働きかた
人生党政権が掲げる政策は何も女性や被差別の人々のためだけではない。
日本が欧米と比べ劣っている労働環境の改善がある。
東京が無くなったことでその方面の政策がやりやすくなった。
欧米は国によって異なるがドイツなどは長期の休暇を消化するのが義務になっており、会社もそうさせないと罰せられる法律がある。
また夕方四時で終業となっているところもあり、陽が出ていて明るいうちに家族と外で買いものができるような政策もあるようだ。
それでいて生産性が日本より高いというのだから、日本は相当非効率な仕事をさせられている。
東京圏は特に劣悪で、通勤のための労力は地球上で最悪と言っていいほどだった。
しかし今はそんな東京の改善など考えなくてすんだから良くなる可能性が出てきた。
地方にも当然ながら朝夕の混雑はあるが、それは中央駅に限っての話である。
自家用車通勤は都市によって異なるが中央線の変更によって通行量が多くても対応している。
またバス専用レーンもその時間帯は進入禁止になっている。
そうはいっても勤務時間が長ければ意味がないわけで、その改善が目標となっている。
地方における旧政権の与党支持団体はほとんどが同族企業だった。
数代前からの家訓のように受け継がれてきた。
しかし与党が壊れたことにより従業員を支配するための後ろ盾が弱くなった。
つまり現政権の指示通りにしなければ生き残れない。
従業員の為というより会社の存続のためならなんでもするということが効果的に働いた。
具体的にはサマータイムのような勤務体系にする。
要は江戸時代みたいに時計の時間に縛られない生き方を奨励するということ。
季節が変わると陽が出ている明るい時間帯も変化する。
夏は長くて冬は短い。
欧州などは日本よりその差が激しく、例えばアイルランドの夏は夜の十時が日没になる。
だからサマータイムのほうが都合が良かった。
日本はそれほどでもない調度いい具合に差がある。
夏は四時頃から日が昇り、夜は八時に暗くなる。冬は朝は七時、夜は四時という具合。
つまり始業時間は遅くても七時、終業は四時が可能になる。できれば三時退勤の七時間労働が理想だが急ぎはしない。
冬は逆に九時から三時までの五時間労働とする。
短すぎるという批判もあったが、これまでが時計に縛られ過ぎていただけ。
「時間」ではなく「時計」にである。
夏は暖かく働きやすいからたくさん時間がある。冬は寒い暗いから働かない。
生物として当たり前の生き方になる。
暑すぎる、寒すぎる、荒れた天候などによっても変えていく。
無理して働くからストレスが溜まり生産性が悪くなるし熱中症にもなる。
これからは少ない人口の国になるが連合国と連携していくので経済は昔以上に動くはず。
勝手に生産性は上がるし健康な労働力が育つという循環社会が築ける。
飲食店や夜の店、個人事業に関しては各自の判断で営業時間を設定してもらうが、従業員の勤務時間は合わせてもらう。
日本企業は家電など製品の改善は積極的で、人間の生活の改善を道具で補うという本末転倒と言っていいほどのことをやっていた。
コンマ秒の時短を求めることを最大の使命のごとく、誰からも批判されずむしろ歓迎される。
本来なら一時間の作業を半分にして残った時間を有効に使おうという主旨の話が、倍の生産をしよう、もっと儲かる。でも金を使う時間も労働時間にしてしまう。
何のための収入なのか。
仕事は生き方の一つに過ぎないに。
労働で得た収入をそれ以外の業種で消費し経済を回すことがスムーズにいけば、例え少ない収入でも充分楽しい生活が送れるはず。
今月のお金が無くなっても来月も入る、来年も入ることが約束されると消費欲も伸びる。
こんなわかりきった理でさえ一部の資本家、つまり旧与党の利権関係者の都合で国民は苦しんできた。
派遣労働とか女性の悪い雇用条件などは氷山の一角のようなわかりやすい事例に過ぎない。
これからは人生党が維新後から続いた日本の悪政を改善していくことを国民は期待している。
だから失敗は許されない。
最低でも十年以上は政権を握っていないと結果が出ないのだから。
そんな新しい労働生活様式になった新しい日本社会。
仙台の丸山家においても影響があった。
丸山家の世帯主である「丸山健司」ことパパは仕事が定時で終わって自宅に向かっていた。
同じ時間に小学生の長男「秀明」くんは学校から帰って来たところにちょうどぶつかった。
自宅の玄関手前で顔を合わせた二人はパパの鍵で帰宅をする。
時刻は午後の三時になる。十二月の今月から時間が三十分繰り上がっている生活になっている。
だいたい節句の時期を目安に生活時間の変更がなされるので来年からは一月、二月、三月、五月、七月、九月に時間を変更する。
日本人ならではの季節感を感じて欲しい狙いもある。
西欧の暦を基本にしてきた生活を一新すれば、古い慣習だが新しい日本になったことを実感できるためだ。
これまでのようにクリスマスなどは変わらない習慣として残しているので、クリスマスイブなどは欧州と同じく日没から祝えるというオマケも付くことになった。
パパは秀明君に話しかけた。
「今日はパパが早いから晩御飯はヒデと一緒に作るからな」
