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新米文官ユディの日常:④不平等をぶっ壊せ

お読みいただきありがとうございます。

④、⑤で回収&解決編です。

 女騎士のアビーは騎士団の詰所に向かって、重い足取りを進めていた。

 これから夏を迎えようという時季でも、朝の空気はまだまだ冷たい。

 そんな清涼な空気の中でも、アビーの心はすっきりとはいかなかった。


 一緒に数々の戦場を駆け抜けた竜のルナのことを考えると、つい心が塞いでしまう。

 先日、ルナの背から振り落とされてからというもの、アビーの世界は灰色になったようだった。

 怪我を負った左半身を知らず知らずのうちに気にしてしまう。


(もう怪我はすっかり良くなったのに)


 騎士の世界は男社会だ。

 けれど、その中でもアビーは常に一目置かれていた。

 王立学院を卒業して女騎士としての道を選んだアビーは、心技体ともに抜群に優秀な騎士として、輝かしい道を歩いているはずだった。


(ルナ、どこに行っちゃったの? 私が何をしたっていうのかしら) 


 竜の背に乗れる者は騎士団でもごく少数しかいない。

 フォスリーの母竜のルナとは息ぴったりの仲だと、自分では思っていた。

 

 竜はその背に乗せる者を自ら選ぶ。

 自分こそが竜に選ばれたパートナーだと、そう自負していたのに。

 

 ルナはいつでも自分の言うことを従順に聞いてくれていた。

 だから、感謝していると……「ありがとう」と声をかけた。

 

(あの日……ルナに別に変わった様子はなかった。ただ、「いつもありがとう」って声をかけて……そしたら飛び立ってすぐに躰を震わせて、気がついたら振り落とされていた)

 

 だめだ。

 思い当たることは何一つない。


 精神的な打撃から回復するまで、と内勤を命じられたのも少なからずショックだった。

 ルナがいないアビーでは、戦力外だと通告されたも同然だ。


 同年代の男性騎士たちは、怪我をしたとしてもすぐに訓練に参加して、その後前線に戻ってはいないだろうか。

 同僚のマリアには気にしすぎだと揶揄されたものの、いつもは気にならない男女の扱いの差が、弱っている心にちくちくと突き刺さりやすくなっている。


 おまけに、昨日は新米文官の少女に護身術を教えろという命令が出たのには、正直げんなりしてしまった。

 仕事だからと心を鈍くして、誠心誠意取り組んだけれど、腕立て伏せすら満足にできないような体力のない女の子に何を教えろというのかと、煩わしい気持ちを抱かずにはいられなかった。


 ……あそこの角を曲がれば、もう詰所に着いてしまう。

 騎士団に正式に配属が決まった時は、これからあの訓練場に毎日通えるというのがどれほど嬉しかったことか。

 未来への希望に燃えるような気持ちは、最近ではすっかりどこかに行ってしまったようだった。


 溜息を噛み殺しながら、どうにか歩みを進め、詰所の建物を前にした時だった。


「え……えっ!? 何、これ!?」


 アビーが目にしたのは、建物を取り囲む人、人、人……。

 早朝だというのに、工事現場よろしく、騎士たちが大声を出しながら忙しく立ち働いている。


「ど、どういうこと……!?」


 近づいてみると、中からちょうどわらわらと人が出てくるところだった。


「ユディさん……!? 一体、何して……!?」


 人だかりの中に汗だくのユディを見つけて、アビーは目を見開いた。

 設計図らしきものを手にしたユディは、アビーに気づくと元気に挨拶してきた。


「あ、アビーさん! おはようございます!」

「ユディさん! これ、どういうわけなの?」

「えっと、ですね……」

 

 ユディが困ったように眉を下げたその時だ。

 仮面の王弟ハルトムートが窓からひょっこりと顔を覗かせる。

 

