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トウキョウ取材2

 佐々木は囚人のインタビューを終え、徐灰作業の現場へ一緒に向かうことになった。

 最初の頃は皇居の周辺をやっていたようだが、最近は環状道路にアクセスできる道をやっているみたいだ。

 首都高を東北道に繋げるのは来月に完了するそうで、これで東と西が貫通する。

 しかし一般車両は地上部に降りることができないようにほとんどの降り口は閉鎖して、環状道路をうまく使い各地域を点でつなぐようにするようだ。

 つまり点は将来的に街にして、街と街との行き来は環状道路をつかうことになる。 

 今日の作業場所は最初の点になる降り口の周囲になるようだ。

 バスに乗り込み十分ほどで到着した。

 バスは首都高に停めて階段で降りる。

 そこはまだ徐灰が進んでおらず、まず作業基地となるテントを設営するところから始まった。

 そこにトラックで運んだショベルなどの道具を保管し、集めた灰を袋に詰めたものの仮置き場になる。

 灰の袋はある程度の量になれば、路地を塞ぐ土嚢として利用し、雨などで灰が流入してくるのを防ぐ役割をする。

 そうしないとせっかく空けた道が灰で埋まってしまう。

 今日はすぐに作業を始めるので囚人たちはそれぞれ道具を持ち台車を押して行く。

 決められたコンビが慣れた様子で粛々と作業をはじめた。

 佐々木が見物していると通訳のブラウンさんが近寄って話しかけた。

 

 「佐々木さんもやってみるというのがスケジュールにあるそうですが、やってみますか」


 「そうですね経験してみましょうか」


 「それでしたら私とコンビを組んでやりましょう」


 ブラウンさんはそう言ったが、すでにショベルと台車がそばに用意してあった。

 佐々木とブラウンさんはネクタイこそはしていないがスーツ姿であった。

 二人とも上着とシャツを脱ぎすて、アンダーシャツだけになり作業場所に向かって行った。

 最初に佐々木がショベルを使って灰を台車に積むことになった。

 十回で交代するという段取りで始めたが、普段から運動不足の佐々木にとっては重労働だった。

 しかも季節は梅雨が明けたばかり、天気は曇りだが蒸している。

 すぐにシャツは汗で濡れた。

 ようやく交代になり台車を押すことになったが、「ネコ」といわれる一輪の台車は思いのほか扱いが難しい。 しかも足元は整地されていないから余計に体力を使う。

 交代の番になったが佐々木は座り込んだ。


 「なあ、ブラウンさん少し休みませんか」


 まだまだ元気そうなブラウンさんに声をかけてみた。


 「そうですね、佐々木さんは限界のようですからいいですよ」


 二人は近くの縁石に腰かけて座った。

 

 「それにしても灰がこんなに重いとはね、畑の土くらいかなと思っていたんですが全然違いますね。


 「雨水が浸みていますし、比重的にはコンクリートと同じくらいでしょうかね。だからショベルには少なめにすることがコツですよ。重い動作より軽いを回数でやったほうが疲れませんから」


 「なるほどそうなんですか、じゃあ最初に言ってくださいよズルいですよ」


 「体験が目的ですからね、楽より辛いほうがいいだろうということだそうで。私はさっき兵士に教わったばかりですけどね」


 ブラウンさんは悪びれずにそう言った。

 

 「もう止めておきますか、続けますか」


 「止めませんよ、でももう少し休んでからにしませんか」


 ブラウンさんは笑ってうなずいた。

 三十分ほど休んで作業を再開した。 

 さっき聞いたコツを実践してみる。

 なるほど、なるほどこれはいい。

 これなら体力が持ちそうだ。

 交代の番になったが、台車のコツはどうなんだろう。


 「ブラウンさん台車のコツは何かあるんですか」


 「そうですね、私が注意しているのはあまりゆっくりと運ばない、遅いと左右のバランスが難しいですけど、速いと真っすぐ運べるんですよ。自転車でもそうじゃないですか、ゆっくだとふらつきますよね」


 なるほど言われてみればそうだ。

 バランスばかり気にして倒さないようにゆっくり運ぶと裏目に出るようだ。

 ブラウンさんのアドバイス通りにやってみると思いのほか順調に運べる。

 ついついスピードを出しそうになるが、そこをコントロールするのも楽しい。

 カーブや段差をクリアした時なんかは自分を褒めたくなる。

 佐々木は気が付いた。

 囚人たちもこうして毎日を生きてきたんだ。日々のやりがいとかは、こんな一見単調で重労働なことでも得られるということを。

 毎日少しずつだが整地された道が出来上がって、最近はここまで来たということは成果が目に見えるということもわかりやすい。

 さすがに毎日は体力が持ちそうにないが、これはこれで良い経験になった。

 観光ツアーをやるというが、徐灰作業は絶対にメニューにすべきだと思った。


 三時間ほどの作業を終えてバスに乗り皇居へ戻った。

 夕食の前に風呂に入る。

 佐々木たち三人はツアー客でないが特別に先に入ることができた。

 災害用の簡易湯舟だが充分肩まで浸かることができて満足した。

 夕食は昼と同じようにテント内にあるテーブルで食べていると、囚人たちの一部が近づいて来た。


 「よお、近くに座っていいかい」


 声をかけてきたのは昼にインタビューをしたボブさんだった。


 「はい、もちろんですとも、どうぞどうぞ」


 佐々木の向かい側、山田さんの横に座った。

 

