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五話


 学校の帰りに勇樹くんの家に寄る。勇樹くんは布団からのそのそ這い出てくる。牙と翼。外見からして私とは違っている。もう私達とはちがうんだって訴えかけてくる。腹立つ。一番最初に思ったじゃんか。「なんだ、そんなことか」って。これは勇樹だし、勇樹以外のなんでもない。ほら、ゲームの中で私のしかけた樽の爆弾で吹っ飛んで涙目になってる。落とし穴にハマってもがいている。ははっ。

 こんこんこんとおばさんがドアをノックして、開ける。

 おぼんに乗ってるりんごジュースとお菓子と、ゼリー飲料みたいなパック。

「これなに?」パックを指さして訊いてみる。「病院からもらってきた勇樹の、その、飲み物よ」歯切れ悪くおばさんが言う。「わたし、飲んでみて」、「ダメ!」おばさんに似合わない鋭い声で言う。

「血なんだって。中身」

 勇樹くんが言う。

「輸血用の血液を融通してくれるんだ。人間を襲わないように」

「わお」

 意外な食糧事情、というわけでもないのかもしれない。

 そりゃWikipedia先生には感染率は低いんだって書いてあったけど空腹の度に人襲ってたらあっというまに世の中はヴァンパイアだらけになるか、あるいはヴァンパイアを抹殺して保健所にヴァンパイアの死体まみれなシュールな世界が出来上がるかもしれない。なんだっけ。なんとかってえらい人が「昔の人がヴァンパイアを狩り尽くして絶滅したからヴァンパイアがいない世界」の本を書いてたな。つまんなかったけど。

 ともかく勇樹くんはちゅーちゅーとパックの中身を啜る。

「どんな味なの? おいしい?」

「鉄臭い」

 短い答えが返ってくる。勇樹くんは絆創膏を貼ってある窓ガラスで切った私の傷口に一瞬視線を移してすぐにスマホの画面に戻す。なるほど、あれか。鮮度が悪いのか。私達もご飯腐ってたら食えないもんな。私は別に私の血を飲ませてやってもいいかなとも思ったけどふさがりかけの傷を開かない方がいいかなとも思ったのと鬩ぎあって「飲みたいって言ったら飲ませてやろう」と結論を出す。そうして結局勇樹くんは飲みたいと言わなかったので私からは何も切り出さなかった。

 私たちは仲良くゲームして、帰り際の玄関で靴を履いてたらおばさんが神妙な顔して「ねえ美咲ちゃん」って呼び止める。「なんですか」、「もううちに遊びに来ない方がいいと思うの」、「なんでですか」、「ほら。美咲ちゃんまで、その、変な目で見られるでしょう?」……表のことを言ってるんだなと思いました。

 表札に落書きされてた。

 ドアに生卵がへばりついて拭き取られた跡があった。

 庭にゴミ袋が投げ込まれていた。

 うん。わかりやすい嫌がらせである。

 人間ってアホだな。この家の表には監視カメラを設置してあった。たぶん警察にも相談したんだろう。そのうちやった人間は捕まって修繕費とかの問題になるはずだ。アホがしっぺ返し食らうのはおもしろい。

 ともかくそういった被害が私に及ぶことから私を守ろうとしてくれている。おばさんはいい人だなと思ったけれど、私は「大丈夫です。また来ます」と答えた。

 だって勇樹と遊びたいから。

 おばさんは口を一文字に引き結んでちょっと顔を伏せてハンカチで目を拭いた。

「ありがとうね」

 感謝されるようなことは、別にしていない。


 みんな頭がおかしい。



 私が勇樹くんのうちを出ると、ヴァンパイアの協会の人がいた。

今度は一人だった。

「こんばんは、お嬢さん」

「なんか用?」

 私はそのおっさんを見上げる。身長は180㎝くらい。髪は短くてつんつんしてる。粘性は中年のちょっと後半くらい。白髪がない。スーツ。体格はわりとゴツいけど雰囲気は、ふつう。むしろお父さんより優しく見える。ちょっと疲れた目をしてる。おっさんの口には牙がないし、背中も別にもこもこしていない。大人になったら隠せるのかもしれない。ワンポイント。大人になったら牙と翼は隠せる。

