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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.4 < chapter.6 >

 開戦から三十分が経過し、アマビエは完全に動かなくなった。

 突き刺さった矢の総数、二百十三本。体長五十センチの小さな物の怪は、もはやウニかハリセンボンのような外見である。

「撃ち方、やめ!」

 ピタリと音の止んだ海に、アマビエが波間に漂う、チャプチャプという音だけが響く。

 俺はスイッと空を飛び、アマビエの前へと移動した。

「死んだか? 死に損なったか?」

 俺の問いに、アマビエは足先をわずかに動かした。どうやら、まだ命はあるらしい。

 力はとうに底を尽きている。これ以上の抵抗は無いと判断し、俺はアマビエの額に触れた。

「何か言いたいことは?」

(……死にたくない……死にたくないよぉ……)

「人間たちもそう思っていた。だが、貴様のくだらない野望のせいで何人も死んだ。自分が何をしたか、まだ分からないのか?」

(……ゴメンナサイ……ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……)

「それは何に対する謝罪だ?」

(……反省しています。だから、見逃してください……)

「ほう? なるほどなぁ? 犠牲者への謝罪ではなく、俺への命乞いの言葉というワケか。貴様は、本当に救いようのないクズだな……」

 俺はアマビエを拾い上げ、真上に放り投げた。全力で、天高く、雲にも届くほどの高さまで。


 するとアマビエの体に、何の前触れもなく雷が落とされた。


 俺が落としたわけではない。これは創造主の『裁きの雷』である。人の世のルールで裁けぬ罪人、地上の神の権限が及ばぬ存在に対しては、こうして創造主直々に処罰を下すことがある。

 俺がアマビエを放り投げた理由は後者だ。この物の怪は亜空間ゲートを開き、並行世界の神をこちらの世界に連れ出してしまった。事がこの世界ひとつに収まらない以上、俺一人の権限では処遇を決められない。

 さて、創造主はどのような罰を下しただろうか。

 雷撃を受けたアマビエは、ユラユラ、フワフワと、まるで空気の詰まった紙風船ように、ゆっくりと俺の手に舞い降りる。


 全身に突き刺さっていた矢が残らず消滅し、怪我が治っている。

 身体の大きさは七~八センチほど。手のひらに難なく収まるハムスターサイズだ。

 まん丸な目をパチパチさせながら、あどけない顔で俺を見つめている。


「……アマビエ。おぬしは自分が何者か、覚えておるか?」

「?」

 アマビエは小さな体を目一杯傾けて、「わからない」と意思表示した。見た目だけでなく、中身も赤ん坊に戻されているらしい。

「自分の名前がアマビエであることは、分かるか?」

「?」

「アマビエ。それがお前の名前だ」

「! ♪ ♪ ♪」

 手のひらの上でピョコピョコ飛び跳ねている。名前を呼ばれて嬉しいらしい。

 念のため、額に触れて思考を読んでみた。

「……ふむ……?」

 やはりこのアマビエからは、『裁きの雷』に打たれる以前の、すべての記憶が失われている。そして困ったことに、生まれて初めて目にした神、つまり俺を、自分の飼い主と認識していた。

「……創造主よ、本気ですか?」

 天に向かって問いかけてみれば、タイミングよく、キラリと一条の流れ星。創造主がそう言うのならば仕方がない。俺はアマビエのヒレに、神鹿に着けているのと同じ識別タグをつけてやった。

「絶対に外すなよ。これが無いと、おぬしのような物の怪は鹿島神宮うちに入れんからな」

「! !」

 ウンウンと頷くアマビエ。俺の言葉はきちんと理解できているようだ。

 この物の怪は詐欺師たちの口上を見聞きして応用し、我流魔法で亜空間ゲートを構築してみせた。学習能力は非常に高い。育ち方さえ間違えていなければ、人々が信じた通り、『疫病を退ける霊獣』に昇格していたはずだ。


 本来あるべき姿に戻せ。


 創造主の声なき声は、たしかにそう告げている。

「やれやれ……責任重大だな……」

 アマビエを肩に乗せ、俺は英霊たちに武装解除と帰還を命じた。

「皆、よく戦ってくれた。ありがとう!」

 ザッ、と小気味よく響く衣擦れの音。俺が敬礼を返すと、次の瞬間には、もう英霊たちの姿は無い。

 任務完了ミッションコンプリート。この後は伊勢に向かい、アマテラスの前で一連の経緯を説明し、アマビエを『鹿島神宮うちの子』として登録しなければならない。

 フツヌシと俺の『役場の職員風コスプレ』も、あながち間違ってはいない。伊勢は日本の神にとって、諸々の公的手続きを行う官公庁のような場所なのだ。物の怪や霊獣を己の眷属とした際には、色々と面倒な登録を済ませる必要がある。一体何十枚書類を書かせるんだ、と思いながらもシステムを簡略化しないのは、やはり日本人特有の病だ。神も人間も、大量の書類で『やっている感』を演出するのが大好きなのだ。