「ユディ、そろそろいいよ」

「じゃあ、アビーさんも行きましょうか?」

「え、え?」


 中に入ると、詰所の中はすっかり片付けられていた。

 大きな家具には埃避けの布がかけられ、雑多なものは端に寄せられている。

 二階に上がると、淡い髪色の男性がアビーに会釈する。


「アビーさん、あちらは魔導師団副長のヴァルターさんです」

「は、はあ……」


 なんで魔導師団副長がこんなところにいるのだろう。

 どうやらあちこちに魔法による防御壁を施しているようだ。

 

「ユディ、こっちだよ」


 二階部分を真ん中から男女別に分け隔てている壁の前に、ハルが立っていた。


「よし、じゃあやろうか。————風刀!」


 ハルが手をかざしたところに魔力が収束し、大きな魔法陣が出現する。

 するとユディが歩みを進め、その魔法陣に向かって手を伸ばした。


 その手には羽根がついたペンらしきものが握られている。

 魔法陣の円形の中に描かれた文言が、ユディの手の動きに合わせてぐにゃりと形を変えていく……。


「ヴァルターさん、これでいいでしょうか?」

「ええ、よさそうですね。殿下、くれぐれも魔力を放出し過ぎないようにしてください。防御壁を張ってあるとはいえ、力加減を間違えれば建物ごと私たちまで吹っ飛んでしまいますからね」


 えっ……吹っ飛ぶ? 

 朝っぱらから物騒な会話を聞かされて、アビーは青い顔になる。


 ちょっと待ってください——! という言葉は、続く轟音とともにかき消された。

 詰所の建物全体がビリビリと震えたかと思うと、目の間にあったはずの壁は風の魔法で切り裂かれ、きれいさっぱり崩れ落ちてしまっていた。


「壁だけを切り裂くなんてできるのかと心配でしたけど、うまくいきましたね!」


 ユディが拍手をしていると、今度は避難した騎士たちが次々に中に入ってくる。

 辺りに散らばっている板の破片などをどんどん片付けて、外に担いで行ってしまう。


 何がなんだかわからない。


 そこに騎士団長たるグイードがやって来た。

 埃の舞い上がる廊下を見渡しながら苦笑する。


「まったく、殿下の魔法は派手だな」

「団長! これは、一体……?」

「おう、アビーか。ちょっとした改装工事をすることになってな」

「改装工事!?」

「二階の男女別に分かれている部分をなくすために、壁を取り払うことにしたんです」


 設計図を開きながらユディがてきぱきと説明する。


「な、なんで……?」

「効率化を図るというのが第一ですね。マリアさんのいる事務室代わりの部屋は女性側。書類の承認権を持つ団長は男性側にいるのでは事務作業が非効率過ぎます。女性騎士の数の割に使用範囲が大きすぎるので男性側は手狭ですし」

「けど、女性用の範囲を小さくしたら、ますます女騎士の肩身が狭くなるじゃない!」 


 血相を変えたアビーを落ち着かせるように、グイードが手を上げて制する。

 その顔には、若干の呆れの色が浮かんでいた。


「アビー、お前本っ当に書類仕事が苦手だったんだな……」

「どういう意味ですか!?」


 ユディは遠慮がちに、しかし決意を持って進み出た。


「今回の工事は、騎士の皆さんから陳情書が出ていたものを実現したものなんです」

「え……」

「つまり、男女ともに騎士団の総意で決まったことだ。その陳情書だがな、お前が処理を滞らせていた書類の山から出てきたんだぞ」

「えっ!?」

「勝手にすみません……。マリアさんが事務仕事が終わらないと困っていたので、昨日手伝いを申し出たんです。その時、アビーさんの机の上から、その陳情書を見つけてしまって……」


 愕然とするアビーを前に、ユディの説明は続く。


「詰所の建物自体は石造りですが、二階の内部を男女別に分けているのはこのような薄い板の壁でした。これは後から仕切りとして増設された部分みたいで、すごく不評だったんです。そこを今ハルの風の魔法で壊してもらいました。急遽決まった計画だったので、人夫を雇ったりする予算まではつけられなくて」