「ちょっとだけお話を聞いてもらえないかな」

「よかろう。なんか奢ってくれるなら」

 私は言う。おじさんはどうリアクションしていいのかびみょうみたいな顔しながら「じゃあファミレスにでもいこうか」って歩き出す。ちょっと通りに出てチェーン店のファミレスに入る。一番高いパフェを注文すると塔みたいなのが出てきた。ふおお。

「きみなかなか遠慮がないね?」

 私はパフェを取り皿に崩してチョコレートをぼりぼり齧りバニラアイスをクチの中で蕩かす。うむ。美味なり。

「しょれで、おっしゃん、はにゃしってにゃに?」

「うん。食べるのに忙しそうだし、おじさんが一方的に話すから聞いていてほしいな」

 それがいい。私はパフェに夢中だ。聞くくらいならともかく相槌打つまでに手は回らない。

「ヴァンパイア犯罪は犠牲者がヴァンパイア化することでの犯罪が連鎖したり、血を吸われ過ぎた被害者が死亡するなどの凶悪性から社会に取りざたされることが多いけれど、実際に犯罪を行っているヴァンパイアというのは全体の1%にも満たない数なんだ」

 むしゃむしゃ。

 もぐもぐ。

「でも一般の人々はそんなこと理解してくれやしない。ヴァンパイアだというだけで犯罪者予備軍、あるいは理解不能なバケモノとして扱われることの方がずっと多い。多くのヴァンパイアは噛まれたことでそうなってしまった被害者の側なのにね。そうして迫害された末に犯罪に手を染めざるを得ないほどに追い込まれてしまう。おじさんたちはこうした問題をどうにかしたいとずっと考えてるんだ。おじさんの言ってることはわかるかい?」

 クビだけ縦に振ってやる。

 ふむ、ただの嵩増しだと思ってたらコーンフレークのやつもバニラアイスやキャラメルシロップと絡むとなかなかやりやがる。食感に変化があるのがよきかな。このザクザク感は貴重である。

「必要なのは相互の理解なんだ。人間にヴァンパイアを理解してほしい。ヴァンパイアにも人間を理解してほしい。難しいことだ。ヴァンパイアだって他のヴァンパイアのことを理解していなんだから。でもやらないといけない。このままだと悲しいことが続いてしまうから」

 悲しいことが続く。私は勇樹くんの学校での扱いを思い出す。

 そーだよねえ、イチゴの酸味はやっぱり必須だよね。

「勇樹くん、だったかな。あの子をおじさんたちに任せてもらえるように、周りの人を説得してもらえないかな」

 私はパフェを食べる手を止めた。

 口のなかが冷たくなったから。

「このままだとあの子は人間の悪意に晒されて人間のことが嫌いになってしまう。犯罪に走るヴァンパイアになりやすい環境だ。おじさん達のところへくればあの子を悪意から守ってやれると思うんだ」

「嘘は真実の中に混ぜると人をだましやすい」

 私は言った。

 おじさんは一瞬、言葉に詰まった。

「どのあたりが嘘だと思ったんだい?」

「勇樹くんを悪意から守ってやる。おじさんの目的はそんなことじゃない。おじさんはもっと根本的なところで人間を憎んでる。犯罪的なヴァンパイアが増えればいいと思っている」

「どうしてそう思ったのかな」

「おばさんを押し退けたから」

「へえ」

「あのときのおじさんの手つきには煩わしさ以外のなにもなかった。怪我させたら面倒だから力をこめなかっただけ。おばさんに対する配慮とか遠慮とかそういうものはまったく見つからなかった。人間のことをなんとも思ってない証拠だと思った。それから小学二年生の騙しやすそうな女の子に働きかけていること。もっと大人に話をすればいいじゃん。それをしないのは自分のギマンを大人には見抜かれてしまうからでしょ?」

