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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.4 < chapter.5 >

 アマビエは、まだそれほど遠くには逃げていなかった。身体のサイズは五十センチ少々。大原漁港から真っすぐ沖に泳いだところで、たいした距離は稼げない。『神の眼』で沖合を見ると、二キロほど先の暗い波間に、緑色の藻のような髪を見つけた。

 アマビエは俺の気配を探るように、こちらをチラチラと振り返っている。だが、焦る様子は無い。海底に潜れば逃げきれると思っているのだろう。

「舐められたものだな。軍神の本気を甘く見たこと、後悔するがいい」

 俺は暗い水面に手をかざし、英霊たちに呼びかける。

「正月早々、面倒事を頼んで申し訳ない。そこに浮いている、半魚人のような物の怪が見えるか? 昨年我が国が被った甚大な台風被害について、その物の怪の『呪詛』が原因であると判明した。生死は問わない。そいつは日本の国土と、諸君らの子孫を傷付けた国賊だ。英霊よ、国賊を討て!」

 アマビエは知らないのだろう。軍神タケミカヅチの英霊召喚能力が、霊体のみならず、生前愛用していた武器や装備品、戦闘機や艦船にまで適用されることを。

 すっかり逃げ切った気になっている、愚かで小さな物の怪。そのたった五十センチの的に向かって、英霊たちの一斉攻撃が開始された。

「っ!?」

 海中からの先制攻撃。これは伊174型潜水艦から発射された魚雷である。

 ド派手な波しぶきと共に、アマビエはポーンと宙に舞う。

 事態を理解できず目を丸くする物の怪に、今度は陽炎型駆逐艦・野分からの砲撃が炸裂した。

「――――ッ!!」

 アマビエは悲鳴を上げたのかもしれない。だが、すべての物音は爆発音にかき消されている。何か言っていたとしても、誰の耳にも届かないだろう。

 12.7センチ砲の直撃を受け、爆風に揉まれて海に墜ちるアマビエ。そこにさらに、九六式艦上爆撃機からの爆弾投下。たった一匹の物の怪に、六機編成の爆撃機からそれぞれ一つずつ、250kg爆弾を投下する念の入れようだ。英霊の故郷と、子孫らの暮らす土地を攻撃した罪は重い。

 ドッカンドッカンと相次ぐド派手な爆発も、すべては霊的な力によって引き起こされたものである。御来光を待つ沿岸の人々には、何も見えていないし、聞こえてもいない。

 誰にも気づかれぬまま、砲撃・爆撃・水雷撃を受け続けるアマビエ。

 だが、この程度の攻撃でくたばる『力の無い物の怪』であれば、俺とフツヌシに討伐令が下るはずもなかった。

「な、なんだぁ? こいつ……」

「直撃しているハズだろう!? なぜ効かない!?」

「高速再生か!? それとも幻覚か!?」

「クソ! 何発ブチ込めばぶっ殺せるんだ!? このバケモンは!」

 狼狽える英霊たち。それもそのはずで、アマビエには目に見えて分かるダメージが無い。

「タケミカヅチ様! このまま攻撃を続けて大丈夫でありますか!?」

 そう言ったのは、野分の甲板で機銃を操作する佐々木二等兵だ。

 英霊と化した彼に狙えぬ的は無い。爆風に煽られ、右へ、左へと弾きまわされるアマビエを、一発の無駄弾もなく撃ち抜き続けている。

 弾は確実に当たっている。アマビエの小さな体を貫通し、いずこかへ飛び去る弾の弾道も見えている。それなのに、アマビエは死ななかった。傷らしい傷が残らず、まるで時を逆巻いたかのように、すぐに艶々と滑らかな鱗肌に戻ってしまう。

 さすがにこれは、秒速駆除とはいかないようだ。

「撃ち続けろ! これは幻覚ではない! 超速再生だ! 打撃を与え続ければ、回復のための力も底をつく! 長期戦も覚悟せよ!」

「ハッ!」

 佐々木二等兵の腕は生前から群を抜いて際立っていたが、英霊化して、さらに磨きをかけたようだ。彼は常に『下半分』を狙い撃ち、着弾の衝撃でアマビエを『上』へと跳ね上げる。俺がいちいち指示せずとも、アマビエを海中に逃げ込ませぬよう、攻撃法を工夫してくれているのだ。

「いい腕だな、佐々木二等兵。目を狙うことは?」

「可能であります!」

 言うが早いか、即座に目を撃ち抜く佐々木二等兵。アマビエは「ギャッ!」と短い悲鳴を上げ、水面に落下した。

 この機を逃さず、同時に発射された魚雷と12.7センチ砲。アマビエは魚雷と砲弾の真ん中に挟まれて、髪や鱗の一部が弾け飛んだ。

「……さて、目はどうだ……?」

 すぐに再生する髪と鱗に対し、眼球はそうではないようだ。アマビエはギュッと瞼を閉じたまま、続けて撃ち込まれる砲撃に耐えている。

「ふむ……やはりな。眼球は他の部位より弱いか……」

 全身が等しく超速再生可能なら、目を閉じたりせず、爆煙と水飛沫に身を隠して海中に逃れればよい。それをしない、できないということは、眼球は再生不能か、できたとしても時間がかかるということだろう。

