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Lunatic  作者: 烏籠
10/12

サクラノシタノキミ-前編-

これで最後のお話になります。

前・中・後編の全3話です。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。


あれは、いつの事だっただろう。



「先生の好きな色って何ですか?」


放課後の美術室。

本来、授業中に提出すべき提出課題と向き合いながら、けれどなかなか作業が捗らないことに半ば諦め気味になった僕は、そんな事を先生に訊いてみた。


「うーん……赤色、かな」


「意外と派手な色が好きなんだね」


僕から見た先生の印象はかなり地味な人、だった。

さらに言わせてもらえば鈍臭い……そんな感じだ。

多分周りも同じような印象を抱いていると思う。


「そういう訳じゃないけど……。赤色って、生き生きとして、生命力に満ち溢れてるって感じがするだろう?」


結構変わってる人だとも思う。

こんな事を大真面目に言うのだから。


「……先生って面白いね」


「そうかい?」


「なんか、フツーじゃないとこが」


「はは……ひどいなぁ」


先生は少し困ったようにふにゃりと笑った。

思えばこの頃からだったかもしれない。

僕が先生に授業以外で話しかけるようになったのは。





「先生、これ」


「はい、ご苦労様」


提出期限が今日までだった自画像をやっと描き終えた僕は、大きな欠伸をしながらそれを先生に渡す。

先生は僕の絵をにこやかに受け取る。


「あー疲れた」


「はいはい。もう遅いんだから、早く帰ってゆっくり休みなさい」


ぽん、と僕の頭に手を乗せる先生。


「……先生って頭撫でるのクセ?」


「ん?ああ、嫌だったかい?」


先生はごめんね、と撫でていた手を退けた。


「いやじゃない、けど……」


頭ひとつ分高い先生の顔を見上げる。


「ん……?」


何か言いたげな僕の様子に、先生は目で“どうしたの?”と問いかけてくる。


「その……先生は、他の人にもこんななの?」


「こんなって?」


「頭」


「あぁ……そう言われてみるとそうかな。さすがに女子相手にはしないけどね」


「ふーん……」


無意識に、という事なら厄介だ。


「ほら、早く帰りなさい」


「はーい」


嫌だな、なんて。

思う僕はおかしい。




いつからだっただろうか。

僕が先生にこんな感情を抱くようになったのは。

いつの間にか先生は僕の中で“特別”になっていて、先生を想う気持ちは日に日に大きくなっていった。

先生をそんな目で見るなんて……同性相手にこんな気持ちになるなんて……そんな事許されないのはわかってる。

けれど、もうこれ以上、自分の気持ちを抑える事はできなかった。





「先生、好きです」



活気に満ちた運動部の掛け声や、吹奏楽部が奏でる楽器の音色も、その時は、すべてが止まっていた。

夏休みを明日に控えた一学期最後の日に……僕は、先生に告白した。


「僕と付き合ってください」


きっと僕の言葉は、あまりにも予想外の物だったのだろう。

先生の目が、大きく見開かれる。

嘲笑、軽蔑、拒絶―――先生から返ってくる反応が怖くて、何度も視線を逸らしそうになった。


「先生が、好きです。僕と……付き合ってください」


同じ言葉を、もう一度、先生の目を真っ直ぐ見つめながら伝える。

本当は今にも逃げ出したい。


「それは出来ないよ、ごめんね」


その瞬間、全てが崩れ落ちた。

僕の世界が。こころが。希望みらいが。

何もかもが、全て。


「男同士だからとか、そういう偏見で言ってるんじゃないんだ」


何それ。


「君の気持ちは嬉しいよ」


そんな言葉、何の慰めにもならない。


「君はまだ若いんだから、もっと相応しい人を見つけなさい」


「―――ごめんね」


いつもみたいに、困ったように笑う先生。

やめてよ。

そんな顔しないで。

大好きな先生の顔なのに、嫌いになってしまいそうだから。


「……はい」


この日、僕の全てが終わった。






何処までも晴れ渡る青空。

満開の桜。

別れを惜しむ涙。

笑顔でさよなら。

僕はこの光景を何度目にしてきただろうか。

卒業式。

今年もそれは滞りなく行われた。

僕は何処かのクラス受け持った事はないが、やはり大事な教え子達が卒業するというのは感慨深いものだ。

この一年も、いろいろな事があった。


あぁ、そういえば。

彼は今、何処にいるのだろうか。



「先生」



さぁっ、と風が吹いた。

薄桃色の花弁が舞う。


彼だった。


僕が好きだと告げた、彼がそこにいた。


「おや、君か。卒業おめでとう」


「ありがとうございます」


そう言って照れ笑いする君。


「先生にはいろいろ迷惑かけちゃったから、最初にお礼言いたくて」


「本当に。君ほど居残りの常連だった生徒は他にいなかったからね」


「ひっどい言い方」


「ははっ、本当の事だろ?」


「それでも今じゃいい思い出だよ」


「居残り皆勤賞が?」


「うわ、性格悪っ!そんなんだから彼女できないんだよ」


彼女。

君はその言葉を何の抵抗なく言えるようになったのか。


「生憎、今のところ女性と付き合うつもりはないよ。忙しいからね」


「モテない男の言い訳は見苦しいぞ先生」


「大人にはいろいろあるんだよ!」


僕は憎たらしい子どもの頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。


「ちょっ…地道に体罰だよ」


「嫌じゃなかったんじゃないのかい?」


あの時の君はそう言った。

君は覚えているだろうか。


「ほんと、性格悪……」


「ごめんごめん」


すっかりぐしゃぐしゃになった髪を整える。

彼はされるがまま、おとなしく僕に頭を預けている。

僕は最後に数回頭を撫でると、彼から手を離そうとした。

でも何故か、名残惜しくて。

僕の手は彼の頭から輪郭をなぞるようにするり、と頬に触れた。


「……先生」


彼に呼ばれた瞬間、僕は我に返った。


「ごめん、ちょっとふざけすぎたね」


「いえ……」


互いに、沈黙。

僕は何をしてるんだ。


「僕……もう行くね」


「うん」


これで、君に会うのは最後になるだろう。

僕が好きだと言った君に。


「卒業おめでとう、これからも頑張って。体には気をつけるんだよ」


「はい。先生、今までお世話になりました。ありがとう」


深々とお辞儀をした。

そして、


「さようなら」


「あぁ、さようなら」


君と僕の別れの時は、呆気なく訪れた。

さよなら、僕のことを好きだと言ってくれた君。

僕の、好きだった君。

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