閑話:今からでも遅くない
遅くなりましたが、総合評価が驚きの10000ptを超えたので(∑(ʘдʘ)!!)、お礼かたがたハル視点の閑話を投稿させていただきます。
たくさんのブクマ、ご評価、ご感想をいただき、本当にありがとうございました!
また、最終話を投稿してから、何名もの方に誤字報告をいただきました。
お恥ずかしい限りですが、非常に助かりました。
皆様のお優しいご指摘に心から感謝申し上げます。
「おい、フェル。それ、本当に着なきゃだめなのか」
王弟専用のきらびやかな騎士団の制服を前にして、ハルはげんなりした様子を隠せないでいた。
それとは対照的に、フェルディナンドは力を込めてもっともらしく頷いてみせる。
「当たり前だろう! 古の騎士の誓いを立てるとなれば、正装して然るべきだ。普段着のまま、ユーディス嬢の前に跪くというのか?」
「別にそれでもいいと思うけど……」
「ならん!」
きっぱりと断言され、ずいっと目の前に制服を差し出される。
弾みで服の胸元にごてごてと付いた装飾がじゃらりと音を立てるのに、ついつい顔を背けてしまう。
明日、ユディは王立学院を去るために、退学届けを提出に行くことになっている。
それに合わせて、ハルは彼女に騎士の誓いを立てる許しを乞おうと考えていた。
だが、大昔の慣習ということで、作法など詳しいことはよくわからない。
兄王たるフェルディナンドに聞いてみようと国王の執務室に来たのはいいが、そこで思いっきり捕まってしまったというわけだ。
「大体お前は飾らなすぎるのだ。ちょっとは外見にも気を使え」
「まあまあ陛下。ハルトムート殿下は着飾らなくても十分見目麗しいですから」
見かねて助け舟を出したのは魔導師団副長のヴァルターだ。
全体的に色素の薄い優麗な青年は、王弟の教育係に任命されてからというもの、どうにも苦労が絶えない。
最近では何かが吹っ切れてきたのか、ハルに対しても言いたいことを口にするようになってきたのは良い傾向と取るべきだろう。
「見た目なんてどうでもいいと思うんだけどな」
そうぼやくハルは、人目を引く黄金色の髪に、静謐な星を思わせる銀色の瞳の持ち主である。
普段は仮面に隠された素顔は、類まれな美貌と言っていい。
だが本人は自らの外見には無頓着そのものだ。
「お前が見目麗しいというのはもちろん認めよう。それこそ何もせずとも、百人いたらその百人全員が振り返ってしまうほどにな。だが、ユーディス嬢こそ城に来てからどんどん美しくなっているではないか」
「おい、ユディのことを変な目で見るなよ」
文句を言いつつも、ハルもそれには気がついていた。
どういうわけだか、ユディは城の女官たちに絶大な人気を誇っている。
仕事が終わって部屋に戻ると、女官たちが入れ代わり立ち代わりやって来て、沐浴を手伝ったり、髪に香油を振ったり、肌に乳香を塗ったりしてくれるらしい。
ユディもユディで、ちょっとでも時間が空いたら彼女たちの仕事を率先して手伝っているし、女官たちとの関係はすこぶる良好そうだ。
ユディに対する女官たちの愛情と毎日のお手入れのおかげなのか、ひっ詰めていたおさげをやめたからなのか、元々艶やかだった彼女の黒髪は今では絹糸のようにさらさらだし、乳白色の肌は透き通るようだ。
青紫色の瞳はいつも好奇心に輝いていて、その薔薇色の唇は甘くて……。
(……まずい。今すぐユディに会いたくなってきた)
仮面があってよかったとハルは思った。
緩んだ口元を見られなくて済む。
「しかしハルトムート殿下の仮面は便利ですな。ユーディスさんのことを考えて緩みきっていたとしても周りにはそうとわかりませんから」
「……当てるなよ、ヴァルター」
がくりとなったハルである。
国王は口元だけで笑いを噛み殺しながら、手元の紙に何事かを書きつけた。
「もしも騎士団の制服で行かないのであれば、この書付を持って衣装係のところへ行ってこい。きっと泣いて喜ぶぞ。お前がこの城に来てから王弟用として何着も衣装を作らせたが、そのほとんどは一切袖を通していないからな」
