コクハク
最新のゲームや人気の漫画、話題のテレビ番組、教室でクラスメイトとする馬鹿騒ぎ。
どれもそこそこ楽しかったけど、でもそれはごくごく普通のありふれたもので。
良くも悪くも平凡な日常の一部。
代わり映えのない毎日。
昨日も今日も明日もおんなじ。
つまり、ちょっとばかり飽きた。
何か違うものがほしい。
スリル、刺激されるもの。
新しいなにか。
頭に窓が開いて一気に風が吹き抜けるような。
12色で出来た脳の色鉛筆が364色で満たされるような。
100年間閉じ込められていた花火の玉から大空に打ち上げられたような。
そんな感じ。
「お前って真面目に電波だな」
「そうかな?」
親友はその僕の呟きに呆れ気味に、しかし楽しげにそう答えた。
「立派な詩人になれんぞ絶対。俺が保証する」
「んー…ありがと」
「いや、冗談だって。ったく、相変わらず抜けてんなー…」
俺お前の将来が心配、と思案顔でため息をつかれた。
「スリルスリル……。んー…やっぱり万引きとかかな?あと盗んだバイクで走り出したり」
ぶっ!!
親友がお茶を吹き出した。
「おまっ…バカ!んなことさらっと言うなよっ!」
「あ、ごめん」
「俺はお前をそんな悪事を働くよーな子に育てたつもりはねぇ!」
「不良っぽいかと思って」
「大真面目な顔で言うことじゃねーだろ……」
再び、さっきよりも盛大にため息をつく。テレビからはお笑い番組の笑い声が都合よく流れた。
何となくチャンネルを変える。
親友は今だに額を押さえたまま落ち込んだように下を向いていた。
『――――くれ!』
画面に映った男女。
男が絞り出すような声で、女に何かを叫んでいた。
『オレのために死んでくれ!』
『いやっ!離してっ』
『こうするしか君を手に入れる方法がないんだ、わかってくれッ!!』
男が包丁を握りしめ、女ににじり寄る。
殺される……。
女が甲高い声で悲鳴をあげた瞬間、別の男が二人の間に割り入ってきた。
その男の腹へ、吸い込まれるように包丁が突き刺さった。
「いきなり修羅場かよ。途中からだと意味わかんねーな」
「だね…」
飛び込んできた男の肩を揺する泣き女。
痛みに呻く血塗れ男。
呆然と立ち尽くす包丁男。
車窓の流れる景色に目をやるように、ぼんやりとテレビを眺める二人。
「なぁ、この男ってなんで刺されたと思う?」
唐突に、姿勢はテレビに向けられたまま、問われた。
「んー…?今にも刺されそうな女の人の前に勇敢に立ちはだかったから」
「いや、うん、そうだな、そーいう話だからな。…って、じゃなくてさぁ。割り込んだら自分が刺されるの確実なのに、どうしてそんな行動取ったかって聞いてんの」
「どうしてって……女の人を庇おうとしたから?自分を犠牲にしてでも助けたかったからじゃないの」
「模範解答だな」
「じゃあ正解ってこと?」
「このドラマのシナリオ的にはな」
一応正解なんだろうけど、何か引っ掛かる。
言葉の意図がわからず、僕は首を傾げた。
「あー…お前それ無意識?」
「何が」
「いや、わかんねーならいい」
「んんー…?」
何かよくわからないけど気にしないことにした。
よくあることだから。
「えーっと、アレだ。男が刺された理由な。それって単純に刺されたかったからじゃねーの?って俺は思うわけ」
「ええー」
「えーとは何だ」
「感動返せー」
「え、お前あのシーン見て感動できんの」
「だって刺された男の人はやっと自分の気持ちに正直になれたのに」
「見たことあんのかよ」
「まったくない」
「ねーのかよ」
なんかそんな空気っぽかったから適当に言ってみただけだったり。
こういうドロドロしたの苦手だから、僕はあまり恋愛ドラマを観ない。
「流れ的に変だよ」
強引に話を戻す。
「この際ドラマの流れは忘れろ」
彼もまた強引だった。
「あの人も本望だった、あれでよかったって思えばいいの?」
「いや、違うな」
「何が」
「刺された男はそれでよかったかもしれないけど、女の方はどーだろうな」
「“私のせいで申し訳ない”と思ってるんじゃない?」
「そうか?でも本当は刺されたかったのかも知れない」
また?
