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新米文官ユディの日常:①唐揚げ会

拙作が月間ランキングの10位にもぐり込んで、トップページに表示されておりましたΣ(☉.̫☉)!

びっくり&感激しております!

応援くださった皆様、本当にありがとうございました!


さて、本編の後日談にあたる短編(全5話)を本日より投稿させていただきます。

こちらには禁書も翻訳も出てきませんが、ぜひお読みいただけたら嬉しいです。

 唐揚げというのは、魅惑の食べ物である。

 ほどよく脂がのったもも肉、または骨付きの手羽先や手羽元は特に魅力的である。

 タレにしっかりと漬け込んだ後、しっかりと衣をつけて高温でからりと揚げる。

 外側はかりっとしているのに、一口かぶりつくと中からじゅわっという熱い肉汁とともに、肉の旨味が染み出して口内に溢れる。

 そして極めつけは、そこに冷やした麦酒を流し込むのだ。

 ある種芸術ともいえる完成された美が、その瞬間に生まれる——。



「————と、そのように俺は思うんだがな。ユディ殿はどうだ?」

「えっと……。それはちょっと大げさなような……」


 ユディたちの目の前には、テーブルを埋め尽くすほどの豪華な料理と酒瓶が並べられている。

 宮廷料理人がその腕を存分に振るったであろう数多くの料理のど真ん中に、ユディが今しがた揚げ終わった山盛りの唐揚げと、黒々としたおにぎりが威風堂々と鎮座している。


(高級な料理の中に、前世の庶民料理がしれっと混ざっちゃってるわね……。しかも主役の座とか、畏れ多すぎるわよ……)


 冷や汗を流すユディの横に立つのは、王立騎士団長グイード・ベルだ。

 歳の頃は三十代。

 赤褐色の髪を後ろに束ね、引き締まった筋肉に彩られた巨大な体躯に、猛禽の鷲を思わせる黒い瞳をしている。

 大きな身体は国王と似たり寄ったりだが、彼がその身に着けているのは、あろうことか真っ白なエプロンである。


「……まさか、グイード団長がこんなにお料理好きな方だとは存じませんでした」

「おうよ! 魔物討伐の野営なんかだとろくなもんが食えんからな。鳥や獣なんかも獲って絞めたりするんだ。人にやらせるばかりじゃなくて、俺も試しに料理してみるかって始めてみたら、存外息抜きになってなぁ。部下たちに振る舞ったりしてるうちにハマっちまった」

「だからあんなに見事な包丁さばきだったんですね」 

「ふふん、刃物の扱いは任せてくれ。それにしても唐揚げの調味料自体は複雑なものはないよなぁ。野営でも唐揚げができたらいいんだが」


 グイードは豪快な気性の持ち主でありながら料理好きという意外性も持ち合わせており、ユディの立ち働く台所に急に現れて唐揚げ作りを手伝うと申し出てきたのだ。

 初対面でかしこまるこちらには遠慮なしである。


 今ユディたちがいるのは、ルールシュ城の奥に位置する飛竜の塔である。

 文官採用試験も無事終わり、ようやく人心地がついたタイミングで、約束の「唐揚げを食べる会」を開催する運びと相成ったのだ。


「油で揚げるのは野外では無理そうですよね」 

「それが、油の採れる実があるんだよ。その木があちこちに生えてるから、大きな鉄鍋でもあれば意外といけるかも」


 ユディのもう片側には、この塔の主であるハルがいる。

 何を隠そうハルこそがグイードに「唐揚げ会」のことをばらした張本人である。


 しかも美味しいからと散々吹聴したらしい。

 料理に興味のあるグイードがそれならばとやって来たというわけだった。


(騎士団長自らお手伝いに来てくれるなんて思ってもみなかったから焦っちゃったわよ……)


 ユディの疲弊とは裏腹に、グイードはすこぶる上機嫌だ。


「しかし美味い! これ以上つまんだら陛下たちに怒られちまうな」

「な、団長、美味いだろ?」

「おう殿下! こんなコロコロと小さな肉が口に入れるとすごい存在感を放つのには驚きだぜ。今日は祝いごとだっていうんでわざわざ来てやったがその甲斐はあったな」


 グイードの言う「コロコロとした小さな肉」とは確かにその通りで、前世と異なり、こちらの世界では肉料理は豪快なことが多い。

 肉といえば部位ごとの塊で買うのが一般的で、しかも鶏だったら一羽丸ごとの状態で買うほうがずっと安い。


 部位ごとに細かく切られているものは、その分手間暇がかかっているため、手間賃もその分入っているというわけだ。

 前世のスーパーだったら「唐揚げ用」とシールの貼られた肉を買えばいいだけだったが、こちらではそうはいかない。


 もっとも、王城の台所ではどんな肉のどの部位でも希望した分量だけ用意してもらうことができる。

 

