七物語の終わり
「おしまい」
鶴美先生が締めくくった瞬間、部屋の薄明かりがふっと消えた。
真っ暗な状態で「やだ!」と響いた悲鳴はミナの声だ。
「何、何!? 早く電気つけて!」
「さて、これで呪われたな、お前たち」
暗闇で鶴美先生の人の悪い声が響く。
やめてよ、と喚くミナの顔がパッと明るくなった室内であらわになる。
何食わぬ顔の鶴美先生は、いつの間にかテーブルの上に置いていた黒いバッグの中から何かを取り出しながら、手近にいたぼくを呼び寄せる。
「鶴美先生、呪いなんて信じてないくせに」
大人しく鶴美先生の椅子の隣に立ちながらも指摘すると、メガネの奥の目が飄々と笑みを作る。
「いいや、呪いは人に作用を及ぼすものだ。呪ったないし呪われたと自覚した人間の心身が期待される反応を表すことがあるって意味でな。無自覚的な場合にも同様のことが言えるが、今回は条件から除外してる。個別の認知傾向による偏差を計るのが先だ」
訳の分からないことを言いながら、鶴美先生はぼくのこめかみと後頭部に何かを張り付けるような動きをする。ぼくのTシャツを勝手にまくりあげて胸の辺りにも何かを付けた。
襟元を引っ張って胸をよく見てみると、数ミリ程度の小さな平たいボタンのようなものが付いている。
「なにこれ」
「風呂には普通に入って構わない。多少さわっても平気だが、爪を立てて剥がそうとはするなよ」
「だからなにこれ」
「もし幽霊を見たら時刻をメモしておけ。可能であれば具体的な状況も」
鶴美先生はぼくらを好き勝手過ごしていいと放置しておいたと思えば、こうして妙な"検査"を始める。
たいして負担はないからこれを仕事と思ってくれるんならもうけものなんだけど、何のための検査なのか分からないからちょっと気持ち悪くはある。
いや、「何のため」って聞けば教えてはくれるんだけど、理解できないような難しい言葉を使われるから意味がない。たぶんわざとだ。
そんな得体のしれない人とは言え、しばらく関わってきて根が悪い人じゃないのはなんとなく分かるから、つべこべ言わないんだけど。
「ちょっと、女子の服に手突っ込まないでよ!」
「じゃあまくりあげろ。左胸部だ」
「なんでそんなデリカシーないのよ!」
「お前、内科診療を受けるときもそう喚くのか?」
「医者じゃないくせに!」
「――ってか鶴美先生、全部聞いてたわけ? そんで僕らの反応見てたんだ?」
セントにねめつけられた鶴美先生は意地悪く笑う。
「なんだよ、幽霊の正体でも調べようっての?」
「幽霊に関して基本的にはクダの意見に賛成だ」
「やっぱり聞いてたんじゃん」
ともあれ、職場体験なんて名目でここにいるみんなと過ごすのは――正直、楽しかった。
部活に入ってないからって、放課後わざわざ活動をさせられるなんてめんどうだと思ってたけど、意外と悪くない。
学校への報告書になんて書くのか頭を捻らなきゃならないのはまだ先のこと。
――シンの尻ぬぐいまでさせられるのはごめんだけど。
もう少しだけ続きます。