 「どうだった、灰をすくって運ぶ仕事は。きつかっただろ」


 ボブはスプーンで食事を口に運びながら佐々木に訊いて来た。

 佐々木は食べるのをやめ答えた。


 「もちろんきつかったですよ、最初の三十分なんかはヒイコラ言っていましたが、コツを教えてもらったらどうにか格好はつきましたかね。でもまあ今は疲れてこれ以上動けませんけど」


 「そうだろ、でも明日になったら筋肉痛がくるぞ。あんたはいい年だから少し遅れてくるかもな」


 筋肉痛なんていつぶりになるだろうか、どんな痛みかを思い出せなかった。


 「筋肉痛ですか、痛いんでしょうね。帰って動けますかね」


 「明日もやるなら少しはやわらぐだろうけど今日だけだろ。じゃあ無理だな、死ぬよ」


 ボブは笑って答えた。


 「いや、死刑囚に死ぬと言われるとよけいに死にそうだから」


 佐々木は思わず冗談ぽく言ってしまったが、一瞬後悔した。口が過ぎたかと思った。


 「悪い悪い、はっはっは!でもホントに死ぬわけじゃないからな。俺らと同じだな」


 ボブは大声で笑いながら言った。

 良かった、冗談が通じて。



 食事を終えると自由時間になる。

 囚人たちはそれぞれ好きなように行動をする。 

 部屋に戻る、外で仲間とくつろぐなどいろいろだ。

 観察していると、何人かが皇居の敷地内を歩いてどこかへ向かって行った。

 佐々木は近くにいる囚人の一人に訊ねる。


 「あの人たちはどこへ行くんですか」


 「ああ、あいつらは図書館に行くんだよ」


 図書館があることは知っていたが、どういう風になっているのか興味が湧いた。

 だいたいは想像できるが、利用しているのが囚人たちだけというのが興味深い。

 佐々木はさっそくはぐれないように小走りで後をついて行った。

 十人くらいだろうか、別に会話をすることもなく黙って歩いている。

 そのまま一棟の建物に入って行った。

 けっこう大きな二階建てだ。

 佐々木もそのままついて行き入った。

 部屋に入っていくと本棚が隙間なく並べてあった。図書館というより古本屋という感じだった。

 すでに何人かが本を抱えて出て行くところなのか、入り口ですれ違った。

 奥にかなり若い青年が真剣な目で本を選んで立ち止まっていた。

 佐々木は本を選んでいるかのように横目で観察した。

 青年は三冊ほどを脇に挟み佐々木の横を通って行く。

 佐々木は何気を装い距離を取ってついて行った。

 青年はそのまま外に向かって歩いていく。

 貸出カウンターが無いことに気が付いた。

 パチンコの景品交換のように外にあるのか?

 不思議に思い最後までついていくことにした。

 青年はしばらく歩いていきマンションに入って行った。

 佐々木も入っていき青年がどこの部屋に入るかを確認した。

 しばらく待っていたが出てくる気配が無い。

 佐々木は思い切ってインターホンを鳴らしてみた。

 出てきたのはあの青年だった。

 

 「誰だよ?」


 青年は不審そうな顔をしていた。


 「あの、私は記者をしていまして、今日は皇居で取材をしていまして、あの、先ほど図書室であなたを見かけたんですよ。それで借りるところはどこかなと思ってついて来たところなんですけど、ここはそうなんですか」


 「はあ、何言ってんのアンタ。ここは俺の部屋だよ」


 佐々木は驚いた。たしかに言われてみればそうとしか思えない。

 なんでよく考えもせず来てしまったのか。疲れていることを実感した。


 「確かに俺は図書館に行ってきたけどさ、別に本を盗んできたわけじゃないぞ、図書館の本はそのまま持ってきてもいいんだ。読み終わって返してもいいし部屋に置いててもいいんだ」

 

 青年は佐々木を部屋に入れ見てみろと言わんばかりに本の山を指さした。

 

