投票日 仙台
投票日前日に八戸に戻った。
もちろんヘリコプターでだが、着陸は三沢の米軍基地に降りた。
間違っても実家前には降りない。
車で一時間ほどで実家に送ってもらう。ただし米軍のYナンバーだから怪しまれそうだ。
母親とは約一月ぶりになる。
母親は出会うと開口一番「あんたどこまで行っていたんだい、なんも連絡をよこさないで!」
と怒られた。
僕の昔からの悪い癖で、突然の行動をしがちなうえに途中どこにも一切連絡をしない。
海外に行くと前日に言えば、どこの国に行くとも言わず、いつ帰るとも言わず。
途中さすがに悪いので連絡をしようと思うが、昔は携帯電話もなく国際電話などもバカ高い。
だから絵葉書を買って出すのだが、それも旅の後半だったりするので、日本の実家に届くのは帰国してからしばらくしてからという本末転倒なことになった。
携帯電話を持ち始めても同じ調子で、日本から電話が来ても時差の関係で早朝だったりで僕のほうが何事かどびっくりしたり。
たいがいが何かの確認程度で、誰かに何かあったのような緊急事態ではなかったが、向こうは僕がどこにいるかは知らないので当然と言えばそうだから何も文句は言えないわけで。
その後何度かそういうことをやった前科があるので、母親は諦めている感があると思う。
しかし今回はさすがに理解不能だったらしい。そりゃそうだろう。
東京に行ってからはけっこう忙しいスケジュールで、自分のことだけで精いっぱいだったのですっかり忘れていた。
海外旅行中に近い感覚だろう。そういった経験者なら理解してくれるだろうが、残念なことに母親は日本を出たことが無い。車の運転が好きなくせに長距離ドライブは嫌いだし、長い時間の列車も座っているのが苦手なようだ。
ほんとに僕の母親なんだろうかと思うことがあるが、北海道の女性の特徴でもある離婚に躊躇しないような我が道を行くところは遺伝しているような気がする。
北海道の女性と言えば丸山さんだが、明日投票を済ませしだいに仙台に行くので連絡を取ってもみようと思う。
投票日の朝、僕は近くの中学校の体育館で投票を済ませた。
どれだけの人が選挙に関心があるか確認したくてしばらく様子を見ていた。
すると早くから投票を待って人が並んでいる。
これは毎回のようだが、違うのはその列が途切れないのだ。
普通は早くから投票に来る人は高齢者か日曜日でも勤務がある人くらいだが、今日は学生風な人が友人たちと連れ立って来ている風が多い。
投票権が十八歳になったが決して投票率は上がっていなかった前回の国政選挙と比べれば一目瞭然ではないか。
以前たまたま高齢者施設での期日前投票を見たことがあったが、候補者のこともよくわかっていないようだし、付き添いの職員さんが付きっきりだった。
監視員もいたが数人が遠巻きで観ているだけ。まさに投票率を上げるためだけのものだった。
高齢者の投票行動は高いが、ベッドから動けないとか認知症の割合も高いから、どうしたって投票率は頭打ちになる。
僕ら世代以下の投票率が低いのは政治に期待していない現れだが、他に組織票というものが少なくなっているのもある。
いくら会社などの所属する組織が応援していたとしても個人の行動を縛ることはできない。
つまり組織に従属する意識も低いということだ。
組織に利益があっても自分らの給与が上がるわけでもないから当然だ。
でも少なくとも団塊ジュニア世代以下が百パーセントであったならば、半分以上は有効票になるのではないだろうか。
もちろん彼らがどこに投票したかはわからないが、僕らへの期待と受け取ってみてもいいかもしれない。
僕は再び三沢基地に戻ってきた。
その前に昼飯でゲート前の中華レストランに寄った。
ここはドルも使える店だがメニューは本格的なうえに良心的な値段でおいしい。
生まれて初めて小籠包とか「クワイ」や「ナマコ」を使った八宝菜を食べたのは八戸ではなくこの店だった。
今日はラーメンだけにした。夜は仙台でも旨いものを食う予定だからここで贅沢はしない。
ヘリコプターに乗るのはこれで五回目になるのに未だに慣れない。
離陸するときの感覚は飛行機に近いが、気持ち悪さはエレベーターのほうが近い。
水平飛行になるまでの辛抱になる。
ちなみに乗員は僕だけじゃなくアメリカ軍が僕に付けてくれたマネージャーのようなスタッフがいる。
身長が僕より高いから百八十センチくらいだろうか、体つきはがっちりしている白人系の男。
彼がいないと何もできない、させてくれない。僕の身分を証明してくれる大事な役目を担っている
そのうち顔パスにでもならないかと期待しているが、無理だろうな。
仙台は松島の基地に降りた。
市内までは一時間以上はかかる。
内陸を通るか海沿いを通るかのルートがあるが、僕は海沿いの塩釜経由でお願いした。
仙台市内は大学卒業後も何度も訪れているがこの辺りは震災の数年前に一度来ただけ。
北海道から名古屋にフェリーで向かう時に仙台港で数時間停泊した際に、遠くに見えるイオンまで歩いて向かった時以来になる。
すぐ着くだろうと思っていたのだが、三十分以上も炎天下の下を歩いた。
買ったものと言えば、ずんだの串団子、缶ビール、惣菜のおつまみ、袋菓子くらい。
普通だったら近所のコンビニですぐのものが、こんなに苦労して手に入れることになるとは多少後悔したが、それだけ普段の生活が便利すぎるということになる。