「さて、フツヌシのほうは……と……」

 あいつのことだ。なんだかんだ苦戦しつつも、表面上はヘラヘラしながら戦い続けているだろう。

 そう思って意識を向けて、俺はとんでもない現場を目にした。


 砂浜に置き去りにした並行世界のタケミカヅチ。

 その身体を、並行世界のフツヌシが貪り食っている。


「……は?」

 二人の真上には、俺と全く同じ表情をしたフツヌシが浮いていた。

「フッ君!? なにがどうしてそうなった!?」

 念話で呼びかけると、フツヌシは困惑も露わに返事をくれた。

「え~と、あのあと空中戦になって、しばらくやり合ってたら、敵が急に砂浜に降りちゃって。え、なんで? って思ってるうちに、なんかムシャムシャモリモリ食い始めてて。つーかさ、なんでこんなところにタケぽんのバラバラ死体が落ちてんの?」

「あー、いや、それはな……もう無害化されたから、トドメは後でいいかな~、と思って放置してだな……」

「ま・た・お・ま・え・か!」

「すまん、俺の美少女フェイスに免じて許せ!」

「オーケー、許す! で、これ、どうする?」

「どう、って……止めてくれないのか? な? 相方が食われてるんだぞ?」

「う~ん……獣神形態のタケぽんって、鹿肉味なの? 人肉味なの? その辺気になっちゃって、ちょっとボーっとしちゃってたんだけど……」

「おまっ……ちょ、ま……相方のこと、そういう目で見てたのか!?」

「だってさ、気になるじゃない? お尻が鹿ってことは、ウンコしたら丸いのがポロポロ出るのかな~、とかさぁ……」

アイドルはウンコしないから!」

「あ、そういえばしないか……」

「フッ君しっかりしろ!? 自分とおんなじ顔のヤツが俺のそっくりさん食ってて衝撃受けたのは分かるが! 頼むから、もうちょっとシャンとしようか!?」

「やっぱり僕、ちょっとメンタルやられてる?」

「うん! やられてるな! もうズッタズタにやられてると思う! いったん気合入れ直そう!? なっ!?」

 相方が死んで後追い自殺するのはお前のほうじゃないのか?

 俺は心底そう思った。こんな精神状態のフツヌシを一人にしておくわけにいかない。すぐに合流しなくてはと、俺は宙に跳び上がったのだが――。

「っ!?」

 黒い衝撃波に吹っ飛ばされた。

 俺を狙った攻撃ではない。これは、闇堕ちが放った無差別攻撃だ。

「な……『穢れ』が、また……っ!?」

 大量に吹き出す黒い霧。

 それだけではない。共食いを続ける神の足元からは、粘り気のあるコールタールのような液体と、水晶か氷柱のように結晶化した闇が無尽蔵に生み出されていく。

 高濃度の瘴気に晒され、波打ち際の生き物たちが次々とモンスター化。コールタールのような液体はそんなモンスターたちを呑み込み、溶かし、『穢れ』の発生源、闇堕ちの体内へと戻っていく。

「これは……いったい、なにが……」

 闇堕ちは見る間に大きくなり、姿を変えていった。

 ボコボコと沸き立つように肌が波打ち、フナムシやカニ、貝、その他多くの生物の特徴が顕現していく。吸収したモンスターの元になった生き物から、優れた能力や形状をコピーしているようだ。

 いつの間にか、足元に転がっていた『並行世界のタケミカヅチ』も消えている。モンスターたちと一緒に、まとめて体内に吸収されてしまったらしい。

 変身して強くなろうとしているのなら、その前に攻撃するべきであろう。俺とフツヌシは、同時に鏑矢を放った。

 だが、効かない。

 鏑矢の音をはるかに上回る音量で、闇堕ちは呪いの言葉を叫んでいた。

「チッ……この声があるうちは相殺されてしまうな……」

 では声が途切れたところを、と思うのだが、一向に途切れる気配がない。相手も『神』だ。肉体の無いエネルギー生命体であるため、『呼吸の切れ目』が存在しない。その気になれば、力が尽きるまで何日でも声を上げ続けられる。

「タケぽん、これちょっとヤバくない?」

「そのようだ……フッ君、ひとまずこちらへ。ヤツの注意を陸に向けさせるな」

「うん、そうだね!」

 陸を背にして戦ったのでは、近隣住民が巻き込まれてしまう。俺とフツヌシは太平洋を背に待ち構える。

「あっちが変身し終わる前に、こっちも装備変えとこうか? 氏子たちがイイ感じの戦時特装せんじとくそう考えてくれたんだよね!」

「また何かのコスプレか?」

「当たり前じゃん! 千葉県は撮影スポットだらけだからね! タケぽんの分も一緒に変えちゃっていい?」

「市役所職員よりはマシなヤツで頼むぞ!」

「任せといて! 戦時特装! 《神様戦隊ジングウジャー》!!」

「嫌な予感が!?」

 ボフンッ! と妙な煙を上げつつ、俺たちの装束は変化した。

 神様戦隊ジングウジャーとは、日本の神々をモチーフにした特撮ヒーロー番組だ。ジングウジャーというだけあって、『神宮』の名を持つ神社の力を借り、悪を討伐するという内容である。さすがに歴代天皇を勝手にキャラ化するわけにはいかなかったようで、明治神宮や橿原神宮、宇佐神宮などは登場しない。主人公は熱田君、鹿島君、香取君の三人組で、準レギュラーとして美少女戦士、伊勢照子と氷川月子が登場する。

 主人公三人は顔まで覆うヒーロースーツに変身し、女子二人はお色気枠なのか、妙に露出の多い和服風ミニスカートになる。

 長い付き合いだ。フツヌシの性癖はよく知っている。奴は性別なんか気にしない。いつだって、『よりポップでカワイイほう』を選ぶ。そしてその性癖は、二〇二〇年も一切ブレることがなかった。

