尾行者2
佐々木は今日も二人が出かけるを見張っていた。
皇居からいつも現れるところを確認できる物陰の後ろで、できるだけ不審者に見えないようスーツにスマホを見て待ち合わせをしている風を装っていた。
待ち人を探すかのような挙動で周囲を見る。けっして凝視はしない。
昨日と同じ時刻が近づいてきたので視線を固定した。
予想時刻は過ぎたが二人は出てこない。
今日はハズレか、それかもう少し遅い時間になるのか。
どちらにせよ出てくるまで待つだけだ。
そう思い視線を周囲にそらした。すると、
横に背の高い外人が立っていた。後ろに日本人の男が一人こちらに笑顔を向けていた。
佐々木は目を見開き声を出しそうになった。
思いとどまったのは意識的でなく思考が止まっただけに過ぎない。
笑顔の男が佐々木に話しかけた。
「どうもこんにちは、観光のかたですか?」
佐々木は動揺を隠し答えた。
「あ、いや。えーと出張で来ています」
「そうですか、なんか不慣れな感じがしたのでお声をかけてしまいました。
僕らは道に迷っている観光客を見つけては案内をしているボランティアをしていまして、日本語と英語のコンビでやっています」
佐々木は困惑した顔をし、男はそれを察して言う。
「なんか驚かせたみたいですみません。決して怪しいものではありません。
国の許可をもらって皇居にある派遣事務所からやってきているんです」
二人はそう言って佐々木に許可証を見せた。
佐々木はそれを凝視した。
『京都観光案内 案内人 山田孝雄』『KYOTO SIGHSEEING STAFF TOM BRAUN』
「失礼、写メ撮っていいですか?」
「どうぞどうぞ、顔もいいですよ」
「そうですか、じゃあ失礼して」
佐々木はスマホで許可証と並んで立っている二人を撮った。
そして恐る恐る訊ねた。
「僕は京都に詳しくないのですが、こういった案内があるんですね?」
「新政権になってからつくったみたいですよ、ですから知っている人も少ないでしょうね。
僕らも採用になって一か月ほどですから。それにまだ僕たち以外はいませんし」
男は笑顔で説明をした。
佐々木は「はあ、そうですか」としか言えなかった。
「なんかお邪魔だったようですみません、僕らはまだ仕事中でして他で迷っている観光客を探しますので失礼します」
男はそう言って外人と去っていった。
佐々木はそれを黙って見送った。
「オオタケサンあれでよかったんですか?」
ピーターは歩きながら大竹に訊ねる。
「いいんじゃないかな、無理やり感は否めないけど納得はしているんじゃないかな。
これでもまだしつこいようなら強制的な手段を使うしかないけどね」
「それはトウキョウ行きのチケットを渡すということですか?」
「そうなるかな。あの人のやっていることは取材かもしれないけど、僕らが対象ならスパイ活動と同じになりかねない。
旧日本は諜報部門がなくて公安委員会や内閣府がそれっぽい取り締まりをやっていたけど、今は連合国が大きく国政に関わっているからそうもいかなくなってきているんだ。
僕らの仕事は先の計画を提案することだろ?企業で言えばインサイダー情報を扱っているんだ。
少なくとも国民や旧政権には知られてはいけない。
諜報業務はアメリカ、防止対策は中国、拉致はロシアから指導を受けて新しく設立するから。
どういう感じになるか知りたいので、あの記者を試しに誘ってもいいかなと思ったけど、さすがにかわいそうだからね。
今回は誤魔化しただけで終わらしたほうがいいと思ったのさ」
「でもドラマや映画のようなことを経験できるのもおもしろそうですけどね」
「そうだろうけど、相手が直接的に行動を仕掛けてこない限りはしないよ。
あの記者のバックに旧政権がいたら容赦はしないけどね」
ピーターは子供の頃からジェームスボンドが好きだったので少しワクワクしていた。
その頃佐々木は公園のベンチに座り、これからのことを考えていた。
二人の身分は判明した。
本当にそうなのか?でも証明書を提示されたということはそうなんだろう。
言っていることもおかしくはない。
たまたま声を掛けられたとしても不思議じゃない。
考えすぎだろうか。
しばらく考えたが自分を納得させるために明日も見張ることにした。
大竹はピーターに声をかけてみる。
「なあ、今日は居そうかな?」
ピーターは振り返り答える。
