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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.4 < chapter.1 >

挿絵(By みてみん)




 それが現れた詳細な日付は定かでないが、当時の瓦版には弘化三年、西暦一八四六年四月中旬のことと記されている。

 それは現在の熊本県の海岸に現れ、役人に向かってこう言った。


〈今年から六年は豊作が続く。

 でも、それから病が流行る。

 人々に私の絵を描いてみせるとよい。〉


 それは己を『アマビエ』と称した。

 海からやってきた得体の知れない物の怪は、たったそれだけの言葉を残して海へと帰っていった。遭遇した役人は、大慌てで『アマビエ』なるものの姿を書きとめた。

 役人の記したものとされる絵と証言は幾枚もの版木に彫られ、遠く離れた大阪、名古屋、東京エリアでも大量の瓦版が刷られたという。

 多くの人々の意識の中に、『アマビエ』なる物の怪の姿が強く焼きつけられたのはこの時だ。

 豊作の次にやってくる大災厄、疫病の流行。その災禍から逃れるには、『アマビエ』の絵を所持しておく他に方法が無い。

 人々は、いつの間にかそのように思い込むこととなった。

 『アマビエ』なるものが何者か、何の意図でそのような発言をしたのか、それすら判然としないというのに、だ。

 正直な話、俺はこの話をただの作り話だと思っていた。けれども、残念ながら『アマビエ』は実在した。それが判明したのは、二〇二〇年の正月のことであった。




 年末年始は多くの神事が執り行われる。さすがに俺も、この時期には自由気ままな放浪生活を楽しんではいられない。鹿島神宮ベースキャンプに戻り、愛すべき地元民、『茨城ヤンキー』が問題を起こさないよう、邪念と闘争本能を祓いまくっていた。

 奴らの戦闘民族っぷりは筋金入りだ。縄張りを死守するために威嚇の声を上げるし、戦うし、改造バイクで縄張りをパトロールする。五人乗りの乗用車に、免許取りたての若者が仲間を七人くらい乗せて事故る。これはもうテンプレだ。警察も親も教師も、耳にタコができるほど駄目だと言い聞かせている。それなのに、なぜかやる。一度事故を起こしても、怪我が治ると懲りずにまたやる。揃いも揃って茶髪か金髪のヤンチャ系ばかりで、何度見捨ててやろうと思ったか分からない。だが、そのくせ俺のことはガチで信仰しているのだ。『馬鹿な子ほど可愛い』とはよく言ったもので、なんとなく見捨てる気にもなれず、『茨城ヤンキー』は『茨城ヤンキー』のまま、神の力で更生させることも無く、ありのままの姿で保護している。

 このとき俺は、クリスマス前から延々と続く邪気祓いにうんざりしていた。と、そこにやってきたのはお隣千葉県の神、フツヌシである。あちらも茨城県に負けず劣らずのヤンチャキッズ生息地だが、邪気祓いを中断してでも優先すべき用があるようだ。

 拝殿は初詣の氏子でいっぱい。その他の建物も新年の神事とその準備で関係者が大勢出入りしている。自分の神社だというのに、この日ばかりは落ち着いて話をできる場所が無い。俺とフツヌシは適当な木の根元に腰を下ろし、寒風に耐えつつ話をした。

「は? アマビエ退治?」

「うん。アマテラスからの勅令。僕とタケぽんで行って来い、って」

「何の冗談だ? アマビエなんて、江戸時代のオモシロびっくり空想生物だろう?」

「それが違うらしいんだ。ほら、これ」

「んー……?」

 差し出されたのは、某リンゴ社のタブレット端末である。画面にはどこかの海岸の写真が映し出されている。

「この写真がどうかしたのか?」

「よく見てよ、ここ」

「……ん?」

 波の合間に、妙なものが写っている。

 緑色っぽい頭髪、青い鱗肌、嘴のように尖った口、人の目を九十度傾けたような縦長の目の――かつて出回った瓦版より数十倍、いや、数千倍は気色悪い怪物が、波間から海岸の人間たちを見つめている。

「こ……これが実写版……?」

 瓦版コミカライズを先に目にしていると、つい本物のほうを『実写版』と言ってしまう。瓦版のほうが後で、こちらが先だ。因果関係を履き違えてはいけない。

 フツヌシは俺の言い間違いにツッコミを入れることも無く、話を先に進めていく。

「まだ確証はないけど、ぽくない?」

「ぽい……というか、そのものだと思うが、本物だよな? この写真、出所は?」

「うちの氏子。一昨日お参りに来てくれたんだけどね、『友達とサーフィンに行ったら、半魚人がいました! いつも行く海岸なので怖いです! 香取様、なんとかしてください!!』とか言うんだわ。なにかな~、と思ってスマホデータ覗かせてもらったら、これが保存されてたワケ」

