シニタイリユウ
自殺、リストカット、首絞め。これらが苦手な方はご注意を。
「……なぁ、お前って俺の事好きなの?」
暇潰しの遊びに飽きたのか、大きな欠伸をすると何の前触れもなくそんな事を奴は聞いてきた。
「……はぁ?」
「だぁーから、好きなの?」
「……僕が、」
「ん」
「お前を……?」
「おう」
「いやね、一緒に死のうって言ってほいほいついてくるなんて、どー考えても愛を感じるだろ」
説明するまでもなく、僕らは男だ。
「ほいほいって何だよ……それに好きって友達としてとかじゃないのかよ」
「いや、らーぶ」
真顔でこんな事を言う。
「僕はお前という男がいまだに分からないよ」
「え、俺ってミステリアスキャラだった?まじかよ……!」
そうだな、ある意味ミステリアスだ。
生態が謎すぎる。
「お前はさー、何で死にたいの?」
また質問。
本当に忙しい奴だ。
「別にいいだろ。気分」
「気分か、へぇー」
しかも聞いておいて返事は適当かよ。
「お前は、」
「うん?」
「何で死にたいの」
「え!聞きたい?」
自分の話だけ目を輝かせるな。
「ねーちゃんになりたいから」
「は?」
何を言うんだこいつは。
「……そうだな、生まれ変われたら女になれたらいいな」
「違う違う。俺のねーちゃんのこと」
「ああ……」
こいつには三つ年上の姉がいた。
半年前、自殺した。
飛び降りだったらしい。
「お前の姉さん、何で飛び降りなんかしたんだ?」
「鳥になりたかったんだって」
「……それだけ?」
「それだけ」
「ふーん……」
鳥、か。
自由になりたかったって事なのか、それともそのままの意味だったのか。
彼女はもう死んでしまったのだから、確かめようがないのだけれど。
「俺さぁー、いろいろ考えたんだよ。でも俺、頭悪ぃし、結局わかんなかったわけ」
「そう……」
死んだ人の考えた事なんて、生きてるやつにわかりっこない。
僕らは、生きてるから。
忌ま忌ましく、
図太く、
無意味に。
「だったら、ねーちゃんと同じ事したらわっかるかなー、っと」
「うわぁー…。お前偉いね」
お前の親それ聞いたら泣くぞ。
一緒に死のうとしてる僕が言えた事じゃないけど。
「なぁーそれ、痛くない?」
僕の傷跡を指差しながら言う。
僕はさっきから熱心に続けていた作業を一旦止めて、まじまじと血まみれの腕を見つめた。
「……痛い」
「だよなー」
「そう思ってんなら止めろ」
「止めたら止めたで怒るじゃん」
「当たり前だろ、これだけが生き甲斐なんだ」
「お前って変なやつだよな」
「そっくりそのまま返す、その言葉」
「……ぐえっ」
奴は気まぐれに、自分の首を絞め始めた。
「なぁなぁー、首絞めてー」
何故か僕に自殺ごっこの紐役を求めてきた。
「何で僕が。お前ねーちゃんになりたいんだろ、なら飛び降りの練習でもしろよ」
「俺、高いの苦手」
「……練習だけだぞ」
「本番は?」
「嫌だね」
「お前の練習付き合ってあげる」
「……僕はいい」
「なんで?」
何でって……。
他人が手伝うのなんておかしいだろ。
何でこいつは僕に紐役をさせたがるんだ。
「……僕のは他人に手伝ってもらう要素がない」
何故、腕を切るのに他人なんかの力を借りなければならない。
「だぁってー、手首切って死ぬの案外難しいらしいぞ?」
「知ってるよ。縦に切れば問題ないだろ」
「ふーん」
やっと納得したのだろうか。
心なしか少し不満げだ。
「じゃあさ、失敗したら俺が殺してあげる」
「………。」
またこいつは訳わからん事を。
あれこれ反論するのもめんどくさい。
「じゃあお前が自分で死に損なったら、僕が殺していいんだ?」
思ってもない言葉だったのだろうか。
目をぱちくりさせる。
「あれ?駄目なの?」
どうやら練習だけじゃなく、本番まで押しつけるつもるだったらしい。
「はぁ……、もういい」
こいつはこんな奴だった。考えるだけ損だ。
「ね、首」
「はいはい……」
軽く顎を上げ、首を絞めろと催促してきた。
「ん」
僅かに晒された首筋。
するり、と包み込むように両手をかける。
そして、僕は緩やかに首を絞めた。
「……あ、……っ」
顔がみるみるうちに苦痛に歪んでゆく。
苦しい。
そう訴えている。
奴の手が、僕の腕を掴む。苦しい、と。
掴まれた腕に爪が食い込む。
もう、いいだろう。
僕は手の力を緩め、首を放した。
どさり、と力無く座り込む。
「かはっ……!げほっ、ごほっ……はぁ…は……」
激しく咳き込み、不規則な呼吸を繰り返す。
僕は奴の目線の高さまで屈む。
「大丈夫か?」
「……め、めっちゃくるし……」
「安心しろ、絞められるより首吊る方が楽みたいだから」
「そうか……?でも、悪くなかった……」
「何が」
「お前に、首絞められんの」
「………。」
マゾか?
