トウキョウ
全国の拘置所、刑務所から東京へ死刑囚、無期懲役囚が移送され始めている。
とりあえず東京ドームのなかに造られた壁で仕切られ避難所のような施設に収容した。
周囲で警戒をしているのはアメリカ軍。
ここは刑務所ではなく日本の囚人がアメリカの管轄で生活をする拠点になる。
全員がオレンジ色の囚人服を着ているのはアメリカからの支給品と言うだけの理由。
ドーム周辺から道の泥を排除していき、徐々に自分たちの生活圏を自ら広げていかなくてはならない。
そのうち住めそうな住宅が増えてくるだろうから、順次移ってもらう。
囚人の足首にはGPS付きの小型爆弾が装着されている。
威力は最低限にしており、爆発しても足の骨が砕けるくらいになっているから周囲には被害が及ばないようになっている。
もちろん近寄っていれば免れないが、爆発五分前からカウントダウンが始まる。
爆発には条件がある。
まず無理に取り外そうとすればその瞬間に。
エリア外に出れば警報ラームが一分鳴りその後カウントダウンが始まる。
エリア内に戻ればリセットされるが、十秒前では間に合わないようになっている。
もし片足を失ったらもう片方の足に付ける。それも爆発したら両足とも義足になる。
それからは手首に付ける。ここまでやって脱走をするとは思えないが、手首用は一応用意している。
足首には動脈があるので、すぐさま止血しないと数分で気絶しその後血圧が低下して脳の酸素も無くなり眠ったまま死ぬことになる。
最初こそは激痛で暴れまわるだろうが、アドレナリンが出て緩和され、次第に意識が飛ぶ。そうなったら死んだことさえ気づかないまま最後を迎える。
収容時にこれらの注意事項は説明するがどこまで真剣に覚えているか疑問だ。
罪状的に二度と死んでも東京から出られないのだから、いっそのこと自死を選ぶ可能性もある。
拘置所や刑務所は刑務官の管理が徹底しているので難しかったが、ここではむしろ容易く死ねる。
つまり死ぬ自由も与えている。
死ぬ自由なんて普通の社会でも認められていない。つまり安楽死の選択。
皮肉なもので東京は究極の自由があるところになった。
不自由なのに自由と言う矛盾。
死ぬことが唯一の自由を体現していることなのかもしれない。
当分の間、囚人たちの食事はアメリカ軍からの支給となる。
道が整備されると次は耕作地や放牧地を作ることになる。
そこで自給自足をしてもらう計画になっている。
東京は未来永劫ずっと囚人の国になるので生活する基盤を整えなければいけない。
しかも毎年のように入国者が来るだろう。
男女共同居住なので家族もできて食い扶持が増えるから、しっかり産業として発展させてほしい。
余剰の作物は日本やアメリカ軍に納品してもらう。もちろん対価は払う。
独自通貨を発行するので、灰の除去労働も生産物の売買にも報酬が発生する。
奴隷労働では作業は進まない。共産主義のように怠けても得られるわけじゃない。
通貨は東京でしか通用しないが、預金システムを作るので財産にもなる。
生まれた子供が教育を受けるため日本に移住するときに日本円に換金できる。
親子は離れることになるが、そこを理解したうえでの家族を認めている。
もしそれが辛いのなら自分が犯した罪を呪うことになる。
つまり反省と後悔がこれでもかというほど襲い掛かる。
東京は決して刑罰を軽減したところではないのだ。
作業初日、今日の人員は五十人ほどが集まっている。
各自にプラスチック製の軽いスコップと一輪台車、一般的にはネコと言われているもの、そして土嚢袋が渡された。
メインの道を広げて延ばすのだが、雨でわき道から泥が流れ出してこないように土嚢をつくり塞ぐことから始める。
その作業を海まで続け道を造る。
そこからは周囲の道を造り、泥は全て海へと運び捨てる。
二人一組となって作業をする。
一人が泥をすくって、一人が広げている袋に入れ、それを台車に積む。
途中で作業を交代しながら一日中続ける。
日当は一人当たり一万トウキョウドル。日本円で千円だが、囚人たちは価値を知らない。
知ったところで当分は使うこともないから要らぬ知識だ。
ただ一万と言うことで日本円で一万円と信じることだろう。
そうすれば労働意欲が無くなることはないだろう。
毎年昇給もするから自死の意欲も薄くなるかもしれない。
今年より来年のほうが良いという確信が頑張ろうとか生きようとかの意欲につながる。
一般の社会ではそれにプラスして消費しようと思うはず。
これまでの日本は逆の政策ばかりだった。
毎年のような増税、医療費の負担増、デフレといいながら作物の値段が上がる、給与は上がるどころか下がる、雇止め、解雇になる最悪のルーティンが確立していた。
そんな国を信用しようとか国の為とかなんて高尚な意識が生まれるわけがない。
だから感染拡大が収まらなかったのに自助努力が足りないと言い放った。
それじゃあ誰も滅私で協力しようなんて思うわけがない。
日本が経済的に崩壊する前に崩壊したのは本当に良かった。
囚人が実際に使うのは東京内での売店になるが、物価が高いということで納得するだろう。
