懐かしの店へ2
すっかり眠ってしまったが体力は戻り足取りは軽くなっていた。
十分ほど歩くとちょうどいい感じの雑居ビルを見つけた。
一階部分はスナックなどの飲み屋が入って横丁のようなつくりになっている。
ただ奥に行くほど灰が吹きだまりになっていてふさがっている。
だけどそれが洞窟のような雰囲気を出していて悪くない。
ダンジョンの入り口のような感じだ。
とりあえずシートを広げ腰を下ろす。
バッグの中から電池式のLEDライトを取り出し立てる。
ペットボトルの水を飲み一息つく。
昼を食べてからほとんど動いていないので腹は減っていないが口寂しいのでビスケットとアーモンドチョコを食べる。
そして携帯ラジオのチューニングを合わせてみる。
トウキョウではアメリカ軍の放送局(AFN)昔でいう極東放送(FEN)は常に流れている。
日本の放送局も地方局のが拾えるようにしているのでクリアに聞こえる。
FMもネットさえつながっていれば大丈夫な時代で良かった。
囚人たちも楽しみにしている娯楽なようで、よく話題になっている。
外の情報が得られる手段がラジオのみで、テレビもネットも支給されていない。
ラジオは災害用のを使っているので、部屋に戻った時間にはそこかしこから充電を回す音が聞こえてくる。
横になって聴いていると外の暗闇に光る点が動いていることに気が付いた。
野生動物だろうか、クマよけの唐辛子スプレーと大音響の音が出るスプレーをバッグから取り出して警戒をした。
すると光の点はこちらに向かってきて「ニャァ」と鳴いた。
猫だった、しかも子猫を三匹も連れた猫。
野良猫なのに人間を警戒しないということは元は家ネコだったのかもしれない。
よく一人暮らしのアパートで捨て猫を飼いはじめ大きくなったので再び捨てる人間もいるようだが、
災害で連れて行けないペットも多く残されたという。
アメリカ軍と囚人たちは野良犬などに残り物などを与えているようだが、ここまで離れていると恩恵に預かってはいないようだ。
ネコにしてみれば夜なのに明るい場所を見つけたのは一年ぶりだろう、子猫は初めてなのか丸く黒い瞳をキョトンとさせてこちらを伺っている。
母ネコはキジトラ柄だが子供は黒ベースで色々交ざっている。
子供の柄と頭数で父親が何柄で何匹かがわかるというのは本当だろうか。
もしそうなら父ネコは三匹いるのだろうか。
残っていたビスケットと水を与えてみると素直に食べ始めた。
餌を与えようと思ったのは帰路でもし再開したなら持ち帰ろうと思ったからだ。
以前から考えていた、トウキョウエリアの野生化したペットを保護をしなければならないと。
特に野犬は熊よりも危険な存在となる。
集団で行動し常に腹を空かせているから襲われる可能性が高い。
そろそろ本気で捕獲を計画してみよう。
アメリカ軍か囚人でやるしかないが、どうしたもんだろうか。
餌場を作り檻で囲むか、見つけ次第に捕獲するか。
そして去勢するか譲渡するかも検討しなければならない。
観光用に大規模なネコカフェやドッグランのようなものでも造ろうか。
それこそドーム球場は現在は倉庫代わりとしているが、満杯になるようなものははいっていない。というか常時空気を入れておけないのでグラウンド内は何も無い。
あれだけの施設をこのままというのももったいない。
スカイツリーは観光ツアーに組み込むので問題ない。
ちなみに東京タワーは徐灰が進んでいないので放置されている。
そろそろ寝ようと思い、ライトをできるだけ離れた場所に置いて虫を誘い睡眠の邪魔にならないようにした。
それでも蚊には刺されるので虫よけスプレーと蚊取り線香を焚くいておく。
猫の親子は少し離れたところでまったりしている。もしかするといつもの寝床で侵入したのはこちらだったかもしれない。
翌朝も晴れだった。
猫の姿はなく、周辺を探してみたが見つからなかったので一人で朝食を食べる。
とはいってもビスケットとチョコがメインで、ドライフルーツを漬物のようにつまむだけ。
さて、今日は最初に住んでいたアパートを確認してから店に向かおうと思う。
こここからさほど時間はかからないだろう。
出発の前に足の裏を確認してみる。
夜のうちに大きく膨れたマメに針で穴を空けておいて乾燥させていた。
親指と人差し指の間に出来ることが多い。
ちょうど蒸れやすく擦れやすいからだろうが、左右では右足が酷いことになっていた。