「同じ場所に立っていますよ」
「そうか、仕方ない」
大竹はそう言ってスマホを取り出し。
「大竹です、通用門から北に五十メートル先の電柱の横に男が立っているんでお願いします」
そう言ってスマホを仕舞う。
そしてピーターに向かって言う。
「さて、見物に行きますか」
佐々木は昨日と同じ場所で見張っていた。
毎回同じ場所というのはどうかと思っているが、他にいい場所がないので仕方なく立っている。
すると警察官のような制服を着ている男が二人近づいてきた。
そして佐々木を囲むように立ち止まり声をかけてきた。
「皇宮警察ですが、近所の方からの通報で不審者が皇居をずっと覗っているというのがありまして、失礼ですが身分証明書を確認したいのですがよろしいでしょうか」
佐々木はまずいことになったと思ったが、ここは素直に従って免許証を見せた。
「免許証ですね、お仕事は何をされているんですか」
「えーと、マスコミ関係です」
「ほう、そうですか。取材か何かですか」
「いや、あの、街ブラの情報を探していまして。今度雑誌で特集を組むことになっていまして、皇居周辺の面白情報はないかなと・・・・・」
「そうですか、じゃあ確認のために取材ノートでも見せていただけないでしょうか」
「ええと、今日は忘れてきちゃったんですよ、ハハハ困ったもんです。だから覚えておくのが大変で大変で」
皇宮警察の二人は顔を見合わせた。
「そうですか、もっと詳しいお話を伺いたいので一緒に来てもらいますか」
佐々木は両脇を押さえられ、返事をする暇もなく半ば強引に連れて行かれた。
皇居の通用門から中に入れられ建物の部屋へ押し込まれた。
広い室内は食堂のようなテーブルと椅子が並べられていた。
一人の男性が座っているテーブルの前に連れていかれ、両脇の警官はようやく離れた。
座っている男性が佐々木に声をかけた。
「どうぞお座りください」
佐々木はゆっくり慎重に座り相手の顔を見た。
見覚えのある男性だった。
「大海といいます、政府には人生党の代表者の一人として参加しているものです」
佐々木はもちろん全国民が知っている人間が目の前にいる。
この人が動画配信をしたあの時から日本は未来に向けて動き出した。
選挙後は総理になるわけでも大臣にもならず政治の表舞台から消えていた。
マスコミも清廉な政治家としてタレント並みに取材をしようと躍起になったが、人生党は大海を出すことはなかった。
あれほど衝撃的なことを仕掛けたのにその辺の新人代議士と何ら変わらない扱いになっていた。
内閣の人間であれば日々の行動は発表され把握できるが、大海は情報が無いことが業界では有名だった。
何かしらの関するネタを取ろうにもどこに居るかがわからないからどうしようもなかった。
そのうち他のことに関心が移るようになって久しく、大海は過去の人となりつつあった。
その本人が目の前にいる。
佐々木は千載一遇のチャンスだと思った。
あの二人よりネタになると考えた。
「不審な人間がいるので取り調べてくれと言われてましてね。
ということで、あなたは何者なんですか」
佐々木は大海の顔を見るまではできるだけ誤魔化してしまおうと考えていたが、ここは正直に名乗って取材をしようと思った。
「私はフリーの記者をしています。皇居の近くに居れば何かネタが見つかると思って探していました。なんか不審者に見られて周辺住民のかたにはご迷惑をかけたようで申し訳ございません。
今後は一切そのようなことはいたしませんので」
大海は佐々木の言葉を聞いて少し沈黙をした。その数秒は佐々木にとっては鼓動が高鳴り長い時間に感じていた。
「そうですか、特に何か知りたいことでもあったのでしょうか」
佐々木は少し焦った口調で答えた。
「あ、いや!その、気になった人を見かけたので、どんな人物か知りたいとは思っていました」
「ほう、それは誰ですか」
「あの、四〇歳くらいの男性と背の高い外人のコンビの人です」
「ああ、あの人達ね。彼らは先月雇った観光案内の人ですよ。ボランティアではなく正規職員として公募しまして採用した人ですね。
僕も面接しましたから覚えていますよ」
「そのようで、証明書を見せてもらったことがあります」
「じゃあ知りたいことは解決していますね、それじゃあ今日も立っていたのは何故なんですか」
佐々木は次第に追い詰められていることに気が付いた。
