懐かしの店へ
大竹はトウキョウに戻ってきた。
皇居のベースで一息ついて考える。
「住んでいたアパートと店に行ってみよう、何か思うことがあうるかもしれない」と。
トウキョウエリア内は一人で行動しても安全ではあるが、徐灰がいきわたっているわけじゃないので簡単には行けない。
だからトウキョウに住むようになってから一度も訪れたことはない。
ここからだと何時間かかるだろうか。
全ての行程を徒歩とすると、5㌔一時間としても当日中に往復は無理そうだ。
それも順調にという前提だから、トレッキングと考えれば倍の時間をみてもいいかもしれない。
となると野宿の準備をしておかなければならない。
とはいってもテントは必要ないだろう。
東京を脱出した時もそうだったがビルの陰などで雨風を防げればそれで十分。
用意するのは三日分の食料と寝袋、水は四リットルでいいだろうか。
できるだけ重量は抑えたいが水だけは削れない。
食料はビスケットのたぐいでいいだろう、チョコレートやドライフルーツでカロリーを補いうことにする。アメリカ軍の好みだろうか、やたらと大量のチョコとドライフルーツが簡単に手に入る
まるで本格登山のようになってるが、人がいなく物もないのが現在の東京だ。
一応、アメリカ軍には行動計画を知らせておかなくては、不審者として対処されかねない。
翌日の朝早くに出発をした。
地図とコンパスは一応携帯。道路標識はあるので必要ないかと思ったが、通行できなく回り道なぞしたら簡単に迷ってしまいかねない。
海外旅行で手ぶらの散策をするのが大竹の旅スタイルだが、毎回なぜか迷うということを繰り返している。地図とコンパスを確認しているのに内陸に向かっていたのが海に出てしまうこともあったくらいだ。
営業マン時代に住宅地図を見るのは得意だった。夜でも一度で到着したし、再訪は見なくてもできていた。
しかし歩くと能力が発揮されない。
東京に来てから地下鉄の出口を間違うことはしょっちゅうで、そこから目的地に着くまで何度も地下のホームを往復していた。
都内を車で移動するなんてとてもじゃないが無理だと早々に悟ったのもそのためだ。
そういえば去年の今頃だったことを思い出した。
あれから一年が経ったことになるのかと思うと感慨深い。
丸山家と東京を脱出して苦難の行程を共に過ごした数日間。
あの時は先のことなど考えることなどしなかったが、たとえ考えたとしても想定外の現実になっている。
塞翁が馬という故事があるが、何が幸いというか何が起きるかというのはわからない。
ただ自分なりに分析をすれば「なるようになった」としか言えない。
昔の自分がいたゆえの繋がりが今の自分に届いている。
別に未来を予想していたわけでも見返りを求めていたわけでもない。
その時その都度の自分が素直にやっていたことが、二十年以上経って答えを出してれた。
ということは今現在の自分が無意識にやっていることが忘れていた頃に芽を出すのだろうか。
ならば意識して将来の為とか未来のために備えるということは意味のないことなのだろうか。
そうなら貯金とか保険などは存在価値が無くなるではないか。
学生時代の勉強も何もかも全ての努力が無駄だというのだろうか。
いやいや、それらの基礎や土台があってこその自分だったからこその行動だったのかもしれない。
人間は知識と経験が自信につながる。それが成功体験でなくてもいいい、失敗して違うことを選んだ結果が良い方向だったことが「塞翁が馬」なんだから。
一人でひたすら歩くといろんなことが頭の中に浮かんでくる。
悩み事や決断しなければならないことがあると歩きながら考えろというのが昔からいわれるが、まさにそうなんだろう。
歩いていると道迷うとい現象はそれが原因なのかもしれないと勝手に納得させた。
かれこれ四時間ほど歩いたが地図上ではようやく半分を過ぎたくらいだ。
最初は首都高を使おうかと考えもしたが、それは面白みがないだろうと考えたが後悔し始めてきた。
なんせ道が真っすぐ続かない、どうやっても通れない場所があるなど予想以上に障害が多く苦労している。
昼になり近くに公園があったので休憩することにした。
用意してきたシートを広げて座る。
トウキョウのベンチは寝られないようになっているが、それもほとんど灰に埋まっているので背もたれとして使うことにした。
固形携帯食ばかりではあれなので、昼食にはおにぎりと唐揚げの弁当をつくってきた。
中身の具はコンビニほど自由に用意できないのがトウキョウなので、オリジナルのを考えた。
ご飯にバジルを刻んんだものとツナ缶を混ぜたやつ。
ほぐしたコンビーフとセロリを混ぜたやつ
中心の具をタルタルソースにピクルスを大きくカットしたのを混ぜたもの。
この三つに、ナンプラーとニンニクに付け込んだ唐揚げ。
どれもアメリカ軍の冷蔵庫から調達したわりには美味しくできたと思う。
要は米のおかずになる御供を簡易的につくっただけ。
唐揚げも細かいレシピなどないものだが、酢かマヨネーズをまぶせば結果おいしくなる。酢はすし酢が最適だが少量をつくってもしかたがない。
この暑い時期に保存も効くメニューだという自信もある。
それにしてもビルに囲まれ風の音しか聞こえない、ほとんど無音の環境での食事は本当に人類最後の一人になったと思ってしまう。
この辺にはカラスの姿も見当たらない。
中心部は人間がいるからだろうか普通に見かけるが、山でも都会でもないと野生動物でさえ生きていけないのかもしれない。
腹が膨れたのと弁当が想定以上にうまかったので少し仰向けになって寝転んだ。
三十分ほどで起きようと思っていたが、そのまま眠ってしまった。
気が付いたら夕陽が大竹を照らしていた。
西日がまぶしくて目を覚ましてしまった。
慌てた大竹はすぐに起きあがり、今夜の寝床を探し求め歩いた。




