新米文官ユディの日常:③騎士団での事件
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「さて、折り入った話とはほかでもない。近ごろ詰所内で事件があってな」
ユディは目を見開き、思わず隣にいるハルに視線を向ける。
ハルも初耳だったようで、無言で腕を組んだ。
「どんな事件なんですか?」
「盗難事件……と決まったわけではないが、それに類するものだ。これまでに、夜間に何度か詰所内が荒らされた形跡がある」
グイードは赤褐色の髪をわしわしと掻くと、椅子の背にもたれた。
団長室は詰所の二階部分、男性側に位置していた。
さほど広さはないが、窓からは訓練場の様子がよく見える。
「押し入られたということでしょうか?」
「それが、侵入した形跡がないんだ。扉はきちんと施錠されたままなのに、中はぐちゃぐちゃの有様。おまけに建物内には夜勤の団員だっていた」
「団員たちは、曲者の侵入に気がつかなかったってことか?」
「ああ。詰めていたのは数人だがな。何も気がつかなかったと言っている」
勇猛果敢で知られるドラグニアの騎士たちが、そんなにぼんやりしているわけはない。
ハルは腕を組み直した。
「じゃあ、そいつらのうちの誰かが犯人とか?」
「けど、それも不自然よ。だったら、物音を立てるようなことするかしら。自分が夜勤の時に騒ぎを起こしたりしたら、疑いの目を向けてくれって言っているようなものだわ。それに何度も荒らされたなら、その都度夜勤の騎士は違ったんじゃない?」
アビーはユディを見てちょっと驚いたような表情をしたが、すぐにそれを打ち消した。
先ほど腕立て伏せをしながら死にそうになっていた少女と同じ人物とは到底思えないほどの明朗さである。
「何か盗まれたものはあるんですか?」
「それが、書類が数枚なくなったと言っているくらいで、特に盗られたものはない」
「変ですよね。詰所っていっても、貴重品や多少の金銭もあるんじゃないですか? それらは無事ということですか」
「曲者が出入りした形跡もなければ、建物内にいた団員たちも気がつかないのに、部屋を荒らしていく何者かがいるって、そういうことか? しかも盗られたものも特にない……?」
グイードが眉をしかめながら首を縦に振る。
確かに、不可解な事件である。
「しかも、あろうことか荒らされるのは決まって女性が使っている側の部屋なんだ」
「え……! それって、痴漢とかそういう……」
言いかけて慌てて口を押さえた。
名誉ある騎士にあらぬ疑いをかけるわけにいかない。
だが、グイードも同じように考えていたらしく、神妙な顔で頷いた。
「同じ団員同士で疑いの目を向け合うのも嫌でな。大体的に調査をしていなかったんだ。第一、女性だけの場所に男が踏み込むのも気まずい。だが、ここのところ立て続けに同じような被害があってな……。どうにもこうにも困ってる」
ハルは呆れたような声を出した。
「もしかして団長……ユディに調査させる気で訓練なんて言い出したのか?」
「えっ、本当ですか?」
ばれたか、という表情のグイードにユディは元気よく手を上げた。
「やります!」
「……いいのか?」
「お役に立てるのであれば、もちろんです。あと、できたら、働きに応じて訓練を多少免除してもらえたら……」
最後の方は小さな声だったが、グイードはくつくつと笑って了承してくれた。
ユディのことをよく知らないアビーだけが、事情を飲み込めずにぽかんとしている。
「団長、あの……ユディさんって……?」
「アビー、ユディ殿は新米の文官だ。最近文官採用試験に合格したばかりだが、優秀だぞ。なんたってあのヴェリエ卿のお墨付きだからな。先ごろのスパノー侯爵の不正事件を暴いたのは、実質彼女だというしな」
「え!」
ユディのことは、てっきりグイードの親戚か何かと思っていたアビーである。
「団長、アビーにちゃんと説明してなかったのか? ユディは文官だけど、特別な魔法が使えるから誘拐されかけたことがあるんだ。護身術を身に着けさせるよう、命を出したのはフェルだ」
