アイジョウヒョウゲン‐後編‐
残酷な描写があります。人体破損……そんなに酷くはないと思いますが、ご注意くださいね。
翌週の月曜日。
俺は、夏森に暴力を奮うのをやめた。
吉井と本村にも、その事を告げた。
それっきり誰か一人に的を絞るのをやめ、また適当に喧嘩をふっかける日々に戻った。
夏森は相変わらずひとりだった。
つまり俺はあの日以来、夏森との接触を断った。
気がついたら、夏森が家に来たあの日から、一ヶ月近く経とうとしていた。
何もないツマラナイ日々の繰り返しだった。
俺に怯えるクラスメイト達の反応にも飽き、俺は屋上で昼寝していた。
もうすでに空は茜色に染まり、校庭に夕影を落としていた。
そこで見つけたモノに、俺は思わず目を見張った。
旧校舎に向かう、三つの人影。
旧校舎は俺のテリトリーだ。
それは生徒どころか教師の間でも暗黙の了解であって、誰も近づくはずはない。それが出来るのは俺の近くにいる人間、吉井と本村だけだ。
なら、あの影のうちの二人は恐らく吉井と本村だろう。
そうすると残るひとつの人影は誰だ?
なんて、
そんなもの、すぐにわかった。
だからなんだ。
それが俺に何の関係がある。
俺は、もうあいつとの関わりなんて一切ない。
吉井と本村が誰をボコろうが、例えそれがあいつだったとしても、俺が口出しする事じゃねぇ。
そうだろ?
俺はこれ以上考えないようしながら、屋上を後にした。
家に帰ったってやる事は何もない。
小一時間ゲーセンで時間を潰した。
いまいち気分が乗らない。集中できない。
さっき見た屋上からの光景が、頭から離れない。
気がつくとその事ばかり考えていた。
あの人影が夏森なら、何故吉井と本村はあいつを旧校舎に連れて行くんだ?
決まってる、夏森をストレス発散の道具にするんだ。
ろくな抵抗の出来ない夏森を、二人は好きなだけ殴る。
苦痛にのたうつ夏森の体を容赦なく蹴る。
そしてぐったりした夏森の体を組み敷いて、
そのあと―――
「……ちっ」
だから、なんだ。
俺はどうしたいんだ。
わからない。
ただ、どす黒い感情が腹の中を不快感を伴いながら渦巻いていた。
夏森を、誰の手にも触れさせたくない―――
醜い願望、であるとともに、それは俺のなかでもっとも純粋な慾、だった。
もう一度、自分に問う。
お前は、どうしたい?
考えるより先に俺は駆け出した。
ボロボロの旧校舎。
薄暗い玄関口。茜色の光が射す、窓。駆け上がる階段。軋む廊下。突き当たりの教室。
ドアを開いた。
吉井と、目が合った。
怯えの色。
隣に、重なる影。
放心した背中、本村。
その下にいるのは夏森だと、理解した。
「――ぁ、ああ……やべぇ、やべぇよ。どうしよう伊田」
吉井はおろおろとやばい、としきりに訴える。
「……違う……オレはそんなつもりじゃ……なんで……オレじゃねぇ………だって……はぁ?意味わかんねーし……オレは悪くねぇ、こいつが勝手に……オレ…オレが、……オレ」
ぶつぶつと言い訳じみた独り言を呟く本村。
慌てた吉井の、一言。
「な、夏森が、し…死んじまった」
夏森が、死んだ?
