ボブA
閑話です 人を殺すシーンがあります(残虐です)スキップをおすすめします
トウキョウで「ボブA」と呼ばれている男がいる。
彼は昭和生まれの五十二歳。
彼の独り言を聞いてみる。
バブル崩壊後に社会に出た最初の世代になる。
当然就職は出来なかった。
ようやく入り込めたのは飲食店の皿洗いだった。
そこは焼肉レストランだが、網焼きでなく鉄板プレートを使っていた。
皿のたぐいは洗浄機があるからいいが、鉄板を洗うのは手作業になる。
こびりついた焦げを金タワシやブラシで擦ったり、ヘラでこそぎ落とす力作業になる。
洗い場は熱湯の蒸気でいつも暑くサウナのような環境だ。
ゴム手袋ゴム長靴に洗い場用のエプロン姿。
常に熱湯に手を入れて力を入れて動かす。
勤務時間は夕方から閉店時間の九時までだが休憩時間は無い。
ずっと立ちっぱなしで動き続ける。
その店では二十六歳まで働いた。
次も飲食店だったが調理場に入れた。
小さい店だったので調理補助をしながらレシピを覚えた。
二年後にはサブチーフになった。
先輩たちが辞めていったから早めに就いた。
前職よりは楽だと感じていたので居心地は良かったが、料理学校を出た人にしてみると満足できないらしい。
サブになったが調理師免許を持たない僕はこれ以上の出世は見込めないようだ。
他の店だと取得を後押ししてくれるようだがこの店はそうじゃないらしい。
つまり料理人を使い捨てにするというか、渡りの職人を短期で雇うことが常態化しているようだ。
皿洗いしか経験がないのに雇われたのは、それだけ人員が不足していただけだった。
皿洗いは得意なので、料理人の仕事がはかどって重宝されただけだった。
その店は三十歳で辞め次の仕事を探した。
世の中はミレニアムということで湧いていた。
世紀末予言が外れて二十一世紀を迎えられたことが喜ばれた。
僕はピザの宅配の正社員として働くことになった。
初めての正社員、うれしかった。
働きだすと初日から後悔した。
昼前から夜までの十二時間労働だった。
狭い店なので休憩室などはない。
昼を食べるのは店の片隅の一メートル四方のスペースの床。
そこに体育座りをして食べる。
椅子なんか無かった。
三十分もしないで仕事が入る。
正直、そこにいるより配達で外に出ていたほうがいい。
仕事は配達ばかりじゃなくピザを作ることも覚えなくてはいけない。
僕がこの仕事を選んだのは募集要項に「独立開業を応援します」と書いてあったからだ。
ただ入っってみると過去に独立した人などいなかった。
たしか当時のピザの値段はエルサイズで三千円くらいだったろうか。
原価は二百円にも満たない暴利な商売だった。
確かに専用オーブンと人件費を考えれ妥当な設定かもしれないが、オーナーは高級外国車を乗っていた。
店に顔を出すことはめったにない。
だから従業員がどういった状況で休憩を取っているか知らない。
はたしてそうだろうか、店を作る時にはいたはずだ。
オーナーは僕より二歳年上だったことは覚えている。
酷い会社に入ってしまった。
店は二十代前半の社歴二年目の若い店長が仕切っていた。
彼も独立志望で未だに独立できると信じている。
ある時何故か出張命令が僕に出た。
姉妹店で一週間働いてくれという。
そこは僕が全く知らない地域だった。
土地勘も無く、当時はナビも無い。
店に張り出してある地図でおおよその見当をつけ向かう。
途中迷ったら届け先に電話をする。
僕は携帯をもっていなかったがこのために買った。Jフォンだった。
僕はピザを作れなかったので休憩も無く一日中配達だった。
ヘルプに行くような店だからスタッフが不足している。
事故を起こさないように神経を使いながら家を探しながら、同時に頭と体力を使う。
何かに憑依されたかのように働いた。
自分が自分じゃないような経験だった。
今思えばこの頃から壊れ始めていたんだろう。
そういえば玄関先で犬にジーパンの脚を歯形がついて血が出るほど噛まれたが客は何も注意しなく謝罪もなかったことがあった。
ピザ屋は半年もたなかった。
辞めた後に店長と偶然再会したが、彼も転職していた。
その店は現在もあるという。ジューシーさが売りのようだから人気があるのだろう。
いつも求人が出ているから労働者の蟻地獄なのにハローワークは平気で紹介している。
ハローワーク職員も臨時という話だから仕方がないのかもしれない。
誰もが傷つけあい舐めあう世の中だってことがわかった。
ハローワークでの求人は三十五歳というボーダーラインがある。
何故かほとんどの職種で書いてある。
僕もその年齢に近づいてきているので焦った。
雇用保険はあるがモタモタしていられない。
でも経験した職種は少ないし資格もない。
半年後にようやく面接にまでこぎつけた会社があった。
そこは夫婦でやっている解体屋だった。
親方一人と経理、職人が一人の小規模な会社。
資格がなくても体力さえあれば勤まるということ。
重機の免許は必要ない。親方が担当する。
他の解体業の現場を手伝うということが多いようだ。
即採用になった、ありがたい。
仕事はきつかった。
慣れない作業と毎回知らない職人、力仕事ではあるがスキルもいる。
しばらくの間は役に立つほど働けていなかった。
数か月後、どうにか指示されなくても動けるようになった。
顔見知りの職人さんと現場が一緒になることも多くなった。
給料も今までの仕事で一番多かった。
飲み仲間もできるようになった。
ほとんどは現場で知り合った職人さんばかり。
ある時親しい人から競馬に誘われた。
競馬は行ったことがなかったが興味は昔からあった。
一緒に行くことになった。
最初は百円で楽しんだほうがいいと言われたのでそうした。
