トウキョウ観光ツアー
京都の総理執務室のドアがノックされた。
執務中だった総理の佐倉は机に目を落としながら「どうぞ」と言った。
入ってきたのは大海だった。佐倉は「あれ?」という顔をした。
「忙しいところ悪いんだけど、ちょっと早めに相談したくて来てしまったよ」
アポイントの約束は二時間後だった。
「大海さんが急ぐとは珍しいですね」
「大したことじゃないんだけど、民間業者が絡んでいるので早く結論をだしたいからさ」
「それで相談とはなんですか」
大海は用紙を一枚を取り出し佐倉に渡す。
「そこに書いてあるように『トウキョウ観光ツアー』の計画書なんだ。
つまり全国、世界から壊滅した東京を見物してもらおうというもの。
映画の世界のような灰に埋もれた都市なんかは地球上にないからね、しかも東京という。
基本的には高速道路で巡って、安全な地域で現地探索、廃ホテルで泊まり外で食事をするという感じ。
囚人たちの作業を遠くから眺めることもできるようにするかは検討中。
どう思う?」
佐倉は手元の用紙を一読して答えた。
「いいんじゃないですか、活用できるならしたほうがいいでしょうしね。
それに日本は連合国の支援があるとはいっても財政は厳しいですから、外国人が多く来てくれるのはありがたいですよ」
「そうだろ、そうだろ。うまくいくと思うんだよね」
「ところで誰が発案したんですか?」
「大竹さんと李さんだよ。二人はいつも一緒に何か考えているからね。
ピーターも助言してくれるそうだよ」
「あのコンビは、いやトリオは色々やってくれますね。だいたい連合国の侵攻もあの二人からだったんでしょう」
「そうなんだよね、初めて知った時は本当に驚いたな。混ぜるな危険レベルのコンビだよ」
大海らしからぬ冗談を聞いて佐倉は笑った。
「まあでも暴走しないように見守るのが僕らの仕事でもありますからね。
だから大海さんは大竹さんを政権に組み込まなかったんでしょう」
「そうだね、もちろん大竹さんが善意の一般人であるからなんだけど、それよりも自由にしてもらった方が政治の全体像が見えるんじゃないかと思ってね。
元々の祖のような人でしょう?僕らにおかしいところがあったら注意してくれたりアドバイスをしてくれることを期待しているんだよ」
「ですよね、あの人は不思議な魅力のある人ですから。それに相手がどんな人物か見ただけ、声を聞いただけでわかるそうですよ、それも数秒で。年を重ねるとそんな能力が得られるんでしょうかね」
「できる人とできない人がはっきり分かれるね。はっきり言えるのは出来ない人が圧倒的に多いということかな。
じゃないとオレオレ詐欺が流行ることなんてないだろうし」
「僕も後輩ならなんとなくわかるんですよ。ダンスに向いている、バラエティーか俳優かとかね。
でも人間性までははっきりしないんですよね」
「そうだよね、特に僕らが上位の立場になったら相手は知られないように誤魔化すからな。
周りがイエスマンばかりになってしまう人の多いこと。
政治や官僚の世界では当たり前のような光景だけど」
「そうなんですか、僕の周りや他の代議士には感じられないですけど」
「それは佐倉さんが愛されているからだよ。当選した代議士達も国民目線を持った人ばかりだから、偉そうでもなく身近に感じるからね。
それに利権の仕組みを排除しているから、魂胆のある輩は近づいて来ない」
「なるほど、言われてみればそうですね」
「そういうこと」
佐倉と大海が決定したトウキョウツアーは早速実行された。
主に東京で営業していたバス会社の運転手を募集して新規に会社を立ち上げた。
国の事業だが半官半民となる。
本社を関西国際空港に置いて、バスは各社のスケジュールが空いているのを借りるという契約にした。
最初は試しに日本人と在日外国人を招待して運行することで検証データを取ることにした。
今回だけ出発は大阪市内の難波駅前集合で乗り込んだ。