秀明君ことヒデは、
「わかっているよ、僕も作りたいメニューは考えているんだから」
自信たっぷりに答えた。
二人が相談した結果メニューは、中華でまとめることにした。
まずパパが麻婆豆腐をつくり、ヒデは玉子スープとサラダにした。
お米を研ぐのはヒデが毎回やっている。三人分で三合が普通だが、麻婆豆腐はご飯が進むので五合にして水に漬けておく。
二人揃ってスーパーに歩いて買い物に行く。片道二十分ほどかけてゆっくりと歩く。
たわいもない話からパパの昔話、季節の変化を確認しながら散歩がてらの時間になる。
ヒデが言う。
「パパとこうして話しながら歩くのも慣れてきたな。昔だったら二人きりになっても話すことなんかなかったんだけど、今は話たいことばかりになっているから不思議だね」
それを聞いたパパは、
「それはパパも同じだよ、単身赴任でたまにしか帰らないから何もみんなのことは知らないし、パパも仙台での仕事が遅くまであったからね」
「学校も始まる時間は早くなったけど冬は時間が短くなったし、クラスの人数も二十人になって先生とも仲良くなったんだ」
「そうか良かったな、パパの会社も東京から仙台に移ってやりやすくなったし、時間も短くなったしね。こうして夕方の明るいうちに買い物にいけるなんて信じられないよ」
「お給料は少なくなったの?」
「それがな増えたんだよ!会社が連合国と取引が始まってね。でね、新しく働いてもらう人をたくさん雇ったのさ。外国相手だからいろんな国の人が仲間になってね。女性も多くなってすごいことになっているよ」
「へー、じゃあ浮気し放題じゃないの?」
「バカ!何言ってるんだ、パパはそういうことはしない。知っているかい?不倫がバレたらママに怒られるだけじゃなくてトウキョウに連れていかれるんだよ」
「だったらいいじゃない、トウキョウに住めるってことだよね?」
「住むんじゃないの!囚人になるんだよ。パパは良く知らないけどヒデは知っているんだろ?トウキョウがどうなっているか」
「あそこには人は住めないよ、僕は嫌だな」
「だろう?パパも絶対浮気なんかしない。こうしてみんなと楽しい生活を手放すことなんか絶対しない。でもママがパパを嫌ったらダメなんだけどね」
「そうだね、だからこうやって晩御飯をつくるんでしょ?」
「違うよ、楽しいから作るんだよ。ヒデも楽しいから手伝うんだろ?」
「そうだね、学校で料理の授業が増えたからできるようになったし、パパ、ママ、お姉ちゃんが美味しいって言ってくれるしね」
「だよなー」
二人はそんな話をしなが歩いて行った。
スーパーでは豚ひき肉と長ネギと豆腐を麻婆用に買った。以前なら豆腐は木綿を使っていたが最近は絹にしている。プリンのような食感がおいしいのだが、調理にコツが要る難しいレシピになる。
パパは麻婆豆腐が得意メニューになって何度も作っているとアレンジしたくなったようだ。
ヒデのスープ用にトマトとレタスを買う。レタスはサラダにも使う。
帰宅して早速調理にかかる。
まず冷蔵庫から調味料の豆板醤と醤油、棚から砂糖と胡椒、山椒を取り出す。
フッ素加工の中華鍋に油を引きニンニクを炒めてから豆板醤を入れてさらに炒める。
そこにひき肉を入れて出てくる汁が透明になるまで炒める。
そこへ刻んだ長ネギをたっぷり入れる。
こうすると臭みが取れ香り良く、しかも辛くなるコツだ。
パパは本格的な鉄の鍋が欲しいそうだが、ママに邪魔になると言われて買えていない。
あれさえあればもっとおいしく作れるのにと思っている。
ひき肉が炒まったら豆腐を静かに入れて混ぜる。
ここで崩さないように炒めるのがコツになる。
最後に水と少しの醤油を入れて馴染ませる。
沸騰したら水溶き片栗粉を入れて固める。お手軽なインスタントタイプで水に溶かさない片栗粉もあるが、これには使わないと決めている。
なぜなら高いからもったいないだけの理由であるが。
最後にごま油を入れて香り付けをして大皿に盛る。
そして山椒と白ゴマをかけて出来上がり。本当は中国の山椒を使いたいが他の料理に使うことがないのでママに止められている。
ヒデはスープの具になるトマトを切っている。店で出すなら皮を湯剥きするらしいが家庭なのでやらない。
櫛形にカットしたのをさらに横にカットして小さくする。
卵を溶いてレタスをちぎっておく。
沸かしたお湯に醤油と麻婆でひき肉を炒めた時の汁を少しもらっていたのを入れて出汁にする。
そこにトマトとレタスを入れさっと火を通す。
そして溶き卵を糸のように流し込む。
最後にゴマ油と胡椒で香りを付けて出来上がり。
好みでとろみを付けてもいいがヒデはまだうまく調整できない。
トマトとレタスからでも出汁は出てる簡単なスープだがとても美味しく家族の評判もいい。
贅沢にするならシイタケやシメジなどのキノコを入れる時もある。
ちょうどよくご飯が炊けたタイミングで料理が出そろった頃に、ママこと「明美」とお姉ちゃんこと「春香」ちゃんが帰って来た。
今日も家族みんなで食卓を囲むことができる喜びを分かち合う。
こんな平凡な風景を昔の日本だったら望むこと自体が難しかったが、トウキョウがなくなったことで誰でも叶うことになった令和二年の師走だった。