震災ではイオンがある多賀城まで被害に遭ったそうだ。特に仙石線は酷かったらしい。
ちなみに名古屋に向かったのは新しくできたセントレア空港から台湾に向かうために一番安い旅程だからにすぎない。
仙台市内に着いた。
丸山さんには昨日のうちに連絡をしておいたが、待ち合わせに来るのは子供たちだけになる。
丸山さんは仕事があるし、旦那さんはゴルフだそうだ。
仙台近郊は安いパブリックのゴルフ場が多く盛んな土地だ。僕も学生時代に中古の一番ウッド一本だけを持って打ちっぱなしに通っていた。
そういえばマスターズを制した日本人もここの大学出身だと聞いたな。
社会人になってコースやコンペを何度か経験したが、早々と才能が無いことに気づいて現在はやっていない。
待ち合わせ場所は子供でも安心でバスの便がいい三越前にした。
いつものライオン像の前で待っていると定禅寺通り方向から子供たち歩いてくるのが見えた。
十メートルほどに近づくと僕は手を挙げて叫んだ。
「よー、春香ちゃん、秀明君久しぶり」
二人は肩まで挙げた手を振り応えた。
「お久しぶりです大竹さん」「おじさん久しぶり!」
別れてから二か月くらいだろうか、さすがに日常が戻ってきているからか前より元気そうだ。
「大竹さん、お隣の外人さんはお知合いですか」
と言って僕の近くで二人を見つめている外人のほうを見ている。
「ああ、この人ね。まあ友人と言うか、知り合ったのは最近なんだけど、僕と一緒にいることが多いんだよ。紹介するか、『ピーター・クリプトン』さんです」
するとピーターは二人に向かって手をだして、
「はじめまして、ピーター・クリプトンと申します。よろしくお願いします」
二人に握手を求めた。二人は少し戸惑ったが春香ちゃんから手を伸ばし握手をした。秀明君はさすがに緊張したのかオズオズした感じになっていた。
仙台は東北大学があるので外国人は珍しくなく、けっこう多国籍な空気を漂わせているが直接接する機会はそうはない。子供ならなおさらだろう。
僕が外国人と最初に触れ合ったのは高校にアメリカ人交換留学生のマシュー君が来た時が最初だった。
彼とはすぐに親しくなり、柔道場のマットの上で北斗の拳ゴッコなどの遊びなどしていた。
一年で別れたが、マシュー君はどうしているのだろうか。ここ数年は昔の同い年の友人の近況が気になりだしている。どんな人生を送ってきたのだろうか、成功しているのか、生きているのだろうかとか。
同窓会で集まるのはほとんど社会的に成功している連中ばかりになる、もしくは忙しくて来れないとかだから、どちらにせよ成功している。
消息がわからないクラスメイトも少なくない、でもそういった人間の人生のほうが興味がある。
「オオタケサンとは先月から友人として一緒にいます。彼はすごい人ですから」
と言ったが、二人はなんのことかわからないので表情は無になっている。
「ピーターはこう言っているけどお世辞だから、気にしないで」
と言ってごまかした。僕の立場はまだ知られないほうがいいと判断した。
「さて夕食まで時間があるからどうしようかな、二人はどこか行きたいところとかあるかい」
二人はお互い目を合わせて少し考えている。
「動物園と遊園地に行きたいです」と春香ちゃんが答えた。
八木山動物園とベニーランドのことかな。僕も学生時代に来たくらいで約三十年振りになる。
「おお、いいね。そこにしよう!じゃあタクシーでも捕まえるか」
僕たちは定禅寺通りまで出てタクシーに乗り込んだ。
最初に僕が後部座席に乗り秀明くん、春香ちゃん。助手席にピーターとなった。
東北大の周辺を通り青葉城の石垣を左手に見ながら青葉山の道を上がる。
途中で春香ちゃんに何故動物園なんだいと訊いたら。
「お父さんは車をもっていないし、お母さんとは休みが合わないし、まだ親しい友人も少ないから、バスでも少し遠いし」と言っていた。
山を抜け長い橋を渡った先が八木山、動物園と遊園地が隣同士になっている。
毎度思うが何故園内で行き来できないのかと思う。料金は別なのはかまわないが(まとめて払ってもいい)一旦外に出ないと行けないのは不便だなと感じる。
まず遊園地から入ることにした。
正直、遊園地で遊ぶとは思わなかった。
最後に遊んだのはディズニーランドだったが、当時はマイケルのアトラクションがあったはず。
つまり相当昔ということだ。
彼女でもいたり、家族ができれば何度となく来ることがあったかもしれないが、僕には縁が全くなかった。
モテたのは学生時代だけだから、そういった甘い思い出はそこで時が止まっている。
二時間ほど二人を遊ばせていた。僕らは基本的に見守るだけ。
正直乗り物系は苦手だ。
バイクも車も、スキーでスピードを出すのも平気だが、あの無重力の感覚はどうしても耐えられない。胃と股間が何とも言えない感じになる。みんなはどうなんだろうか。
女性は股間に付いていないから平気なのだろうか。調べたことも訊いたこともないからわからない。
充分に遊んだ後は隣の動物園に向かった。
ここでは四人揃って見物をした。ピーターはけっこう食いついて見ていたのが意外だった。
ここでも二時間ほどで切り上げて、丸山家の両親と合流するために市内に戻ることにした。




