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トウキョウ取材

フリー記者の佐々木は大海の好意でトウキョウへ向かっているバスの中にいた。

 車内には佐々木の他に通訳の山田さんとブラウンさんがすぐ後ろの席に座り、トウキョウに着くまでの間ずっと佐々木に色々と質問をしていた。


 「どんな事件を取材してきたんですか」「裏の情報とかはないんですか」「実はあの人の本性は?」などなど、野次馬的な話題を振られた。

 佐々木は隙を見て山田さん達の情報を知りたかったが、二人が交互に話しかけてきて対応するだけで精一杯だった。

 最初こそ守秘義務があるとか言いながら誤魔化していたが、山田さんが「苦労したことはなかったんですか」と訊いて来たので、愚痴を交えて話をしていたら次第に取材対象者の裏の顔まで口にしてしまっていた。

 山田さんが「へーそんなこともあるんですね」と言ったことで佐々木は話過ぎたと気が付いたが、山田さんが皇居の裏や連合国の関係者の話をしてくれるので、佐々木自身のブレーキが壊れついつい余計な話を笑い話に変えていた。

 おかげでバスの時間はあっという間に過ぎていき、話疲れたと思ったらトウキョウに到着していた。

 

 災害の時の佐々木はギリギリまで脱出はせず、できるだけの取材をしていた。

 あれから一年弱が経ったが、第一印象はさほど変化は無いように感じた。

 道路上には灰に埋まった車が放置され、泥状になった灰の中にはガラクタが混ざっている。

 何度か雨が降ったからか川の跡のような溝や凹みがあり、人間の足跡はきれいに無くなっていた。

 建物は残っているが人間が住んでいたことを示しているのはそれしかなかった。

 都内に入ってからしばらく首都高を走り中心部に向かった。

 そこまで来るとアメリカ軍の兵士の姿があった。

 バスはそのまま下道に降りると思ったが停車した。

 ここからは歩きで向かうようだ。

 階段を降りるとアメリカ軍の兵士が待っていて佐々木たちを案内するかのように誘導した。

 佐々木はブラウンさんに訊ねた。


 「私たちはどこに行くのでしょうか」


 「ベースに連れて行くそうですよ、元皇居ですね。今はアメリカ軍の基地ベースになっているようです」


 佐々木は驚いた。

 噂では聞いていた。脱出する際にアメリカ軍が天皇陛下が去った皇居に入ったようだと。

 確認しようと試みたが半強制的な脱出だったので時間が取れなかったことを悔やんでいた。

 それが今回でわかるというのか。

 驚きと喜びが同時に沸いた。

 バッグからカメラを取り出し構えた。

 それを見た兵士が佐々木に話しかけた。

 何を言っているかわからなかったのでブラウンさんに通訳してもらった。


 「カメラは許可があるまで仕舞っておいてください、軍事機密もあるので」


 なるほど、そう言われればそうだろう。うっかりしていた。

 一度深呼吸して心を落ち着かせた。

 佐々木たちは大手門に近づいたが左に曲がった。

 どうも桔梗門から入るようだ。

 門を抜けて左にある建物に入った。

 兵士が佐々木たちに何か言っている。

 ブラウンさんがすぐさま佐々木に伝えた。


 「ここで基地ベースの責任者と面会するそうです」


 兵士がドアをノックし何か叫んでドアを開けた。

 佐々木たちが入ると執務机に座っていた制服姿のアフリカ系の軍人が立ち上がり近づいて来た。

 何かを喋りながら握手を求めてきたので笑顔をつくり手を差し出した。

 そして山田さん達とも握手をして佐々木たちに何か言っている。

 佐々木はブラウンさんに顔を向けた。


 「ようこそトウキョウベースへ、民間人として最初のお客さんを歓迎します。ガイドの兵士の指示にしたがって自由に見物していってください」


 ブラウンさんはそう通訳してくれた。

 指示に従って自由というのは逆に言えば自由な行動を慎んでくれということだなと理解した。

 まあいいさ、注意されるギリギリを攻めるのが取材現場というものだ。

 佐々木たちはアメリカ軍が用意してくれたガイドに案内されて皇居を出た。

 ブラウンさんが説明してくれたスケジュールによると時間的に昼になるから食堂で兵士と囚人たちと食事をとり、それから囚人の作業見学と作業体験。

 インタビューは匿名ならオーケーだが写真や音声は禁止。その後は夕食まで自由時間だが、徒歩以外の移動手段がないのであまり遠くに出かけて時間まで戻らないと夕食は抜きということ。目安は十八時まで帰ってくること。

