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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.4 < chapter.7 >

 何もできず、誰も救えず、無力な己を呪って堕ちた神。

 闇に呑まれたフツヌシは、それでも最後まで、己の心を失うことは無かった。

 誰も殺さず、自分以外の何物も呪わず、フツヌシは必死に破壊衝動を抑え、タケミカヅチを待った。落ちた己に引導を渡してくれるのは、相方であるタケミカヅチ以外にはないと信じていたからだ。

 けれども、タケミカヅチはフツヌシを殺さなかった。それどころか――。

「フッ君……ごめん。ごめんねフッ君……俺には、フッ君は斬れないよ……」

 剣を投げ捨て、タケミカヅチは泣き崩れた。

 フツヌシは、ただそれを眺めていた。いや、正確には、それはもうフツヌシとは呼べない存在だった。全身が墨色に染まり、言葉を失い、かろうじて残った理性で、殺される瞬間をじっと待ち続けるだけの闇堕ち。それだけの存在に成り下がっていたフツヌシには、己に向けられた感情を、神代から育み続けた友情を受け止めることができなかった。

 フツヌシが理性を捨てずにいられたのは、『自分が死ねば誰も殺さずに済む』という、最後の希望があったからだ。けれども、望みは絶たれた。フツヌシの心は絶望に呑まれ、残されたわずかな理性は崩壊した。


 必死に抑えていた破壊衝動が爆発。フツヌシはタケミカヅチに襲い掛かる。


 タケミカヅチは抵抗しない。闇に堕ちた大和の神々を、片端から斬り捨てた後だ。義務感だけでどうにか成し遂げた同族狩りに、心はすっかり折れている。もう、抵抗するだけの気力も残されていなかった。

 無抵抗に殴られながら、タケミカヅチは『幽世』へのゲートを構築した。

 どこの世界からも隔絶された世界で、最後に残った唯一無二の友と、永遠の時を過ごすために。


 違う。

 こんなことは望んでいない。

 君は生き残った人々のために、たった一人でも『大和の神』であり続けるべきだ。


 フツヌシの気持ちは届かなかった。もう何を喋ろうとしても、醜い獣の咆哮にしかならなかったのだ。

 流す涙の意味すら伝わらぬまま、二人は幽世に堕ちた。

 一片の光も差さぬ隔絶された世界。

 そこではただ、終わらない暴力だけが繰り広げられた。


 殴りたくなんか無いのに。

 傷つけたくなんか無いのに。

 体が勝手に動く。

 破壊衝動を止められない。

 もう嫌だ。

 やめてくれ。

 殴られているのをやめてくれ。

 抵抗して、反撃して、僕を止めてくれ。

 僕の息の根を止めてくれ。

 君にはそれができるのに。

 君にしか、それはできないのに――。




 光が収束すると、戦いの痕跡は一切合切消えていた。

 停止していた世界は何事もなかったかのように動き出し、モンスター化した生き物たちも、本来あるべき姿で、元いた場所に戻されている。

 いつの間にか、英霊たちの姿も消えていた。創造主が俺の術を強制解除したらしい。


 何もかもが元通りに復元された砂浜。

 けれども時間は、ほんの少しだけ先に進められている。

 浜辺には大勢の人々が集まり、静かに夜明けを待っていた。


 白み始めた空。荒々しくも、どこか優しさを感じさせる潮騒。

 ピィンと張りつめた朝の空気は、言葉にはできない、不思議な静謐さを以って世界を包み込む。

 いつも通りの正月の、初日の出を待つ光景。

 その中に二つ、絶対にありえないモノが転がっている。

「……フッ君、アレ……」

「うん……」

 俺たちは頷き合い、『それ』のほうへと歩み寄る。

 砂浜に横たわっていたモノ。それは完全な姿に修復された、並行世界の俺たちだった。

 穏やかな顔で眠る二柱の神には、揃いの装束が着せられている。けれどもそれは、武神・軍神の装束ではない。本来ならばアマテラスとツクヨミが纏うべき、太陽と月の紋が染め抜かれた着物である。