責任者として大竹、通訳としてピーターが同行した。
乗車の点呼の時に帽子と眼鏡、マスク姿だが見たことのある男性を見つけた。
大竹が声をかけようと近づくと帽子を深くかぶり直し後ろを向いた。
不審に思って回り込んでささやくように声をかけてみた。
「佐倉さんですよね?」
男性は聞こえないふりをしていたが、大竹が離れていかないので観念してマスクをずらして顔を見せた。
「バレましたか」
「スターのオーラが漏れていましたよ。サングラスのほうが良かったんじゃないですか?」
「僕は意味もなくサングラスはしたくない派なんです。目と目が合わないなんて失礼なことでしょう?」
「まあそうでしょうけど、佐倉さんはアイドルで総理なんですから。今日の仕事はどうしたんですか。まさか逃げてきたんじゃないでしょうね」
「休日をずらしただけですよ。総理は基本的に休みませんから。周りのスタッフがちゃんと休めばいいだけで、僕は仕事をかたずけた時だけにしているんです。
それに今回は外国人が多いと聞きましたから、顔バレもしないかなと」
佐倉の言い訳を聞いて大竹は少しあきれた様子で言う。
「だいたいSPとかはどうするんですか、危険ですよ」
「ピーターも同行するんでしょ?それにトウキョウには部外者は入れないしアメリカ軍の皆さんがいますから大丈夫でしょ?」
「でしょ?じゃないですよ。ホントにもう、じゃあサッサと乗ってください」
大竹に手を引かれ佐倉はバスに押し込まれる。
全員の乗車を確認して定時で発車した。
トウキョウまで高速道路を使うが、制限速度は百二十キロにしているので以前より早く着く。
しかも利用者のほとんどは静岡までで名古屋を過ぎると通行量が減るのでスムーズになる。
佐倉は一番前の席に座った。
大竹が隣に座り小声で話しかける。
「なんで参加しようとおもったんですか」
「一度はちゃんと見ておきたかったのと、単にバス旅行がしたかっただけです」
佐倉は身バレしないように言葉を選んで答えたが、中身が酷かった。
「旅行がしたいって?そんなことでわざわざですか?それにあなたならいつでも行こうと思えば行けるでしょうに。それも空からあっという間に」
「仕事では行きたくないんですよ、取り巻きばかりで窮屈なだけで楽しくないんです。
それにバス旅行なんてデビュー前の中学生の時以来だから楽しみで」
そんな話を聞かされたら大竹は納得するしかなかった。
「わかりました、くれぐれもバレないようにしてくださいね」
「わかっていますって、でもその時の言い訳は考えておいてください」
「はあ?なんで僕が考えるんですか」
「だって総理本人が言い訳をしたらかっこ悪いでしょ、ね!」
佐倉は悪びれず言い放った。
大竹はうなだれて腕を前に組み溜息を吐いて黙ってしまった。
数時間後、途中で休憩をはさむも予定時刻にトウキョウエリアに入った。
首都高を巡回するコースを二周して、適当なところで停車して降りる。
他に車は走っていないので安全なので、乗客には落ちないよう注意するだけで自由行動にした。
この辺は日本橋の近くなので昔と比較しやすい場所になる。
下を覗くと日本橋川が流れて・・いない。
上流の神田川から水が来ていなようだ。
しかも灰が溜まっていて道になっていた。たぶん歩けるだろう。
三十分ほどで再びバスに乗り次の囚人たちが作業をしているエリアの高速に入る。
降りたら一人一人に双眼鏡を渡しておく。
二百メートル先で作業している囚人たちを上から覗き見る。
大竹は少し離れたところにいる佐倉に話しかけた。
「どうですか?」
佐倉は双眼鏡を覗いたまま答えた。
「なんていうかな、黙々と作業をしているだけだから単に見ているだけだと面白みはないね。
見世物としては動物園のほうがまともかな。
背番号でもつけて犯罪歴がわかるようにすれば興味深くなるかな。
でもそれって人権上の問題がありそうだね」