「国王陛下が!? そうだったんですか……」
「アビー、今日はもう上がっていい。また明日からよろしく頼む」
「……はい」
「アビーさん、ありがとうございました」
グイードに言われて、アビーは会釈して出て行く。
ユディはその背中に声をかけたが、彼女は振り返ることはしなかった。
その後ろ姿は、どことなく疲れたように見える。
アビーが立ち去ったのを確認すると、ハルが訝し気に問うた。
「おい団長。アビーって、以前はもっと男勝りで勇猛な女騎士じゃなかったか? なんで今はあんなにしょぼくれてるんだ」
「わかるか、やっぱり」
「アビーさん、どうかしたんですか?」
グイードは大きく息を吐くと、またもや髪をわしわしとやる。
「先日、アビーは落馬……とは言わんな。竜から落ちた」
「えっ!」
「本人は、振り落とされたと言っている。アビーが乗っていたのは、さっきの子竜……フォスリーの母竜だ。ルナというんだが、その後姿をくらましてしまってな。アビーが今はフォスリーの面倒を見ているというわけだ」
「育児放棄ってそういうわけか。ルナに主人と認めてもらえなかったと思って落ち込んでるってわけか?」
「ああ。落ちた時の高さはそれほどでもなかったし、怪我は回復魔法で事なきを得たが、どっちかというと精神的な動揺が酷くてな。しばらく内勤を命じたんだが、それもどうやら不服の種になってしまっているようだ」
「内勤って、書類仕事のことですか? 騎士団内ではそういった仕事は女性のものようになっていると仰ってましたけど……」
おずおずと問いかけるユディに、グイードは肩をすくめた。
「そういう決まりはないが、確かに偏っているところはあるかもな。以前は事務作業を専門にやる団員もいたんだが、退役したり、地方に異動したりもあって、この王都の詰所ではそういった係の者が手薄になっているのが現状だ。今、妊娠している女騎士がいるんだが、彼女が率先して内勤に励んでくれている。妊婦に魔物討伐に行かせるわけにもいかんし、アビーも完全に回復するまでそうしてもらえたらと思っていたが……。ま、あいつの性格じゃ不満かもな」
「そうだったんですか……」
ユディは急にいたたまれなくなった。
(きっとアビーさんはわたしなんかの面倒を見るの嫌だったわよね。それでも真面目に取り組んでくれた。悪いことしたわ……)
だが、気に病んでいても仕方がない。
ユディは顔を上げた。
「とりあえず、今日はこれから夜勤をしていたという団員に話を聞きに行ってきます。それに荒らされたっていう場所も見せてもらえますか?」
「ああ、じゃあマリアに案内を頼もう」
「マリアって?」
「ユディ殿は会わなかったか? その妊娠している女騎士だよ」
ユディは心得たとばかりに頷いた。
ついでに、着替えも済ませてしまおう。
今日はもう腕立て伏せはこりごりだった。
※
「うーん……。大した話は聞けなかったわね」
「そうだね。共通しているのは、物音がして見に行ったら、すでに部屋がぐちゃぐちゃだったっていうだけだ」
騎士団の制服から普段のスカート姿に戻ったユディである。
ハルとともに、詰所内が荒らされた日に夜勤をしていたという騎士たちに話を聞きに行ったが、誰からも目ぼしい話は出てこなかった。
彼らは皆、騎士団に長く所属している信頼のおける者たちばかりで、嘘を吐いているとも思えないし、彼らの方にも嘘を吐く利点などどこにも見当たらない。
空振り感だけが残るが、気を取り直してマリアの元へ赴く。
事務室代わりになっている部屋を訪れると、大きなお腹のマリアが作業の手を止めて出迎えてくれた。
部屋にはほかにも数人の女騎士がおり、仮面の王弟に平伏しつつも、すぐに椅子を勧めてくれる。
皆一様に背が高く、がっしりした体型の女性たちだ。
アビーから伝わっているのか、ユディとハルが事件を調べていることは、皆すでに聞き及んでいるらしかった。