「あああああぁぁぁーっ! やっぱりいいいぃぃぃーっ!!」

「ね! やっぱりだよね! やっぱりタケぽん、氷川月子のコスチュームめっちゃ似合ってる!」

「美少女顔で悪かったな! じゃなくて! 防御力! 市役所コスよりスッカスカだぞこの服!」

「大丈夫! 照子と月子は防御特化型能力だよ! 番組視聴者のチビッコたちは、心の底から照子と月子を信じてるんだ! 『信じる力』がそのまま戦時特装の力になるんだから、これ以上の最強武装は無いはずだよ!」

「いいや! ダメだフッ君! 特撮番組の視聴者は、純真無垢な小さなお友達だけではない! 大きなお友達もいる!」

「え? 大きなお友達? あ、一緒に観てる保護者のこと?」

「いや、違う! まったく違うんだ! 大きなお友達は、もっと別の属性の連中だ! あの連中のコミュニティで、月子がどんな扱いを受けているか知らないのか!? 三ページ目には確実に脱がされているんだぞ!? 十八禁エロでなくてもだ! ギャグでもほのぼのでも、あのキャラはとりあえず脱がされている!!」

「三ページ目って何の!?」

「薄い本!」

「ウスイホン……って、ああ! 同人誌? コミケとかで売ってるアレでしょ?」

「そうだ! 大多数の大きなお友達は、月子を『即堕ち淫乱キャラ』と定義している! いろんな意味で肉体的・精神的な防御力が皆無だ!」

「へぇ~、そうなんだぁ~……って、え? それ、マズくない? 想定外だよ? てゆーか、なんでそんなこと知ってるの……??」

「うちの氏子が、ジャンル内一番人気の最大手壁サークルなんだ……っ!」

「神絵師かよ!」

 そう、神の力は信仰の強さで決まる。人々が神を、武器を、防具を『強い』と思えば思うほど、実際の神の力も増していく仕組みになっている。

 現在、うちの氏子の中で最も強い信仰を寄せてくれているのは、自衛官でも警察官でも格闘家でもない。同人漫画家の『エロファント鹿島シ』君だ。神様戦隊ジングウジャーの熱烈なファンで、自分が作品の『聖地』、鹿島神宮の氏子であることを心の底から誇りに思ってくれている。

 つい先日の冬コミで完売御礼を出した彼の新刊は、表紙から裏表紙まで、月子がず~っと下半身を丸出しにしているどエロい乱交本だった。イベント開場からわずか二時間で完売。発行部数は三千部もあったのに、それでも手に入らないファンが大勢出てしまった。既に転売屋がフリマアプリに高額出品を開始しており、買えなかったファンへの救済策として、エロファント鹿島シ君は追加で二千部の増刷を決めている。

 フツヌシのほうは、ピュアな子供たちの、清く正しい信仰心で強力な防御力を得られるかもしれない。だが、こっちは駄目だ。この装束に変身した瞬間から防御力がガタ落ちしている。エロファント鹿島シ君と創作仲間、ファン、SNSフォロワー総計五万六千人の共通認識が、『月子は即堕ち淫乱キャラ』『防御力ゼロ』『存在自体がエロの権化』であるせいだ。

「う、うぅ……なんか……なんかすっごく、変な気分に……この装束のせいなのか!? オタクのエロ妄想が流れ込んでくる……っ! い、いやっ! らめぇっ! ナニコレ意味わかんない! 気持ち悪いのにキモチイイ……!」

「ご、ごめんタケぽん! 戻す! すぐ戻すから! そのアヘ顔、たぶん神社本庁的に完全アウトだわ!」

 皇紀以前からの非常に長~い付き合いである。この程度のドタバタはいつものこと。多少の変顔を見られたくらいで、俺たちの友情にヒビは入らない。

 フツヌシは大慌てで柏手を打ち、二人の装束を市役所職員風に戻す。

 と、その時だった。

「っ!」

「おっとぉ!?」

 敵が動いた。

 すっかり変貌を遂げた闇堕ちフツヌシは、高さ四十メートル強、長さはその三倍以上ありそうな、得体の知れない巨大怪獣と化していた。

 顔はフツヌシとヨコエビと魚類を足して割ったような怪物顔、頭には大きな鹿の角、歪な肩からは左右それぞれ二本ずつ腕が生えている。腹から下はパッと見ムカデのような印象だが、この浜辺にムカデはいない。よく見れば、大量のカニを縦に連結したような形状だと分かる。

 計何対あるのかも分からない大量の脚をワサワサと動かして、巨大怪獣は恐ろしく機敏な動きで突進してきた。

 俺とフツヌシは間一髪、それを回避する。

「フッ君!」

「分かってるって!」

 闘牛士のようにひらりと躱したその後は、こちらが背後を取った形になる。

 俺たちは無防備な背中に向け、己の名を冠した最強魔法、《神明雷剣しんめいらいけん・タケミカヅチ》と《神明祓矢しんめいふっし・フツヌシ》を放った。

 天から降り下ろされる紫電の剣と、地より萌えいずる生命の矢――と言えば格好良いのだが、フツヌシの最強技は、その形状にやや難がある。


 《神明祓矢・フツヌシ》とは、キノコミサイルのことである。


 パステルカラーで水玉模様の茸が大量に出現し、巨大怪獣に向かって発射された。そして着弾と同時に爆発し、穢れ払いの効果がある光と胞子を放出した。

 一部のキノコ類は落雷によって成長が促進されることが知られているが、フツヌシの茸がまさにそれだ。着弾、爆発、胞子の放出と同時に俺の雷を受け、増殖スイッチがオンになる。ドドドドドと地響きのような音が響き、怪獣の背中でメルヘンキノコが量産されていく。

