崩壊後の日本各地は
首都崩壊から一年が経った。
高速道路がつながってからほどなくして東海道新幹線と東北新幹線がつながった。
高速道路は灰の除去作業で済んだが、新幹線は簡単に復旧できなかった。
噴火の直前に起きた地震被害となった高架と駅の修復、線路上の灰の除去、送電施設の復旧など安全面にも時間がかかった。
線路上の灰に至っては完璧に除去しないとブレーキ性能にも影響する恐れがあるので丁寧に行う必要があった。
開通したといってもトウキョウエリア内の駅での乗降はできない。
ただし物資の運搬に限って駅構内の移動は可能となっている。
在来線の貨物も早急にしたいところだが、日本海側や中央線のルートがあるので後回しになっている。
トウキョウで必要な物資のうち大量なものは船舶でまかなっているので特に不都合はなかった。
人口はアメリカ軍の兵士を含めても一万から二万人くらいなので離島と同じくらいの消費量ゆえだ。
旧JRで北海道と九州は日本から分離されたたが、開通していなかった北海道新幹線は無期限の延期となっている。
そもそも新幹線計画は青函トンネルを使用する前提だったが、通常速度では不可能となっている非効率な運行と、格安航空の登場で運賃面でも対抗できないためだ。
札幌ー大阪間で数千円というのが通常価格だから仕方ない。
予算と工事が利権で押さえられていた昔と異なりロシア支配となった現在は不採算事業となっている。
旧JR北海道は鉄路の収入だけではほとんど利益が出ておらず、副業のバスや観光事業でどうにかなっていたわけだから、企業としては何もできない。
旧JRで利益を上げていたのは東海ぐらいで、民営化以前からそれは予想されていた。
北海道は明治期からある意味捨てられていた土地だったが、ロシア支配により日本の中で一番の好景気を享受していた。
まず生産物の輸出の増大によっての労働力不足を防ぐために移民を奨励したことによる消費の増大。
船と飛行機だけではなく線路を通すことになり、最北端の稚内からサハリンの海底にトンネルを掘る計画が持ち上がったことで、作業員と資材が必要となり更に経済が動いた。
輸出航路の充実のため札幌に近い石狩港の拡張工事も始まった。
日本向けに海外からの物資は横浜などに入港していたが、苫小牧港に集中するようになった。
海域の縛りが無くなったので、北海道の漁業も盛んになった。
特に沿岸で養殖されたホタテはロシア本国では高値で取引された。
温暖化が進めば海苔の養殖ができるようになるかもしれない。
北海道の生産物は自給率百パーセントを超えていたが、数年後には倍になっている可能性がある。
倍だから関わる労働者も倍になるのだから、全ての経済活動が倍になる。
鉄路の不採算と崩壊前の感染症での観光業で瀕死だったJRをはじめ道内企業は崩壊によって復活したことになる。
元から開拓地として発展した歴史だったので、政府が日本だろうがロシアだろうが市民にしてみればどうでもいいことらしく、自分たちが生きていける術さえ保証してくれればいいという気風が後押しをしていたようだ。
反対の状況にになっているのが九州だ。
明治維新から日本政治の中枢を握ってきた自負もあり、侵略されているということを受け入れきれないようだ。
沖縄などの群島諸島の市民はむしろ日本から離れたことで自由な雰囲気になっている。
アメリカ軍基地も旧敵国の中国が管理することになり縮小撤退している。
基地の滑走路は本土や台湾からの輸送用に替えられて運用されている。
通貨は中国元に統一され、台湾と朝鮮半島もそれに替わった。
それにより九州、沖縄が一番の経済地となり、大陸から大勢の富裕層が移住してきた。
九州は大陸より気候が安定しているうえに緑と温泉が豊富というところが大人気。
台湾からしても温暖で台風が少なく住みやすいうえに温泉が多いところが大人気となっている。
そう、温泉が九州の重要産業となった。
それにより博多より鹿児島、宮崎などの旧日本では発展が遅れていた地域の経済が好調となっていた。
いわゆる「太い客」が中国人となり、九州民は下々として享受される立場となったことが分断を生み出していた。
割り切って商売を発展させる者もいれば、流れに馴染めずにいる者とに。
だからといって新しい日本に移住しようにも、新政権は九州からの移住を制限している。
ならば北海道へと考えても同じようで、日本からの移住は認めていても九州からはほとんど許可されていない。例外は親族関係のみになっている。