 風呂は基本的に夕食前だが宿泊は廃マンションの部屋。

 二日目は午前中に皇居の案内で昼に出発、夕方に京都で解散。

 佐々木は都内で気になっている場所があったが時間的に往復は無理だと判断し、向こうが示したスケジュールどおりに動こうと決めた。

 それでも新しい情報が多く得られるはずと考えた。

 食堂は大きめのテントが十棟ほど設営されている。兵士たちはすでに並んでいる。

 佐々木たちも列に並びメニューをトレーに載せテントのテーブルに向かう。

 ガイドと四人で食べていると、オレンジ色の作業服の集団が現れた。

 ブラウンさんにあの人たちは?と訊いたら、ガイドに英語で話しかけた。

 返って来た答えをブラウンさんが教えてくれた。


 「囚人たちが作業から戻ってきたようです」


 なるほど、アメリカの刑務所と同じようにオレンジのツナギを着ているということか。

 一目でわかるからいいが、少なくとも彼らは凶悪犯だけど大丈夫かとブラウンさんに通訳してもらった。

 ブラウンさんによると「一応兵士が付添っていますが、これまで問題が起きたことはないようですよ。むしろ兵士たちとは仲良くやっているようです」ということらしい。

 先に食事を終えた山田さんが立ち上がった。


 「私がちょっと囚人たちに取材のアポイントを取ってきますので」


 と言ってオレンジの集団に向かって行った。

 山田さんはここまで英語を話していなかったが、日本人相手の交渉が担当らしい。

 それでも囚人たち相手にひるむことなく対応しようとするとは見た目より肝が座っているのかもしれない。

 しばらくして山田さんが戻ってきた。


 「佐々木さん大丈夫でしたよ、ただインタビューできるのは一人だけでしたけど」


 一人だけとは少ないと感じたが仕方ない。


 「山田さんお手数をかけました、ありがとうござます。十分ですよ、しっかりやりますので」


 佐々木は早速ノートとペンを取り出し、山田さんと一緒に囚人たちのテーブルに向かった。

 テーブルには一人の男性が座っていた。他の囚人たちは別のテーブルに移っていた。

 佐々木はテーブルを挟んで正面に立って挨拶をした。


 「どうも初めまして佐々木と申します、フリーの記者をしています。

 今回は政府の紹介で代表として取材に来ています。よろしくお願いします」


 「こちらこそ、俺でいいかわからないが協力しますよ」


 男性は笑顔でそう答えたので佐々木は緊張が少し和らいだ。


 「えーとまずお名前をなんて呼んだらいいでしょうか、匿名取材ですが何かあれば、よろしければですが」


 「そうだな、それよりまず座ってからにしたら?」


 佐々木に座るように勧めた。

 それもそうだと思い、山田さんと隣同士で座った。


 「まあ、知っているかどうか知らんが、ここではみんなコードネームで呼び合っている。お互い相手の本名は知らないんだ。

 ちなみに俺は「ボブ」と呼ばれている。全員が英語の名前を付けられているが、兵士たちが呼びやすいというのが理由らしい。

 だから「ボブ」と呼んでくれ」


 「それは知りませんでした、そうですかじゃあ「ボブ」さんとお呼びします。

 早速ですがボブさんの他に名前というのはどういうのがあるんですか」


 「いろいろだよ、ロンとかトムとかビルとかだな。アメリカではよくある名前だそうだ」


 「なるほど、それじゃあボブさんは死刑囚ですかそれとも無期囚でしょうか」


 「俺は死刑だな、おっと内容は言えないな。でも死刑になるくらいだからわかるだろ、そこは察してくれないか。帰って調べればわかるさ」


 「そうですね、じゃあ失礼を承知して伺います。それでは毎日どうですか、死刑で死んでいるはずが生きているのですから。その辺のことをどう考えているのかを」

 