「ギイイイイイィィィィィーッ!?」

 四本の腕を振り回し、背中のキノコを払い落とす怪獣。だが、いくら落としても後から後から生えてくる。

 キノコの養分は穢れや邪念で、放出する光は穢れ払いの効果を持つ。対象の闇の力を残らず使い切るまで、このキノコの増殖は止まらない。対闇堕ち戦では史上最強レベルの攻撃力を誇りながらも、善良な人間たち、ごく普通の動植物にはなんら害を及ぼさない、非常に使い勝手の良い技なのだ。


 あとは全身にキノコが生えるまで、ここで高みの見物を――。


 ほんの一瞬でもそう思った俺たちは、本当に考えが甘かった。

「ボアアアアアァァァァァーッ!!」

 怪獣が上げた野太い雄叫び。

 次の瞬間、背中のキノコが消滅した。

「ウッソ!?」

「何故……って、ああっ! そうか! しまった!」

「どうしたのタケぽん!」

「あいつ、並行世界のフッ君なんだぞ!? 自分の魔法で自滅する神なんかいないじゃないか!」

「あ……あああぁぁぁーっ! 駄目じゃん! 僕の魔法攻撃は効かないってコト!?」

「周囲の瘴気は祓えるようだが、本体のダメージには……来たッ!」

 怪獣の突進を躱し、俺はもう一度雷撃を見舞う。

 だが、俺の攻撃も致命傷には程遠い。あちらの世界の俺を食らい、能力を取り込んでしまったせいだろう。

「クソ! 魔法攻撃は効かんのか!」

「物理攻撃一択!? だったら……戦時特装! 《無銘・大太刀》!!」

「戦時特装! 《コンパウンドボウ》!!」

 俺たちは氏子から奉納された刀と、競技用の弓を装備した。銘のある美術品と違って、これらの武器は実戦や競技会で使用されたものである。勝利の記念と加護への感謝に納められた武器こそ、軍神、武神の力を最大に引き上げてくれる。

「オオオォォォーッ!」

 怪獣の巨大な拳が、フツヌシに向けて振り下ろされた。

 フツヌシはあえて前に出ることでそれを躱し、ムカデのように連なったカニ脚を掻い潜って背面へと回り込む。

 振り向こうとする怪獣。だが、俺がそうさせない。

攘災招福じょうさいしょうふく! 《千万鏑せんばんかぶら》!!」

 怪獣の顔面に向けて、九千九百九十九発の鏑矢を見舞う。

 魔法攻撃が効きづらいとしても、この数を無視することはできない。怪獣は背中のフツヌシに構う余裕をなくした。

「いまだ!」

「オッケー! やあああぁぁぁーっ!」

 得意の超速斬撃が背中に極まる。が、致命傷には至らなかった。

 敵が頭を振ったからだ。

「っ!?」

 直径五メートルはあろうかという巨大な頭に生えているのは、長く立派な牡鹿の角である。枝分かれした複雑な形状の角は、その気になれば戦闘用としても使用可能だ。大きく振り回される角に翻弄され、なかなか深く踏み込めない。

 俺は援護のつもりで雷撃を放つのだが、やはりこの敵には効きが浅い。俺とフツヌシはチマチマと攻撃を続けるしかなかった。

 決定打も打てぬまま、戦闘開始から十五分以上が経過した。元が『自分自身』だけあって、なかなか手強い。俺も幾度となく急所への攻撃を試みたが、その都度四本の腕で阻まれている。

 このままでは埒が明かない。俺とフツヌシはそう思い、近隣の神社、寺、教会に助力を求めた。


 異常に気付いたのはこの時だ。


「……念話が通じない……?」

「ちょ……タケぽん!? 海見て!」

「な……時間停止だと!? いつの間に!?」

 波音が止み、世界のすべては凍り付いたかのように動きを止めていた。

 動いているのは俺とフツヌシと、この怪獣のみ。大和の神々に向けていくら呼び掛けようとも、返事は一つも来なかった。

「嘘でしょ!? これじゃあ、誰の応援も期待できないじゃん……!」

「俺たちだけでカタをつけろということか……?」

 時間停止が発生する理由は主に二つ。


 一つは、並行世界とこちらの世界を『統合』する必要がある場合。

 もう一つは、どちらかの世界を『廃棄』せざるを得ない場合である。


 並行世界とは、すなわち『可能性の世界』である。世界の統合とは、運命が分岐した時点から、その先の事象を『両方受け入れる』こと。逆に廃棄は、どちらかの可能性を捨て、いずれか一方の世界を『運命の主軸』に定めることだ。

 今回はどちらか、正直、俺には区別がつかない。

 あちらの世界は首都東京が壊滅し、日本は国家としての立て直しが利かない状況に陥っている。そんな世界とこちらを『統合』してしまったら、せっかく台風被害を乗り越えたこちらの人間が、いったいどんな酷い目に遭うことか。

 しかし、『廃棄』と考えるのも無理がある。あちらの世界の日本神道は滅んだが、仏教やキリスト教、イスラム教やヒンドゥー教は存続している。世界全体から見れば、たかだか極東の島国一つ。『世界』そのものは存続可能である。あちらの世界を丸ごと廃棄するには、いささか理由が薄弱すぎる。