 俺と佐々木二等兵の会話は全員に聞こえるよう、オープンな状態で行われている。『眼球が弱点である』との認識が共有され、英霊たちは佐々木二等兵が狙いをつけやすいよう、艦船の位置、航空機の飛行ルートを微調整し始めた。

 彼らはただの兵士ではない。英霊だ。国土を、家族を、子孫らの未来を守るために戦った英雄たちだ。彼らを『命令通りに動いて死んだ犬死にの兵隊』と侮辱する者もあるが、思い違いも甚だしい。彼らは大東亜戦争終戦から七十年を経た今も、こうして自らの意思で日本を守り続けている。

 彼らは戦況を見て自ら考え、より優位に立つべく行動を変化させる。その行動は『己のため』ではない。『仲間のため』、『誰かを守るため』だ。だからこそ、彼らは英霊となった。

 彼ら以外にも、最前線から報道を続けた記者、傷病者の治療に奮闘した医師や看護婦、機械整備の技術者、物資の輸送に奔走した者、田畑を耕し食料を生産し続けた者、工場で軍需品の生産に従事した者――その他あらゆる職種の人間が、今も俺の元で『英霊』や『神使』として仕えてくれている。あの戦争で死んだ人間の大部分は、今はそれぞれの信じる神仏のもとで、英霊、神使、もしくはそれに近い存在となっているのだ。

 神仏の御許に召されなかったのは、世の中の誰にも、何事にも貢献せず、クソの役にも立たなかった無能なルサンチマンのみ。英霊を侮辱する者も、そのような者たち同様、天へと召されず堕ちるのだろう。そういった連中が地獄の最下層まで堕ちて、無様に藻掻き苦しんでいようとも、俺が慈悲を寄せてやる義理は無い。

 そしてそれは、日本を敵に回したこの物の怪も同様だ。

「皆、そのまま攻撃を続けろ」

 俺は大原漁港で弓を構え、矢を番える。

 今度の矢は鏑矢ではない。やじりにニコチンを塗布した毒矢だ。神に匹敵する力を蓄えようと、アマビエが肉体を持つ『生命体』であることに変わりはない。毒物への耐性はそれほど強くないはずだ。

 俺はタイミングを見計らい、毒矢を射る。

 矢はヒュッと鋭く空を切り、水雷撃によって宙に浮いたアマビエに突き刺さった。

「……さあ、どう出る……?」

 機銃の弾と異なり、矢は貫通せず、その大部分が体内に留まる。超速再生を使うには、まずはこれを引き抜く必要があるはずだ。けれどもアマビエは、刺さった矢も引き抜かず、周囲の肉と皮膚をそのまま再生してしまった。

「ほほう、そう来たか!」

 腹から矢が突き出ていたのでは動きづらくなるばかり。ましてやこれは毒矢である。普通、こういった再生能力を持つ物の怪は、鏃や弾丸を体外に排出しつつ再生する。超速再生がアマビエ本来の能力なら、こんな初歩的な失敗は犯さない。蓄えた力を使い、どうにかこうにか『死』を回避しようと足掻いているだけなのだろう。

 俺は二本目、三本目の矢を射る。それぞれ鏃に塩化ナトリウム、シアン化合物を塗布してある。矢は脚の付け根と肩口に命中。アマビエはそれらも引き抜かぬまま、大慌てで傷口を塞いでしまった。

 佐々木二等兵は眼球への射撃をやめないし、水面に落ちれば魚雷にやられる。砲撃も爆撃も相変わらず継続中。これだけ致命傷を治し続ければ、力も尽きて当然だ。あんなにツルツル光り輝いていた鱗肌も、あちこちささくれ立ち、焦げ、剥がれ、所々に血が滲む様が見受けられるようになってきた。

「あと一押しだ! 確実に仕留めきるまで、攻撃を継続する!」

 英霊による銃撃、爆撃、砲撃、水雷撃と、軍神による毒矢射撃。二〇二〇年の年明けからわずか四時間足らず。日の出もまだだというのに、大原漁港沖で巻き起こった爆発は優に千回を超えた。

 大原漁港に集まった『御来光待ち』の人間たちが霊能力者だったら、今頃、このありえない光景に発狂していたことだろう。ただの人間には何も見えない、聞こえない戦いで良かった。本当に良かった。

 漁港関係者に周囲をみっちり固められながら、俺は心の底からそう思った。

「……しかし、まあ、なんだ……近いな……」

 神の姿が見えていないのだから仕方がない。俺は至近距離五十センチから吹き寄せる酒臭い吐息に顔をしかめつつ、淡々と攻撃を続けた。


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