ここで本当の意図や目的を話したほうがいいのかどうか迷った。
「実はマスコミ代表として申し上げたいことがあります」
佐々木は意を決して話す。
「総選挙後の公約の実行などは情報が公開されていますが、人生党やトウキョウなどの連合国の動向の情報があまりにも少なすぎるのです。
それに大海さん自身のことも国民は知りたがっているのに全然姿を現してくれません。
こうして直接お会いできましたので是非とも取材をさせていただきたいと。
お願いいたします」
佐々木は頭を下げた。
大海は困った顔をしたが、すぐ笑顔になり答えた。
「なるほどわかりました。僕自身のことに関しては単純に目立つことが嫌いなので積極的には出ません。代わりにやってくれる人がいっぱいいますからね」
「じゃあ選挙前の配信はなんだったんですか、あれこそ日本で誰よりも目立っていたじゃないですか」
「あれは仕方ないですよ、僕だけが連合国とつながっていたわけですから。現在はそうじゃないので問題ないです。もし今でも同じようにしていたなら総理の佐倉さんや大臣の意味が無いじゃないですか。僕の独裁体制と誤解されます」
「まあ確かに言われてみればそうかもしれません。
それじゃあ、トウキョウの情報が入ってこないのは何故なんですか。
いろんな記者たちが潜入を試みているようですが誰も成功をしていませんし、帰ってこなく消息不明という人間もいるようなんです」
「それはご存じのようにトウキョウは外国なんですよ、無断で入ろうとすれば不法入国になるじゃないですか。
日本は島国でしたから国境線の概念は無いかもしれませんが、連合国にしてみればはっきりしていることです。
しかも管理しているのはアメリア軍ですからね。何かあっても事故扱いになっていると思いますよ。
あそこは人間は住めるような状態じゃないですけど、野生動物は関係ないですからね。
実際に熊の生息域が広がっているようで、いつ遭遇してもいいように兵士は常に武装していますから。
それに演習も行われているようなので、巻き添えになってもおかしくないですね」
大海はよどみなく答えた。
この場の思い付きで話しているわけではないということを感じさせる口調だった。
「それじゃあ、日本人は二度とトウキョウには入れないということなんですか」
「そういうことではないですよ、実際観光ツアーの計画も進んでいますし。
現実的に住める状態、受け入れられる体制が整っていないだけで、国の許可さえあれば誰でも入れます」
「それじゃあ私でも可能ということなんですか」
大海はその言葉を待っていたかのように答えた。
「じゃあ特別に許可をだしますよ、といいますか一週間のトウキョウ体験にご招待しましょうか。
どうです、いかかですか」
佐々木はその言葉に歓喜した。しかし、あまりにも躊躇なく提案をしたことに引っかかっていたが、チャンスを得た喜びのほうが勝って無視をした。
「よろしいんですか、お願いします」
大海は笑顔で佐々木を見つめた。
そしてスマホを取り出して言う。
「それじゃ早速行きますか、今から手配しますので」
大海は佐々木にそう言って電話で話し出した。
「決まったよ、そうそう、じゃあそういうことで」
大海は佐々木に向かって言う。
「外にバスを用意しましたので早速乗り込んでください」
佐々木はそう言われても理解できないまま再び連行されていった。しかし今回は両脇を掴まれていなかった。
外に出ると観光バスが一台がエンジン音を立てていた。
乗降口にあの二人が立っていた。
「やあどうも昨日ぶりですね」
観光案内人の山田さんだった。
「何故ここにいるんですか」
佐々木は普通に疑問に思った。
「トウキョウに行かれるんですよね、あそこは英語しか通じないですけどしゃべれますか」
佐々木は首を横に振った。
「だから僕たちに同行するよう指示がありましてね。よろしくお願いします」
二人は佐々木に手を伸ばし握手を求めてきた。
「そうなんですか、ご面倒をかけます」
佐々木は固く握手をし、三人でバスに乗り込んだ。
「あの私は旅の準備とか全くしていないのですが」
「大丈夫みたいですよ、観光客用の施設を整えているようなので。何とかなると聞いていますよ」
佐々木は慌ただしく過ぎた時間に戸惑っていたがチャンスをものにした自分の幸運に感謝した。