「……創造主よ。この二人を、元の世界に戻されるのですか?」

「向こうにはもう、大和の神はいないんですよね? そんなところに戻しても、僕たちの能力じゃあ……」

「アマテラスとツクヨミの代わりは務まりません。それでも、元の世界に……?」

 創造主は答えない。

 分かり切った問いには、答える必要がないということなのだろう。

 確かに俺も、他所の世界のことなど知った事ではないと思っている。この二人がどんな不幸に見舞われようと、国の立て直しに失敗して再び闇に呑まれようと、こちらの世界には一切関係ない。アマビエが構築した亜空間ゲートのような、極めて稀なイレギュラー事案が発生しない限り、『可能性の世界』は交わることなく時を進めていくものなのだ。

 こちらの世界の歴史では、この件はここで終わる。並行世界なんて、もともと存在しないも同然。何も見なかったことにして、俺たちは俺たちの世界で、自分たちの氏子を守り続けていけばいい。

 そう、それだけを愚直に続けていれば、十分すぎるほど幸せな時間を送れるはずで――。


 それなのに、なぜだろう。

 ふと気が付くと、俺の身体は勝手に動いていた。

 海に向かって走り、両手で水を掬い取る。

 そしてその手を頭上に掲げた。


 昇る朝日。

 人々の口から自然とこぼれる、感嘆と歓声。

 喜びの拍手はくしゅも祈りの柏手かしわでも、どちらも結局同じこと。『正』の感情が込めて手を打てば、その音は鏑矢同様、魔と闇を退ける穢れ祓いの力を持つ。

 朝日に照らされ、人間たちの拍手に清められ、手の中の水はキラキラと、金色の光を放ちはじめた。

 朝一番に汲んだ水は若水と呼ばれ、非常に高い霊力を持つ。朝の煮炊きを始める前に、まず神棚の水を変えるのはそのためだ。それが『その年一番に汲まれた水』ならば、霊力はなお高くなる。

 俺はその水を、並行世界の二人に飲ませようとした。

 これから二人は、地獄のような未来に立ち向かわねばならない。そしてそれは、おそらく失敗する。二人に課せられた使命は、『滅びゆく国の後始末』だ。既に壊滅状態にある国を、二人の力で立て直すことなど不可能である。創造主が何も答えてくれないことが、俺の予想が正しいことを裏付けている。

 若水の霊力など、気休め程度のモノかもしれない。けれどもこれが、こちらの世界の俺にできる、せめてもの餞だと思った。

「……起きろ。起きてくれ。頼む、二人とも……」

「おーい、起きて? ねえ、起きてってばぁ……」

 フツヌシが肩を揺さぶると、二人は目を覚ました。

 自分たちの置かれた状況がよく分かっていないのか、二人は寝ぼけたような顔で俺たちを見ている。

「さあ、飲め。若水だ」

「一口でいいから、飲んでみてよ。きっと元気になるよ」

 わけも分からず、言われるままに水を飲む二人。

 と、ちょうどその時だった。

 太陽が水平線から昇り切り、完全な姿を見せた。

 ほんの一瞬、黄金色に輝く太平洋。


 その瞬間、世界が光で満たされた。


「な……これは……?」

「え、ちょ……みんな!?」

 海から、山から、木々から、岩から、池から、湖から――ありとあらゆる場所から、その土地の神々の『祝福の光』が送られてくる。

 光は並行世界の二人を包み、彼らに力を分け与えていく。いや、それどころか、押し寄せる膨大な光によって、彼らの神格はぐんぐん引き上げられていき――。

「どういうことだ? なぜ、これほどの光が……?」

「これ、大和神族だけじゃなくない? ほら、あれ!」

「あ!」

 優美な羽衣を纏った天女、吉祥獣、明王の旗を掲げた童子たちも祝福の光を届けに来てくれている。神社のみならず、日本中の寺院もこの二人に力を分け与えてくれるようだ。

「……なにゆえに……?」

「マジでどーして?」

 全力で首をかしげる俺たちに、玉依姫からの念話が入った。

(タケぽんフッ君! 創造主から話は聞いたわ! 私ね、アマビエのせいで並行世界の日本が壊滅してるって、みんなに伝えてみたの。そうしたらもう、みんな一も二もなく協力してくれて! すごくない!? 日本全国よ!?)

「あ、ああ、確かにすごいが……こんなにたくさん力を分けて、各地の守護は大丈夫なのか? この光の量は、小規模集落で集められる『信仰心』の総量を越えている気がするのだが……?」

(はあっ!? 何言ってんの! 妙なブーストかけたのアンタでしょうが! ちっちゃい社や祠なんて、処理しきれない余剰エネルギーが出ちゃってんだからね!?)