九州から日本人の流出をさせないためだが、生活や経済の下支えの市民が減れば労働力が減る。
ならば大陸から移住させたとしても、物価が高いので最初からある程度の財産を持っていないといけない。
大陸からの出稼ぎ労働者も来るが、往復距離が長いうえに交通費がかかるので春節時期の帰省が足かせになっている。
中国人にとって春節正月の帰省は日本人が思っている以上に大事なことだ。親の葬式に帰るのと同じ価値観となっている。
旧東京からの移住者を受け入れるというのが最善なのだが、古くて馴染めない因習を嫌っているようでほとんどいないようだ。
移住先は北海道が大人気なのだが、むやみに受け入れてはいない。
仕事と定住先の住居を決めておかないと許可されない。
だから各地でホッカイドーの市町村や企業が就職面接会を開いている。
最も募集されているのは農業関係で酪農も含まれ、次に魚業、林業とつづく。
条件に住所が必須なのであらかじめ住宅付きでないと採用活動ができない。
それによって建設業も需要が増えていた。
ホッカイドーの好景気で旧東京都民の多くはホッカイドーに住むようになった。
同時に東京に残っていた伝統文化や技能もホッカイドーで伝えられるという想定外の効果が生まれた。
それが更にホッカイドーの価値を押し上げていた。
技能の中にエンタメ関係も多く含まれていた。
人が集まり景気が良ければ娯楽も発展するのは必然だ。
日本のエンタメの中心といっていいほどになったので、世界中の人々が集まるようになった。
安全で美味しい食事、豊かな自然、ハイレベルな娯楽が揃えば当然の結果になる。
ちなみに浦安にあったテーマパークは無くなったので、大阪のしか残っていない。
浦安のは国境エリア内なので、アメリカ軍のレクレーション施設に改造予定になっている。乗り物などは動かないので
ホッカイドーに同じ規模を建設する計画があるが、厳寒の地ゆえに解決しなけらば問題が多く未だに決定されていない。
もしくはドーム型を多く造り全天候型と自然をミックスさせた施設ができるかもしれない。
忘れていけないのは中国、四国地方の日本。
この地域は当初日本から分離させる予定だった。
理由は九州と同じく明治維新から続く政権の因習が残っている土地になるからだ。
新しい日本の足を引っ張る存在となることを危惧してのことだった。
男尊女卑と差別は関西とさほど変わらないことと山口県のように九州と接していると旧政権の影響が強く出てしまう。
ただし経済圏がつながっているので仕方なく残したと言っていい。
それゆえ、新政府が公約とする政策の徹底をさせている。
若者と女性は協力的なので問題ないが、古い因習をよりどころとして自尊心を保っていた五十代以上の男性の多くは反発を強くしていた。
しかしそれが若者たちの離反を促し超高齢化と男性ばかり多い偏った人口構成になった。
それは離婚率と結婚、出産率にもはっきりと表れていた。
結果、高齢者施設と残った男たちのための風俗関係が多いという特殊な地域になった。
全国からそれ系の女性が集まり、昼は介護、夜は水商売とかけ持つことにより、短期間で稼げるようになった。
若い女性の職員が多くなり全国から施設に入りたいと申し込みが殺到するほどの一大産業となった。
女性たちは長くても一年で帰るので、常に若い女性がいる。
すると彼女らを消費者としてターゲットにする業種も増えてきた。
ただし、そこでは結婚も出産もしないので人口は一定したまま。
高齢者施設と風俗、飲み屋、アパレルに特化した地域になったおかげで、女性目的の観光客が世界中から来るようになった。
ちなみ火葬場はフル回転になったが葬儀場はそうでもなかった。
遠方からの利用者ばかりなので、骨にしてから地元の墓に持っていくほうがいいということだ。
高齢者専門の診療所も増えた。
治療ではなく薬の処方と死亡診断書の作成のために需要があった。
やっかいな場所となるはずだった中国、四国は新しい日本にとって有益な地域になった。
元々過疎地域で人口が少なく土地も余っていたことが幸いした。
当初から想定していなかったことが短期間で起きたことにより、日本と連合国の支配は問題なく進んだ。
しかし、それを良しとしない人間はどこの世界にもいるものだ。
大竹をはじめとする連合国と佐倉、大海の日本政府の知ることになるのは後の話になる。




