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トウキョウの子供

 トウキョウとの国境ボーダーは主要道路と橋を封鎖し、アメリカ兵によるこまめな巡回およびレーダー、ドローン、監視衛星で警戒している。

 日本国民にはトウキョウエリアへ侵入するだけで治外法権の罰則を周知させている。

 それは日本とアメリカの適用を受けない独立した法であること。

 基本的に戦場と同じ対応になるので容赦はしないということだ。

 それでも狭間の地域では住民とのトラブルを防ぐために中立地域を定めている。

 ただし許可証を持っている近隣住民に限ってである。


 最近になって原発の建造と収容者の増加で作業人員に余裕が出てきたためトウキョウを囲むための壁を設置することになった。

 壁といってもコンクリートや二重のフェンス、有刺鉄線や電気柵のような絶対的な壁ではなく、一般的な敷地侵入防止用のタイプになる。

 簡易的だが切れ目なく囲うことで野生動物や不慮の侵入を防ぐことを目的にしている。

 有刺鉄線も設置しない。

 意図的に侵入するならよじ登れば入れるしフェンスを破ればいいのだが、興味本位であってもトウキョウで捕縛されたら最低でも十年は出られないし(表向きは行方不明として処理される)犯罪から逃れるためであったのならそのまま死ぬまで居てもらうことになる。捕縛時に死亡したとしても身元を確認することなく処分されるだけ。

 推定死刑の逃亡凶悪犯が侵入してきた場合は日本に引き渡し裁判ではっきりさせて被害者の溜飲を下げさせるという案もあったが、そのままトウキョウで射殺されたということにした。

 死刑執行までの時間が無いほうが被害者遺族には良いはず。

 しかし他の囚人達とは出自が異なる為、身柄の利用はアメリカ軍に任せることにしている。

 これまで三人がそのような案件となっているが、詳しいことは知らされていない。

 対外的には軍内部で特殊訓練を受けさせて有効利用させているらしい。

 基本的に死んでいる扱いなので使い捨てとなっている。

 死人には人権など全く関係ないからだ。人体実験の検体にされてても不思議じゃない。

 では日本で死刑判決後に送られてきた囚人の扱いはどうなのかといえば、例えるなら家畜に近い。

 簡単に治療できる病気や怪我は対応するが、手遅れだったり認知症などで介護が必要となれば安楽死ということになる。

 つまり人権のない労働力という位置づけ。

 それでも日本の刑務所よりはましな待遇ではある。

 癌治療が苦痛でも拒否はできない、出産してもすぐに乳児院に送られる、懲罰房のなかでは衣服とトイレは最低限で犬並みの食事で犬のように食べるしかない。

 それが嫌なら刑務所に来なければいいというが、収監されて初めてわかるのだから。

 再犯させないためのことでも、人権ギリギリのことをしている。

 難民収容所や違法滞在外国人を管理している施設の対応が人権以下だったのは納得な話。

 ましてや死刑囚が拘置所で執行に怯えながら収監されているよりはましだと本人たちの弁である。

 ちなみに現在の日本の難民収容は全て連合国管理となっており、第三国への移送がスムーズに行われている。


 兵士の警告を無視して逃げるようならば敵と認識して生死を問わず捕縛できる。

 トウキョウができた当初の壁が無い頃にそういう輩は少なくなかったが、はっきりとした壁と警告により最近はほとんど発生しなくなった

 日本人は比較的こういった警告を守る国民性なのでこの程度でいいだろうという判断は正解だった。

 しかしその後に想定外な問題が起きてしまった。

 それは乳幼児の置き去り、つまり「捨て子」が確認されるようになったことだ。

 それまで犬猫は少なからずあったが、まさか赤ん坊を置いていくとは思いもしなかった。

 