「ん? どういうことだ? 俺がブーストをかけた……??」

(さっきその子たちに何かしてたでしょ!? 何したのよ!)

「何……って、若水を飲ませただけだが? 鹿島神宮は夜明けを象徴する『ひたちのくにのいちのみや』だ。その祭神が手ずから汲んだ若水なら、それなりの霊力を込めることができると考えたのだが……?」

「初日の出パワーと、地元住民の柏手と歓声もプラスされてるよね! けっこう効いたっぽくない?」

(ぽいじゃなくて、効きすぎ! その『若水ブースト』のせいで、日本全体がもれなく霊力アップしちゃったの! 一番遠い沖縄でも70%アップ! 全国平均120%上昇! 現場に近いその辺なんて、当社比2750%アップよ!? どこのクソゲーよこの数値! 霊的防御力上げすぎじゃない!?)

「そ、そんなに上がってしまったか……?」

「あっちゃ~。タケぽん、またやっちゃった系?」

(あとで調整するのこっちなんだから、勘弁してよね! それに土地の霊力だけじゃなくて、国民の霊的防御力も馬鹿みたいに跳ね上がってるわ。在日中国人と在日韓国人、アイヌ民族血統は上昇率ゼロだけど、それ以外はだいたい500%アップ。その他外国人と神道にノータッチの人でも、50%くらいは上がってる感じね)

「ふむ? やはり、中韓とアイヌは上がらんか」

「しょうがないね。僕ら二人とも、蝦夷地と外地は守護圏外だし」

「ストレートに敵視されているしな」

「サムライと日本軍と天皇家の守護神だもんねぇ?」

 あはは~、と笑い合う俺たちの隣で、並行世界の二人は、なにやらぎこちない会話を交わしている。あれだけ殴ったり殴られたり貪り食ったりしていれば、気まずい空気になるのも、分からなくはないが――。

「その……すまない。俺が、止めを刺してやれなかったばかりに……」

「こっちこそ、ごめん。大変なコト、全部タケぽんに背負わせようとして……」

「ええと……それで、その……」

「あの……えっと……」

 言いたいことも、言わねばならないことも山とあるのだろう。何をどこから話せばよいか、といった様子で、互いにモジモジしていて話が進まない。

 埒の開かないやり取りに業を煮やし、俺とフツヌシは顔を見合わせ、大きく頷き合った。

 そして並行世界の相方に跳びかかり、二人を砂浜に押し倒す。

「うわっ!?」

「な、何を……!」

「そっちの世界の事情など、俺は微塵も知らん! だが、どこの世界のフッ君だろうと、俺の気持ちは変わらんぞ!」

「面倒なハナシは無し! 僕、そういうのキャラじゃないしさ! そっちの世界の僕の代わりに、僕が勝手に言っちゃうよ!」

「好きだ! 何があっても、俺はフッ君のことが大好きだぞ!」

「嫌いになってくれって土下座されたって、絶対にお断り! 僕はタケぽんが大好きなんだから!」

「済んだことは忘れろ! グダグダ言っても何も始まらん! お前は俺の相方だ! 俺の隣に立って、ちゃんと前を向いていろ!」

「僕とタケぽんは、今も、今までも、これからも! ず~っと仲良しなんだよ! それでいいじゃない!」

「分かったか?」

「オッケー?」

 泣き笑いのような顔で頷く二人を、俺たちはギュッと強く抱きしめた。

 それから二人を立たせ、背中を押す。

 二人はわずかに躊躇したが、やがて引かれ合うように足を踏み出し、互いの身体に手を伸ばす。 

 絡み合うように抱き合って、相手の肩に顔を埋める。

 押し殺しきれない嗚咽。

 時折ポタポタと、砂に涙の雫が落ちる。

 このまま、これまでのすべてを涙に変えて、綺麗さっぱり洗い流してしまえばいい。俺とフツヌシの友情は紀元前から続く超ヴィンテージ物だ。余計な言葉を交わさずとも、互いの気持ちはよく分かっている。