 ならば、この時間停止は何を目的にしているのか。

 俺とフツヌシは創造主アメノミナカノヌシに問うが、返事はない。


 自分で考えろ、ということのようだ。


「タケぽん! もしかしてこれ、普通に倒したらゲームオーバーなんじゃない!?」

「やはりそう思うか!?」

「殺すだけでいいなら、他の神集めてフルボッコで済むハズじゃん!?」

「ああ! だが、そうできないように時間停止を掛けられてしまった!」

「ということは、つまり……」

 俺とフツヌシは、声を合わせて言った。

「「アレを正気に戻せって!?」」

 それ以外に考えようがない。だが、巨大怪獣と化した闇堕ちを正気に戻す方法などあるのだろうか。

戦闘を継続しながら、俺たちはあらゆる手段を考えた。


 二人がかりでの鏑矢連射。これはある程度効くかもしれないが、決定打とするには心臓を射抜く必要がある。敵は巨大で、矢は小さい。分厚い肉に阻まれて、鏃は心臓まで届かないだろう。

 韴霊剣フツノミタマノツルギによる浄化も、通常攻撃すら極まらないこの状況下では一発必中とはいかない。

 英霊を召喚するとしても、巨大怪獣相手に有効打を入れられそうな戦艦は大和か、武蔵か、金剛か。いずれにせよ、自国の砂浜に向けて砲撃すれば大変なことになる。実弾を伴わない霊的な攻撃なので、家屋や人体を傷つけることは無い。が、当たればもれなく第六感に目覚めてしまう。付近一帯の住民が唐突に霊能力者と化す事態は、なんとしても避けたいところである。


 方法と成功率を一つずつ検証していき、俺たちは一つの結論に辿り着いた。

「ひとつで駄目なら……!」

「全部で攻めろ、だね!」

「《神明雷剣・タケミカヅチ》!」

「《神明祓矢・フツヌシ》!」

 キノコミサイル、再び。今度は狙いをつけずに、全身をデタラメに攻撃する。

 すぐに消されてしまうことは分かっている。俺たちはその前に次の攻撃を始めた。

「「英霊召喚! 源氏武者!」」

 英霊たちには、召喚前に念話であらかたの事情を説明しておいた。呼び出された武者は総勢三千人。怪獣を取り囲むように、ぐるりと円形の陣を成す。

 全員、弓と鏑矢装備である。

「「撃ち方、はじめ!」」

 英霊三千柱による一斉射撃。矢の数に限りは無い。英霊の力が尽きるまでは、際限なく何本でも射ることができる。それらすべてを、俺とフツヌシが言霊で光の矢に変える。

「「篠突く天の言祝ぎの、八百に万の矢に果てよ! 攘災招福じょうさいしょうふく! 《千万鏑せんばんかぶら》!!」」

 光の矢で全方位から射貫かれ、完全な融合状態を保てなくなったのだろう。全身からボロボロと、元は浜辺の生き物だったモンスターたちが零れ落ちはじめた。

「英霊召喚! 青田! 緑川!」

「英霊召喚! 松本! 相葉!」

 それぞれ、自分が抱える英霊の中で最も戦闘能力の高いコンビを召喚した。青田と緑川は関東軍の二刀流剣士、松本と相葉は硫黄島で戦った陸軍士官である。四人は本体から零れた小型モンスターを片端から仕留めて回る。

 しかし、闇堕ちのほうもおとなしくやられているわけではない。

 動き回るたびに、あたりかまわず撒き散らされる瘴気。そして口を大きく開けたかと思うと、喉の奥から真っ黒な炎を吐き出した。

 それはまるで怪獣映画のようだった。

 火炎放射器のごとく、まっすぐ線状に噴射される黒い炎。源氏武者のうち十数名が直撃し、戦線を離脱。こちらも必死に鏑矢とキノコミサイルを撃ち続けるが、真正面からぶつかれば火力で競り負ける。必然的に、包囲網は二十メートル近く後退することになった。

「タケぽん、弾数増やそう! これ以上下がったら四人が取り残される!」

「ああ! キノコミサイル追加発動だ! しかし、いったい何なんだこの攻撃は! フッ君にこんな能力は無いはずだろう!?」

「ごめん、実はある!」

「え、あるの!?」

「YouTubeでオナラに火をつける動画上げてる氏子がいてさ! 『もしかしてゲップも燃えるんじゃね?』って思っちゃって……っ!」

「だからって、それ……やっちゃったのか!?」

「うん! 思いの外燃えたよ! 自分でもビックリ!」

「神のゲップは可燃性ガスだったのか……っ!?」

 俺とフツヌシは概ね似通った能力を有する神だ。ということは、まさか、俺のゲップも燃えるのだろうか。いや、それ以前に、ユーチューバーの真似をする武神ってどうなんだ。しっかりしてくれフツヌシ。おまえはそれでも神か。