 欺瞞、という漢字を漠然と思い浮かべながら私は言った。読めと言われれば読めるけれど書けと言われたら書けないタイプの漢字だな。おじさんは少しだけ考えて目を伏せて悲しい顔をした。

「半分くらいあたっていて、半分くらい外れてるかな」

「どのへんが当たってて、外れてるの?」

「人間を憎んでいる、はあたっている。よく見ているね。驚いたよ」

「子供の方が本質的な部分を見ていたりするのだよ、おっさん」

「でもおじさんが勇樹くんを守りたいというのは本当なんだ。おじさんはね、仲間がひどいめにあうのをたくさん見てきて、少し疲れてしまったんだ。だからこれ以上ひどいめにあう仲間は見たくないんだよ」

「なるほど」

「それから君と話しているのは、頭の硬い大人と話すよりも子供の方がおじさんの言っていることを理解してくれるんじゃないかと思ったから。ただそれだけだよ」

「人間はそれを洗脳と呼ぶ」

 おじさんは曖昧に微笑んだ。

「それに勇樹くんを噛んだのがヴァンパイアなんだから私にヴァンパイア全体に対して悪印象を持つなというのはとても難しいことだよ」

 おじさんは窓の外に目をやった。私もなにげなくおっさんの視線を追う。道路に車が走っている。排気ガスが街を汚す。二十代前半くらいの女の人がスマートフォンに向けてなにか話している。苛立ちをぶつけているように見える。スーツ姿の中年くらいの男が落とした何かを探しているように俯いて歩いている。向かいからやってきた高校生の集団が通りすぎていく。ぱきり。中年男が探していた何かを高校生集団が踏み潰した音がした。……気がしただけである。

おじさんが視線をテーブルの上の自分の手に戻す。

私もテーブルの上のおっさんの手を見る。

「君の言う通りだ。配慮が足りなかったかもしれない。すまない」

「うむ。くるしゅうない」

 それからふと訊いてみる。

「おっさん、月曜日ってなにしてた?」

「月曜日?」

「勇樹くんが噛まれた日」

「ああ」

 おっさんは手帳を取り出した。

「どの月曜日かな?」

 カレンダーの今月のページを開いて私に差し出す。

 私は第二週を指さした。書きこまれている文字に視線を落とす。隣県の住所が書かれていた。よそのヴァンパイアを訪ねていたらしい。

「念のためにだけどおじさんがこの市にきたのは、学校から協会に連絡が来て勇樹くんのことがわかってからだよ。だから勇樹くんを噛んだのは、おじさんやおじさんの仲間じゃない。信用してくれていいと思うな」

「なるほど」

 こっそりきてたとかいくらでもやれる方法自体はありそうだが、私は子供なので心証で判断する。おっさんは多分シロだ。勇樹くんを噛んだのはおっさんじゃない。お仲間はどうか知らないけれど。

 パフェを食べ終わった。美味しかった。けふっ。

 口の周りを備え付けの紙で拭き取って、立ち上がる。

 おっさんに金を払わせて、外に出る。

「わかってほしいのだけれど、」

「うん?」

「おじさんは確かに人間を憎んでいる。けれど、それ以上に“犯罪を起こす1%のヴァンパイア”をとても憎んでいる。彼らは我々の努力を足蹴にしていく。砂で築いた脆い城を崩してしまう」

「わかった」

 電話番号を交換して、私はおっさんと別れた。

 どうでもいいけどおっさんは犀川という名前だった。「犀川秀明 ヴァンパイア」でネットで検索してみるとおっさんが所属しているという協会のことが出てきて、それと一緒におっさんの経歴が書いてあった。“元ヴァンパイアハンター”、おおう、そうですか。



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