「嫌だ。城の衣装係なんかに頼んだら、あれこれ寸法を測ったり縫い直したり、すごく大変だろ。ユディに騎士の誓いを申し込むのは明日だぞ……。もういい、わかったよ。このごてごてしたの着てくから」
「よく言った!」
こうしてフェルディナンドに丸め込まれるのも何度目なのかわからない。
ぐったりとしたハルを取りなすようにヴァルターが話題を変える。
「しかし、先日ユーディスさんが解明した禁術は、本当に美しいものでしたな。まさかあのような古代の魔法があるとは想像もしていませんでした」
「色や形を自在に変えられるというのも画期的なものだな。あの大量のハートの光には度肝を抜かれたという者が多くいたらしいが……」
「にやにやしてこっちを見るなよ……」
からかわれているのがわかっている方としては、肩をすくめて見せるしかない。
「しかしハートとは……。ご婦人の好みにからっきし疎そうなハルトムート殿下があのような粋な魔法をここぞという時に披露できたのは奇跡のように思えますな」
「ったく、好き放題言ってないか? あれは、城下町の店で見たんだよ。ハート柄のリボンがいっぱい売ってて、男女の間で贈り物にするんだって」
「なるほど。それでお前はユーディス嬢にそのリボンを買ってあげたというわけだな」
しん……と沈黙が流れる。
ユディに魔法ではハート型は見せたけれど、リボンそのものは買ってあげていないのだ。
黙り込んでしまったハルに、フェルディナンドとヴァルターが信じられないという顔つきで迫る。
「おい……。ハルトムート、まさかとは思うが……」
「買って差し上げたんですよね、殿下? 贈り物にするという意味を聞いておいて、買わなかったなんてこと……」
ハルは頭を抱えた。
「あーもう! そうだよ、買わなかった。あの時は絶対にユディに手を出すもんかって思ってたから、そんなの買っちゃったら想いを告げてるようなもんだろ?」
「その直後に手を出しているではないか。聞き及んでいるぞ、魔導師団の詰所の屋根の上でお前とユーディス嬢が熱い抱擁を……」
「わー! わかったから詳細に説明するのはやめろ!」
ヴァルターはこめかみを押さえた。
ドラグニアの国王とその弟というのは、我が国で最も権威のある、高貴な人々であるはずだ。
なぜこの兄弟が揃うと、どうにもこうにも漫才をしているようにしか見えないのだろうか?
フェルディナンドは大きく咳払いをすると、居住まいを正してハルに向き直った。
その表情は真剣そのものである。
「事情はわかった。だがこの件はそのままにしていい種類のものではない。ご婦人というのはな、細かいことほどよーく覚えているものなのだ。お前があの時ハート柄のリボンを買ってくれなかったという記憶は、十年先までユーディス嬢の頭の片隅に残るだろう」
「そこまでか!? ユディはそんなこと気にしなそう……だけど」
「もちろん、色々なご婦人がいるからな。だが、ユーディス嬢はどのような様子だったのだ? 少しでも、そのリボンを気にするような素振りを見せていなかったか?」
「…………」
ハルの脳裏に、どことなく気落ちした様子のユディの姿が浮かぶ。
あれは、やっぱり期待してくれていたのだろうか。
「想う相手の心には、一片の憂いもないようにしてやれ。となると、方策は一つしかない」
熱の入ったフェルディナンドの言葉に、ハルは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「今すぐ城下町のその店に行って、当該のリボンというのを買ってくるのだ」
「…………そうしたほうがいいのか?」
「もちろんだ。もしもユーディス嬢を気に病ませていたのだったら、痛恨の失態を挽回できる。気にしていなかったとしても、純粋な贈り物として彼女を幸せな気分にしてやれる。良いこと尽くめだ」