 ――と、思っていたのだが。


「……うん? ……ええと……? これは、どういう……?」

 俺はフツヌシの脇腹を肘で突っつく。

「なあ、フッ君? なんであの二人、キスしているんだ?」

 俺の疑問に、フツヌシも声を抑えて、囁くような音量で問い返してきた。

「タケぽん、BLコミックの守護神とか兼任してたっけ?」

「してない。まったく全然これっぽっちもやってない。BLスマホゲームの守護神はお前のほうだろう?」

「イヤイヤ、僕がやってるのはガチャ運向上祈願だけだよ。シナリオのほうはノータッチだって!」

「あっちの世界の俺たちは、友情カテゴリーの『相方』ではないのか……?」

「ワカラナイ。本当になにもワカラナイ。何なのアレ、めっちゃ舌絡めてるし。熟女AVでしか見たことないよ、あんなに糸引くねっとりディープキス……」

「うぅ~む……? あれは、どちらが『アーッ!』と言わされるほうだ……?」

「タケぽんでしょ?」

「いやお前だろ」

「そんな目で僕を?」

「馬鹿を言うな。金の全身タイツでゴールデン・ガス・ファイアする男を抱く趣味はないぞ」

「僕も、タケぽんのお尻にゲーミングゴッドジョイスティックを捻じ込むつもりはないなぁ……?」

「何をどのようにすれば、そのような関係に……?」

「本気で分からない。何なのあの子たち。これってもうホラーじゃない……?」

「俺たちは一体、何の背中を押してしまったのか……?」

 そんな馬鹿な? という面持ちで互いの顔や身体をペタペタ触ってみるが、恋のトキメキも情熱も、何一つ沸き起こってこなかった。

 頭の中に響くのは、玉依姫の大爆笑である。

 いや、そんなに笑わないでもらいたい。俺たちは今、真面目に困惑している。

「分からん……お前の何が良いんだ?」

「タケぽんの魅力が分からない。まったくと言っていいほど分からない」

「さっき大好きとか言っていたのは何だったんだ?」

「そっちこそ、気持ちは変わらないとか言ってたのは何なの?」

「なにやら騙された気分だ」

「うん。何て言うか……結婚詐欺にでも遭ったみたいな?」

「ガッカリ感が半端じゃない」

「ホントそれ」

 俺たちは、いったい何にガッカリしているのか。

 これ以上ないほどモヤモヤした気持ちでフツヌシの尻を揉んで首を傾げている間に、並行世界の二人の姿は、静かに、ゆっくりと薄れていった。

 完全に姿が消える直前、二人は俺たちに向かって何かを投げた。反射的に受け取って視線を戻したときには、二人の姿は既にない。元の世界に戻されたのだろう。

「……終わったか……」

「そう……みたいだね……?」

(ねえ、今の、なに受け取ったの?)

「うん? ああ、これは……」

「ええと……?」

 玉依姫の問いに答えようと、握った手を開いた。

 だが、俺もフツヌシも、それが何か答えられなかった。

(どうかしたの?)

「いや……これは、なんだ? 鱗のようだが……?」

「こっちは、なんかの骨っぽいけども……?」

 何かの断片に飾り紐をつけ、ペンダントに加工してある。だが、一体何の断片か分からない。魚類や爬虫類の鱗とも違うし、地球上のどんな動物の骨とも違う。

 俺たちは互いの手の中の断片をしげしげと眺め、それから同時にハッとした。


 これは、アマビエの死骸の一部だ。


「あいつら、あんな状態でも……!」

「元凶は討伐できてたんだ! てゆーか、どっちが仕留めたんだろうね!?」

「フツヌシのほうではないか? 俺の能力は穢れ祓いに特化している。ただ強いだけの物の怪には、俺の攻撃は効きづらい。さっきだって、英霊の力を借りてようやくだっただろう?」