「そうですね、彼らの社会復帰は無いから知られたからといって問題はないんですけど、陰であれこれ言われるのはどうかなとは思いますね。
いわゆる見せしめというか抑止の効果を狙うのであればいいのかもしれませんが、凶悪犯罪というのは衝動的なことが多いですから関係ないでしょうし」
二人はまだまだ課題が多いことを確認してバスに戻った。
囚人たちのエリアから数キロ離れた場所でバスは停まった。
大竹は乗客達に地上に降りるため階段を下るように指示をした。
そして集合してもらい説明を始める。
「皆さんには前もって「服装は汚してもいいもので」と「着替えもそれを前提としたもの」を用意しれ来てもらいましたが、早速ですが体験してもらいます」
そういうと全員にショベルを渡していく。
「そのショベルと、あそこにある台車を使って囚人たちが毎日やっている作業を体験してもらいます。時間は一時間くらいを予定していますので頑張ってください」
大竹はそう言うと乗客それぞれに担当してもらう場所を指示してまわる。
佐倉にもしれっととした表情で伝える。
「ハイあなたはどこにするかな、若いからあの辺りをお願いしますかね」
佐倉をピーターと組ませ、灰が厚く溜まっている場所を指定した。
大竹にしてみれば同じようにしたつもりだったが、佐倉はそう思わなかったらしく。
「大竹さん、もしかして勝手に来たことへの罰ですか」
「まさか、そんなわけないじゃないですか、考えすぎですよ」
佐倉は納得いかないふりをしてピーターと作業場所へ向かった。
ショベルなんて都会で生活している一般人ならほとんど触ることさえない道具だ。
十分もすると体勢の悪さか力加減がおかしいのか、体力が無くなっていることを自覚した。
「ピーターさん、とても辛いんだけど、ちょっと台車と替わってくれないかな」
「いいですよ、もしあれなら最後までやってもいいですね」
佐倉はその申し出をありがたく受け取って交代をした。
ところが台車といっても一輪なので、灰が山盛りになるとバランスをとるのが難しく、道も荒れているので真っすぐ進むどころか倒さないようにするだけで体力を消耗した。
やっとのことで灰を運んで戻ってくると次の台車に灰が山盛りになって待っていた。
ピーターはしゃがみながら佐倉に言う。
「遅かったですけど何かあったんですか」
佐倉は自分のふがいなさを自覚したが、少しのプライドが邪魔をした。
「ちょっと他の人に話しかけられてね遅くなっちゃったよ、すまんね」
そう言い終わると次の台車を押して再び捨てに行く。
さっきより注意して足腰を踏ん張り運んだ。
四度目でどうにかピーターのペースに追いつくことができた。
佐倉としては精一杯の結果だが、まだ時間が半分以上残っていることに絶望した。
時間になった合図があり終了した。
集まった皆々は疲労困憊で立っていることも辛いようで、その場で座っている人もいた。
「それではみなさんお疲れさまでした、今日はこれで終了ですので宿泊場所へ向かいます」
そして歩いて数分先のホテルに到着すると注意事項と予定を説明した。
「今夜は目の前のホテルに泊まっていただきますが、水道が使えませんので風呂、シャワーは外に設置したテント内で男女別に入っていただきます。
飲料水は部屋に十分用意していますが、不足した時は言ってください。
募集時に記していましたが、持参の食糧、おやつ、飲料の持ち込みは大丈夫ですがゴミは全て持ち帰ってもらいますのでよろしくお願いします。
あと窓は開けないでください、灰が入ってきますので。
入浴時間は今から二時間までで、そのあと食事になります。
浴場のそばにテーブル椅子などを用意していますので、そのまま待っていただいてもかまいませんし、部屋に戻ってもらっても大丈夫です。
時間通りに食事は始まりますが、その時に点呼とりますので、できるだけ遅れないようにお願いします。あまりにも遅いとトラブルがあったと思って部屋へ迎えに行きますので。
それでは一旦解散します」
