ホッカイドー
大海は内閣の一員ではないし人生党の役職にも就いていない。
だからといって政府の中で何もしていないかというとそうでもない。
佐倉をはじめとする新人代議士の相談を受けたり政策の立案、新法に関する文章を官僚とともに作成している。
じゃあ何かしらの肩書があったほうが便利ではないかという意見もあるが、大海本人が望んでいない。
肩書が付くとそれ以外の仕事などに関わると越権だとかおせっかいとか我が儘とか言われることを避ける狙いがある。
しかしそれは表向きのことで、自由に行動ができるというメリットを生かそうと考えていた。
つまり自分のスケジュールを自分で決められる、空いていれば周囲に便利な人間となるはずだ。
基本的には京都にいて国家運営に協力するが、トウキョウで大竹達との会合をしたり全国をお忍びで調査している。
政策は国民の生活にどのように影響しているかなど実際に見てみないとわからない。
報告書などは調査した人間の主観や都合の良いことで文書がつくられる。
つまり敵か味方かで視点や正義の方向が異なるように、完璧な俯瞰した資料を作るのは難しい。
大海はどちらの立場でも多様な価値観を理解した上で落としどころを見つけ政策に反映させようとしている。
だからといって全ての意見を尊重することなど不可能なことは承知している。
その代わり、次の機会を用意するとか相手の尊厳を損なわないような策を考える。
そのためにも中央から距離を取った立場のほうが都合が良い。
今週はトウキョウで大竹と合流し北海道に赴く。
元北海道知事としてのアドバイスと現在の状況を知り、日本とロシアの間で最善の関係を続けるために非公式な日本代表として行く。
北海道という呼び方は日本側の便宜上でそのままにしている。
しかしロシア側でも海外向けのブランドに「北海道」をそのまま使っている。
「北海道」ブランドはアジアはもとより世界でも通用するからだ。
ロシア国内的には「オホーツクの南の島」で「ユズノオストロフ」となるようだが簡易的に新語として「ホッカイオストロフ」と呼ぶようにしているらしい。
だからロシア極東の郡「ホッカイドー」としてもそのまま通用している。
大海たちはトウキョウからヘリコプターで青森の三沢ベースへ向かう。
本当なら羽田か横田の滑走路を使ったほうが便利だが、羽田は未だに復興されていない。
横田ベースを優先的に整備して主に使っている。
横田は日本の中心にあるベースとしての機能を担っているので、頻繁に離着陸が多い。
三沢ベースはロシアと中国の脅威がなくなったので、中継地か訓練専用の基地となっている。
三沢から北海道の千歳空港へアメリカ軍の輸送機で向かう。
千歳空港は自衛隊専用の空港だったがロシア軍に接収されている。
ちなみに新千歳空港は民間専用空港になっている。
千歳から札幌へは車で向かう。
ホッカイドーの地名はそのままの呼称で変更はされていない。
ただし道路標識はロシア語併記に作り直されているので不思議な感覚になる。
全く読めないが発音は日本語のまま、日本語併記なので地元民は自然に覚えているかもしれない。
ホッカイドーはロシア支配だからロシア語教育が行われている。
しかし行政や経済は日本語のままで、手続きもそのまま踏襲されている。
突然の変更は混乱を招くだけで強行したとしても受け入れられない。
ホッカイドーに移住してくるロシア人はすでに日本語能力のある日本好きの人達ばかりだそうだ。
小学校からロシア語教育が始まるので、十年後を目安に公用語をロシア語に移行していく。
公用語と現地語が異なる国は多いので参考にしているそうだが、世界的に人気のある日本文化というのは日本語思考ゆえの産物なので、大海個人的な予想ではロシア語は教養レベルで終わるような気がしている。
ロシア語、日本語バイリンガルのほうが有利というぐらいだ。
元道庁がホッカイドー郡政府の建物になっている
道庁というと観光スポットの「赤レンガ庁舎」を思い出す人がいるかもしれないが、そこは記念館に過ぎない。
大海にとっては一年ぶりの庁舎になる。
働いている職員は知った顔ばかりなので、大海を見かけると近寄っては声をかけてきたり、それができない距離なら大声で呼ばれたり、立ち止まると瞬時に人だかりができる状態になった。
大海がロシア侵攻時に平和的な交渉をして被害が出ずに済んだことになっている。
実際は最初からそのつもりの計画だったが、ロシア側が最初に大海に伝えただけに過ぎない。
しかし、ロシアの予想以上に大海の存在が有用だったこともあり、そのまま連合国の日本代表となってもらうことになった。
北海道民にしてみればそんなことは知るよしもないが、知事を解任され不遇のまま去っていったということになっていた大海がいきなり日本を変えると宣言して実際に実現させているということが伝説の偉人のようになっていた。
今の日本とホッカイドーは別の国となっているが、市民は元から日本人であり北海道民であるので、日本の復興と改革は人ごとではない。
もちろん親族も多いはずなので、一切の交流が断たれているわけではない。
普通の国家間の交流と何ら変わらない。パスポートが必要なだけである。
電話もメールも依然と変わらずやり取りできているので表面上の変化はない。
伝説の人物が古巣の庁舎に戻ってきたことにより、庁舎内はおろかサッポロ市内まで情報は瞬く間に知れ渡り、庁舎は大海見たさの野次馬に囲まれた。
それには大海も驚き困惑したが、周囲の勧めもあり一旦外に出て軽く手を振るというパフォーマンスをしてしまった。