「どうすんだよっ、本村が悪ィんだぞ!調子のって首絞めたりするから」
「違う……殺すつもりなんかなかった。ちょっと首絞めてみたら、すごく締め付けてきて……加減できなくなって………ぉ、おおオレは殺すつもりなんかさあ!なかったんだよ信じてくれよお!!違うんだ、オレは違う!!」
本村がわけのわからない叫び声を上げる。
夏森の上で。
「………どけよ」
「…え、何だって?」
「なぁ伊田、助けてくれよ!俺は悪くねェんだからさァ!」
煩い煩い煩い、
聞こえなかったのか。
「――――あぁあああぁあああッ!!」
俺はめちゃくちゃな叫び声を上げながら本村に突進した。
本村と俺は派手に壁にぶつかった。
本村は何か言おうとしたが、間髪入れず奴の顔を殴った。
何度も何度も殴った。
背後で何か動く気配がした。
吉井だ。
どうやら一人逃げようとしていたらしいが、腰が抜けて立ち上がれない様子だった。
逃がすかよ。お前も同罪だ。
「ゆ、許してくれ…」
俺は構わず足を振り下ろした。
何度も蹴り上げ、踏みつける。
どれ程の時間そうしていたかわからない。
吉井が動かなくなるまでそれは続いた。
ぴくりとも動かない人影が三つ。
吉井と本村が死んでしまったのかはわからない。もうどうでもよくなった。
俺は返り血に塗れた体を引きずりながら、夏森に近づいた。
夏森は、まるで死んだように動かない。
折れてしまいそうな細く白い手首を掴み、慌てて脈があるか確かめた。
だがどこを探っても脈を打っている様子はなく、それは反対側も同じだった。
俺は縋るように胸に耳を押し当てた。
それでもやっぱり結果は変わらない。
夏森の鼓動を感じることはできなかった。
今にも絶叫をあげてしまいそうな口を手で塞ぎ、あちらこちらに視線を彷徨わせる。
俺はどうしようもないほど動揺していた。
「夏森……本当に死んじまったのか……?」
夏森の肩を掴んで乱暴に揺さぶる。
ぐらぐらと、夏森の首が力無く揺れる。
「おい夏森、返事しろよ……!」
嘘だろ。
こんな事ありえねぇだろ。なぁ……。
「くそっ……!何で…」
死ぬとかおかしいだろ。
こんな簡単に死ぬなんてさぁ。
人間ってのはもっとしぶてぇモンじゃねぇのか。
あんまりにも呆気なさすぎるだろ。
だいたいさぁ、何だコレ。何なんだよ。
「どうして、」
俺は泣いてんだ?
なぜ、涙を流す必要がある?
こいつはただの暇潰しの道具だ。
飽きたから構うのをやめた。
それだけだったはずだ。
こいつに関わりだしてからロクな事がねぇ。
変に動揺しちまったり、不自然な態度をとったり。
夏森も夏森だ。
俺の事が好きだとか言ったりして、何なんだ。
好きった何だよ。わけわかんねぇ。
「何とか言えよ夏森!」
あぁ、まただ。
夏森を前にすると俺は言いようのない苛立ちを感じる。
破壊衝動、どす黒い感情。やめてくれ。
ごちゃごちゃとした思考のまま、俺は夏森の顔を平手で叩いた。
ばちんっ!頬を打つと、されるがまま傾く首。
「お前はいっつもそうだよな。俺がいくら殴っても歯ァくいしばって耐えてたよな」
俺の唇が歪み、釣り上がる。
笑っている、はずだ。
「―――痛いって言えよ、あァ!?」
ばちん、ばちんッ!
頬を打つ。打つ、打つ。
どんなに叩いても俺の気持ちは治まらない。
頭の中では夏森の声がぐるぐる回る。
『伊田君』
『僕は、伊田君のことが好きだよ』
ヤメロヤメロヤメロ。
俺は夏森の体を蹂躙し始めた。
死に絶えた体を揺さぶる。ただひたすらに。
こうされたいんだろ?
そうだろ、夏森。
お前言ったもんな、これがお前と俺なんだよな。
どうなんだよ。
何か反応してくれよ。
泣けよ。
叫べよ。
何とか言えよ、なあ。
「夏森ぃ……夏森、夏森……あぁあ………」
聞かせてくれよ。
「――――わあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
出来なかったんだよ。こうする事しか。
わからなかったんだ。
頼むよ、
もう一度目を開けてくれ。頼むから、なぁ……?
夏森………。
「夏森……痛いか?」
窓ガラスの破片で夏森の腕を切りつける。
皮膚よりも白い肉がぱっくりと開き、血が滲む。
「何だよ……、じゃあこれは?」
その傷口にガラスの破片をぐりり、と押しつける。
「つまんないなァ……」
夏森は絶対に声をださなかった。
面白くない。
「これは痛いだろ……?
ほらぁ、」
夏森の腕を掴み、無理矢理折り曲げる。
ボキィッ!
さっきつけた傷口が、柘榴のように爆ぜる。
骨が突き出した。
「っははぁー!夏森、骨!すっげー、な?痛い?痛いだろ」
夏森の腕を眼前まで掲げ、滴る血を舌で受け止める。美味い、んだろうか。
肉の外に突き出た骨さえも舐める。
そのままかじりつく。
がじ、がじっ、と。
「あぁー骨かじってるよ、すげーだろ。お前の骨だそ?他の奴はこんなことできねぇよな。俺だけだろ?そうだよな………
なァ夏森ぃ………」
俺、
やっとわかったよ。
アイシテルって、こういう事だろ?
そうだよな、夏森……。
ついに骨までかじらせてしまいました。こういうの需要ありますかね……カニバネタをやっちゃったのに今更って感じですが。ここまで読んでくださりありがとうございました。感想お待ちしておりますのでよろしくお願いします。私もカニバネタ好き!とか一言書いてくださると嬉しいです。……すみません。