「で、アマテラスに報告したら見敵必殺サーチアンドデストロイ? 決断が早すぎないか?」

「や、そうでもないらしいんだわ。えーと……あ、これこれ」

「んー?」

 フツヌシが端末に表示させたのは、我が国への納税額が不当に少ないことで有名な、某外資系検索大手の国際ニュースページだった。

「『中国でSARS再び/新型コロナウイルス流行の恐れ』……?」

「そ。アマビエといえば、『疫病が流行る』って予言じゃん? 疱瘡神とヒダル神が言うには、もうこれ、日本に入って来てるんだって。仏教サイドにも問い合わせてみたんだけど、薬師如来さんもかなり焦ってるって。相当ヤバイみたいだよ、今回の」

「だが、この疫病を流行らせた元凶がアマビエとは限らないのでは?」

「うん、まあ、それがさー……」

 と言いながら、今度はアイパ――もとい。某リンゴ社のタブレット端末に、世界の疫病の流行年表を表示する。

 そしてそこに、別レイヤーで用意していた『アマビエ、アマビコ、クダン、その他予言獣』の出現記録を重ねた。

「……まったく重ならないな?」

「そうなんだよ。言うだけ。なんもしてない。流行らせてもいないし、収束させてもいない」

「それならなおのこと、アマビエは無関係なのでは?」

「これまではね」

「?」

 フツヌシは勿体をつけるようなタイプではない。千葉県北部民の氏神だけあって、ざっくりスカッと、なんでも明け透けに話す奴だ。

 なので、俺はこの時点で『ただごとでない』と認識した。

「今回は違うのか?」

「らしいよ?」

「なぜ?」

「六年後に疫病の流行があるって言われて、アマビエの言うとおりに絵を描いたとする」

「ウム」

「で、六年経って、疫病の流行なんて全くなかったら?」

「アマビエの絵が『御守り』になったと錯覚するな」

「逆にさ、実際にそれらしい病があったら?」

「予言は正しかった! と信仰を深める……?」

「アマビエは『絵を描いて見せろ』なんて、曖昧な言い方をした。だからもし疫病にかかっても、『自分で描いた物でないから効かなかった』とか、『高名な絵師に描いてもらわないと魂が入らない』とか、いろんな解釈が出来ちゃうワケ。これってさ、疫病の流行があってもなくても、結局アマビエの勝ちってコトじゃない?」

「ふむ……なるほど、そうか。アマビエは数百年に渡って、何もしないまま、信仰心だけを掠め取ってきたんだな……?」

「その通り。で、力をつけた物の怪がやらかしがちなことといえば?」

「自己顕示欲の大爆発?」

「タイミング良く、厄介なウイルスが全世界的に流行しつつある。出てこないわけがないし、実際、九十九里浜でサーファーに目撃されちゃってる」

「この写真は九十九里か。しかし、なぜ九十九里なのだろうな?」

「理由は分からないけど、まあ、狙いやすいからじゃない? なんたって、去年の千葉県はさぁ……はぁ~……」

 フツヌシは大袈裟に溜息を吐いてみせた。

 肩を落とすのも無理はない。二〇一九年、フツヌシの守護する千葉県には二つの大型台風が直撃した。それにより、県内の多くの家屋が全半壊。鉄塔の倒壊により送電網が破壊され、長期に渡って大規模な停電が続くという、非常に深刻な事態に直面した。それ以外にも悪天候による河川の氾濫、崖崩れや倒木による交通網の寸断、大小さまざまな事件、事故、それに付随する心身の不調を訴える者の急増など、まさに踏んだり蹴ったりな一年だったのだ。

 それらを思い出しながら、フツヌシは呟くように言う。

「僕んトコ参拝者も多いし、僕自身の力も十分足りてるのに、なんでだか、呪力結界がうまく発動しなかったんだよね。成田山のほうも同じだったみたいでさ。僕、てっきり創造主アメノミナカノヌシの『強制発動型国難ミッション』だと思ってたんだけど……」

「そうではなかった、と?」

「うん。アマテラスが創造主に聞いたら、『え? なんもしてないよ?』みたいな反応だったって」

「とすると、去年の災害ラッシュも、アマビエの仕業という可能性がある……と?」

「っぽいでしょ? この流れ」

「しかし、だとすると……」

 香取神宮と成田山新勝寺の呪力結界を無効化するほどの能力とは、いかなるものだろうか。江戸時代から溜め続けた力を一気に使って去年の大災厄を招き寄せたのか、それとも、これでもまだ様子見の段階か。

 こちらの心中を察したのか、フツヌシは苦笑交じりに言った。

「念のため、成田山のほうにも協力要請しといた」

「神が仏に頼るとはな。どうせなら、川崎大師も巻き込んでみるか?」

「いやぁ、神奈川は来てくれないでしょ。だって神奈川だよ?」

「まあな。神奈川だしな」

 神や仏に県民性が反映されるのか、それとも神や仏の気質が県民性を決めるのか。同じヤンキー属性でも、あちらはオシャレさ重視の『ハマっ子』と『湘南ヤンキー』、米軍かぶれの『横須賀キッズ』である。何もない農道をダサカッコイイ改造車で駆け抜ける『チバラギヤンキー』を、ことあるごとに小馬鹿にしてくる。あのダサカッコヨサが分からないとは、まったくもって見る目の無い連中である。

 ともあれ、俺とフツヌシはアマテラスの命に従い、『アマビエ退治』へと出立した。


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