 発見されるのは原発作業現場の近くなど人目に付きやすい場所を選んでいるようだ。

 ただし探知されるのは深夜遅く、むしろ夜明け前の時間帯が多い。

 侵入はトウキョウ本部の指令室に即座に察知され兵士が駆けつけるまでおよそ十数分。

 現場に到着し捜索したら赤ん坊が泣いているという状況がほとんどだった。

 すぐさま周囲に侵入者がいないか探すが見つかることはなかった。

 後で衛星の赤外線探査を確認すると到着の十分前には外に出ている。

 おそらく母親なのだろう、時折止まっては逃走を数回くりかえしている。

 置いてきた赤ん坊を振り返り確認しているのかもしれない。

 

 保護した乳児は生後すぐ、おそらく二日も経っていないと思われる事案がほとんどで、すでに息をしていない乳児も少なくなかった。

  遺棄するには忍びなく、だからといって埋葬することもできない苦渋な環境に置かれているのだろう。

 日本国内での遺棄は犯罪なのですぐに捜査特定される。理由はなんであれ起訴、実刑の判例は多い。

 新しい政府は改善の方向でいるが、そもそもたる原因をつくらせない女性の立場に立った政策を随時改定している最中なので、いずれ不幸な事案は無くなるだろう。

 しかし全国民の価値観を変えるに一朝一夕では無理なのが現実。

 妊婦検診なども受けず周囲に悟られないままに出産したのであろう親も未だに少なくない。

 いわゆ無戸籍児だが、戸籍を制定している国家は世界的にも日本くらいなので、連合国となったことを機会に大幅な法改正を議論している。

 これがうまく成立すれば日本という国が理想的なグローバル国家となりえる試金石となるのだが、未だ調整中の懸案となっている。

 これまでの日本は一度国籍を手放すといわゆる純日本人で親の墓が日本にあろうとも再取得はできなかったが、連合国と一体となった国家運営において障害にしかならないので既に改正してある。

日本出身でアメリカなどの大学で長年研究してノーベル賞を受ける人々は漏れなく日本国籍をはく奪され、受賞した時だけ首相が日本人として誇らしいという無知の極みが露呈することが過去には多かったが、今後はそういうこともなく堂々と日本人と言える。

 海外で現地企業を興した日本人も同じような扱いだったが、法改正により帰国してくれるようになった。これで真のグローバル化の助けとなることだろう。

 ただ戸籍となると遺産など従来の問題が白紙になる可能性があるため慎重な作業が必要となっている。

 将来像は見えているが届いていない現状で、日本でありながら日本でないトウキョウは一縷いちるの希望なのかもしれない。


 オムツもせずタオルでなどで包まれているだけの乳児は哺乳瓶などを咥えてないので泣き声が大きく発見が容易なのが幸いだった。 

 産着なども用意されず生まれてからほとんど何も口にしていないのだろう。

 兵士たちも慣れた手つきで抱きかかえ、ペットボトルミルクを咥えさせ保護する。

 中にはへその緒が付いたまま処理もされていない乳児もいたので、最近はナースの資格がある兵士も同行している。

 そしてアメリカ軍の管理下において世話をするが、当然日本も全面協力をする。

 最初は連合国で養子縁組を斡旋していたが、すぐに話がまとまるわけでもなく、次第にトウキョウで保育せざるを得ない状況になるのに時間はかからなかった。

 当初の乳児院がすぐに幼稚園になってしまい、小学校も時間の問題となっている。

 


 皇居だったトウキョウベースの一室。

 連合国の代表と大竹らが議論していた。


 「このままトウキョウに学校まで作ってしまえば、子供たちはトウキョウが生まれ育った故郷となりますよ。確かに一般的な環境と異なりユニークな大人ができる可能性もありますが倫理道徳的にどうなのかな」