(揚げ物ばっかりだと胸焼けしちゃったら困るって思ってたけど、これだけほかに食べる物があればそんな心配いらなかったわね。それよりすごい量! 皆、胃袋強そうだから大丈夫なのかしらね……)


「……あの、祝いごとって……?」


 ユディが質問を口にしかけたところで、塔には訪問者が続々と現れた。


 まずはドラグニア国王、フェルディナンドが塔に足を踏み入れる。

 猛々しい王が騎士団長のグイードと並ぶと、二人の巨体から発される圧が半端ない。


「国王陛下にはご機嫌麗しゅう」

「これはこれは、騎士団長殿にかしこまられるとどうも落ち着かんな」


 大熊のような国王は笑ってグイードの手を取る。

 フェルディナンドの前で仰々しく礼をしていたグイードはにやりと口元に笑いを浮かべてそれに応える。


「ご招待ありがとうございます、ハルトムート殿下にユーディス殿。本日は例の料理を手ずから振る舞ってくださると聞き及んで馳せ参じました。今宵はそれを肴に呑みましょう」


 もう一人進み出た人物は、魔導師団長のユルゲンだ。

 如才なく挨拶をすると、今度はグイードに向き直った。

 ドラグニアの軍事の両翼を担う二人であるが、そのうちの一人はエプロン姿なのが際立ち過ぎている。

 

「グイード、いい恰好だな」

「たまには俺もまぜてもらうと思ってな。この格好は趣味だ。いいだろう?」

「阿呆か、気色悪いわ!」


 それより、よくそんなに大きなエプロンがあったものだなとユディは思ったが、特注か……と思い当たる。

 騎士団長に巨大なエプロンを注文されたお針子はさぞかし驚いたことだろう。


 グイードとユルゲンは旧知の仲らしく、歯に衣着せずに言い合っており、そこには信頼関係が滲み出ていた。

 ハルにとってもこの二人は気の置けない相手らしく、漫才のようなやり取りをおかしそうに見守っている。


 さらにヴァルターがやってきた。

 恭しくハルの眼前に純銀の盆を差し出す。

 ユディの「書き換え」の魔法で作った、「新魔術配合 強力のど飴」のオレンジ色の箱がその上にちょこんと載っていた。


 ハルは箱から飴を取り出し、一つ口に含む。  

 そして、仮面を外した。


 凛とした強さを宿した星色の瞳が、一同を静かに見渡す。   

 黄金の髪が光をはらんで輝き、彫刻のように美しい顔を縁取っている。


 相変わらずの美形っぷりに、その場は一気に騒がしくなる。

 まず沈黙を破ったのは年長のユルゲンだ。

 

「これはこれは、久しぶりに拝謁するご尊顔は麗しい限りですな」

「殿下の顔、普段見れないもんなぁ……。だが、戦場では隠しておいたほうがいいかもしれん。こんなに目立つんじゃあ、良い的になっちまいそうだ」


 そうぼやくグイードにハルはすまして言う。 


「戦場じゃ狙われた方が楽だよ。相手が魔物だろうが敵兵だろうが囮になれればそれに応じた戦法も使える。第一、目の前に来てくれればこっちから倒しにいく手間がはぶける」

「おお、本当にお声の影響がないとは」

「龍の神に感謝しなきゃな。ユディ殿はまったくいい仕事したぜ」


 ハルがユルゲンとグイードの前でのど飴を使ったのは、これが初めてのことなのだ。

 突然話を投げかけられて、ユディは縮こまりそうになってしまうのを我慢するので精一杯だ。


 大人たちに取り囲まれてもハルがいかにも自然体でいることに、ユディは感心してしまう。

 この年頃の少年であれば、いかに取り繕っても大人たちに背伸びして追いつこうとする気負いが見られそうなものだが、ハルにはまったくその様子がなかった。


(ハルって堂々としてて、すごいわ……。わたしも、せめておどおどしないようにしなきゃね……)


「さあ始めようか。皆、席に着いてくれ」


 フェルディナンドが卓の中央に座すと、ほかの面々もそれに続く。

 端っこに座ろうと、皆が席に着くのを待っていたユディのことは、ハルがさっさと自分の横に座らせてしまう。


「皆よく集まってくれた。今宵はユーディス嬢の文官採用試験の合格祝いも兼ねたいと思っていた。得意料理を振る舞ってくれるというので主役なのにご苦労をかけてしまったがな」

「え……陛下、お祝い事って……」


 そうそうたる面子に急に祝われることになって、ユディは胃が捻じれそうになるのを感じた。

 フェルディナンドが目で合図すると、今度はハルが言葉を続ける。


「ここにいる皆の知るとおり、ユディは文官採用試験を優秀な成績で合格した、ドラグニアの未来を背負って立つ人材だ。それに……ぼくの大切な女性ひとでもある。是非、心してほしい」