すると五レース目で的中した。
払い戻しは千円ほどだったがうれしかった。
最初からすごいねと言われていい気になった。
それにしても競馬は儲かるな。
パチンコの経験は少ないが、一万円を突っ込んでも勝てて千円、負ければ全損、大勝ちで二万、時給で言えば百円から良くて二千円程度だ。
それを知ってからはほとんどやっていない。
競馬は千円が数分後に十倍の一万円になる。時給にすると十万といってもいいくらいだ。
それからは毎週一人でも通った。
千円で大穴が出てからは一万円でやるようになった。
収支のトータルはプラス五十万ほど。
これなら競馬だけで生活できるのではと考えた。
しかし何度かその月のプラスを全損したことがあった。
その時の給料日の待ち遠しさはなかった。
取り返そうと何度も通った。
しかしプラマイゼロか数万のマイナスが続いた。
給料だけでは資金が足りなくなり消費者金融から借りた。
最近はコンビニで簡単に手続きができるので良かった。
最初の頃は給料で返済できていたが間に合わなくなっていった。
職人仲間からも金を借りた。
借金が二百万を超えたあたりでいよいよ回らなくなった。
思い切って社長に相談した。
なんと肩代わりをしてくれた。
その代わり毎月の給料から天引きをするということになった。
翌日から半分の給料になった。
その生活を二年ほど続いた。
社長にそろそろ完済したと思うので元の給料に戻してくれないかと言った。
すると社長はこう言った。
「何言ってんだ、利子の分しか済んでいないぞ」
どういうことだ、二年で二百万以上になるはず。
「そういうことになっているんだから仕方がない、大丈夫だ、二年ほどで終わる」
あと二年か、まあ仕方がない自分がつくった借金だ。
それから二年が経ち社長にもう一度言った。
「まだまだだ、少し残っている。でもおまえも生活が大変だろ、少し取り分を多くしてやろう、特別にだ。俺のポケットマネーからだから経理のカミさんには内緒だぞ」
少し残っていたか、仕方ない。でも手取りが二万円増えたから良かった。
二年後に社長に言った、そろそろでないでしょうか。
「すまん俺の計算違いだった、残りは五十万ほど残っていた。だからもう少しの辛抱だからな。
お詫びに手取りを増やしてあげよう、三万でどうだ」
そんなに増えるのだったらいいだろう。
もう少しだけ我慢しよう。
それから半年後くらいに事務所の窓の外のいると社長夫妻の話声が漏れ聞こえた。
「あいつはホントにお人よしだな、まあでもおかげで格安で使えるからいいけどな」
「そうよ外国人実習生のほうが高くつくんだから」
「最初の二百万を引いても五百万以上は得しているからな。お前が言っていた通りになったな」
「あたしも友達から聞いた話を思い出しただけどね。そこはわざと従業員に借金背負わせて使いつぶしたそうよ。ボロいやり方だから前から勧められていたんだけど、さすがにわざとは良心が傷んでね」
「そうだよな、俺らはあいつが勝手につくった借金を肩代わりしてやったんだ、少しぐらい儲けさせてもらってもバチが当たるどころか感謝されてもいいくらいだ」
「でもどうするのさ、これ以上誤魔化すのもむずかしくなったよ」
「大丈夫だ、また借金をつくってもらえばいいのさ。おまえには内緒にしていたが、あいつを競馬に誘った奴は俺の指示でやったのさ。うまくいくとは思わなかったがしっかりハマってくれたからな。
俺らは幸運な星の下に生まれたんだろう」
「そうだったんだ、さすがあたしが一緒になろと思った男だね。これからもよろしくね」
「まかしておけって」
窓の外で聞いていた俺は初めて頭に血が上っていたようだ。
頭がクラクラするくらいの怒りで呼吸も激しくなった。
あいつらは俺を騙してこき使いやがった。
それも何年も何年もだ。
俺は毎月十万以下の給料で生活してきた。
車も買えず、飲みにも行けず、水道光熱費を払ったら残りは五万ほど。
そこから食費や雑費をやりくりしてきたんだ。
買いたいものを買えず、行きたいとこにも行けず、食べたいものも我慢してきたんだ。
それなのにあいつらは。
俺は近くにあった剣先ショベルを手に持ち事務所のドアを開けた。
「どうしたんだ急に」
社長夫妻は驚いていたが、俺は何も言わずショベルを振りかぶって社長の首めがけて振り下ろした。
首からの血しぶきが俺にかかったが構わずに隣にいた奥さんに襲い掛かった。
俺は冷静になっていたようだ。
血をかぶるのが嫌なんで胸の真ん中を力いっぱい突いた。
口から血が噴き出した。
俺は後ろに下がって避けた。
倒れている社長の胸にも突き刺した。
最後に口から血を流しながら苦しんでいる奥さんの首の上にたたきつけた。
二人とも動かなくなった。
奥から先代社長の爺さんが騒ぎを聞いてやってきた。
「おまえ?なんてことを・・・」
俺は聞き終わる前に爺さんの首を横から振り切った。
勢いが強くて首が壁まで飛んで行った。
俺は外に出て歩いて部屋に戻った。
それから半日後に警察に逮捕された。
裁判は情状酌量の扱いで数年にわたるほど長くなった。
そして最高裁で死刑判決が確定した。
裁判中から自分の人生を思い返してきた。
もしあの時違う仕事に就いたなら、もしあそこに行かなかったらとか。
でもどちらにせよ俺はバブル崩壊に巻き込まれてまともな人生じゃなかったろう。
東京拘置所で執行日を待つ日々が続いた。
その後はこのとおりトウキョウで生きている。
ようやくだが、自分のため人の為に働ける毎日が楽しい。
みんなトウキョウに来たらいい。
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