「いやぁ、それ言ったら僕だって似たようなモンだけども……?」

「闇堕ち状態なら? 闇の力を使えば、アマビエ程度の物の怪は簡単に仕留められるのではないか?」

「え? あ、そっか。あっちの僕、けっこう早い段階で堕ちてたんだっけ?」

「それでも誰も呪わず、殺さず、だ。まったく、いったいどんな精神力で耐えていたのだろうな……」

「すごいよねー、あっちの僕。こっちの僕には無理かもなぁ~?」

「だろうな」

「うわ、ひっど!」

「事実を述べたまでだが?」

「反論の余地がねえ。ってかさ、こっちのタケぽんだったら、泣きながら剣を投げ捨てるとか、マジありえないよね」

「ああ。死なばもろともだ。たとえ相手がお前でも、刺し違える覚悟で突き進むのみ」

「強い。ヤバい。マジパネェ」

「フッ……そんなに褒めるな。今更だぞ?」

「そのクソみてえな自信が最高すぎる。さすがは茨城ヤンキーの親玉。誰も褒めてねえよバーカ!」

「はは~ん? さてはツンデレというヤツだな?」

「え、そのポジティブ思考はどこから? いくらなんでも凄すぎじゃない?」

「お褒めにあずかり光栄です! 今度千葉県に、お礼の鹿さん放逐しますね! 山と畑が丸裸になる前に、勝手につかまえて食べてください! とってもヘルシーで美味しいお肉ですよ!」

「農業害獣なんていらねーよ! ホントーにクソだなオメエは! 成田空港経由でアフリカマイマイ送り付けんぞ!?」

「あっはっは! 外来種地獄は利根川水系だけで十分だ! いらん!」

 互いの背中をバッシバッシと引っ叩き、こちらの世界の俺たちは、俺たちなりの関係を確認し合った。

 俺たちは神話の時代からずっと、ずっとずっと、ずぅ~っと、本当に嫌になるほどずうぅ~っと、こんな感じでやっている。この先何があろうと、この関係を変えるつもりはない。

 俺たちのやり取りを見て、昔馴染みの玉依姫が「馬鹿ねぇ!」とのコメントを寄せる。それに対し、フツヌシは甘ったれた声で、「タケぽんはともかく、僕は違うでしょぉ~?」と、いつものセリフを返している。

 お約束の流れで、俺はフツヌシの後頭部を『スパーンッ!』と平手打ちした。

 これでいい。

 そう、これでいいのだ。

 今のこの関係がベストで、これ以上もこれ以下も、これ以外の関係も無い。

 対人関係に変化が無いことを『停滞』や『斜陽』と言い表す人間もいるが、時代が変わり続ける中で変わらずにあり続けるには、それなりの努力を要する。進もうとする川の流れに逆らって、四六時中、全身全霊で泳ぎ続けているようなものなのだ。

 『世界』という大河は途方もなく巨大で、源流も対岸も目視できない。どこからかやってきた大量の水に押し流され、どこへとも知れぬ終着点へと強制的に運ばれてしまう。ほんのわずかでも力を抜けば、誰かとつないだ手はあっけなく解かれて、両者の運命は二度と交わることが無い。

 友情は偉大だが、世界に比べればちっぽけな関係だ。守る努力を怠れば、あっという間に崩壊してしまう。

 だから、俺は絶対に手放さない。

 この関係を、この国を、ほんの一瞬でも結ばれた絆を。

 手の中のアマビエの鱗を、ギュッと握りしめる。この鱗には、並行世界の自分の、御礼と誓いの言葉が込められていた。


「ありがとう。もう二度と、何一つ諦めない」


 受け取った瞬間に再生された、一度きりの、たったそれだけのメッセージ。フツヌシが受け取った骨片にも、きっと、何かが吹き込まれていたに違いない。どんなメッセージか知りたい気もしたが、聞かないことにした。彼らはそれを口にしなかった。『本人』以外の誰にも聞かれたくない、ということだろう。

 俺は頭を振って気持ちを切り替える。

 終わったのだ。

 アマビエによる企みとそれに付随する災厄は、なにもかもが終了した。

 今日から始まる新しい年を、去年よりもっと、ずっと、より良い一年にするために。俺たちはまた、せわしない日常業務に戻らねばならない。

「さて、そろそろ行こうか? 非常に面倒臭いが、一連の事態を報告しなくてはな」

「ま、僕のほうは報告っていうより、ダメ出しされて終わりそうだけどねぇ……?」

 そう言って、フツヌシはバツが悪そうな顔で笑った。

 並行世界あちらもこちらも、香取神宮の警備の隙を衝かれたことから事態が悪化した。『フツヌシからフツヌシへ』のメッセージは、よほど痛いところを突く内容だったのだろう。

 凹み気味な相方の髪をワシャワシャと乱暴に掻き回し、肩を並べて歩き出す。

 玉依姫に別れを告げ、俺たちは伊勢へと向かった。


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