「案外邪魔されて庇った男のことを憎んでるかもな。考えてもみろよ、包丁向けられるなんて普通ねーだろ。滅多にないチャンスだ」
確かに普通の生活を送っていてあんな昼ドラ展開になることはちょっと考えられない。
ただそれ以上に刺されたがりが二人いるのもどうかと思う。
「じゃあ聞くけど、何でそう思うの」
「俺がそうだから」
なんて、平然と言い放つ。
「刺されたがり…?」
「おう」
「ふーん」
「リアクション薄くね?」
心なしかがっかりしてる様子。
「十分びっくりしてるよ。まさか自殺願望があったなんて」
「自殺?そりゃお前違うだろ」
「あれ、違った?」
「なんで好き好んで自分で命断たなきゃならねーの。俺は殺されてぇんだよ」
「あーそう…」
「薄っ。酷くね?俺はこれでも爆弾発言した自覚はあんのに」
一応自覚はあるらしい。
「あぁーどうしてくれんだよ、俺の一世一代の告白をさぁ……」
「大丈夫だよ、そんなすごい事をカミングアウトした度胸は評価されるべきだと思ってるから」
それでもまだうなだれたままの親友。
ちょっと可哀相だなと思った。
「だったら!」
何を思ったのか、突然がばっと顔を上げた。
「告白ついでにもう一回告白させてくれ」
「んんー…?どうぞ」
「俺は、殺されるならお前がいい」
「…ほぉー」
「あぁーーー俺もう泣いていい?」
「いいんじゃない、泣きたい時には泣いた方がいいし。僕の胸の中で泣きなさいよ」
「……なぜ胸の中?」
「えー?そういうもんじゃないの」
「お前という奴は……」
とか何とか言いながらも親友は抱き着いてきた。
とりあえず肩をぽんぽんと叩く。
よしよしと完全な子ども扱いをしても文句一つ言わず、僕の胸に顔を押しつけたまま微動だにしない。
まさか本気で泣いてるのだろうか。
「お前さぁ……」
「んんー…?どしたの」
「……何でもねー」
ぐりぐりと押しつけるようにして顔を擦り寄せる。
何だか昔飼っていた犬と似てるなあとかつい思った。
「……あったかい。気持ちいー……」
抱き心地は良好らしい。
ちなみに僕も同意見。
「他の奴が泣いてたら、同じこと、すんの?」
泣いてはいないけど、その声はちょっと震えていた。
「んー…?なんで?」
「だからー、無意識にドキッとさせるようなことすんな。こんな無防備なとこ俺以外に見せんじゃねー」
「……もしかして泣いちゃう?」
「泣いてねーよチクショー」
酷い言われようだ。
うぐぐ……抱き締めてるっていうか絞め殺されそうだ。
「内臓、出そうなんだけど……」
「出しちまえよ。残さず啜り尽くしてやる」
「お昼のナポリタン吐きそうなんだけどうえぇー」
「や、それはさすがに無理」
「それは僕への愛が足りない証拠だよ」
「内臓啜るだけじゃ足りねぇのかよ」
「それはそれで魅力的だと思うけど、物足んない」
「欲張りな奴。なら他に何をご所望なわけ?」
「んー?じゃあ手、貸して」
僕がそう言うと素直に手を差し出した。
君も大概無防備だね。
「ん、」
「おわっ!?」
びっくりしてる。
そりゃそうだ、いきなり指くわえられたんだから。
たっぷりと唾液を塗り込むように舌を絡める。
ぴちゃぴちゃと小さな音が漏れる。
ついでに親友の口からは小さな吐息が漏れる。
「ん……しっかりしてよ、僕が攻めてるみたいじゃん」
「いや攻めてるだろ完璧に、っあ、ヤバい……。つーかおかしくね?お前自分が何してんのかわかってる?」
