表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lunatic  作者: 烏籠
12/12

サクラノシタノキミ-後編-

※前話に引き続き、グロテスク描写・猟奇表現注意。






ピンポーン。



来客を知らせる呼び鈴の音で、目が覚めた。

テーブルに突っ伏したまま眠ってしまったせいで身体中がずきずきと痛んだ。

いっそ居留守を使ってしまおうかと思ったが、音が止む気配はなく、僕は仕方なく重い体を引きずるように玄関へ向かった。



……結局、あれから明け方近くまで続いた捜索の甲斐もなく、彼を見つけることは出来なかった。

ひょっとして、僕は彼を殺してなどいなかったんじゃないか。

事故のせいで混乱した記憶が何らかの理由でねじ曲げられ、ありもしない妄想を作り出したのではないか?

そんな、都合の良い考えさえも浮かんだ。

もう何がなんだかわからない。

僕は考えることを放棄して、そのまま眠りに落ちた。



ピンポーン。



そうこうしている間にも、音はほぼ一定の間隔で絶えず鳴り続けている。

ひょっとしたら、心配性の母が様子を見に来たのかも知れない。

体の調子はどうとか、何か困ったことはないかと、あれこれ世話を焼きに来たのだろう。


「はい、どちら様で―――」


その姿が目に入った瞬間、心臓が、呼吸が、僕の中のすべてが停止した。



「先生」



彼だった。

僕のことを好きと言った君。

死んでしまったはずの君。


「先生?」


不思議そうに頭一つ分下から見上げてくる顔は、間違いなく彼のものだ。

僕は慌てて返事をしようとした。

けれど、頭に浮かんでくるのは「何故?」とか「どうして」ばかりで、話したい事は山ほどあるはずなのに、喉元でこんがらがったまま引っ掛かって、何一つとして言葉を発することが出来なかった。


「……げ、元気だった、かい?」


ようやく出た言葉がこれである。

色々と失敗した。

しかし。


「はい、元気です」


彼は小さく歯を覗かせながら、あの頃と同じように笑った。


そして。



「おかえりなさい、先生」



その瞬間、『ぐるんっ』と景色が入れ替わった。

家の外から、中へ。

そう、僕はたった今まで外にいた。

どこかに出掛けていて……それがどこで、何をしていたのかは……上手く思い出せない。

けれど僕は帰ってきた。

僕の家に。そして、彼が待つ家に。

何故、彼が僕の家で、僕の帰りを待っていたのか……それも、思い出せない。

けれど、それはごく自然な事で、当たり前の事実として受け入れている。


「ただいま……」


君は柔らかく微笑み、僕の手を取って部屋の奥へと導く。

慣れた様子で進んで行く君を見て、何だか僕と君、最初から二人で住んでいたみたいだと、不思議な心地だった。


「そうですよ、先生」


気付けばお互いの指を絡めるように繋いでいた手に、ぎゅっ、と力が篭った。


「ここは、僕と先生、二人だけの家になったんですよ」




……それから、色々な話をした。

今の僕の学校での様子や、 授業の内容。

それを聞いた彼が「あったあった!あれ超メンドクサイよね」と割って入ってきたり、「面倒臭いとは何だ、そんな態度で僕の授業受けてたのか?」と両頬をぎゅうぎゅう挟んでみたり。

彼は「ちょっ、痛い~」と僕の手を叩いた。

僕は「ごめんごめん」と手を離そうする。

けれど僕がしたことといえば、両手から力だけを抜く。

彼の頬を両手で軽く包んだまま。

じっと彼の目を見つめる。

彼も僕の目を見たまま逸らさない。

お互い、自然に距離を縮めた。

僕と彼の唇が、ゆっくりと重なった。


「先生……好き」


やけに艶のある声だった。

それに誘われるように、僕はもう一度唇を寄せると、触れ合いそうな距離で囁いた。


「うん、僕もだ」


彼の頭に回した手をぐいっと引き寄せ、今度はさっきより強く、深く、食むように唇を塞いだ。

あれ程頑なに閉ざし続けた本心も、今この瞬間では全てが無意味だ。

僕の腕の中でびくりと震える、この一回り小さくて細い身体が、僕の全てだった。

他に何も要らない。

夢でも妄想でも構わない、今ここに彼はいるのだから―――――。







(…………カチャ。)


