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九話

 

 勇樹くんと合流して勇樹くんのうちに向かった。すると既にパトカーが到着済みで、なぜかうちのお母さんまでいた。座ってテーブルに肘をついてテレビ画面を見ている。隣の勇樹くんのおばさんがちょっと困ったような顔をしている。はて、なにゆえお母さん?

「おばさん、お母さん」

 リビングに入って呼ぶと二人がこっちを見た。外からでは見えなかったが部屋の中には警察のおじさんが二人いた。どっちも厳つい顔立ちで背も高い。テレビには例の防犯カメラの映像が映っている。「あら、おかえりなさい」おばさんが言う。「ただいま」と勇樹くん。

「お母さん、どうしたの」

「防犯カメラに映ってるのが美咲ちゃんの言ってる丑田さんなんじゃないかって確認してもらってたの」

 なるほど、子供の証言じゃあ信憑性に不安があったから大人に確認を求めたわけか。

 ファクトチェック、とても大事。

「ったく、あんたって子は」

 お母さんが呆れる。妙なことに巻き込まないでよね、てところか。私は舌を出す。

「丑田さんだよね、これ」

 私はテレビの中の中年女を指さす。

「そうね」

 お母さんは複雑な顔をする。欲をいえば知らん顔したかったし証言なんてしたくなかったが言い出したのが私だから無視できなかったらしい。かわいそうなお母さん。自重する気はまったくないけどな? 「それでは、その丑田さんのお宅まで案内していただけませんか」警察のおじさんが言う。「ご近所に波風立てたくないので住所だけ伝えますから私抜きでやってもらえませんか」ため息を吐きながらお母さんが答える。おじさん二人が顔を見合わせて小声でなにか話して「わかりました。ではご住所を」お母さんが住所を伝える。

「こちらのカメラの映像、コピーしてもらっても大丈夫ですか」

「あ、はい。すぐにはできませんが」

「大丈夫です。後日また取りに伺いますので。そのときまでにお願いします」

 書類などは既に書き終わっていたようで、警察のおじさん二人はちょっとしたら勇樹くんの家を出て行った。

「そういえばなんの罪になるんでしょうね?」

 おばさんが首を傾げた。生卵をドアにぶつけた罪。さらに敷地内にゴミ袋を投げ込んだ罪。(軽犯罪法違反、廃棄物処理法違反、どちらも初犯だと厳重注意ってところだろうか) しょーもな。こんなことやるくらいなら首根っこ引っ掴んでキモいんだよ出てけよって言ってやればいいのに。やり口が陰湿だ。それで自分の方がお縄だっていうんだからアホの極みとしか言いようがない。

「美咲、あんたどうする?」

「勇樹くんとちょっと遊んでから帰る」

「わかったわ」

 それじゃあ私もこのへんで。そんな感じでお母さんがのろりと立ちあがった。「ほんとうにありがとうございました」おばさんが深々と頭を下げた。「いえいえ、娘がいつもお世話になってますから。親同士助け合っていきましょう」そんなこと微塵も思ってなさそうな曇った表情でお母さんが言い、出て行った。

 私と勇樹くんはいつも通り部屋にいく。ゲームをする。

「なーんであんな遠回しなやり方するのかな」

「みんながみんな、美咲ちゃんみたいにわかりやすかったら苦労しないのにねぇ」

「なんだと」

 どーん。私が置いたタル爆弾が爆発したが、勇樹くんは爆弾が置かれることを予測してすでに逃げ去っていた。

「勇樹のくせに生意気だぞ」

「ふふっ」

 小さく笑って、両手剣を振り回した勇樹くんのキャラクターがモンスターを討伐する。

「あれ。なんかその装備、攻撃力高くない?」

「学校休んでる間、暇だったから」

 ゲームばっかやってやがったな、こいつ。勇樹くんの装備は私のものよりも一ランクか二ランクくらいは上になっていて、それにちょっと上手くなっていた。落とし穴も避けられた。ぐぬぬ。

 とにかく私は勇樹くんが多少元気になってよかったなと思うわけです。


 んで翌々日。夕方にインターホンがけたたましい鳴り方をした。インターホンって押し方で鳴り方が違うんだなと私は初めて知った。(そんなことはないかもしれない。気分の問題?) お母さんが表に出ると、中年女のヒステリックな声がしてきて私は玄関を見に行く。丑田さんが黄ばんだ歯を剝きだしにして唾を飛ばしてお母さんを罵っていた。警察でこってり絞られたのかいつもよりやや縮んで見える。聞き取りづらいけれど、よくもやりやがったなみたいなことを言っている。うおぅ、そもそもどこからうちが密告者であることを聞きつけてきたんだろう? ご近所ネットワークってすごいな。それとも単に勇樹くんとこと親しかったから勘であたりをつけただけなんだろうか?