「ちょっと味見してるだけだから安心して」
「俺はお前をそんなフシダラな子に育てた覚えはねー!」
「いいだろ別に。それに誘ってきたのはそっちだからね」
「あぁ?」
「殺されるなら僕がいい、って言った」
「…は?」
はいちょっと失礼しまーす。
がっしりと首を両手で掴む。
ぐっ、と手の平で圧力を加えると苦しそうな呻き声。
彼の左手は僕の手を解こうと必死になっている。
一方、右手は僕にくわえられたまま。
抵抗する度に僕の口の中へ無理矢理押し込められた中指が暴れた。
乱暴に腔内を犯されているみたいだと錯覚してしまう。
実際その通りなんだろうけど。
「ふっ……」
自然、首を絞めていた手の力が弱まる。
首筋から頬をゆるりと辿り、咳込み苦しげな表情を浮かべるその顔に手を添えた。
僕は再び腔内の指を弄び始めた。
軽く歯を立てたり、舌先で突いたり。
途中、人差し指が侵入を果たしたことにすら気づかないほど没頭していた。
それこそ舌を指で挟んで引っ張られたり捏ねくり回されても何の違和感も感じないほど。
溺れていた。
「ふぐっ…!?」
口腔で遊んでいた指が唐突に奥へ押し込まれた。
猛烈な吐き気に思わず、含んでいた指を吐き出すように舌で外に追いやってしまった。
「かはっ、ぅえ……本気で吐きそうだったんだけど……」
「仕返し。俺だって死ぬとこだったわ」
「殺されたかったんじゃなかったのかよ」
「あんな苦しーのは嫌だし第一心の準備ができてねぇ」
「そんなのいる〜?」
「ったりめーだろ、一生に一回だけなんだぞ。下手な死に方して人生棒に振りたくねぇしよ」
彼にとって死ぬことは結婚と同じレベルのイベントらしい。
自分からどうぞ殺してくださいなんて頼む方が人生棒に振ってはいないだろうか。
一概には言い切れないけど。
「あー危なかった、人生踏み外すとこだったー」
「悪かったって、このとーり!」
僕よりずっと体格のいい男が両手を合わせて必死に謝る姿は、何とも情けなかった。
でもこのヘタレっぷりこそ彼なのだ。
「んー…じゃあ晩ご飯はオムライスがいいなーついでに泊まってきたいなー」
「ついでってお前……最初からそのつもりだったろ」
「いいじゃんそんな細かいこと。ねーはやくお腹空いた〜」
「わーったよ。…ったく、しゃあねーな……」
ぶつぶつ文句をいいながらも彼は夕食作りに取り掛かった。
「ありがと」
「あぁー?別に晩飯くらい一人だろうが二人だろうが変わんねえよ」
そっちじゃないんだけどね。
ま、いっか。
それにしても面白い体験ができた。
僕に殺されたい、ねぇ…。
なかなか素敵な告白じゃないだろうか。
殺すか、殺されか。
どっちもどっちで、良くて悪くて、僕的には最高の選択肢。
どーでもいい、じゃなくて。
どっちもいいなあ。
それくらい愛してるってことで。
さて。
ずっと待ってるだけなのはつまらない。
僕はキッチンに立った彼に気づかれないようにこっそり忍び寄った。
左手は鶏肉に、右手は包丁を握った彼の背中に、そっと囁きかけた。
「いつかきっと、約束だよ」
その時は、最上級に愛し合おう。
僕は驚いた様子の彼の首に腕を回して引き寄せ、キスをした。
雰囲気がいつもよりえろ仕様……を目指したつもりです。そろそろ本腰入れてクライマックス書きますので、最後までお付き合いいただけたら幸いです。






