十一話
さすがに反省しました。目の前で人 (正確にはヴァンパイアだが)が死んだショックでしばらく放心していた私はともかく、吉武先生と犀川のおっさんは死体が見えない場所に私を引っ張って行って警察に連絡して正当防衛を主張してうんたんかんたんで大変だったらしい。
私が正気を取り戻したのは夕方を過ぎてあたりが暗くなり始めてからでお母さんが迎えに来て一緒に来た勇樹くんがぺちぺち私のほっぺたを叩いてからだった。「なにすんだごるらぁぁぁ」と私は勇樹くんの首を締めあげた。私が現実に戻ってきたのを見た勇樹くんが泣き笑いしてほっと息をついた。その顔にはまだ牙がある。背中はもこもこ盛り上がっていて翼がある。それからやっと視界が広がってお母さんがいて保険の石動先生がいて、どうやら私がいるのは保健室らしいとようやっと気づく。
保健室の中を見渡した私は吉武先生を見つけて「先生、おっさんは?」と尋ねた。
「警察でいろいろ説明してるわ。あの人、ヴァンパイアハンターの資格持ってるみたいで慣れてそうだし無罪放免みたい。そのまま他所へ行って、もう戻らないって」
先生は複雑そうな顔をした。
おっさんがどっか行くのは、目の前で子供に殺しを見せた負い目みたいなものがあって思い出させないために私ともう会わない方がいいとか思ってるんだろう。今度出るまで鬼電かけてやろうと思いました。どうでもいいけど最初の方は電話がきちんと繋がってて山本一義の名前を叫んだあたりはぎりぎり聞こえてたおっさんは学校に急行してくれたらしい。子供の言う事ってバカにせずにちゃんとすっ飛んできてくれたおっさんに、お礼くらい言っておきたい。
それから私は勇樹の顔に触れた。
「あいつやっつけてもやっぱり勇樹くん、元には戻らないんだね」
私らしくない妙に湿っぽい声が出た。
ああやだやだ。
「べつにいいよ」
勇樹くんが私の手を握った。
「美咲ちゃん一緒にいてくれるならなんでもいいよ」
すんすん鼻を鳴らして勇樹くんが泣き始めたから、私はようやっとほんとにやばかったんだ、ころされるところだったんだ、という思考が頭の芯の部分を浸し始めてそれと同時に私を失うことを恐れてくれている勇樹くんがいることへの安心がせめぎあって混在して私の思考をよくわからないところへ連れていく。結果、私は勇樹くんを抱きしめてよしよしなでなでしてやる。抱き合っている勇樹くんの暖かさは私の不安とか恐怖とかいろんなものをとろかしてくれる。結局のところ私はこの弱虫でくそざこなめくじな男の子が好きで好きでしょうがなくて愛しくて可愛くて大好きなのだ。それでいい。他はなんもいらない。誰にも邪魔させない。ヴァンパイアだろうか知ったことか。
愛が最強なのだ。
後日談。
“いろいろあったがけっきょくのところなにもかもがうまくいった”、とは微妙にならなかった。
勇樹くんは特別支援学級に移って、扇ちゃんと私の仲は微妙にぎくしゃくしている。
阪田や他の男子は依然としてアホだ。
丑田さんは例のゴミ放り込み他の事件をご近所に自爆したらしくて「さすがにそれは引くわ」と白い目で見られて自分のやったことがご近所の後援を受けられないことにようやっと気づいて、意気消沈している。私を見ると睨んでたりするがとりあえず直接的にうちへちょっかいかけてくることはなくなったのでまあよし。
私は特別支援学級の方へいく途中で安藤を見つける。
「よっ!」
私が片手をあげると安藤が形のいい目をすっと細めて笑って軽く手を振り返した。
「しばらくぶりだね」
「そうか? いや、そうかも」
このところごたごたしてたから。
「山本いなくなって大変じゃねぇ?」
「いいや、石動先生がよくしてくれてる」
そうか、そいつぁよかった。
んで私は一個だけ気になってたことを聞いてみる。
「なぁ、安藤。おまえ山本がヴァンパイアだって知ってたの?」
山本がそうなんじゃないかって私がなんとなく思ったのには安藤の言動によるところがわりと大きい。結果論だけ見れば私は安藤に誘導されたのだと言えなくもない気がした。
「んん? いや、なんとなくそうかな、くらいにしか。確信はなかったよ」
「なんで?」
「僕らのクラスに日和さんって子がいるんだけどその子が作ってきた砂糖と塩を間違えたクッキーをさ、こう、美味しい美味しいってばりばり食べてたんだ。僕らも貰ったけど食べれたもんじゃなかったよ、あれ」
「???」
「山本先生は人間の食べ物の味がわからないんじゃないかって。それから遠出するときは必ず帽子だったし、男の人なのに日焼け止めを塗ってた。まあ、長いこと近くにいたらその人が“なにか”なんじゃないかってのはなんとなくわかったりするものなんだよ」
「そうか」
「カミングアウトしてないだけで、飯島さんの周りにもいるかもしれないよ。他のヴァンパイアとか。それ以外のとか」
「おまえとか?」
「さぁ、どうだろうね」
安藤はふふふと意味深に笑った。別に興味はなかったので「んじゃ、私は勇樹くんとこ行くぜ」と言って、私は安藤の傍を離れた。
さて、気分がいいので今日は勇樹をいじめないでやるか。