 至極真っ当なことを言っているのは大竹だ。

 このメンツで一番推進するのではないかと思われていたので他の全員は意外な顔をしていた。


 「てっきりオオタケさんならうまく調整してくれるとばかり思っていましたが。個性を尊重しオンリーワンな生き方を認めているじゃなかったんですか」


 中国代表の李さんが大竹に向かって疑問を口にした。


 「トウキョウで教育をすれば母語は英語になり他に連合国の言語を習得することで将来は次世代の国家運営に貴重な人材となってくれるだろう。

 でもこちらの都合で純粋培養な人間をつくっていいのだろうか、いやつくれるのか?。

 彼らはそのうち物心がついてくれば外の世界に興味を持つようになり、僕らも日本など他の国にも連れて行くことになるだろう。

 それなら日本国内などトウキョウ以外の施設のほうがいいんじゃないかなと思ったんだよ。

 周囲にいる人間はアメリカ軍の兵士か囚人ばかり、商店や隣のおじさんとかもいない。

 デパートなどの商業施設も遊園地もないじゃないか。

 公園だってほとんど手つかずで資材置き場にしかなっていない。

 安全な遊び場もないんだよ、それってどうなんだという話だよ」

 

 同じ丸テーブルに座っている大竹の友人でもある代表たちははそれぞれ思案している。

 その中の一人でロシア代表のイワンが口を開いた。


 「オオタケサンのいうことは確かにそうだと思います。

 でも僕が生まれ育ったところはトウキョウより何もないところでした。

 人口も数百人程度、全員の家族構成も知っている、店は一軒だけ、土地はほとんどが放牧地で家庭菜園程度の畑しかなかった。

 都会に出るのは年に一回程度で、片道に数時間かけて行く少し大きな町なくらい。

 同級生は数人で全校生徒は三十人くらいでした。

 中学校になるとその大きな町で寮生活をして帰省は年に二回。夏休みと冬休みしかありませんでした。

 トウキョウのほうが恵まれているし特殊であってもマイナスの影響はないと思うんですが」


 大竹は腕を組み薄眼を開けて天井を見つめている。

 皆は大竹の言葉を待っているが時間が止まっているような空気が生まれていた。

 横に座っているアイルランド出身のピーターは止まった部屋の空気を変えるためだろうか、急に英語、フランス語、日本語とアイルランド訛を喋りだした。

 そして一息ついて日本語で話し始めた。


 「この部屋にいるみなさんは母語以外に日本語を話せる人達ばかりですよね。僕もそうですが複数の言葉を話せるということでこの場にいることになったのではないでしょうか。

 オオタケサンは日本語しか話せませんが、僕らが日本語を覚えたことでオオタケサンと知り合い人生が変わりました。

 さて子供の行動範囲なんて狭いですよ。歩いて行ける範囲ですからせいぜい旧山手線の中くらいです。

 子供たちが自分の意思が定まるまでトウキョウで生活してもいいのではないでしょうか。

 そうですね最初は12歳くらいに一度面談をし、16歳くらいに再び行います。

 だからといってはっきりそこで結論を求めるのではなく、個人のペースと興味に沿った対応で。

 18歳を過ぎてどこでどうやって生きていくのかを決めるのは難しいかもしれませんが、周囲に経験豊富な大人たちが多くいるトウキョウなら最善の方向を示すことができるのでないでしょうか。

 僕なんかも紆余曲折でしたし、途中で関心や興味が変わるのは誰にでも覚えがあるのではないですか」

 

 ピーターの話をうつむいて聞いていた大竹は顔をあげて大きく深呼吸をした。

 そして静かに話し始めた。


 「僕は従来の平均的な日本の生活にこだわってしたのかもしれない。

 日本の生活環境は世界的に高水準だと思っていたし正しいと。

 災害後に日本は連合国支配になり価値観を大きく変化させたのは、従来の日本では本質的な滅亡に向かうだけだと。

 なのに多少強引な法改正で古い価値観を壊しておきながらトウキョウの子供たちには古いやり方が最善だと。

 もしかして自分たちでやっておきながら不安がぬぐい切れていないのかもしれない。

 本当に新しい価値観は日本の未来に良いことなのかとね」

 

 とりあえず会議の結論として子供たちはこれまでどおりトウキョウで生活してもらうことになった。

 日本社会は新しいことに向かって動いている。

 それが正解かはまだわからない。

 トウキョウと日本との関係性も同じだ。

 原発が稼働しはじめると経済が大幅に動き出す。

 その時の連合国の思惑は想定することは難しい。

 大竹に限らず期待と不安の両方を持っている人は少なくないのだ。

 

 

 


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