 そんな念話を交わしつつ攻撃を継続していると、今度は別パターンの反撃が来た。


 角が光って、ビームが出た。


「何イイイィィィーッ!?」

「聞いてないよそんなのオオオォォォーッ!」

 幸い、狙われたのは俺とフツヌシだ。英霊たちだったら回避しきれず撃破されていただろうが、俺たちは二人がかりで防壁を構築し、何とかこの攻撃を防ぎきる。

「あの角タケぽん要素だよね!? ビームなんて出せたの!?」

「いや無理だから! それにあの角、どうみてもLEDっぽく七色に光ってるぞ!? ゲーミングマウスとかゲーミングパソコン要素はお前由来じゃないのか!?」

「じゃあ僕もビーム出せるのかも!?」

「出せるもんなら出してみやがれ馬鹿野郎!」

「うん、頑張る!」

 言うなり、フツヌシは柏手を打って装束を変え、謎のポーズをキメた。


 一般人には何が良いのか分からない『モテ期 = null』と書かれたTシャツ。

 便意をこらえているかのような、中途半端に身を屈めた中腰姿勢。

 片手は眼鏡のフレームに添え、もう片方の手で天を指差している。


「ヴィクトリィィィーッ! アイ・アム・ウィナアアアァァァーッ! フォォォォーウッ!」

「……え? ナニソレ?」

「あ、これね、うちの氏子がゲームの大会で勝った時のキメポーズなの。まずは雰囲気から出して行こうと思って」

「あ、ああ、そう……」

 これがキメポーズなら、そりゃあモテ期は存在しなかろう。俺は心の底から、フツヌシの氏子が『モテない原因』を自覚することを祈った。

 そして俺が現実逃避した0.3秒の間に、フツヌシは、大和の神々に秘められた無限の可能性に気付いてしまったようだ。

「ハアァッ! そ、そうかっ! タケぽんが月子コスで弱くなっちゃったってコトは、逆も可能ってコトなんじゃないのおおおぉぉぉーっ!?」

「ぎゃ……逆、とは……?」

「オタク男子のエロエロ妄想力は無限大でしょ!? で、月子は脱がされるほうだから弱くなっちゃったワケじゃない? だったら、モブおじさんのほうのコスプレをすれば最強攻めまくりの無敵状態になれるんじゃないのっ!?」

「ちょ、おい、待て待て待て! モブおじさんのコスプレって何だヤメロ! 薄い本の竿役の服装って、どう考えても……っ!」

「よぉぉぉーしっ! 僕、モブおじさんになってビームを撃つよ! 戦時特装! 《モブおじさん》!!」

「うわあああぁぁぁーっ!!」

 事故だ。

 これはもう、神話に語り継がれるレベルの大惨事だ。

 フツヌシが超弩級の摩訶不思議天然パリピピーナッツサーファー星人であることは知っていたが、ゲーミングキーボードの守護神を兼任するようになってから、今まで以上にぶっ飛んでしまった。やはり、氏子から流れ込んでくる諸々の思念や雑念は、神の人格にも影響を及ぼすのだろうか。

 斯くして、フツヌシは全裸になった。しかし安心してほしい。何も穿いてはいないが、虹色の輝きで大切なところはちゃんと隠れている。もう少し、光を発する場所について考えようがあったのでは――などと言ってはいけない。なにしろフツヌシだ。己の名を冠した最強技がパステルカラーのキノコミサイルという時点で、色々とお察し案件である。

「食らええええぇぇぇーっ! ゲーミングゴッドフラァァァーッシュ!!」

 当たり前だが、そんな技は無い。とりあえず何か叫びたかったのだろう。

 具体的にナニがどのようなメカニズムで光っているのかは不明だが、股間のあたりから発せられた虹色のビームは巨大怪獣の左肩に直撃。左胸の一部と肩、二本の左腕を完全消失させることに成功した。

「よし、今だ! 傷口を狙い撃て!」

 俺と源氏武者は一斉に鏑矢を放つ。だが、敵も火炎放射を続けている。放った矢の大半は空中で焼き落とされてしまった。通常、闇堕ちには回復能力がある。グズグズしていれば邪魔な腕が再生してしまうだろう。せっかくの好機を無駄にしないためにも、このまま一気に畳みかけたいところである。

 が、こちらがそう動くことは敵も分かっている。

 再び光る巨大な角。

 視線の先にいるのは源氏武者たちだ。俺は咄嗟に割って入り、彼らの防御に回ったのだが――。

「な……っ!?」

 フェイクだった。

 敵は発射の直前に素早く首を動かし、標的をフツヌシに変える。

「っ!」

 フツヌシは真横に跳んで逃れようとした。

 しかし、その動作はわずかに遅かった。

 致命傷こそ免れたものの、膝下に直撃。フツヌシの足は真っ黒に炭化した。

「く……っ!?」

「次が来るぞ! フッ君、避けろオオオォォォーッ!」

 間髪入れずに放たれた火炎放射。敵は狙いをつけず、四方八方に黒焔を吐き散らしている。大火力の炎に阻まれ、フツヌシの援護に向かえない。

 その上さらに――。

「クソッ! こいつ、まだ撃つ気か……っ!」

 敵の角が、またも発光を始めた。

 助けに向かう猶予もなく、即座に発射される光線。

 最悪の事態が脳裏によぎった、その時だった。

「ハアアアアアァァァァァーッ!」

 ビーム攻撃を真正面から迎え撃つ、もう一筋の閃光。それはフツヌシが放った、『ゲーミングゴッドフラッシュ(暫定呼称)』であった。

 光と光は二者の中間で、まったく互角の力で相殺し合っている。わずかでも制御を誤れば、その瞬間に直撃を食らうことになるだろう。だが裏を返せば、これ以上のチャンスは無い。少しでもプラス要素があれば、力で押し勝つことができる状況である。

