表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/104

トウキョウ日常 ボブA

 トウキョウの朝は早い、というか全国的に日の出とともに活動することが奨励されているらしい。

 その代わり夕方になれば仕事から解放される。

 夏は長く冬は短い労働時間。

 ただ真夏の暑い時間帯は休憩を長くとって実質はそれほど長くはなっていない。

 ボブAことボブはそんな生活に慣れてきて、窓から陽が差し込むとすっきり目覚められるようになった。

 自分でもびっくりするくらいに昔は目覚ましが必須だった。それでも布団から出るまでは時間がかかっていた。

 今では目が覚めて数分は瞑想するように全身を確認してから起き上がるようにしている。

 急に起き上がると体を痛める可能性もあるし、何よりその方が贅沢な朝を得られている感じがする。


 ボブがトウキョウに移送されてきた当初はドーム球場内のテントで寝起きしていたが、徐灰作業が進んできた現在は作業場所に近いマンションの部屋で寝起きしている。

 個室が与えられているのでホテル暮らしのような感じだが、水道が復旧していないので風呂などは使えない。

 冬になり集合時間は八時になっていた。

 点呼を取り全員で食事に向かう。場所はテント内にあるアメリカ軍のキッチンで兵士と共に並んで、各自のプレートにメニューをよそっていく。

 そして空いている席に座り、一時間後の再集合に間に合うように食事を終える。

 特段に早く食べることは強制されていない。

 

 腹も膨れ活力が満たされて集合場所に向かう。

 今日の作業予定などの説明を受けて二人一組のコンビで向かう。

 ボブの相方はロンAことロンという青年だ。

 ボブから見てもかなり狂っている印象だったが、最近は案外まともじゃないかと思えるほど順調に作業をこなしている。

 喧嘩や意見の食い違いなどなく、昔からの親友のような間柄になってきた。

 そう思っているのはボブだけかもしれないが、それでもいいと考えるほど平穏な毎日を過ごしている。

 ボブは死刑判決を受けて執行待ちで移送されてきた。

 本来なら死んでてもいいはずだが生きていることに疑問を持ちつつ、それでいて感謝している自分との乖離に迷う時期もあったが、毎日のルーティンに慣れてくると、ただ生きていることを全うしよういうだけのシンプルな気持ちになった。

 悟っているのだろうか。

 殺された被害者が三人もいる。自分は生かされている。

 でもいずれは死ぬことは約束されているのだから、結局は公平なんだと。

 被害者の遺族はボブがトウキョウに移送されたことは知っているはず。

 被害者たちは死んで当然と思っているので後悔はしていないが、遺族の心情を想像してみるがうまく描けない。

 そういう人間だからこそ殺人を実行できたんだろうと自分を納得させている。


 ロンとの作業分担は毎日交代制にしている。ルールは各コンビで決めていいことになっている。

 今日はボブがショベルを持って台車に積む、それをロンが二百メートル先にある残土用の袋の所まで運ぶ。

 戻ってきた頃には次の台車に灰が積まれているので運ぶことの繰り返しになる。

 作業の進捗は急がされてはいないので、自分の体力、健康状態でペースをつくっている。

 ある程度のノルマはあるが、もし大幅に達成できていないと健康診断などの面談を受けなくてはならない。

 そこで体調が悪くなったのであれば離脱し療養。そうではなく単なるサボりであるとされれば食事量を減らされることになる。

 労働量が減ればカロリー消費も減るのだから当然の処置になる。

 腹いっぱいゆっくり食べられる生活をしていた人間にはキツイ仕置になる。

 当初は肉体労働に不満を持っていたが、実際に食事を減らされることを知るとサボろうとする囚人はゼロになった。

 

 今日の作業は日没の一時間前に終了した。

 集合して点呼を取った後は食事の前に風呂に入る。

 風呂もアメリカ軍が設営したテントの中にあるプールのような海水の湯船に浸かる。

 設営はアメリカ軍だが、風呂の機材は自衛隊の災害救援用を借りている。

 シャワーだけでいい欧米人とは違い日本人は湯に浸かるか否かは雲泥の差がある。

 もしシャワーだけだったら毎日の作業が一週間も続いただけでダウンすることは想像できる。

 最後に真水のシャワーを浴びて終了。

 そして支給された下着と服に着替えるが、サイズが同じのを選ぶ。

 オレンジ色のツナギだが、これを明日の作業終了まで着ることになる。

 夕食の前に足環の交換を毎日行う。

 作業や風呂などで不具合が起きてもわからないからだ。

 やっと夕食になり、その後は自由時間となる。

 部屋に戻ってもいいし、他の囚人の所へ行ってもいい。

 明日の集合できればいいだけで何をしていてもいい。

 もし逃亡しようとしても足環の爆発でエリアラインの近くで瀕死になっているはず。

 爆発音は比較的小さいので、付近に誰かいないかぎり気づかれない。

 数時間おきの巡回で発見されれば幸運で、もし隠れているのならそのまま死んでしまうだろう。

 そのような話は移送時の注意事項の中にあるが、どこまで覚えているかわからない。


 ボブの日々の楽しみは食事と風呂以外にいくつかあった。

 一つは野良猫や犬、カラスに餌付けをすること。たまにネズミも混ざることがあるが気にしていない。猫の餌の養殖と思っている。

 餌は調理のゴミか残飯の中で大丈夫そうなものを分けてもらっている。

 犬猫にやると言ったら毎回たくさんもらえている。

 毒になるような食材を避けて選ぶのは一苦労だが、楽しみの一つになっている。

 骨なんかは比較的頻度が多く、犬達は狂ったようにかじりつく様子はちょっとしたイベントになっていて、元死刑囚たちが毎回集まって来ては見物している。

 もう一つは絵を描くことをしている。

 自分が好きな絵も描くが、囚人たちからの依頼が多い。 

 トウキョウは女性囚人もいるが少ないうえに年齢が高いので男性達の性の対象とならない。

 恋愛も自由となっているがどうしようもない現状で、ボブが描く春画や女性のヌードが大好評になっている。

 元々は高校時代まで美術部で描いていた。通っていた高校は全員がなにかしらの部活に籍を置かなくてはならない校則だった。

 しかし生まれつき運動が苦手、友人も少なくコミュニケーションも得意じゃなかった子供時代から独りで遊ぶことが多く、ほとんどの部活はどれもできそうになかった。

 美術部は一人で好きな絵を描くだけでいいので性に合っていた。

 三年もやっていると誰でも上手になるもので入選経験もあった。

 社会に出ると絵など描くことは全くなかった。

 支給されたペンとノートに何気なく昔を思い出して描いていた。

 まだ自分が汚れていない人間だった時代の記憶だからか、昔より一生懸命に描いている。

 うまく描けたのを何気に自慢したら予想以上に評判が良かった。

 そのうち紙を渡され「かわいい女の子を描いてくれ」「セクシーなのを」「ヌードは描けるかい?」とかリクエストされるようになった。

 試しに描いてみると大変喜ばれた。

 生まれて初めて多くの人に認められた必要とされたと思った。

 個人から礼や感謝は経験あるが、こんなにたくさんの人間からは無かった。

 もしかして芸能人もこんな感じなのかとも思ってしまった。

 そうして毎晩部屋で描くことが日課となっている。

 自分の絵を望んでいる人を喜ばしたい、ただそれだけのことで描いている。

 ボブはトウキョウでようやく必要とされる人間となれたのだ。

 

 

 







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