仙台で
定禅寺通りのケヤキ並木を横目に目的の焼肉屋へ向かった。
十分ほど歩いて、正面がガラス張りの大きな店に入る。
コロナの終息宣言は出ていないが、梅雨と夏の気温が高くなったせいか昨年同様に少し感染傾向が収まってきているようで、春先の第四波を乗り越えて通常営業になっている。
東京は噴火の時点で拡大していたが、五輪を控えていることでなし崩し的に解除をしていた。
あのままだったら五波が来てもおかしくなかったが、それどころじゃなくなったのは幸いだった。
皆で奥のテーブルに案内され、僕は子供たちと並び、夫妻が対面で座る。
お父さんがメニュー表見て注文をしていく。
何か食べたいものがあるかと聞かれてたが、肉だけで満足するのは悪いので内臓類をリクエストした。
子供たちは好まないであろうから取り合いにはならない。
〆に冷麺をお願いすることでまとまった。
焼肉屋はプライベートでは数年ぶりに食べる。でも僕は以前精肉関係で三年ほど働いた経験があるので詳しいほうだ。
みなさんはカルビだハラミだというが、僕はミスジをおすすめする。
ウデ肉の一部になり中心に太い筋が一本入っている。
牛タンのように元と先では食感が異なるけど、筋が太くても焼くとおいしい肉になる。
大昔、豪州産のビーフでクロッドといわれる格安の部位を捌く時、あえてミスジを自分用に取り分けて買っていた。
普段はブロックの塊で100グラム100円以下で豚肉より安い商材。
一般家庭では煮込みぐらいにしか使わない部位だが、専門家が見ればミスジは一目瞭然なので、
退職後もスーパーで見つけたら買っていた。
もちろん店でもお願いすることもあったが、他の従業員に知られて人気商品になり最近は食べていない。
普通の焼肉屋では当たり前の部位しかないので、もしメニューにある店は牛を一頭丸ごと仕入れていることになる。
ちなみに外国産のビーフは部位ごとに仕入れることができるが、クロッドはミスジの割合が少ないので扱うことが稀だ。
テーブルに次々と肉の皿が並んだ。夫妻がどんどん焼き網に乗せていく。
僕もホルモン担当ということで乗せる。
子供たちはそれをじっと見ているが、お父さんが焼けた肉を指すと我先に箸で運ぶ。
さすが父親、二人の子供が喧嘩をしないように焼きすすめている。
僕ら大人も食べてながらビールをあおる。
「はぁーおいしいですね」
おもわず口に出してしまい、しまった!と思ったが
「大竹さんはホントにおいしそうに食べるよね。東京を出てからの食事もなんでそんなにおいしそうに食べられるのか不思議だったんだよね」
丸山さんは半分呆れたような口調で笑っていた。
「なんか昔から言われるんですよ。なぜでしょうね。駅ホームの立ち食いそばをそんなに美味そうに食っている奴初めて見たわと同僚に言われてこともあります。
たぶんですが、食っている音なのかもしれませんね。シズルというのかな。
自慢するような特技でもないから恥ずかしいんですけどね」
「いやそんなことないよ。大竹さんが美味しく食べたらみんな喜ぶから。それが誰にでも愛される理由かもしれないね。どう思うお父さん?」
「確かにそうだよ、一緒に居て安心感が得られるんじゃないかな。その人の本質も現れるし。
長い時間をかけなくても相手の中身がわかるんだから一瞬で仲良くなれる。
僕も大竹さんと出会ってまだ一時間も経ってないけど、昔からの知人という感じになっていますよ」
おもわず褒められたが、この年になっても認められるのはうれしい。
食べながら僕らの東京でのこと、脱出のことを話し盛り上がった。
そして最後のほうで今後のことを話すことにした。
「僕は今夜の宿を取ったので、丸山家の皆さんとはここでお別れになります。明日の朝には八戸に向けて発ちますので。
改めてありがとうございました。そしてごちそうさまでした。
また何かの機会で会えることもあるでしょうから、またね!ということで。
そういえば北海道弁でこういう時の方言がありましたよね。
たしか・・『したっけ』だったかな」
丸山さんは少しハッとした感じで僕を見た。
そして泣き笑いな表情で言った。
「したっけ!大竹さん。また今度ね」
子供たちも僕に向かって言った。
「「したっけ!おじさん」」
お父さんも少し恥ずかしそうに「したっけ!大竹さん、元気でいてください」
僕は全員と固い握手を交わしたあと一人ホテルに向かって歩いた。
一度振り返ると、皆が手を振ってくれていたことは一生忘れないだろう。