ピーターが同時通訳をして全員がホテルに入って行った。
数分後、ほとんど全員が出て来て風呂に向かった。
大竹と佐倉も後に続いて行ったが、佐倉はマスクを着けていない。
「佐倉さんマスクをしていないですよ」
大竹は佐倉に伝えた。佐倉は何でもないような顔をして大大竹のほうを向き、
「知っていますよ、だって外してきましたから」
「いや、ダメでしょう。バレますって」
「お風呂にマスクを着けてはいる人なんているんですか?いないでしょ」
「はあー、わかりました。じゃあ後でなんとかします」
大竹は佐倉の後ろでピーターと相談しながら歩いて行った。
風呂は大きなテントを二棟使って男女別になっている。
囚人たちが使っているものと同じタイプになるが、これもツアーイベントの一つになっている。
災害の当事者にでもならない限り経験できないことの一つだし、囚人の生活の一部も体験できる。
風呂から上がると全員が部屋に戻ることなく食事のテーブルについた。
部屋までに戻る気力も体力もないようだ。
食事はアメリカ軍が用意するいつものメニューになる。
各自がプレートを持ち並びメニューを載せていく。
軍隊飯を食べることもツアーイベントの一つになる。
全員が席に着き食べようとしたとき、大竹が話し出した。
「ちょっといいでしょうか、男性陣は気づかれた人も多いようなのでここで紹介します」
そう言うと佐倉を見て立ち上がるようにと合図をした。
「紹介します、日本の総理大臣、佐倉一生さんが参加しています。
なんと総理は全くのプライベートでの参加ということでしたので敢えて内緒でしたが、バレてしまいました。お風呂で裸を見られたくらいですからね当然です。
今回のことは別に秘密にしたいわけじゃないので、記念写真やサインも大丈夫ですよ。
でも食事のあとでお願いします。
じゃあ総理からひと言お願いします」
「えーと、佐倉です。今日は本当に貴重な経験をさせてもらいました。徐灰作業の辛さは皆さんと同じように味わいました。正直二度目はないですね」
参加者のテーブルからは「俺もだ」「キャーファンなんですー!」「自慢できるぞ!」とかの声が上がった。
騒ぎが収まりそうになかったので、大竹は大声で叫んだ。
「ハイハイ、皆さん、後でゆっくりサインしてくれるそうですので、食事が冷めるまえに食べましょう」
皆はようやく座り始め食事が始まった。
皆の視線は佐倉に集まっていたが、本人は気にすることもなく食事を続けていた。
大竹は早めに食事を済ませテーブルをまわり用紙を配り歩いた。
非日常を経験してもらうことがこのツアーの目的なのだが、今回はテストなのでアンケートを食後に書いてもらう。
いくら非日常体験とはいえ多様な意見もあるはずなので参考にしていこうということだ。
食後に佐倉を中心に皆が集まった。
記念写真やサインが一通り終わると、総理に対する意見交換会のようなものが始まった。
国に対する感謝と要望と不満を言い佐倉が答えるというもの。
答えに困ると大竹に話を振るが、大竹はうまく誤魔化して答えなかった。
自分は政権の人間ではなく一般の添乗員という役を全うしている。
佐倉の「僕も正体がバレたんだから大竹さんも」というのは外れたようだ。
一通りのイベントが終わり今日は解散となり、大竹はピーターと佐倉の部屋へ向かうことにした。
佐倉はベッドの上で横になって迎えてくれた。
「佐倉さんは相当お疲れのようですね」
「大竹さんは作業しなかったから疲れていないでしょうけどね!」
佐倉は少し不満そうに言った。
「まあいいじゃないですか、僕は添乗員、佐倉さんは参加者なんですから」
「それはそうですけどね」
「それよりどうでしたか今回のツアーは?」
佐倉は天井を見つめながら答えた。
「良かったですよ。本当に。それしか言えませんね」
大竹はピーターと顔を見合わせてつぶやいた。
「本当に疲れたようだね」
大竹は目をつぶって寝息を立てている佐倉に毛布を掛けた。