「ここって女性用の場所なんだよね。ぼくが入っていいのかな?」
「同じ詰所内で男女の場所がこうまで分かれているのも不便よね。しかも団長室は男性側にあるし……」
「そうなんですよ。いつからかこうなったのかよくわからないんですけど、実を言うと不便で仕方なくって。事務作業には団長の署名がいるものがたくさんあるのに、一旦一階に降りて、また別の階段を上がって団長室まで行かなきゃいけないし……。あ、もちろん王弟殿下がこちらにいらっしゃるのは問題ございませんよ!」
マリアはアビーと同様、二十代前半くらいに思える。
内勤だからかそれほど日焼けした様子はないけれど、後ろでまとめた赤みがかった金髪と、大きな黒い瞳が快活な印象だ。
事件について質問する前に、ユディは気になっていたことを単刀直入に訊いてみた。
「マリアさんや皆さんは、女性の騎士ばかりが書類仕事をさせられるのを不満に思っていませんか?」
「えっ? まさかー、そんなわけありませんよ」
「そうなんですか?」
「だって、こんなに大きなお腹してるのに魔物討伐に行けーって言われたら辞めるしかないじゃないですか。内勤にしてもらえたから辞めずに済んでるんですもん」
「そうですか……」
あっけらかんとしたマリアに拍子抜けする。
「でもほかにもたくさん仕事があるのに、なんで内勤? って思う女騎士もいると思う。皆、どう?」
ほかの女性たちは、マリアの意見に賛同したり、やはり書類仕事は嫌だという者もいたりと様々だった。
「もしかして、アビーのことを気にしてるんですか? 彼女は事務作業大嫌いだから文句言ってたんでしょ。アビーって、これまで常に最前線! って感じだったから。それにどっちかと言うと完璧主義よね。きっと、『戦いに出てない自分』みたいのが許せないのかも。あれ、アビーの机ですよ。もう、事務作業が滞っちゃって……。こっちも困ってますよ」
指し示した先には、積み上げられた紙の束に埋もれた机らしきものがある。
あれがアビーの事務机なのか……。
結構、ひどいかもしれない。
大きいお腹をして働くマリアを、どうせなら後で手伝ってあげようとユディは思った。
強そうな女性だけれど、一日に何度も階段の昇り降りをするのは大変だろうし、心配の種だ。
どうにかできないだろうか?
アビーに輪をかけてさばさばした性格らしいマリアは、同僚のことを率直にぶっちゃけている。
ハルは納得したように顎に手を当てた。
「アビーはなんていうか、すごく騎士らしい騎士だな……。ぼくでもそうなりそうだから、気持ちはわかるな」
「やりがいっていう意味ではね……切った張ったしているほうが騎士っぽいんですけど。私の場合は不思議なもので、お腹に赤ちゃんができたら、やっぱり自衛本能っていうのかな。刃物なんかを見るのがすごく嫌になっちゃって。内勤も色々種類があって、武器の手入れ係なんかもあるんですけど、私はもうしばらく事務仕事でいいなって」
ユディはなるほどと頷いた。
「そう考えると女性の騎士にとっては、好き嫌いはともかく実際に戦地に赴くという以外のお仕事があるのは利点ですよね。市中警備なんかだったら、外勤でもまだ楽ですか?」
「あれって拘束時間が長いのよねー。市民には意外とじろじろ注目されちゃうし、見かけより疲れる仕事よ。でも好きな人は好きよね」
「ユディ……だんだん話がずれてない?」
ハルに指摘され、はっとなる。
慌てて「すみません」と本題に戻す。
「荒らされた部屋というのは具体的にどこなんでしょう?」
「休憩室と、更衣室と、あとこの部屋が特に酷かったかな。部屋全体を荒らされたというより、何かを探した後みたいな感じがしたわね」
「何かって、なんでしょうね……。なくなった書類というのはどんなものでしたか?」
「それがねぇ……本当に雑多というか、普通の書類なのよ。報告書の表紙の部分とかが破られていたくらいで……。どちらかというと、白紙に近いようなものがなくなったんじゃないかしら」
白紙の紙なんて、無価値なもの何に使うんだろう?