目が覚めると、裸で眠る先生の姿が目に飛び込んで来た。

お互い裸で抱き合うように眠っていたのだと思い出し、何ともくすぐったい心地と照れ臭さに、頬が弛む。


「おはよう、ございます……」


そうぎこちなく挨拶すれば、じわじわと込み上げてくる、しあわせ。


「先生、だいすき!」


ぎゅっと抱きつけば、先生の体は小さく軋むような音を立てた。

いけないいけないと言いながら、先生の体にひびや傷がないかチェックする。

よかった、特に傷んだところはないようだ。


「ごめん、先生」


ちゅっ、と音をたてて先生の肩の部分に口付ける。

先生の体同士が擦れてかちかちと鳴る音は、先生が嬉しそうに笑ってるように聴こえた。




――――それは、卒業式の翌日のこと……僕は先生の自宅を訪ねた。

僕の気持ちを改めて伝えるためだ。

もう教師と生徒という関係ではなくなったのだから、どんなに先生が頑なになろうとも、今度こそ説得してみせる。

ただ、先生がどうしても僕の気持ちに応えてくれない最悪の事態を想定して、最後の手段として必要な“とっておき”をこっそり鞄に忍ばせて、僕は先生に会いに行った。


そこで僕は、とんでもない現場を目撃する。

風呂場で自らの身体中に傷をつけ、どこもかしこも真っ赤に染め上げられた中に倒れている、先生の死体。


自殺だった。


僕が先生の家を訪ねた時には、すでに息を引き取ったあとだった。

真っ赤に広がる光景を前に、僕の頭の中はその瞬間、真っ白になった。

それから、どうしようもない悲しみと絶望で、目の前が真っ暗になった。

何もなにも、考えられない。

ただ泣いて、それが枯れ果てれば、もう何も残らない。

ぼんやりと、くうを見つめる。

何も見ない目で。



……どのくらいの時間そうしていただろう。

眠っていたのか、意識を放り投げていたのか、ぼんやりとした頭では思い出せない。

ふと気が付くと、僕の身体はいつの間にか、先生の隣に寄り添うように横たわっていた。

真っ白だった制服のシャツは血を吸い上げ、真っ赤に染まっていた。

先生の血……。


「先生……」


大好きな先生の顔が、こんなにも近くにある。

今更ながらこの状況に気恥ずかしさが込み上げてきた。

「し、失礼します…」と小さく断ってから、僕は先生の頬におずおずと触れた。

先生に触れられる日が来るなんて、何だか夢みたいだ。

先生の頬は随分冷え切っていたけど、反対に僕の手のひらは先生の身体に触れる度に、じんわりと温かみを帯びてくる。

まるで、熱でもあるんじゃないかと思うくらいに。


「先生……先生……先生………」


スリスリと甘えるように、先生の顔に頬を擦り付ける。

顔中に血が付くのも気にしない。

浴室の湿った空気と、むせ返るような血のにおい。その中からわずかに感じ取れる、先生の体臭。

それらが締め切った浴室の中で混ざり合って、頭の中をクラクラと酔わす。


「せんせい……」


熱に浮かされたような夢心地のまま、吸い寄せられるように唇を重ねた。

血の味は少し気持ち悪かったけど、先生の口の中で縮こまっていた舌にひたりと触れ合った瞬間、その冷たさと独特の感触に、身体中がゾクゾクと震えた。

一度触れてしまえば、あとは簡単だった。

僕は夢中で先生の冷たい口の中を貪り続けた。

憧れの先生とキスしてるなんて、本当に夢みたいだ。


「先生、今、どんな気持ちですか?」


ドキドキしながら先生に問いかける。

もちろん、答えは帰ってこない。

それでも、何故だろう。こんなに満ち足りた気持ちでいっぱいになるのは。

じわり、じわり、と広がるこのくすぐったくて、やわらかい、あたたかい気持ちは。


「僕は、すごく幸せですよ」


そう、幸せ。

好きな人と、こうして静かに寄り添える。

たったそれだけのことが、こんなにも幸せな気持ちで満たされる。


「ずっとこうしていたいなぁ……」