京都などでは人生党の顔であるので多少は目立つ存在ではあるが、これほどの人気はない。
佐倉のほうが圧倒的なので、大海の存在などその他に過ぎない。
ここまでとなると普通なら勘違いしかねないが、大海はむしろ目立つことは得意ではない。
元々は都庁の職員であったし、知事も神輿に乗せられただけ。
人生党の結党は連合国の思惑と自らの政治理念が一致しただけである。
だから政権が発足するまでは中心的に動いたが、それ以後で影のようになっていたのは大海が表を避けていたからだ。
数分でお披露目を終えると今回の最初の予定である、ホッカイドー郡長との会談のため庁舎の上階へ向かった。
群長室は元は知事の執務室をそのまま使用している。
部屋の扉はすでに開いており、大海たちはそのまま促されて入った。
中で待ち構えていた郡長はロシア人であったが、聞こえてきた言葉は日本語だった。
「ようこそ大海さん、そして日本の代表団のもなさん。初めましてホッカイドーで郡長をしているニコライ・スミノフです」
滑らかな日本語で大海に握手を求め、同行の大竹とピーターとも握手を交わしソファーを勧めた。
「私が日本語を話すことに驚かれていると思いますが、子供の頃からの日本好きの成れの果てです。
そのかいあってホッカイドーで郡長になれたので、芸は身を助けるですね」
ニコライは日本人でもめったに会話で使わない言葉を駆使している。
「ええ、その通りで。日本人より丁寧な話し方ですごいと思いました。外国語でもその人の人格は現れてしまいますが、ニコライさんは人間としても立派な方だとすぐに確信しました」
外国人の年齢は判断しにくいが、ニコライは見た目三十代後半くらいにしか見えない。
実際はもう少し若いのだろうが、それにしても大抜擢ではなかろうか。
「私はサンクトペテルブルクの出身なのですが、大学はモスクワで東京の大学に留学後は在日大使館に勤めていました。
その後は欧州各国で勤務していましたね。趣味は弓道と合気道をたしなんでいまして転勤の度に各国の道場で指導をしていました。
ホッカイドーでもやっていますよ。皆さんのなかで武道の経験がある方は居られますか」
するとピーターだけが手を挙げて答えた。
「僕は空手と合気道をやっています」
ニコライは日本人ではなく外国人で日本語で話すピーターにも驚いたが、同じく合気道をやっていたことで笑顔で握手を求めてきた。
「そうですか、あなたも日本大好きな人なんですね。ここで出会うのも運命かも知れません。
どちらのご出身なんですか」
ピーターも笑顔で返す。
「僕はアイルランドです。昨年まで東京の大学に通っていましたけど、災害で困っていたところを拾っていただきまして、アメリカ軍との通訳とボディーガードをしています。
それも空手と合気道もおかげですから、ニコライさんのように芸は身を助けることになっています」
「そうですか、災い転じて福となるですね。お互い好きこそ物の上手なれですから。これからも仲良くしてください」
「こちらこそお願いします」
二人は大海と大竹の存在を忘れているかのように意気投合している。
知らない人がこの光景を見たら、ピーターが代表者で日本人二人が秘書にしか見えないことだろう。
でも外国人二人とも日本語で会話をしているのを除けばだが。
「おっと、失礼。ちょっとうれしくなってしまいました。それでは本題ですが、これが資料になります」
ニコライは大海たちに用意していた封書を手渡した。
中身にフライヤーのような多色刷りのチラシとチケットが入っていた。
そこには『ロシアとホッカイドー交流博覧会』と銘打っている。
「そこにあるように、ロシアとホッカイドーの市民が博覧会を通して親睦交流を行い、お互いの理解を深め先入観を壊す企画です。
私が知る限り日本人、特にホッカイドーの皆さんは旧ソ連時代の印象が悪く、領土問題やロシア人が関わる犯罪などであまり良い感情を持っていないようなんです。
もちろん世代が若くなるほどそれは少ないのですが、やはり親が子に伝えたりすることで簡単には無くなりません。
ですから実際のロシア人はどういった国民なのか知ってもらいたいのです。
ロシアは多民族国家ですので、日本より方言や伝統が異なります。
だから一概に「ロシア人」はこうという民族とは言えません。
日本人はロシアというとウオッカを飲んで暴れるというイメージがあると思いますが、確かに地方の貧しい村の高齢者はそうかもしれませんが、ほとんどの国民はビールかワインを週末か特別な時にしか飲みません。普段は自宅でもアルコールは飲まないのです。
そしてロシア人も日本人への先入観は昔のままの人も少なくありません。
最近はネット動画のおかげで日本の情報が得られやすくなっていますが、未だにサムライ、ゲイシャのイメージは残っています。
ただ若い人でも知りえるのはアニメからのがほとんどですので、よくわかっていないというのが実情です。
日本に観光で来るとなると金銭的な負担が大きいのに、時間に余裕がある学生などはアルバイトの需要が日本ほど多くなく、ほとんど学生は貧乏なままです。
せいぜい家庭教師くらいかカフェの店員でも恵まれているほうです。
ですからホッカイドーがロシアになった記念日にロシアから若者を招待して、日本からもロシアに来てもらう交流会をしようと考えています。
しかも庶民レベルのものではなく盛大に動員参加してもらおうと考えています。
それには大海さんたちの協力が不可欠だということです」
ニコライは熱を帯びた話をしているが、大海たちはイベント会社でもないので全員が困惑していた。




