丸山家との再会
大竹はトウキョウから車で直接行けるのはありがたいと思いながら、首都高から東北道を北へ向かって百二十キロで走らせる車のステアリングを握っていた。
これまでは八戸にヘリコプターで行く途中に仙台で一旦降りるかでもしないと行けなかった。
だから昨年以来半年以上も仙台には行っていない。
当然だが八戸の実家にも顔を出していない。
実家は特に用事があるわけじゃないが、決まった休日が無い大竹はこの機会に夏休みを取ろうと決めた。
それにヘリコプターだとピーターを同行させなければならいが、一人だと街中でも紛れやすいし、車だと追跡や尾行があったとしても逃げやすい。
ピーターは高身長の白人だからけっこう目立つ、一緒にいれば教えているようなものだ。
京都や大阪のように西日本は旧政権の縄張りのようなものだし、メディアも多いので注意しなけらならない。
しかし仙台や八戸は旧幕府軍だったので、官軍に対しては二百年近くたったとはいえやはり根深いものは残っている。
西日本の人間は声を出さなくとも警戒される空気はまだあるので、大竹が一人でいても比較的安全だと思っている。
それにピーターも常に大竹と行動を共にしているので自由な時間は必要なはずだ。
丸山家の人々と会うのに、またピーターと一緒だといろいろ勘繰られる恐れもある。
宮城インターチェンジから西道路のトンネルを抜けて市街地に入る。
そのまま仙台駅の屋上駐車場に入り車を降りて地下鉄の駅に向かって歩く。
待ち合わせは前回と同じ三越ライオン前になっている。
時間まではたっぷり余裕があるので、久しぶりに街を散策する。
学生時代の思い出が次々と浮かんでくる。
ここの焼肉屋で生まれて初めて冷麺を食べたな。冷たい水のようなスープにゴムのような麵に驚いた。
あそこのラーメン屋ではサービスのゆで卵で腹を膨らましたな。五個は食べたような記憶がある。
デートの待ち合わせをマックにしたが、二百メートル離れた別の店で別々に待ってしまいすれ違った。大竹が気が付き向かって事なきを得たが、携帯電話が無い時代ならではの出来事。
ケヤキ並木の中央を歩くのは観光客くらいで地元民はしないが今日はゆっくり歩く。
当時のクリスマスはイルミネーションとパレードがデートを彩った。
安くて大盛の刺身を食べさせる居酒屋、酒はバーボンしか出さない焼肉屋、おでん屋の屋台があったのもこの辺だったとかを思い出しながら。
三十年前の話なので今ではすっかり様変わりをしている。
そろそろ時間なので待ち合わせ場所に向かう。
すると既にライオンの前には丸山家の人達がいた。
大竹は向こうが気が付きやすいように手を振りながら近づく。
二十メートルほどで丸山家が大竹を発見し振り返した。
「皆さんお久しぶりです!」
大竹はうれしさを爆発させた。
「いや本当に久しぶりだっちゃ!」
丸山ママが仙台弁で答えたことに驚いた。
「あれ、すっかり仙台に染まってしまいましたね、東京では北海道弁が出ていたのに」
「それは仕方ないよ、施設の利用者さんは全員地元の人なんだから。職員もそうだしね。それに北海道弁と同じニュアンスも多いから馴染みやすいかな」
「そうなんですか」
「そうそう、ゴミを捨てるのも「投げる」と言うしね」
「ああそれは東北全般がそうですね、栃木、茨城までだとそうじゃないから不思議ですね」
「子供たちは東京の言葉だったでしょ?こっちの人からしたらオカマ言葉聞こえるみたいなのね、そうでしょ秀明?」
秀明君は少しムッとした顔をして答えた。
「そうなんだよ、あいつらが言うには語尾に「~ね」をつけるとそう聞こえるみたいなんだよな」
「ああ、なるほどね、たしかにそうかもね。言われないとわからないもんだな」
「ほら大竹さんも「ね」を付けている」
秀明君は目ざとく指摘してくる。
「うーん、僕は色々な地方の言葉が混ざってしまっているからな、意識しないで使っちゃうね」
「男が使うと変らしいよ」
長女の春香ちゃんが言う。
「でも、縁あってここに住んでいるんだからさ、バイリンガルのように覚えるというのも悪くないよ。津軽弁なんて同じ青森の八戸市民でさえ理解できない言葉がいっぱいあるから。聞くのはわかるけど話せないからな。津軽弁に日本語字幕が付くことがあるけど理解できていると不思議な感覚になるよ。バイリンガルってこういうことなんだと実感できるしね。
海外に行って現地で日本語のアニメや映像が字幕やナレーションで放送されているのを観ると日本語だけがスラスラ耳に入って来る不思議さね。
秀明君はその年で経験できるのはいいことなんだよ」
大竹は励ますつもりで例えを色々用意してみた。
でも秀明君は不満そうだ。
「そんなのわかっても意味ないよ。
今の学校に東京から来たのはけっこういるんだけど、なんかダメなんだよね。
オタクと決めつけられたり、ちょっと派手だとヤンキー扱い。
東京の私立だと茶髪ミニスカはけっこう当たり前だけど、こっちはミッション系が多いからギャルや不良と言われているし。
僕なんかはオタク扱いだね。
別にオタクはいいんだ、オタク趣味だしね。でもそれを悪口でからかうだけじゃないんだ。
結局、東京だけでつながっている。
もう東京がないから、ここの連中が東京に行っても自慢できないし。
それに震災で東京に避難していた時に関東の人間からいじめを受けていたことを根に持っている人も多いんだ。
別に僕はそんなことしなかったのに、その時の仕返しとばかりに虐めて当然だとさ。
友達なんて、灰で埃ぽいとからかわれているんだ」
秀明君は吐き出すように大竹に言った。