 「すごい量ですけど、少し返した方が部屋がスッキリするんじゃないんですか」


 「まあそうなんだけど、全部途中までしか読んでいないだよ。読み終わってないけど図書館に行くと新しい本が読みたくなって持ってきてしまうんだ」


 「じゃあ行くのをやめたらいいじゃないですか」


 「そうなんだけど、本に囲まれている空間、時間が好きなんだからしょうがないだろ」


 青年はバツの悪い顔をして佐々木を見つめる。

 そんな青年を見て思った。

 この青年は凶悪犯なんだろうか、どう見ても普通の青年にしか見えない。


 「あの、失礼とは思いますが、あなたは死刑囚ですか、それとも無期囚ですか」


 青年は首を横に何度も振り答えた。


 「いやいや、俺はあの人達とは違う、ただの田舎の男だ。

 あんた外の人間だから知っているだろ、トウキョウに入ることが出来ないとか、出来ても戻ってこれないとか。俺は戻ってこれないほうの男だよ。

 俺だけじゃないけどな、他に二人いて半年前からトウキョウで生きているよ」


 佐々木は驚いた。今日だけで何度目だろうか、驚くことばかりで、驚かないほうが普通になってきた。

 だから表情や声には出なくなってきた。


 「噂では聞いていましたが、本当のことだったんですね。トウキョウに行った人間は戻ってこない、生きているか死んでいるかもわからない。だからトウキョウには近づくなというのがもっぱらの噂になっていますよ」


 「そうだよな、俺たちはたまたま捕まったからこうして生きているけど、アメリカ兵に殺された人もいるって噂もあるらしい。実際はどうかは知らないけど、囚人のおっさんたちが言っているだけだから」


 佐々木は納得したが、また違う疑問が湧いた。青年は決して悲観しているわけでも生きる気力が無いように見えなかった。むしろ生きていることに満足しているかのように前向きなのだ。

 その証拠にむさぼるように本を読んでいる。

 つまり向上心があり、知識や経験に飢えているということだ。

 佐々木にもそういう経験があった。

 二十代の初めのころだ、就職して自分の力を見せつけてやると粋がっていたが、二年先輩にでさえ敵わなかった。

 先輩は別に特別優秀な大学を出ているわけでもなかった、それでも社会人歴が二年でも圧倒的な差をつけられている現実を思い知った。

 それからはなんとか成長してやろうと本を読みまくった。本屋はもちろん図書館、古本屋にも通いまくった。

 おかげで一年後には知識だけは先輩を追い越した自負を持てた。

 だからと言って仕事全般がうまくいったわけではなかったが、その経験で自信を強く持てたことは確かだった。

 佐々木は青年にインタビューをしようと思った。


 「そうなんですか、じゃあちょっとインタビューをしてもいいでしょうか。

 答えにくいことは答えなくて結構ですので」


 青年は驚いた顔をしたがまんざらではない様子で答えた。


 「インタビューですか?何?俺って有名人になるのか、いや有名は嫌だな、でも芸能人みたいで悪くないかな」


 「じゃあオーケーということで」


 「ああいいよ、なんでも訊いてくれ」


 佐々木はノートとペンを取り出した。


 「年齢とどこから来たのですか」


 「年は二十歳になったばかりだ、千葉から来た」


 「囚人じゃないのでしょうけど、いつまでトウキョウに居ることになるか知っているのですか」


 「なんか一年とは言っていたけど、好きなだけ居てもいいようだよ。でも仲間がいるから、あいつらとも相談しなくちゃならないからわからないな。

 どうせ外に出ても通用しないということは良く知っているからな、ここのほうが居心地がいいんだよ。

 あんたも飯を食っただろ?けっこう旨いんだよ。仕事も慣れればどうってことないしさ、囚人のおっさんたちも良くしてくれる。あの人ら本当に凶悪犯だったのか信じられないくらいだよ。

 ああ、でも最初はビビっていたけどな。

 俺は昔から本が好きだったわけじゃない、ここに来てから急に好きになったんだ。だから今の環境から離れたくないのが本音だな。

 仲間の一人はアメリカ兵に料理と英語を教えてもらっていて、今じゃ外人並みに喋れているぜ。

 あいつは外に帰ってもうまくいくんじゃないかな。

 もう一人は農業が好きなようでさ、今じゃ徐灰をしないで郊外で畑をつくるように特命を受けているよ。

 たいしたもんだよなみんな。

 俺は別にこれといったものが無いからどうしたいというのがないけど、囚人のおっさんが言うには

 「一週間に二十冊、年間千冊を十年続けたら人間変わる」と言われたんだ。

 ほんとかどうか知らないけど、俺にはそれしかないような気がするからそうすると決めたんだ。

 あんた、十年後に会うことがあったら、またインタビューしてくれよ」


 青年は誇らしげに答えた。

 佐々木は思った。

 この青年は十年とはいわず数年後には相当立派になっていることだろうと。

 だから言った。


 「あなたは自分では気づいていないようだけど、もうすでに平均以上になっていますよ」


 青年は「まーた、そんなお世辞はいいよ」と言って照れていた。


 

 





 

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