助けを求めてヴァルターを振り仰ぐと、こちらも神妙な顔つきで頷いた。
「私はご婦人に詳しくありませんが……。陛下の仰る通りにしたほうがよろしいかと。ユーディスさんはそのような些事は気にしないと思われるかもしれませんが、彼女の記憶力は並大抵ではありませんからね。リボンのことも今後ずっと覚えているかもしれません」
「それは嫌だ……」
がしがしと頭を掻くハルに、国王が別の書付を渡す。
「今からでも遅くはない。よし、これを持って出納係のところへ行け。今回ばかりは大きな出費になっても致し方ない。その店にあるハート柄のリボンをすべて買い占めてこい!」
「……なんかそれもユディにばれたら怒られそうな気がするな」
当たり前です! という言葉を何とか飲み込むことに成功したヴァルターは、目の前の高貴な人々に気づかれぬよう、細く長い息を吐いたのだった。
※
そして今。
騎士の誓いを終え、ハルとともに城へ戻ろうとするユディの手には、ハート柄のリボンがしっかりと握りしめられていた。
王立学院の裏庭を通り、出口に向けて並んで歩き出す。
「なんだか、ハルにはプレゼントをもらってばかりみたいね」
「そうかな?」
十年先までリボンを買わなかったことを覚えているだろうとフェルディナンドに脅されて慌てて店に戻ったということは、もちろん言うつもりはない。
「その制服姿にも驚いたけど……」
「この服、派手過ぎやしない? 正直恥ずかしいよ」
じゃらじゃらした紐状の装飾を嫌そうに手で摘んでいると、ユディはとんでもないとばかりに首を振る。
「確かにきらびやかだけど、十分着こなしてるわよ」
我ながら単純だと思うのだが、にこにこしながらユディに褒められると、そうかなあという気分になってしまう。
「それに、わざわざ今日のために着てきてくれたんだなぁって、その気持ちが嬉しいもの」
「……そっか」
フェルディナンドに丸め込まれたという気持ちが強かったが、これで正解だったらしい。
気づかれぬよう、そっと胸を撫で下ろした。
「ここ最近で一生分のハートに囲まれちゃったみたい」
照れながら微笑むユディを見ていたら、自然と身体が前に出た。
「ちょ……ハル? 近いわよ」
「だって抱きしめたいから」
「だ、駄目よ。そんなしょっちゅう……」
もごもごと口の中で何事かを呟くユディだが、ハルは意に介さない。
こっちは隙さえあれば彼女にくっつこうとしているのだから当たり前だ。
「も、もう! 駄目だってば! こんなところ人が通るかもしれないし……!」
そろそろ裏庭を抜けようとしていた二人である。
真っ赤な顔でいやいやと首を振られて、さすがに諦める。
水が上から下に流れるように、自然にユディのほうに身体が引き寄せられていくのだ……と言っても信じてもらえないだろう。
「はい」
「?」
唐突に、目の前に小指を出される。
「何?」
「えっと……小指を繋がない?」
なんで小指? と思いつつも、ユディのほうから歩み寄って来てくれたのだからには断る道理はない。
細い指に自らのそれをそっと絡ませる。
指先がなんとなくこそばゆい。
接している部分はほんのわずかなのに、全神経が手の先に集中してしまう。
「ユディこれ……余計恥ずかしくない?」
「そ、そうかも……」
堂々と手を繋ぐのはまだ恥ずかしい。
けれど、少しだけでも触れていたい。
きっとそんな気持ちから小指を繋ごうと言ってきたのだろうが、実際にやってみると一点集中の親密さだ。
ユディは赤い顔をしたまま「逆効果よね」などと呟いている。
むずむずする指先から愛しい少女の熱を感じつつ、まあいいか、とハルは思った。
そのうち、手を取り合うのがもっと自然になる日が来るはずだ。
二人の日々は、まだ始まったばかりなのだから……。
全4話程度の後日談を現在執筆中ですので、近日中に投稿します(ユディが騎士団に出向く話)。
ぜひ読んでいただけたら嬉しいです!