僕はこいつのとんでもない性癖を目覚めさせてしまったんだろうか。
……やっぱり自殺ごっこの手伝いなんて、するんじゃなかったな。
「悪いが僕はサドじゃないからな。もうやんない」
「えぇー。じゃあ逆がしたい、殺す方」
「いや、だからいいって言ってるだろ。僕は、」
さっきまでぜぇぜぇ言ってた奴が、信じられない速さで僕に迫ってきた。
あっという間に奴は僕を押し倒し、僕はというと奴に組み敷かれてしまっているなんて状況。何故か僕の両手は奴によって拘束されている。
しかも奴はそれを片手だけで済ませているという事は、僕は余程非力だとかいう事になったりするのか。
まさか。
そうだ、こいつ馬鹿力だけが得意な奴であって。
……いや、今はどうでもいいんだよ、そんな事。
「おい、どけよ」
「いや」
「何がしたいのお前」
「お前を殺したいの」
僕らの目的は自殺じゃなかったっけ。
「お前……殺しがしたいの?」
もしかして自殺は嘘で、僕を殺すつもりで誘ったのか。
殺したかっただけなのか?たまたま死にたいって話しかけたら、僕が話に乗ったから。
僕が断ったら、別の奴を探したのだろうか。
「殺したいよ。あんな簡単にお前がついて来てくれるなんて思わなかった」
僕はそんなにお手軽だったのかよ。
「悪いけど、お前に殺されるのなんか嫌だね」
僕は自らの手で自分を終えるのだから。
「死ぬときぐらいは自分で決める。選ぶのは僕だ」
生まれてくる瞬間は無理でも、死ぬ瞬間は自由にしたいものだ。
「駄目、お前を殺すのは俺だよ。例えお前を殺すのがお前でも許さないよ」
「……?何それ、さっさと別の奴殺せばいいだろ」
「うわ、鈍感」
「はぁ?」
「だからぁー、らーぶ」
「意味わかんな、」
―――シャッ!
何の前触れもなく、僕の手首に走る白い亀裂。
血が溢れ、肌を伝う。
「痛っ……!」
鋭い痛み。
もう何度も味わった。
頭上にある手首の傷の具合はわからないが、あまり深くはないと思う。
僕の手に馴染んだ愛刀のカッターナイフを握り、奴は笑っている。
返せよ。それは長年連れ添ってきた、良き戦友なんだから。
シャッ、シャッ!
「いあぁぁぁっ!」
続けざまに二回、切りつけられた。
押さえつけられた両手はびくともしない。
何度も何度も、僕の腕にカッターの刃が走る。
古い傷の上も関係なく傷つけられて余計に痛い。
「あぁっ……痛っ、……やめろ!いやだっ」
何だってこいつはいつもいつもこう、突拍子もない事をするんだ。
いつだってそう、こいつは僕の邪魔ばかりするし、余計な事をして困らせるんだ。
小学生の頃、僕は一人で遊ぶのが好きだったのに、こいつはしつこくしつこく付き纏ってきた。
おかげてかくれんぼや鬼ごっこやババ抜きなんて、一人じゃできない遊びを覚えてしまったじゃないか。
中学生の頃、疫病神みたく同じクラスになった上に、星座部なんて廃部寸前の部活に引っ張っていきやがった。
何とか流星群の観測だとか言い出し、真冬の学校の屋上に呼び出され、僕は風邪を引いた。
馬鹿は本当に風邪を引かなかった。
高校生になっても相変わらず疫病神で、この間なんか僕をいじめていた奴に殴りかかった。
僕はいじめを苦にした自殺を演じるつもりなのに、そんな事されたら困るんだよ。
「……なに、考えんの」
怒ったような声色。
怒りたいのは僕の方だ。
「お前を殺そうとしてんの、俺だよ。俺なんだよ?だから俺だけ見ててよ」
「っうぅ……」
傷だらけの僕の手首を舐める。
「僕は、お前という男が…本当にわからないよ」
「だってミステリアスキャラなんだろ、俺」
あぁ。
ほんとわかんない。
何したいの?
「お前にとっての僕って、何なの?」
ちゃんと真面目に答えろよ。
僕にわかるように言え。
早くしないと、やばい。
今にも意識が遠退きそうなんだから。
「好きだよ」
うわ、普通だ。
普通の告白だ。
ミステリアスキャラはどうした。
「俺が殺したら、お前は俺だけのものになるから。ずっと好きだった、昔からずっと。ねーちゃんが死んでから、毎日怖かった。お前もいつか俺を置いて死ぬんじゃないか、って。そんなの嫌だよ。だから一緒に死んじゃえばいいかって。……でも、さっきお前に首絞められて、お前と……殺し合えたらいいな、って思った。好きなんだ、嘘じゃない。愛してるんだ」
……めちゃくちゃ喋ったな。
ほんと言ってる事まとまってないし。
ていうか、……あぁー。
何だよ、愛してるって。
ほんっと、わけわかんない。
「好きって何だよ、僕はいい迷惑だ。お前は昔からそうだ、意味不明野郎。お前のせいでかくれんぼするの好きになったし、何とか流星群も綺麗だったし、僕をいじめてた奴殴った時少し嬉しかったりしちゃったんだぞ。どうしてくれんだよ」
あーあ、僕もわけわかんない事言ってるじゃないかよ。
「何だよもう、好きにすればいいだろ。はやく殺せば?」
涙が出てきた。
「お前のこと、殺してやれないけど」
目の前がぼやけてきた。
涙のせいだけじゃない。
「ちゃんと吊れよ?僕、待ってるから」
最期の最後に気づいた。
気づいてしまったら、別れが怖くなった。
こいつも、こんな気持ちだったのか。
でも、あと少し。
ほんの少しの我慢だよ。
苦しいのは、今だけ。
ずっと待ってる。
だから、
「僕も好きだよ、―――」
最後に名前を呼んでやると、唇を塞がれた。
そして、首筋に冷たい何かが宛がわれ――――
愛してるの言葉と同時に首を掻き切られた。
気持ち明るめにしたのですが、どうでしょうか……?ヤラシイ雰囲気を目指したつもりでもあります。作者はどうやら押さえつけて切るのが好きなようです。果たして彼は愛する人のもとに逝く事ができたのでしょうか……。