たぶん今日も同じ場所にできるだろう。マメの下にマメができるということだ。
これが数日続いて硬くなると平気になるが、最初の三日ぐらいが痛くて辛い。
靴の中で尖った小石を踏みながら歩くようなものだ。
予防するには軽くて通気性が良い靴かサンダルを履き、何度も脱ぐことをしなけらばならないが、トレッキングスタイルだとそうはいかない。
だからマメができたら水を抜き、キッチンペーパーを折りたたみ厚くしたのをあてがい靴下を履くことで衝撃と湿気を防ぐようにしている。
それでも痛いことは痛いが、気にせずに歩けるくらいまでになる。
準備が整ったので出発する。
念のためにビスケットを少し置いて来た。食べても食べていなくてもいいが気持ちとして。
二時間ほどで懐かしのアパートに着いた。
たしかこの辺に排泄物を埋めたはずだが、痕跡はなかった。
それを確認しただけでも来たかいがあった。
もし残っていたならバレていないだろうけど恥ずかしいからだ。
部屋の中に入ってみたが、特に持ち帰りたいものはなかった。
ああでも、お気に入りの円盤くらいは荷物にならないだろうからバッグにしまった。
念のために他の部屋もノックしてみたがもちろん返事は無い。
皆さんはどこの土地にいったのだろうか。ほとんど付き合いのない人ばかりだったが、何かの機会で会うことがあったらその後の話を聞いてみたい話をしたい。
あれだけの災害を経験した同志のようなものだ、それぞれ積もる話があるはずだ。
アパートから店まではけっこう遠い。
当時は足元がぬかるんでいたりして苦労したが、一年も経つと量こそはさほど変化はないがしっかり固められているので歩きやすくなっていた。
今回歩いてみてわかったが、道のほとんどは干上がった川のようなものになっていた。
高低差がはっきりわかるようになったことで、道なりに坂を上るより迂回したほうが楽に歩け、余計な体力を消耗することを回避できた。
店へは当時の半分の時間で着いてしまった。
早速あの時のように裏の通用口の扉を開けて中に入ってみる。
最後に去る時、安全のためにブレーカーを落としてきたのでスイッチは入れず、外光だけで店内を見て回る。
しっかりと施錠やシャッターを閉めていたが、想像以上に灰が侵入している。
ホウキで掃き出すレベルじゃなくスコップでないと無理な量が溜まっていた。
どこかの窓が割れているかもしれない。
惣菜作業場のフライヤーの油は熱かったこともありそのままにしてきた。
顔を近づけて臭いを嗅いでみたが腐ってはいないようだ。
一通り店内を周り確認して店を出る。
最後に丸山家へ向かう。
何度も往復したので自宅に帰るような気分で歩いていく。
一人だけで向かうのは初めてだと気が付いた。
当時は一緒に歩いたことで一体感が生まれたと思う。
店での炊き出しよりも、行き帰りの道のほうが思い出深く残っている。
先頭になって歩かず後ろに付いたり秀明君の横になったりした光景が浮かぶ。
一年ぶりの丸山家は当時と変化は無いように見えたが、やはり空き家なので雑草も生えて人間の生活が感じられない廃墟感が漂っている。
ここだけでなく都内全てがそうだから仕方がない。
玄関の鍵は閉めている。万が一にも戻る可能性があることを考えてだ。
だけどそれはもう叶わない。
元都民には新天地での住居手当てと税金の免除がされている。
二度と戻れないという前提での優遇政策だ。
たぶんだが、これらの住居は使えるものを原発建設などの作業員の施設として活用されることだろう。
そして全ての計画が完了したトウキョウは地球上稀な特別エリアとして存在していくことになる。
関係者以外は住むことはないようにしているが、何かしらの要因で住民が隠れ住んだり新しい形態の文化が生まれるかもしれない。
それは百年後か千年後になるのかわからない。
何度かの災害に見舞われて消滅するかもしれない。
たぶん二度とこの辺りには来ることはないだろう。
大竹は自分の将来を想像したことは無かったが、トウキョウの未来は期待してみたいと思った。
さて皇居に戻ろう。
今夜は自分の部屋に泊まって、明日は洞窟でネコを見つけるまで探そう。
そして観光ネコカフェの計画を実現するために、しばらく自分の仕事は後回しにしてしまおうか。
やっぱり歩き回るといろんなことが頭に浮かんでくるなということを大竹は実感した。