 陳情書を見つけてからユディの対応は早かった。

 団長に内容を早急に確認してもらい、男女で分かれている部分の解消について、まずは了承を取り付けた。


 けれど、そこで終わらないのがユディである。


「な、何も壁を壊さなくても……」

「ええ、もちろんそうなんですけど……団長がやろう! って盛り上がってしまって……」

  

 ユディはまいったというような顔をしながら、しかしこんなことを言う。


「壁を壊すっていうのが、男女間の不平等を取り払うっていう象徴になりますしね」


 アビーははっとした。


「わたしがもし騎士団所属の女騎士だったらって想像してみたんです。団長室が男性側にあるのはちょっとなぁって、まず思いました。訓練場が見渡せる場所がその位置だっていうだけで、他意はないんでしょうけど……。女性ばかりが事務作業するというのも、マリアさんのように妊娠等の理由があるならともかく、本来ならアビーさんが言っていたように、専属の事務員を雇うとか、何か方策があって然るべきなのに、女性の団員の好意に甘えている形になっています。事務作業が好きでやるならともかく、押し付けられている感じがあったらやる気は出ませんよね。そういう意味では……『公正さ』に欠けるかな、と思いました」


 グイードが苦虫を噛み潰したような顔をしながら、じっと黙っている。

 昨日から散々話し合ってきたことなので、ユディの意見はすでに聞き入れられているのだ。


「陳情書では、男女の範囲をあのように分けるのは使いづらいからどうにかしてくれって、あの壁についてよく思っている方は男女ともにほとんどいませんでした。ついでに怪我などの事情により現在訓練に参加していない男性騎士の方たちにも意見を伺ってみたところ、事務作業などに従事したいという方もいました。けれど、事務室が女性側にあるということで、何となく近寄りがたくて躊躇してしまっていたみたいで……」

「内勤の書類仕事を希望する騎士なんていたんですか?」

「はい。苦にならないという方は数名いらっしゃいました」

「……男なのに?」

「そんなこと言ったら、王城の文官は大多数が男性ですし、皆さん事務作業のプロですよ。男女はあまり関係ないと思います」


 ユディからしてみたら、騎士団や魔導師団は女性がたくさんいてうらやましいくらいだ。

 身分に関わらず実力で採用してもらえるのだからわかりやすいし、門戸が開いているという時点で文官採用試験とは段違いに平等に感じる。

 

「壁の話に戻りますが、団長や年長の騎士の方々とも相談を重ねて、陳情書の内容と照らし合わせた結果、いっそのこと壁を取っ払ってしまおうということに決まったんです。手の空いている団員の方にお願いしたら、皆さん快く改装作業を手伝ってくださいました」


 更衣室を含む女性用のスペースは、一階に専用の場所を新たに設ける。

 団長室はそのまま今の場所、二階の事務室はその隣に移して、男女隔てなく事務作業にあたらせ、より公平化を図る。


 それがユディの計画だった。


「事務作業をもっと楽にできないかということについても考えてみたんです。けど、騎士団の事務作業って、我が国の軍事を司る機関というだけあって、すごく機密事項が多いんですよね。だから、そう簡単には外部の事務員を雇って任せることができないんです。軍事計画や予算編成、武器や防具の発注書、それに人事に至るまで、重要な情報が含まれているかもしれませんから」


 ユディに指摘されて、アビーははっと口を押さえた。

 自分はこれまで、そういった機密情報についてはほとんど意識したことがなかったからだ。


 さすがに軍事計画などのどんぴしゃな機密情報などはアビーたちのところまで下りてこないだろうが、それでも、万が一外に漏れたらまずい重要事項が含まれている書類はたくさんあったはずだ。