生活に必要なものはアメリカ軍からの支給だから買うものと言えば甘味か珍味のたぐいになるだろう。
酒、煙草は販売しない。コーヒー、紅茶は許可するつもりだ。
ただし自給自足なので、自分たちで作ることに制限はしない。
そこまで余裕があればの話になるが。
灰の除去作業をしている一組のコンビがいる。
一人は背は低いが中年のがっちりしている男。
それと、背は高く若い貧相な男という絵に描いたような組み合わせ。
これは意図的に組み合わせている。
一長一短であれば互いに必要なスキルが役に立つことを想定している。
背の低い男、名前は『ボブ』、アメリカ軍管理なので英語名で被ることないようにしている。
背の高い男、名前は『ロン』。
管理上は名前の最後に居住地識別としてアルファベットを記している。
だから『ボブA』『ロンA』が正式な名前になる。
その後居住地が移れば変わることになる。
現在は全員がAになっている。
ボブがロンに話しかける。
「ロンと言ったっけ、あんたとは初めて話すが何をやってここに連れて来られたんだ」
ボブは表情を崩さず静かに答えた。
「ボブさんでしたっけ、そんなこと知っても何の得にもなりませんよ。まあ言いますけどね。
僕は通り魔ですよ、五年前に起こして去年に死刑判決が出ました。
一審での死刑判決だったのに、それまでが長かったですね。
そういうロンさんは何をしたんですか」
「俺は社長家族を皆殺しにしたんだよ。その場にいた全員をさ。でも後悔も反省もしていないからね、情状酌量もなくすぐ判決が出たよ。もちろん死刑がね。
反省なんぞするわけがない、殺したくて殺したんだ。
後悔もしていないさ、あの時は生きるか死ぬかのようなものだった。
社長を殺さないと自分が死ぬ、家族も同罪だから殺す。
殺さなくても死ぬなら殺したほうがいいに決まっているだろ」
ボブは笑いながら話した。
ロンは軽くうなずきながら、
「そうなんですよね、殺したいから殺す。すごく単純なことを難しく解析しようとするから裁判て変ですよね。
僕らの動機を解明して何の役に立つのか。
ゴキブリが嫌いだから殺す、肉が食いたいから牛、豚を殺すのと何が違うのか。
そんなことを裁判で言ったら精神鑑定されましたよ。だから時間がかかったんですけど。
まあそれが唯一の後悔ですかね、言わなきゃよかったって。
虫が好きな人は虫は殺さない、動物が好きな人はビーガンになる。
その人らを批判する人は少ないけど変人と言っている人は多いじゃないですか。
経済動物は肉の為の命だからいいんだ!と言っている人がいますが、豚も食われるために生まれてきたわけじゃない。そう思っているのは人間だけですよ。
僕に殺された人も殺されるために生まれてきたわけじゃないけど死にました。
でもその人は翌日に交通事故か空から降ってきた石で死んだかもしれない。
コロナで気を付けていても他の要因で死ぬ。なんのために不自由な予防策を守ったのか」
ボブは目を丸くしてロンの長話を聞いていた。
「あんたはやけに博識だね、頭が良かったんだろ」
ロンは遠くを見ているような顔になり、
「そうですね、一応日本で一番の大学にいました。卒業して研究職をしていたんですよ」
「そうか、じゃあなんで通り魔なんてやらかしたんだ」
「理由ですか?理由なんてないですよ。あえて答えるなら生きることが無意味になったことですかね。
僕は子供の頃から頭が良かったんですよ。というか周りが僕より悪かったというべきかな。
周囲は凄い凄いと言ってくれましたし先生も贔屓してくれました。誰もが僕を特別な人間として扱ってくれました。
でも大学院を出て就職した企業で僕は特別じゃなくなったんですよ。
君のやってきたことは基礎の基礎に過ぎない誰でも知っていることばかりだ、新しい何か金になることを考えてくれと言われてばかりでしたね。
何度も新しいことを考えましたがダメ出しばかりでした。
ある先輩に言われましたね「君は出された問題は完璧に答えられ、教師が求めることがわかってそつなく振舞えた。しかしただそれだけなんだよ。ゼロから一を生むことも、一を百にすることもできない。できるのは百をきれいに書くことだけしかできない。それはコンピューターがもっと綺麗にかいてくれるからね」とね。
ああ、僕は優秀だったけどそれは親教師のためにであって自分の為じゃなかったんだってね。
でも僕にはそれでしか生きてこなかった、これからもそれしかできない。
だから生きる意味なんてないでしょう」
「それと通り魔は関係ないんじゃないのか、自殺すればいいだけじゃないか」
「それじゃ僕が生まれた存在が消えるだけじゃないですか。
どうせみんな死ぬのだから、最後は僕に付き合ってくれてもいいと思ったんですよ」
ボブは背筋に寒いものを感じたが顔には出さず言った。
「俺には天才の言うことは理解できないな。馬鹿でよかったとつくづく思ったよ。
まあ、なんであれこうして東京で生き続けることになったんだから。
あんたも何か役に立てることもあるだろうしさ」
「そうですかね、まあなるようにしかなりませんよ」
ボブは自分が案外まともな人間だったことを知って安堵した。