「フツヌシを援護する! 総員、撃てえええぇぇぇーっ!」

 俺たちはありったけの鏑矢を射込んでやった。

 けれども敵も、ここが踏ん張りどころと分かっているのだろう。ダメージの小さい鏑矢を完全に無視して、ビーム攻撃だけに集中している。


 敵の力を削ぐことは難しい。

 ならばこちらの光線の威力、それ自体を積み増す方法は無いものか。


 そう考えたとき、俺はあることに気付いた。

 フツヌシの足は、直撃を食らって炭化したように見えていた。けれども実際は、焼け焦げていたのは表面のみ。皮膚の上にあった『薄い膜状のモノ』が、フツヌシの足を完全に守り切っていたのだ。

 ぽろぽろと剥がれ落ちる『薄い膜状のモノ』。それについて、ひとつ、心当たりがある。

「もしやあれは……加藤紗耶香が塗った、あの軟膏か!?」

 神は氏子との強い信頼関係で力を増す。加藤紗耶香はフツヌシの足のただれを見て、心の底から心配し、少しでも良くなればと、手持ちの軟膏を塗り込んだ。そしてフツヌシも、その行いに大いに感動し、深い感謝を抱いていた。

 神が人を、人が神を大切に思う心。そこにあるのは紛れもない信頼関係である。加藤紗耶香の『信じる力』は、見事、フツヌシの身を守り切ってみせた。フツヌシの力を積み増すことができるとしたら、これしかない。

「フッ君! フッ君の足を守ったのは、加藤紗耶香の『信仰心』だ! 氏子のことを思い出せ!」

 俺はそう言いながら、フツヌシに向けてアマビエを掲げてみせた。

 フツヌシはほんの一瞬こちらを見て、ハッとした顔をした。

「……ありがと、タケぽん。そうだった。時間停止中だから誰の応援も期待できないとか……何言ってんだろね、僕ってば。直接声が届かなくたって、僕にはいつだって……」

 アマビエの目撃談を報告してくれたサーファー。

 ヨガダイエットに励むちょいポチャの女性。

 ヒーロー番組が大好きなチビッコたち。

 千葉県ロケのコスプレイヤーたち。

 おなら芸ユーチューバー。

 そして、プロeスポーツ選手のダサTシャツ眼鏡君。

 ことあるごとに参詣し、日々の何気ない暮らしぶりを報告してくれる彼らは、心の底からフツヌシに信頼と信仰心を寄せている。彼らにとって『参詣』とは、離れて暮らす家族との再会に近い。祈りの時間、場所、その対象に、疑いようのない親愛の情を以って臨んでいる。神徳のみを当てにした、一方的な神頼みとは違うのだ。


 祈りの言葉に込められた愛。


 それは神にとって、どんなことがあっても決して奪うことのできない、最強にして最大の力となる。

「ねえ、もう一人の僕!? そっちの世界がどんな大惨事だったか知らないけど、これ以上好きにはさせないよ! だって僕には! 守るべきものが! あるんだからあああああぁぁぁぁぁーっ!!」

 まるで爆発するかの如く、急激に輝きを増すフツヌシの光線。

 光の発生源が股間でなければ、もっと感動的なシーンであっただろう。ああ、フツヌシよ、ナニユエおまえは全裸なのか。ピンクのマッシュルームカットの全裸男が、股間から虹色の光を放つクライマックスシーンだぞ? そんなのアリか? アリなのか? 俺は相方として、どんな表情でこの場に居合わせていればいいんだ?

 そんな俺の気持ちなど完全に置き去って、フツヌシの『ゲーミングゴッドフラッシュ(暫定呼称)』は敵の攻撃を押し返し、本体に打撃を与えることに成功する。

 ぐらりと体を揺らし、崩れ落ちるように地に伏す敵。だが、仕留めきれていない。光線の大部分は相殺されていた。敵はまだ戦う意思を示している。

 二本の右腕と、まだ無事な十数本のカニ脚。それらを使って起き上がろうとする敵に、フツヌシは猛然と迫る。

「グ……ガ……ガアアアァァァーッ!」

 火炎放射で退けようとするが、フツヌシは止まらない。

 いつの間にか、フツヌシは装束を変えていた。ハイビスカス柄の膝丈パンツとサーフボードで、敵の吐いた炎を波に見立てて乗りこなす。

 炎は効かぬと悟ったか、敵は頭を振り回し、鹿角攻撃を試みた。が、その瞬間にはもう、フツヌシは次の装束に着替えている。フィットネスウェアのフツヌシはロール状のヨガマットを盾代わりに使い、迫り来る鹿角を受け止めた。が、足場のない空中である。フツヌシの体は衝撃で吹っ飛ぶ。

 しかしこれは計算の内であったようだ。地面に叩きつけられる直前、フツヌシは特Lサイズのバランスボールを召喚。ゴム素材と内部の空気で全ての衝撃を受け流し、ボールの反発力を使って敵の頭上まで跳ね上がる。

 反射的に頭上の敵に手を伸ばす敵。けれどもフツヌシは、敵の手よりもずっと高いところまで上昇していた。今度の装束は子供向けヒーロー番組、神様戦隊ジングウジャーの『香取グリーン』である。

「瑞穂の国の平穏を乱す者よ! 沸き立つ勇気と生命力の神、フツヌシの攻撃を受けてみよ! ブレイブソウル・ローリング・ヒールキイイイィィィーックッ!!」

 これは縦方向に超速回転しながら流星の如く突撃する、香取グリーンの必殺技である。ヒットの瞬間は踵で敵の脳天を攻撃しているので、まあ要するに、『すごく派手でヤバい破壊力の踵落とし』だ。ド派手な緑色の光を放つが、この光自体に攻撃力は無い。見た目を格好良くするためのテレビ的な演出だ。

 直撃し、足から胸のあたりまで砂浜にめり込む敵。着地と同時に金色の全身タイツ姿に変化したフツヌシは、まだ衝撃から立ち直れない敵に『おなら芸ユーチューバー』の必殺技、『ゴールデン・ガス・ファイア』を食らわせる。


 せっかく格好良くコンボを極めていたのに、ここで屁か!