 ボブは一瞬だけ虚を突かれた顔をしたが、すぐに腕を組み下を向いた。

 そして顔を上げ佐々木を見据えた。


 「そうだな、本来なら死んで償うということが筋だし、俺もそのつもりだった。

 しかし新しい国はそれを否定し俺はここで生きている。

 国民と遺族は反対しなかったのだろうか、もし承諾したのなら何故なのか知りたいところだが、まあいい。

 今は俺が毎日どういう気持ちで生きているかだったよな。

 毎日はそれなりに過ごしているよ、朝起きて飯食って作業して飯食って作業して風呂入って飯食って寝るの繰り返しだが、死なないから生きている。

 何故生きているかとかは考えないな、生きていることに罪悪感を持っていることを期待しているだろうが、そういう気持ちはない。

 死んでいないから生きている、ほんとにそれだけなんだよ。

 自殺をしようとは思わないな。

 そんなことをしたら、ここの人たちを裏切るようなことになるんじゃないかと思ってね。

 俺は別に殺人鬼じゃない、殺したいほどの人間がいたから殺しただけだ。

 ここに居れば殺したくなるほどの人間なんて現れないからしないと思うよ。

 周りは凶悪犯ばかりで似たり寄ったりの人間ばかりだが、みんなそうだと思うな。

 ある時、国の偉い人に訊いたことがあったんだ、なぜ死刑を廃止したんですかとね。

 そしたらこう言った。

 『死刑は遺族が国に代執行をしてもらうこと、別に償うものではない』

 時間が経てば犯人も遺族もいずれ死ぬのに何故急いで死んでもらわなければならないのか。

 顔を見たくない、同じ目に合わせたい。消えてもらいたい、遺族が生きているうちにやることに意味がある。

 罪に罰を与えるのは贖罪と抑止の意味があるが、悪人は一生悪いし、善人は生まれた時からずっといい奴だ。

 大人になったから、老人になったからといって人間性が良くなるわけじゃない、見せなくなるだけにすぎない。

 だから高齢者でもとんでもないことを起こすことがあるし、弁護士や教師や警察だって人間性がいいからなるのではなく頭が良かったからなるだけ。

 誰かが言っていたな、大人になるということは嘘を上手につけるようになることだって。  

 嘘は頭が良くないとつけないだろ、そして頭の悪い正直な奴から取り上げる。

 俺なんか本当にそうだったな。

 まあそういうことで、国民から見て死んでいるのと同じ状態にさせれば死ななくてもいいだろう、生きて動けるのなら役に立ってもらおうというのが国の方針らしい。

 ここは娯楽と呼べるものはほとんどないよ、テレビもゲームもネットもない。ラジオはあるけど聞けるのは晩飯から寝るまでの間くらいだ。深夜まで聴いていたら作業に差し支えるからな。

 読書は最近できるようになったな。区立図書館の本を皇居に集めて借りたり部屋に置いたりすることができるようになった。

 俺は個人的に絵を描くのが好きだから、寝るまでの間はもっぱらそればかりだな。

 俺らは二度と外に出ることはないからある意味あの世で生きていると思っているよ。

 外の人間も来ることは無いし行くことも無い。来たら最後出ることができない。

 あんたのような外の人間が俺たちを見るということは異世界に来ているようなもんだよ。

 あんたは特別で俺と会話ができるが、これから観光で来る連中と関わることは無い。

 動物園の動物と話をしているようなもんだな。

 どうだい、これで答えになったかい」

  

 佐々木はボブの話に反論は思いつかなかった。

 確かに幼馴染や学生時代の奴らを見ても性格も人間性も子供の頃から変わっていない、たぶん自分もそうなんだろう。 

 知識や経験は増えたが、自分の年齢を自覚したからといって相応しい人間になっているか自信はない。でも若い時に上司や先輩は大人だな、尊敬できるなと思っていた。ましてや教師なんてまさにそうだった。

 今の自分はすでに当時の上司や教師の年齢は超えている。不思議なことだ。

 昔の自分や教師に会ったら言いたい「思ったような大人にはならないよ」「先生は凄い大人だよ」とね。

 佐々木も殺意を抱くほど嫌いな奴はいっぱいいた。でも殺さなかった。

 それは捕まるから止めようとかでなく、たまたま殺さなかっただけだった。

 もし殺せるチャンスと感情の高まりのタイミングが合ったなら殺していたかもしれない。

 今ならわかる、人を殺すというのは自分を殺すことと同じだということを。

 殺人鬼と言われる人は生まれつきそうなんだろう、殺すことが生きることになっている。

 ここにいる囚人たちは一度死んでいる、死んでいるから生きることに執着していないんだろう。

 生きたいと願っているから健康に気をつけ、死ぬことがわかっているのに他人より先に死にたくないので病気の治療に金をかける。 

 家族のためとか言っているが、それは方便でしかない。

 死は別れの選択肢の一つに過ぎない、生き分けれか死に別れなだけ。

 何年も会っていない生死もわからない、これからも会うことが無い友人は死んでも何も思わないだろう。

 見ず知らずの他人が事件事故で亡くなっても、災害で多くの人が亡くなっても自分じゃないから他人事だ。

 気を付けて生きようとか思ってもいずれ死ぬ。早いか遅いかに過ぎない。

 でもどんな別れであっても悲しい、悲しいからこそ死にたくないし死んでもらいたくない。


 佐々木は興味だけで死刑囚にインタビューをしたが、自分の死生観を思い知らされただけで記事にできるのか不安になってしまった。

 死刑囚も自分と同じように生きてきた人間だったこと、たまたま自分は重大犯罪を犯さなかっただけだったこと。

 それは幸運だったのだろうか。みんないつ踏み外し落ちても不思議じゃない一本道を歩いている。

 目の前の人が落ちたから自分は注意しようと思っただけに過ぎない。

 自分が落ちれば後ろの人間が助かるのだろう。

 犯罪者というのはそういう運命だったということだ。

 


 




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