 別にこっちは間違ったことしてないんだからあんなの正々堂々おっぱらえばいいと私は思ったのだが、お母さんは真っ青であった。その顔は私に急にキレられた広中くんと西野さんを思い出させる。ああ、自分に非があるとか関係なしに急に怒鳴られたら人間ってこうなっちゃうんだな。そして当然小学二年生の私にも丑田さんを追い払う力はない。

 丑田さんは興奮していて言ってることはよく聞き取れないが多分「みんなを代表して私がやってあげていたのに、今回のことが旦那にバレて離婚されそうになっている。実際に離婚されたらどうするんだ。おまえたち責任とれるのか。慰謝料を請求するから覚悟しておけよ」みたいな感じだ。すごい、筋が通っていないし、あまりにも早口の奇声で言い返そうにも返す隙間がない。こわい。お母さんは何度か口をぱくぱくさせて反論を試みるけれど相手の威勢に押し切られて結局なにも言えない。

 そのうち丑田さんの罵倒はお母さんから私に及び、私からお父さんに及び、お父さんからお父さんのお母さん(私から見た祖母)やお母さんのお母さんに及んだ。

 よくもまあそんなすらすらと人を罵倒する言葉が出てくるもんだと私は感心した。

 それから自分を擁護する能力が凄まじい。“住民を代表してヴァンパイアを追い出すために行動した功労者を警察に突き出すとはどういう了見だ!”。ふむ、きっと丑田さんにとって住民とは井戸端会議をしている何人かのことでその意見とは相槌だとかでの「ヴァンパイアですって。こわいわねえ」くらいのことだったんだろう。日本語でのコミュニケーションはできないっぽいぞ?

 怒鳴られ続けてすっかり私とお母さんが憔悴しきったころにひょっこりお父さんが帰ってきた。たぶん一時間くらい一方的に丑田さんが話してたと思う。お父さんは丑田さんに「こんばんは。なんの騒ぎですか」と言い、私たちに「家の中に戻ってなさい」と言った。丑田さんはお父さんに向けて同じような罵倒を向ける。私達は言われた通りに家の中に戻りながらも部屋の窓からお父さんを見る。「ふむふむ、へえ」お父さんは神妙な顔をして頷いている。(おおむねの事の内容はお母さんからLINEで連絡を受けて知っていたらしい)

 次から次へと罵倒の言葉を吐き出しかけた丑田さんに向けてお父さんが「ちょっと待ってください」と言う。聞き耳持たない丑田さんに向けてもう一度大きな声で「ちょっと待ってください!」強引に遮る。男性の大声で威圧されて丑田さんが怯む。それまで強気だった丑田さんの顔にふっと影が過る。

「あなたが相場さんのお宅に卵を投げつけて、あなたがゴミ袋を放り込んだんですよね? 妻と娘はそれを警察に証言したんですね? うちの家族の非はどこにありますか」

 丑田さんが自分なりの理屈をさっきより小さな声でごちゃごちゃと並べたけれどそれを遮るようにしてお父さんは「聞こえねえよ!」といきなりブチキレた。

「てめえが勝手にやらかしたんだろうが。おまえ二度とうちの敷地に近づくなよ。警察じゃ済まさねえからな。だいたいなんだおまえ、女と子供しかいないときだけ強気に出やがって。舐め腐ってんじゃねえぞ。おいこら、返事しろ。二度とうちの敷地に近づくなよ。わかったな? とっとと帰れ。蹴り出すぞ」

 お父さんの怒鳴り声がこっちまではっきり聞こえてきた。お父さんは日本語でのコミュニケーションに早々に見切りをつけてヤクザ語を用いることにしたらしい。ほっぺたでも二、三発はたきそうな雰囲気だったけどさすがにそれはしなかった。

 私、お母さんに似たんだと思ってたんだけど、両親のどっちにも似たんだな。

 この親にしてこの子ありってやつだ。

 丑田さんが帰り際になにか捨て台詞を吐いたけれど「あぁ!?」お父さんが追いかけるそぶりを見せたら走って逃げていった。あからさまにお父さんが舌打ちした。玄関を開けて家に入ってきたお父さんは床にぺたっと座って革靴を脱ぎながら「ふぅ、緊張した」大きく息を吐いた。いつもと変わらない顔で。

「あ、ただいま」

「おかえり」



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