 騎士団員自らが事務作業にあたるのは、それが必要だったからにほかならない。


 ただ苦手だというだけで、何も考えずに嫌厭してしまっていた——。


「以前は事務作業を専門にしていた団員もいたんだが……確かに最近は、女騎士たちに任せっきりにしていた。俺がその辺りを適当にしちまってたんだな。すまん、アビー」

「そんな、団長……」


 騎士団長自らに頭を下げられ、アビーとしては恐縮するしかない。


「我が騎士団では、ことさらに男女平等を掲げるつもりはない。男の騎士が多いのは変わりないからな。だが、実力主義なのは間違いない。あまりにも不向きなところに人材を配置して、その実力を発揮できないとしたら問題だ。だいたい、うちの女性たちは魔物が裸足で逃げ出すほどの強者ぞろいだからな。女騎士だからと内勤に回すのは人材の無駄遣いだとユディ殿や王弟殿下に諭されたぜ……とくにアビー、お前のような勇猛な騎士はな」


 赤褐色の髪をわしわしと豪快に掻きながら、グイードは最後ににかっと笑いを浮かべた。


「ま、要するに、女騎士だからといって、不平等を感じてほしくはない。それが団長たる俺の意見だ」


 グイードの言葉に、アビーはつい胸が熱くなるのを感じた。


 しかし……!

 アビーは訊ねずにはいられなかった。


「ユディさん、これだけの仕事を昨日のうちに……?」

「はい……だから、その……、今日は訓練は免除してください! 実は徹夜してしまったので、今から走ったりしたら多分倒れちゃいます」


 情けなそうな顔になる年下の少女を前に、アビーは言葉を発せないでいた。


 これまで自分は、内勤を命じられたことをむくれるばかりで、騎士団内の不平等解消に向けて何か行動したことがあったろうか?

 書類仕事が嫌だとやる気をなくすばかりで、その一枚一枚の重要性について考えたことがあったろうか?


 体力のない、腕立て伏せもできないと頭から馬鹿にしていたはずのユディは、文字通り一夜にして、アビーが不満に思っていたことを解決してしまったではないか。


「まったく……俺は盗難事件を調査してくれと頼んだのであって、壁を破壊してくれとお願いした覚えはなかったんだがな」


 グイードの言葉にユディが疲れたように反応する。


「団長がお決めになったことですよ。『じゃあ壁壊すか!』って一番乗り気だったじゃないですか……。何もこんなに急がなくても、ゆっくり取り外したってよかったんですよ」

「ふん、思い立ったらすぐ行動するのが俺の主義なんだよ」


 そしらぬ顔で言いつつも、グイードはユディの仕事ぶりに内心舌を巻いていた。

 

 一昨晩、飛竜の塔でグイードがユーディス・ハイネという少女に初めて会った時には、王弟ハルトムートの心を射止めたというのが信じられないほど普通で、どちらかというと頼りないという印象を持った。

 本当にこの少女がスパノー侯爵の不正を見事暴き、王立図書館に隠されていたという禁書を見つけ、あまつさえ翻訳してみせたのかと内心首を傾げていた。


 だが、昨日一日でその評価は大きく変わることとなった。


 ユディは気弱なように見えて、必要があればずばりと切り込んでくる。

 だからといって、出しゃばってくるということもない。


 騎士団内での男女差別についても、声高に男たちを責めるようなことは決してせず、効率化と公平性を図ることが騎士団全体にとって有益だと、淡々と論じてみせた。


 まったく上手い。

 騎士というのは「公平」とか「公正」ってやつが好きなのだ。そこを絶妙についてくる。


 挙句、王弟と魔導師団副長を、改装工事の「予算節約」のためにこき使うという図太さも持ち合わせている。


(切れ者ヴェリエの懐刀ってわけか)


 おどおどとして弱々しいかと思いきや、とんでもなかった。


 呆然とするアビーだったが、グイードの言葉に我に返る。


「そうだ、事件の調査はどうなったんですか?」

「それも、犯人はわかりました」

「えっ……誰だったんですか!?」


 ユディはにっこりと微笑んだ。


「今、連れてきます」

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