利のために課金させてくれー強い力をくれーって嘆いて……私も獣人国を勝たせたくて、同じように嘆いていたなぁ……
「……私は自分の力のこと、よく分かっていません。ただこの【見通す力】を自在に扱えないことが、強大な力の発動を招いているんだとは思います」
項垂れて首を横に振る。力を上手く使うことができれば……と装うことは大事!
「その証拠に……私の【見通す力】は未来だけじゃなく、不特定多数の人物も見通すことができるんです!」
「人物の見通し?」
「はい! これも未来と同じで勝手に見通してしまうんですけど、例えば……」
私に視線を向ける獣人たちをぐるりと見渡す。フー将軍でさえ少し心配げな視線を送ってきてるけど、私は大丈夫!
「ここにいる方々はユエン隊長がリーイー姐さんに告白してこっぴどくフラれたこと、知っていますよね?」
「ぐふっ!?」
後ろのユエン隊長が干し肉を喉に詰まらせたのか、突然むせだした。でも気にしてはいけない。
リーイー姐さんはユエン隊長と同じ犬型の獣人で、強くてきれいでかっこいい隊長さんだ。私も好き!
そんなリーイー姐さんに告白してフラれた玉砕イベントは、各キャラクターの衣装ごとに用意してあるキャラストーリーで既読済。
ただこれは獣人国内では周知の事実。だから【見通す力】で見ましたって言うにはちょっと弱い。
「でもなんと! ユエン隊長は今もリーイー姐さんのことが好きなんです!」
ざわつく獣人たち。目を丸くするフー将軍。背後からの、ものすごく剣呑な視線は気にしてはいけない!
「『ユエンは趣味じゃないのよね』……なんて言われてもリーイー姐さんのことを一途に思うユエン隊長。リーイー姐さんの好みに合わせるために、首都で品位のある服を……ひあっ!?」
最後まで言う前に、私の体は宙に浮いた。そして獣人たちが座るところにダイブ!
「うっ!?」
受け身なんて取れるわけもない私は、肩から地面にぶつかってしまう。
宙に浮くぐらい投げるなんて、力強すぎますよユエン隊長……痛い……けっこう痛い……
みんなも受け止めてくれたっていいのに、着地点に座っていた獣人たちは素早くその場から離れちゃったし。
「てめぇ……いい度胸だな!」
口端に干し肉の破片がついたままのユエン隊長が私の前に立ち、鬼のような形相で見下ろす。
視覚的に見える緋色の闘気が後光のようにメラメラと立ち込めていた。あれは必殺の闘気……相手を一撃死させる威力を溜めている証拠……
って、冷静に分析しちゃダメだから! それ食らったら私死にますよ!?
「ふふっ、ユエン。彼女は【見通す力】を証明しようとしてくれたんだ、傷つけてはいけないよ?」
「くそが! 笑うんじゃねぇよ!」
ニコニコしたフー将軍ののんびりとした声と、怒りに震えるユエン隊長の荒れる声。
ほんのり赤らんだ顔が羞恥を表しているのに、それを悟らせないように怒鳴り散らす推しが可愛い。私の推しが、とても可愛い。
「ユエン隊長、分かっていただけましたか? 私の力」
「こいつ……っ!」
シャキーンッとその手に爪が伸ばされる。あ、これ死んだかも。
「ユエン」
だけどそれよりも早く、フー将軍の制止する声が響いた。
どこか威圧も含まれるその声は優しいだけじゃなく、上官としての威厳も感じられて、私でさえ背筋に冷たいものが走っちゃう。
プルプルと震えながら私を睨みつけるユエン隊長。今にも振り下ろされそうな手は……
「…………くそが!!」
明後日の方向を掻いた。
地面を蹴り上げるように翻ったユエン隊長はまっすぐにフー将軍のところに行って、その斜め横にどかっと座る。
後ろ手を縛られてる状態で立ち上がるのは難しかったけど、なんとか私もさっきまでの定位置……フー将軍の前に行くことができた。
「君の【見通す力】は面白いね。未来だけじゃなく、相手の内面も見通すなんて」
「誰も彼もってわけじゃないですよ。【見通す力】が上手く扱えてないので、見通せる人物は限定的です」
ゲーム内のあれやこれやで色々な設定を知っているだけだから、力の発動範囲は限定的って強調しておかないと。ここにいる獣人も、私が分かるプレイアブルキャラはユエン隊長とフー将軍しかいないし。万能だと思われたら嘘がバレちゃう。
メインストーリーは所属勢力に限らず、どの勢力の話も満遍なく知ることができるけど、キャラに関してはガチャで入手しない限り内面は分からない。まあ、獣人キャラに関しては入手するまでガチャ引いたけどね!
「僕のことは見通せているのかな?」
「…………そう、ですね。でもそれはまた今度にしましょ。今はもっと大事なことがあります」
フー将軍のことも、もちろん知っている。でもユエン隊長の案件よりも深刻なこと……今この場で言える話じゃない。
それに停戦要求を出してしまっているのなら、今は先にやるべきことがある。
「私を信用してもらえますか?」
「……全面的に信用するわけにはいかないけれど、話を聞くことはできると思うんだ」
引き締まる空気。居住まいを正す獣人たち。ユエン隊長は……そっぽを向いて干し肉を食べているけど。
私の話を聞くということは、この国の滅亡を詳しく聞くということ。こんな戦争下で冗談を交えて聞く話じゃない。私だって心して話さなきゃならない。
怖いぐらい静かになった陣幕の中、私はまっすぐにフー将軍を見た。
「……今なら、きっと間に合うと思うんです」
この先に待つ悲劇を、変えるために……っ!