丸山ママはそんな息子を見て驚いていた。
「あんた!そんなこと言ってなかったでしょ、初めて聞いたよね、パパ?」
「そうだな、なんで言わなかったんだ。しかもこんな時に大竹さん言うなんて」
秀明君はハッとした表情になって下を向き答えた。
「だって、パパとママは今大変なんでしょ?それに僕だけのことじゃないし・・・・」
丸山夫妻は黙ってしまった。
大竹はそれを見て言う。
「なんか僕がけしかけたようになってしまったな、すみません。
でも秀明君に言ってもらってよかったよ。
知っていたかい、新しい教育基本法は自由に学校を辞めてもいいし何度も戻ることが出来るんだよ。
行きたくない時は別の施設で昼を過ごすこともできる。
親はそれを止めることはできない、もし子供の自由を侵したら親が罰せられる。
前の国は人権の軽視ばかりだったからわからないだろうけど、子供にも人権があるという前提で教育をするそうだよ。
イジメもそうだ。
イジメの通報はマイナンバーで匿名で調査され、相手を罰することができるようになったんだよ。
なんかあんまり知られていないようだけど、聞いていなかった?」
秀明君は答えた。
「知ってはいたけど、あいつらが言うには仕返しをしてやるから覚悟しろと言うんだ。
先生も積極的でないし」
「そうか、やっぱり詳しくはわかっていないみたいだね。
イジメ加害者は子供であってもトウキョウに移送されるよ。
そこで生活をしてもらうことになる。
親も希望すれば一緒に行けるけどね、でも当然仕事を辞めて違う生活になるけど。
しかも死刑囚たちと一緒の生活。
最低限の人権は保障するけど、そもそも人権を侵害した罪だからそこは厳しくするそうだ。
教師も調査の結果で積極的に行動しなかったことがわかれば資格はく奪のうえトウキョウでしばらく生活してもらう。こっちはもっと厳しい作業がまっているらしい。
もう泣き寝入りするする必要はないんだよ。
そうか、だからトウキョウにその関係がいないんだな・・・」
秀明君はキョトンとしている。
丸山パパが大竹に訊く。
「そのことなんだけど、大竹さんはトウキョウに詳しいんですか。噂ばっかりで誰もあれから行っていないようなので」
「それはそうでしょう、トウキョウは立ち入り禁止ですから。あそこは連合国が管理している外国ですからね。
でも首都高が開通して、東名道と東北道がつながったみたいですよ。
僕は関西から帰ってきたんですけど、普通に通れましたし制限も百二十キロでしたからスムーズにはしれました。
ただ下道には降りられないんで様子とかはわからないんですけどね。
でも関西はトウキョウといいますか連合国と新政府の情報は詳しく得られますね。
まあ知り合いにその関係者がいるということもあるんですが。
僕が詳しいのもその彼のおかげなんですけどね」
「そうなんですか、私らはもう東京には戻れないんですかね」
「うーん難しいですね、戻ってもまともな生活はできないでしょうから。
なにせ水道が全くダメになっているようで、トウキョウのアメリカ軍も地下水かペットボトルの水でまかなっているようですよ」
丸山パパは残念そうな顔をした。
そして秀明君に向かって言った。
「秀明はどうしたい、戦うか逃げるか。どちらもパパは協力するよ。
でもな、もう一つの選択肢があるんだ。
ママと前から考えていたんだが、ママの実家がある北海道に住むということなんだけど。
北海道は日本じゃなくなってロシアになっているから、パパもどうなるかは想像もできないけど、住んでいるのは日本人ばかりだからどうにかなるかと思うんだ。
それに北海道は景気がいいようだから住みやすくなっているようだし」
秀明君は驚いた顔をしてパパとママの顔を見た。
「お姉ちゃんは知っていたの?」
同じように両親を見ていた春香ちゃんは「知らないわよ」と言った。
「ほう、それはいい考えですね。僕も北海道に住んでいましたけど、あそこは開拓として全国から集まってきた土地ですから。
ある意味で日本では満足できない人間の子孫が多いので、変り者の遺伝子が強い人ばかりですけどね。
それに本州のような部落差別もないしハーフも意外と多いんですよ。
たしかロシアからの天然ガスと北海道からの生産物で相当いいと聞きますからね。
じゃあパスポートをつくらないといけないですね。
ああそうだ、僕が札幌に住んでいた時にロシア人とも友達になっていまして、彼が連合国で結構偉い人になっているようですから、何かあったら僕経由で便宜をはかれるかも知れないんで頼ってください」
大竹はそう言って丸山家の北海道移住を勧めた。
それは北海道が世界で一番住みやすい場所だと確信していたからだ。
一つの島で、四方は色々な海流に囲まれ、四季を楽しめ、夏の朝と冬の昼の良さは住んだ人にしかわからない。地震のような災害も少ないから震度三でも大騒ぎになるくらいだ。
冬の寒さは天然ガスで改善されるだろうし、投資が多くなり仕事も増えることが予想される。
労働力は足りないくらいだろうし、ロシアからも移民が増えて美男美女のハーフが生まれ世界的に優れた頭脳も育つかもしれない。
日本の古い因習も少なく新しいことに貪欲な市民は前向きにロシアの支配を受け入れている。
そもそも道民はいい意味で雑なところがあるから大丈夫だろう。
丸山家も最初こそ雑さを乱暴と勘違いして戸惑うかもしれないが、そこが遠慮のない関係だということに気が付くはずだ。
大竹は丸山家を応援することに決めたが、移住の原因となった学校への対処をどうしようかと考えなければならないと思った。