「女性用の区域には誰かいたんですか?」
マリアは首を横に振った。
「荒らされた当日……というか、夜よね。誰もいなかったわ」
「窓は開いてましたか?」
「いいえ、閉め切ってたわ。各部屋の扉は開いていたけど、一階の階段に続く扉は鍵がかかってたから、誰かが中に入れたわけないのよね。気味が悪いわよ」
ユディは紙に簡単な見取り図を描いてみた。
男女で分かれている騎士団の詰所の二階部分は、壁を挟んでまったくの左右対称の造りだ。
訓練場に向かう表側が男性用。
建物の裏側が女性用。
一階からの階段は、上がってすぐの場所に扉があり、そこに鍵がかけられるようになっている。
夜勤の騎士たちは一階の共有部分に詰めていたはずなので、もしも二階に上がろうとしても、入ることはできなかったはずだ。
「鍵は誰が持っていたんですか?」
「いつも団長室に置いてあるわ。でも鍵が開けられた形跡がなかったの。もしも開けてまた閉めたんだとしても、もっと奇妙よね」
そんなの、まるで透明人間だ。
誰にも気づかれないように、一階部分を通ってまずは男性側に上がり、団長室に行って鍵を取る。
そして一階に降り、騎士たちの横をもう一度わからないように通り過ぎ、今度は女性側に上がり、鍵を開けて入りこみ、部屋を荒らす。
ぐちゃぐちゃにし終わったら、そっと鍵を閉めて、また団長室に鍵を戻す……。
「ありえないわよね」「ありえないね」
ユディとハルの声が重なる。
ふーっと溜息を洩らし、ふと天井を見上げて気がついた。
竜の絵が描かれた小さな天窓がついている。
「マリアさん、あそこは開くんですか?」
「開けたことないわね。嵌め殺しだと思うわ」
「そうですか……」
しかし、何かがユディの心に引っかかった。
絵をよくよく見てみると、描かれている竜が脚に何かを持っているように見える。
あれは——手紙みたいだ。
「あ……。本で読んだことがある気がするわ。ねえハル、もしかして、竜って伝書鳩みたいな真似ができない?」
「そうだね、できるよ。魔物討伐でたまに使うことがある。ローグに頼んだりもするし」
「どんな風にするの?」
「ぼくの場合は普通に頼むだけ。これヴァルターに渡せとか、団長に渡せとかって言って、手紙を渡すと持って行ってくれる」
「でもそれはハルとローグが高度な意思の疎通ができるからよね。ほかの騎士でも竜とそこまでの会話ができるものなの?」
「うーん……それはできないかも……」
ハルはしばらく考えていたが、やおら立ち上がった。
「そういえば、行方がわからなくなっているルナはよく伝令に使われていたな。伝令係の竜は、騎士との間で特別な合図を使うはずだ」
「えっ……どんな?」
「鳩みたいな鳴き声だった気がする」
鳩みたいな?
ユディは、今の自分がそれこそ鳩が豆鉄砲を食ったみたいな顔をしていそうだと思った。
「えっと、ポッポっていうような?」
「いや、もう一つのやつ」
ハルの言葉に、マリアが大きなお腹をさすりながらのんびり答えた。
「ユディさん、クルクルですよ。そうじゃないですか、殿下?」
「そうそう……ん?」
はたと止まるハルと同時に、ユディもつい先ほど聞いたばかりの「クルクル」という鳴き声を思い出していた。