もちろん、ずっとこのままでいたいなんて無理なことはわかっている。

先生の体はこれから徐々に腐り始め、悪臭を放ち、人間としての形をズルズルと崩していきながら、死に侵されていく。

もう先生とは一緒にいられない。

だったら、無くなる前に全部ぜんぶ、僕の身体の中に閉じ込めてしまえばいい。

そうだ、それがいい。

さっきはつい取り乱してしまったけど、先生の説得に失敗した場合、最終手段として想定していた結果通りになっただけだ。

ただ僕の手ではなく、先生自らの手によって。


僕は先生のすべてを手に入れた。


「僕、ちゃんと覚えてますよ。先生の身体が無くなっても、僕の身体が覚えています。

先生のこと、忘れたりしません。もちろんこれからも、ずっと忘れません。

ずっとずっと、一緒です」


僕は先生と二人きりでずっと一緒にいられるなら他になにもいらなかった。

それは先生も同じなはずだった。

先生はもう死んだのだから、この世に必要なものなど、なにもない。

ただ僕が、そばで寄り添っていればいい。

だから、先生の様子を見に訪ねて来たご両親には、今も床下で眠ってもらっている。

あの二人も、愛する妻と夫がいれば、他になにもいらないはずだ。


「これでご両親も、僕達とおそろいですね」


先生がかちかちと笑う声。

僕の耳をくすぐる、心地いい音。幸せの音。




( 『―――――――……。』 )



あ。

玄関の方から、気配。

どうやら“また”先生が帰って来たみたいだ。


先生は幽霊になって、ときどきふらりと外に出て行く。

そうして在りもしない“先生の手でバラバラにされ白骨化した僕”を探しに、家から学校までの道を彷徨さまよう。

どんなに土を掘り返したところで僕が出て来る事はないのに、先生は顔を涙と汗でぐちゃぐちゃにしながら、必死で僕を探し続ける。

その様子は見ていて本当に胸が張り裂けそうになるほど心が痛むけれど、でも、そこまで必死になってくれているのだと思うと、


「……ふふ、先生、嬉しいな」


ちょっと可哀想だけど、先生のしたいようにするのが一番良いよね。

そう思って、僕はそんな先生をそっと見守るだけにしている。

そうして、この家で先生の幽霊が帰って来るのを、先生の身体を抱き締めながら、僕は幸せな気持ちで待っている。



玄関の方からする気配が、一層強くなった。

ガチャガチャとドアノブが音を立てているけど、幽霊の先生はドアを開けられない。

僕が出迎えなければ、先生は家の中には入れない。

幽霊だったらドアくらいすり抜けちゃえばいいのに、と最初は思ったけど、先生は僕がドアを開けるまで、絶対に自分の力では入ろうとしない。


ベッドから抜け出して、玄関へと軽い足取りで向かう。

扉一枚隔てた向こう側、そこに先生がいるのがはっきりとわかる。



ガチャガチャ、ガチャガチャ。


――――ガチャ、ガチャガチャガチャッ………


……ドンッ……



――――――――バンバンバンバンッ!!!



激しくドアを叩く音が響く。ちょっとやり過ぎたかもしれない。

でも先生が、こうして僕が開けるまでずっと待っててくれるのが嬉しくて、楽しくて、ときどき困らせたくなって。

だから先生から『もう限界』の合図がくるまで、ついつい意地悪したくなってしまう。



僕だって、散々待たされたんだから、これくらい許してくれるよね。先生。



猛烈な勢いでホラー映画みたいな音を立てるドアを開いて、先生を迎え入れる。




「お帰りなさい、先生」






ようやく完結です。

長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。


カニバリズムやら死体愛好等、趣味丸出しでやりたい放題させていただきました……読んでいただいた方からドン引きされないか心配です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