 鼓動が跳ねた。

 そんなこと、皆の前で宣言するなんて聞いていない。


 完璧に不意打ちされて、ユディは茹でダコのように赤くなって俯くしかできなかった。


「では……ユーディス嬢の文官採用試験合格を祝して、乾杯!」


 国王の発声で乾杯がつつがなく済むと、一同はさっそく唐揚げを口に放り込む。

 フェルディナンドがかっと目を見開いた。


「これは……美味いな! 東方風なのか……? 一風変わっているが、非常に美味だ」

「あ、ありがとうございます」

「陛下、麦酒も一緒にいかがですか。この組み合わせがまた格別ですぞ」

 

 ユルゲンが間髪入れず麦酒を勧める。

 飛竜の塔には、下働きの下男や女官がいない。

 給仕係がいない代わりに、国王や団長自ら杯に酒をなみなみと注いでいる。


 ふと横を見ると、ハルの前にも麦酒の杯が置かれていた。


「ハル、それってお酒?」

「ん? うん。ユディも飲む?」

「わたしは全然飲めないからいい……」


 未成年! と真面目を発揮したくなるが、こちらの世界では「お酒は二十歳から」なんていう決まり事はない。

 それに、ドラグニアの男というのは概して酒に強い。


 ハルも若輩といえどもその例に漏れないようだった。

 ちなみにユディは酒にめっぽう弱いので、果実水をちびちび啜るばかりである。


 しばらくは皆で料理を取り分けることに専念する。

 唐揚げの横に添えたおにぎりにも興味が集まり、ヴァルターは「ユーディスさん、この黒い物体は何でしょう? これも食べられるんですか?」などと不思議そうにしている。


「ところでユディ殿は剣術や体術には興味はないのか?」


 皆が一様に唐揚げに舌鼓を打つ中、騎士団長のグイードに不意に問いかけられ、ユディは困ってしまった。


「興味がないというより、向き不向きというか……。わたしは力も強くないですし。剣術や体術なんて、とても……」

「だが先日は曲者に狙われたと聞いてるぞ。ユディ殿は特殊な能力を持っているのだろう? それを考えるならば自衛の手段はいくつあってもいいんじゃないか?」


 グイードの言葉に、ハルが星色の瞳をこちらに向けた。


「それ、実はぼくも思ってた。ユディのこと怖がらせたくはないけど……。きみの魔法ってすごく貴重だから、これからも狙われるっていうのは十分あり得る話だと思う」

 

 どくんと、不安が胸を打つ。

 ユルゲンとヴァルターも杯を下ろし、ハルに同意を示すように頷いていた。


「もちろんハルトムート殿下がユーディスさんをお守りするでしょうが、先日のフリジアの間者の件もありましたからね。今後、まったくないとは言い切れません」


 ヴァルターの言葉にグイードが勢いづく。


「ってことでだ。明日から騎士団に訓練しに来ないか? うちには女性の騎士もいるからな。簡単な護身術やなんかだったら、教えてやれると思う」

「えええ……! わ、わたし無理です……! 体力ないし、すぐへばっちゃうと思います……!」

「じゃあ体力つけないとね。はい、ユディ。もっと食べて」


 ハルが肉を取り分けて、ユディの皿に勝手に乗せる。

 すると、エプロン姿のグイードが今度は野菜も数種類取り分けて、その横に乗せてくれた。


「ユディ殿はちょっと細すぎるようだな。殿下の言う通り、もう少ししっかり食べたほうがいい。肉を中心に、野菜もちゃんと食べなさい」

「あ、は、はあ……。ありがとうございます」


 騎士団長のお母さん感がすごい。

 どもりながらもお礼を述べるが、この巨体を前にして笑っていいのか困るところだ。 


「魔導師団員としてやっていくのにも体力は必要ですからな。騎士団で少々揉まれるのもよい経験になるかと」


 ユルゲンがなぜかしたり顔で頷いている。


「だから、わたしは魔導師じゃなくって文官になったんですってば!」

「——ユーディス嬢」


 そこに、フェルディナンドの鶴の一声がかかった。

 右手に唐揚げ、左手には麦酒の杯、皿の上にはおにぎりという最強装備である。


「明日は文官の職務は免じる。代わりに、騎士団の詰所に行くこと。いいな」

「へっ、陛下……」


 つまり明日は仕事を休んで騎士団の訓練に参加しろということだ。

 国王直々に命令されたとあっては、もう嫌だとは言えない。


(そんなぁ……。ヴェリエ卿に叱られるわ、絶対)


 唐揚げと麦酒とともに賑やかに更けゆく心地よい晩、ユディの心中だけが明日を思って落ち着かなかった。

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