 敵のみならず、相方と英霊のメンタルにも甚大なダメージを与えている。だが、それがどうした。これがフツヌシだ。そのくらいぶっ飛んだ性格でなければ、ゲーミングキーボードの守護神なんて兼任しない。

 これで終わりだと言わんばかりに、フツヌシは敵の顔面に強烈な正拳突きを見舞う。

 このときフツヌシの装束は、白の道着に赤の鉢巻きになっていた。どこからどう見ても、世界的に有名なあの格闘ゲームの、日本人格闘家キャラクターのコスプレである。

 もはや苦し紛れ、破れかぶれの反撃だろう。敵は狙いも定めず、ビーム攻撃と火炎放射を同時に使い始めた。

 俺は魔法障壁を展開し、これに耐える。

「皆の者ォォォーッ! 背中側を狙い撃てエエエェェェーッ!」

 皆、鏑矢があまり効かないことは分かり切っている。これはあくまで、敵の注意をそらすための工作だ。下半身が砂浜に埋まった状態では方向転換ができない。この状態で源氏武者たちが全員死角側に回り込むのは、敵にとって非常に大きなプレッシャーになるはずだ。

「ガッ……? ガアアッ! アアアァッ!?」

 思った通り、敵は一斉に移動し始めた源氏武者に気を取られている。

 敵の注意がこちらに向けられている間に、フツヌシは氏子のeスポーツ選手、『リュウマスター・テラモト』君の必殺コンボを再現してみせる。

「はあああぁぁぁーっ!」

 敵の懐に深く踏み込み、大きく跳び上がるジャンピングアッパーカット。顎に食らって仰け反る敵のみぞおちに、アニメーション一フレーム分の無駄も許さぬ連続コンボ技。小技をバランスよく絡めつつ、複数の必殺技で敵のHPを削っていく。そして敵のダメージが蓄積したところで、超必殺技を繰り出す。

「食らええええええぇぇェェェーッ!」

「グッ、ガ……ガアアアァァァーッ!?」

 前方に突き出した両掌から発射される青白い氣弾。


 なぜ、ごく普通の日本人格闘家が氣弾を撃てるのか。


 そういう常識的な質問を投げかけてはいけない。あれはゲームだ。実在の格闘家には絶対に出せない氣弾も、宙に浮くインド人も、自家発電するブラジル人も登場する。そういう世界観を氏子が心底信じ、愛しているのなら、フツヌシはその能力を正確に再現することができる。

 敵はまだ無事な右腕で、この氣弾を防ごうとした。

 だが、忘れてはいけない。

 この敵と戦っているのは、フツヌシだけではないのだ。

「ッ!?」

 右肩から生える二本の腕に、関東軍兵士、青田、緑川の斬撃が極まった。

 顔面に直撃する氣弾。

 衝撃で開かれた敵の口に、いつの間に砂を掘ったのか、突貫工事で築かれた塹壕から特大サイズの榴弾が投げ込まれる。これは陸軍士官、松本、相葉の攻撃である。


 爆発する巨大怪獣。


 いよいよ姿を保っていられなくなり、敵は闇堕ちフツヌシ、闇堕ちタケミカヅチ、その他おびただしい数の闇のモンスターへと分離する。

 この機を逃す馬鹿はいない。

 一斉に射込まれる鏑矢。

 青田、緑川、松本、相葉も雑魚モンスターの駆逐に回る。

 なおも掴みかかってくる闇堕ちと組み合いながら、フツヌシが叫ぶ。

「タケぽん! EXゲージ溜まってる!?」

「ああ! 落とすぞ!」

「総員、退避ィィィーッ!」

 ワッ、と蜘蛛の子を散らすように散開していく英霊たち。

 その直後、闇堕ちフツヌシの背に、天上から一振りの剣が突き立てられた。

 それは我が愛剣、韴霊剣フツミタマノツルギである。先ほど高天原に戻し、穢れ祓いの霊力を最大までチャージしておいたのだ。

 そして俺自身も、皆が戦っている間に充電チャージを済ませてある。今なら全力の必殺技が撃てる。

「食らうがいい! これが真の! 《神明雷剣・タケミカヅチ》だあああぁぁぁーっ!」

 韴霊剣によって地面に縫い付けられた闇堕ちに、回避する術はない。

「――――――ッ!?」

 天より振り下ろされる紫電の剣。それは真っすぐ敵を貫き、ドンともボンともつかぬ、巨大な衝撃音を響かせる。

 同時に弾け飛ぶ、穢れ祓いの青い閃光。

 視界のすべてを埋め尽くす光の洪水に、ほんの一瞬、この闇堕ちの『思い出の光景』が垣間見えた。


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